ポーロック宿泊記

前回の記事に載せたダンスター(Dunster)から、海岸線を沿って西へ約12キロの、ポーロック(Porlock)という村にたどり着きました。ダンスター同様、ポーロックの南に聳えるのはエクスムーア、北にはブリストル海峡。

夕方にポーロックに到着し、たまたま駐車場のすぐむかいにあった小さなB&B(ベッド・アンド・ブレックファースト)の窓に「空き室あり」(Vacancy)のサインが出ていたのを見て、ノック。気が良さそうなおばさんが出てきて、即効で宿泊を決め、荷物を運び込みました。窓から、かすかに海が見えたので、「ここから、海岸に出ようと思ったら、どこへ行くのが一番いい?」と、聞くと、「ポーロック・ウィアー(Porlock Weir)がいいわよ。歩くとちょっとあるけど、車で10分もかからないから。」道を教えてもらい、日が暮れてしまう前にと、夕食前に海を見に出かけました。

海岸は、こぶし大の丸い石がごろごろとしていて、とても歩きにくいのですが、わびさびの魅力がある場所。石は丸くスムーズで、一切とがった部分が無いので、「はだしで歩いたほうが簡単かな。」とだんなは、靴を脱ぎ、手に提げて歩き始めましたが、5メートルくらい歩いて、「いててて。」と、足の裏への石のごろごろパワーが強すぎ、すぐに靴を履きなおしていました。我慢して歩き続ければ、足の裏の刺激になって、結構体にはいいかもしれませんが。

つりをしている人たちが数人、暮れていく空を背景に立っていました。

第2次世界大戦中、海岸線防備のために作られたピルボックス(pillbox)と称される見張り場は、今でも、イギリス各地で見ることができますが、この海岸線にも、いくつかピルボックスらしきものが点在していました。大体の場合、ピル・ボックスは、セメントで作られているものが多いのですが、これは、海岸から集めたような石を積み上げてつくってあり、なかなか周辺の風景になじんで絵になります。

アングロ・サクソン時代に、すでに港として発展したポーロックは、バイキング(デーン人)に目をつけられ、9、10世紀に何度か襲撃を受けているそうです。また、1052年には、のちにアングロ・サクソン最後の王様ハロルド2世となる、ハロルド・ゴドウィンソンが、ポーロックに上陸、襲撃し、村を焼き、地元の兵士貴族を30人以上殺したという記録が残っているそうです。この14年後の、言わずと知れた1066年、王となったハロルドは、今度は自分が、襲撃してきたノルマン人、征服王ウィリアムの軍によって、ヘイスティングで戦死するわけですが。

ポーロック一帯は、背後に聳える、かなり急斜面の丘に抱かれるような場所であることから、ひどい天候から守られ、エクスムーア周辺の土地の中では、比較的暖かいのだそうです。

ポーロックには、ロマン派詩人サミュエル・テーラー・コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge)を記念したハイキング路であるコールリッジ・ウェイ(Coleridge Way)が走っているそうです。コールリッジ・ウェイの東端始点は、コールリッジが一時住んでいた、クワントック・ヒルズ(Quantock Hills)にある村、ネザー・ストーウェイ(Nether Stowey)。とても、よく歩く人であったということで、手持ちのガイドブックによると、彼は、ネザー・ストーウェイからポーロックまでの道のりを、一日で歩き切った事があるそうなのです。かなりの距離だと思うのですが・・・。

Porlock High Street
日が暮れる直前に、海を去り、再び、ポーロックの村へ戻り、可愛らしい目抜き通りのレストランで、魚料理に舌鼓をうちました。

私たちの泊まったB&Bの部屋は、宿というより、変わり者の親戚の家にでも泊まったような雰囲気で、部屋中、所狭しと、妙な置物やら、絵やらが飾られていました。ヘヤドライヤーが見つからなかったので、階下に住む女主人に言いに行くと、彼女は部屋へやって来て、「たしか、この引き出しにはいってたはず。あら、無いわね!」と、あちらの引き出し、こちらの物置を、開けては閉じ、開けては閉じ。その度に、買いだめしてあるティッシュの箱やら、シーツの予備やら、何だか良く分からぬガラクタやらが引き出しにつまっていて、噴出しそうになりました。私も、参加して、あちこちの引き出しを開け、やっと、ドレッサーの一番下の引き出しから、探していたブツが出てきて、「あ、あった!」と私が見せると、「ウェル・ダン!(よくやった!)」と、お褒めの言葉を頂きました。この騒動の前にも、階段の踊り場の物置のドアを、間違って開けてしまった時に、巨大なキリンのぬいぐるみが入っていたのを見て、そのシュールさに、ニヤリとしたのです。

翌日の朝食は、1階の古風なダイニングルームで。やはり、色々な飾り物が所狭しと並び、壁は、ご主人が描いたと言う油絵が沢山かかり。まずはオートミール、そしてハドック(たらの一種)、ポーチト・エッグ(落とし卵)とトースト。これは、前の晩に何が食べたいか聞かれて、お願いしてあったメニュー。その他、サイドボードの上に並んでいたフルーツやヨーグルト、シリアルは食べ放題。並んでいたジャムは全て自家製のものでした。確かに、妙な宿ではありましたが、今回の旅行で泊まった宿の中では、一部屋65ポンドと、一番安いものでしたし、朝食も美味しく、フレンドリーだったので、満足。

外へ出ると、朝の風はいつもより冷たく、これからエクスムーアの荒涼な場所へ向かうには、もっと暖かめの上着が必要かも・・・そして、目抜き通りにのアウトドア用品を売る店のショーウィンドーに飾られていた、カラフルで暖かそうな縞模様ジャケットが目に入り、店内に足を踏み入れました。内部は一部、郵便局になっていて、このはからいが、また、面白かったです。郵便局の窓口で、客の相手をしていたおばさん、「あ、試着したかったら、鏡は、あの奥よ!」と、ジャケット類を眺めていた私に向かって指を刺して見せてくれたので、ダンボールなどがつまれた狭い廊下の鏡の前で、ごそごそ試着をしていると、今度は、どこから現れたか、いきなり店のご主人が背後に立っていて、「今、明かり、つけてあげる。」2,3違うガラのものを試着した後、最終的に、ショーウィンドーに飾ってあったものと、全く同じジャケットを購入。「これは、あったかいよ。この店、冬は、ヒーターが無いんだけどね、わたしゃ、これと同じタイプのものを着て店番して、それだけで、十分なんだよ。」とご主人。さりげなく上手なセールスマンでした。でも、こういう小さな村の、小さな店にお金を落として行くのは、大きな町のどこにでもありそうなチェーン店にお金を落とすより、ずっと気分がいいものです。記念にもなりますし。ともあれ、ショーウィンドーから抜け出した様に、そのまま、飾られているのと同じジャケットを着て店を出て、ポーロックを後にしました。これで、エクスムーアで冷たい風に吹かれても大丈夫。

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