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自転車泥棒

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 ここしばらく、ヨーロッパ映画を見ていないな、とふと思い、見たのが、これ、1948年公開、ヴィットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」。現代の若い人たちも、まだこういう映画を見ているのかは、知りませんが、未だに、傑作映画の呼び声高い、戦後間もないローマを舞台にした、切ない話です。このくらいの時代の映画は、イギリス映画もそうですが、まだ戦争の傷跡残る都会の風景が印象的。 あらすじは、いたって簡単。職を探す人々の波が職安にたむろしている場面から始まります。ここで、ついに、待ち望んだ仕事を得たアントニオ。ただし、移動しながら、街中にポスターを張る仕事であるため、自転車を持っていることが条件。そこで、妻は、ベッドに敷いてあったシーツなどを引っぺがし、それを質に入れて、その分で、以前、質に入れてあった自転車を取り戻す。シーツは無くなったけど、妻と小さな息子ブルーノも大喜び。翌朝は、張り切って仕事に出たはいいが、仕事半ばで、壁に立てかけてあった自転車が盗まれてしまう。映画の残り部分は、この自転車を見つけ出すため、アントニオとブルーノが、あちこちを奔走することになります。そして、最後に、絶望したアントニオが、自分自身、自転車を盗もうとしてしまう。 自転車が盗まれた直後、アントニオは、警察に届け出るのですが、記録を取った後は、見つかったらまた届けろ、と言うだけで、何をしてくれる様子もない。「探してくれないのか」の問いには、たくさんある自転車から、お前のを探せるわけがない、自分のなんだから、どんなのかは自分で知ってるだろう、もう、リポートすんだから、帰れ、のようなことを言われる。こんなやり取り、笑いながら見てました、今でも、基本的に同じだから。 財布やら貴重品をイギリスやらヨーロッパで盗まれても、警察に届けるだけ時間の無駄。今年の夏、お隣さんはオックスフォードまで車で出かけ、どこかの公共の駐車場に止めた際、彼のホンダ車の下から、三元触媒コンバーターがもぎとられ、盗まれてしまったという事件に会っています。なんでも、日本車のコンバーターは性能が良く、被害にあいやすいとか。こんなのも、埒もあかないと、警察に届けたりしなかったようです。警察も資金不足、人手不足の昨今ですから。数年前に、空き巣に入られた友人は、おじいさんの第一次世界大戦のメダルを盗まれたそうで、これはさすがに警察に届け出。...

映画「エクソシスト」の印象

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映画「エクソシスト」(The Exorcist)の公開がアメリカで始まったのは、1973年12月、およそ50年前となります。 それは、話題の映画でした。 悪魔に取りつかれた少女リーガンの首がくるくると360度回るところ、白目をむいて、どばーっと緑色のどろどろ液を口から吐き出すところ、などのえぐいシーンもありながら、ポスターに選ばれた、この映画の決定的なイメージは、エクソシストとして悪魔に立ち向かうため、メリン神父が、タクシーを降り、少女のいる館の前にたたずむ、あの場面。悪魔のいる2階の部屋から、ぼあーっと光が漏れ、これから始まる2人の決闘を思わす緊張感もあります。 過去の数々の映画のポスターの中で、これくらいインパクトがあるものってあまりないのではないでしょうか。これを書きながら、今、ぱっと考えたところで、頭に浮かんだのは、オードリー・ヘップバーンが黒のドレスに長いたばこのスティック(?)を掲げている「ティファニーで朝食を」とか、「風と共に去りぬ」あたり。あと、やはりホラーで、ジャック・ニコルソンが狂気の顔をドアの間からのぞかせている「シャイニング」のポスター。それだけ、映画のイメージをひとつの絵、写真に集結させ、しかも独り立ちさせても、それなりに見れるっていうのは難しいのかもしれません。考えれば、もっと色々思い当たるのか・・・。印象に残る映画ポスタートップ10なんてのをやってみても面白いかもしれません。 なんでも、エクソシストのこの場面は、ベルギーの芸術家、ルネ・マグリットの絵「光の帝国」から影響を受けたものなのだそうです。空は青空なのに、前景の木々と建物が夜のように暗く、それが、街灯と窓からの明かりで照らされている絵です。マグリットは、この「光の帝国」シリーズを全部で27描いているそうで、きっと、こだわりがあったのでしょう。うち17枚が油、残り10枚がガッシュ。一瞬ぱっと見るとありそうな風景、でも実際はありえない、不思議な風景。影響を受ける・・・というか、人間、かつて見たもの聞いたものの印象が頭のあちこちにひっかかっていて、何かの拍子で出てくるものです。映画監督に限らず、クリエーターの人たちが色々、外のものを吸収しようとするのは、こうした数々の印象の断片を脳の中にコレクションして、何かを作るときに、そうしたものが、引き金として、役に立つからでしょう。 実に久しぶ...

ねじの回転

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怪談などを集まって語り合う・・・などという事は、日本では夏に多い・・・暑い夏の夜に、怖い話を聞いて、背中をヒヤッとさせる、というわけでしょうが。欧米で、お化け話の集いは夏というより、ハロウィーンあたりからの晩秋や冬のイメージが強いです。特に、イギリスの夏などは、10時ころまでほの明るかったりするので、お化けの登場できるような真っ暗な時間が短い、というのもある! 米作家(のち、英国籍取得)の、ヘンリー・ジェイムズ(Henry James 1843-1916)著の「The Turn of the Screw」(ねじの回転)も、こうした怪談話の会合が、暖炉を囲んで、クリスマスイブに開かれているところから始まります。参加者の一人のダグラスが、かつて自分の妹の家庭教師であったが、今は亡き女性の経験談の手記を、この集まりで読んで聞かせる。自分より、10歳年上であったというその女性は、自分だけに、彼女の昔の奇怪な経験を教えてくれたということ。その手記の内容がこの物語になっており、話は、主人公の女性家庭教師により、一人称で語られます。 ざっとしたあらすじは、 舞台はイギリス、田舎の子だくさんの牧師の家に育った主人公の女性は、エセックス州の田舎にある大きな館に住む幼い兄妹(マイルズとフローラ)の面倒を見る、住み込み家庭教師の職に応募する。雇い主は、兄妹のおじで、この二人の両親が死んだあと、面倒を見ることになったが、独身で、ロンドンでのプレイボーイ風生活を楽しみ、あちこち旅行も続けたい彼は、自分を一切煩わせることなく、いちいち自分に連絡を取ることもなく、全責任を負って、田舎にいる子供たちの世話してくれるような家庭教師を探しているという。主人公は、この美男で魅力的な雇い主に心惹かれ、淡い恋心まで抱き、いささか疑念を持ちながらも、職を引き受けてしまう。以前、家庭教師をしていた女性は、急死してしまったと聞かされる。 巨大な館には、古くからの家政婦のグロス夫人と、料理人、庭師などの、ごく少ない召使たちのみ。主人公は、愛らしい少女フローラに紹介され、瞬く間にこの少女を気に入る。兄のマイルズは、寄宿学校に入っているものの、休みのために間もなく戻ってくるが、その直前、学校側からの手紙で、理由は、はっきりと書かれていないものの、他の生徒への悪影響を考え、マイルズは、退校処分にするとの通知。マイルズのよ...

エリザベス女王のプラチナ・ジュビリー

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日本訪問中のエリザベス女王とエディンバラ公(1975年5月) コロナのロックダウンの間、お出かけがほとんどできない憂さ晴らしに、スクリーン上で日本旅行をしようと、私は、「男はつらいよ」シリーズの全作を、家で見て楽しみました。「それが、エリザベス女王と何の関係があるんじゃ?」と言わずに、まあ、読んでください。 その中の、シリーズ第15作、1975年8月公開で、浅丘ルリ子のリリーさんが2回目に登場する、「寅次郎相合い傘」の冒頭のシーンを見ている時、日本訪問中のエリザベス女王と夫君エディンバラ公フィリップ王子が、上の写真のごとく、オープンカーで手を振るテレビ画面が映し出されました。それを見ていた、おばちゃんが、(女王は)自分と同じくらいの年なのに、若く見えるという感想をのべ、さらに、ずっと立ちっぱなしで、疲れるだろうに、大変だ。それを聞いていたタコ社長が、でも、ああやって笑っているだけで、おまんま食えるなら、いい、それなら、自分だって、立ちっぱなし位我慢する、と返事。さらには、おいちゃんが、ご主人は養子だってな、とくると、おばちゃんが、おとなしそうで、うちの博さんに似ている、するとタコ社長が、それじゃ、さくらさんは、女王様だ・・・ここで、一同大笑いになる。 エリザベス女王とフィリップ王子が日本を訪問したのは、1975年5月7日から12日にかけてですので、この映画公開直前の事です。フィリップ王子は、「おとなしそう」というおばちゃんの感想とは違い、公の場で、失言や、ひんしゅくを買うようなジョークを飛ばしてしまう事で有名で、一般庶民は、色々笑わせてもらえましたが、周辺の人たちは、「何か変なことを言いやしないか」と、ひやひやものであったかもしれません。(エリザベス女王の日本訪問中の写真は、 こちら で見れます。上の写真も、当サイトより拝借しました。)この2年後の1977年は、女王在位25年を記念する、シルバー・ジュビリーと呼ばれる式典が行われていますので、日本訪問の時には、もうすでにベテラン女王だったのです。笑顔で、立ち続け、手を振り続けるのも、慣れたもので。 「エリザベス女王のダイヤモンド・ジュビリー」と題して、女王在位60周年記念の式典について、ブログポストを書いたのも、もうすでに10年前の2012年! ロンドン・オリンピック の年でしたね。なんだか、つい最近の事の様ですが。...

バイオダイバーシティー(生物多様性)の低い国イギリス

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 イギリスは、バイオダイバーシティー(Biodiversity、生物多様性)が非常に低い国である、というニュースを聞きました。G7の国の中では最下位、また全世界中でも、下からの10%に入るというお粗末な結果。ちなみに、G7で一番の生物多様性を保っている国は、カナダで、それから、ドイツ、フランス、イタリア、日本、アメリカ、そしてイギリスとなっています。  日本は国土の70%近くが森林だというのに、もっと上でもいいのではないか、という気がしますが、日本の森林は、杉やヒノキなどの人工林が占める割合が非常に高いのがマイナス。要するに森林面積は広くても、種が限られ、モノカルチャーであるため、多種多様の昆虫や生物を支えることができない、おまけに、花粉症という弊害もある。このため、日本がこのバイオダイバーシティーリストの上にあがっていき、生物種の絶滅を防ぎ、バランスを守るためには、広葉樹林の拡大が望ましいようです。 カナダのように、人口のわりに、国土面積が広いアメリカなどが、 日本より悪いというのは、単一穀物を育てる、地平まで続く超大型農地が多いためでしょうか。これはあくまで、憶測です。 さて、イギリスは、ヨーロッパの他国に比べて森林面積が狭いという話は、前々から聞いて知っていました。その理由のひとつには、とにかく、国が たいら であるという事があったようです。 ストーンヘンジ などを作った、大昔のご先祖様たちの時代から、とにかく、木を切って土地を開拓するのが比較的楽であったので、どんどん、木がなくなっていった。そして、産業革命を最初に成し遂げ、ますます、手つかずの土地が減っていき。昔のままの姿の森林というのは、たしかに、イギリス国内でぽつん、ぽつんです。ドイツ、フランスなどは、グリム童話の背景に、今でも使えそうな森林がたくさん残っている感じはします。 庭に来る ブラックバード や ロビン などの鳥たち、 ハリネズミ 、町の中心に行く途中のやぶから飛び出すうさぎ、など、その辺でわりと小動物と遭遇する機会が多いので、なんかイギリスは、自然たくさん、というイリュージョンはあります。 ロンドンなどにしても、キツネが庭に出没したり、ハイドパークやら、ハムステッドヒースやらと広大な緑地が多いのも、緑大き国のイメージにつながっていますが、緑=バイオダイバーシティーという方程...

ハート型の葉の観葉植物たち

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最近になって、観葉植物をふたつ増やしました。 フィロデンドロン ブラジル(Philodendron headeraceum "Brazil")と、ハートカズラ (Ceropegia woodii)。両者とも、葉っぱがハートの形をしていることで知られています。最近は、こんなものも、インターネットで買えるので便利。ふたつとも、小さな段ボール箱の中、紙にくるくる包まれた形で、到着しました。   フィロデンドロンは、中南米原産の植物。木に這い上がったり、つる下がったりして育つ植物なので、ギリシャ語で、philo(好む)+dendron(木)で、「木を好む」というこの性質から名前がついています。ついでながら、日本のシャクナゲは、英語ではロードデンドロン(rhododendron)という舌嚙みそうなものですが、こちらは、やはり、ギリシャ語の、rhodon(ばら) + dendron(木)で「バラの木」の意味からきています。さらなる、ついでに、ギリシャのロードス島(英語はRhodes)も、この古代ギリシャ語の「rhodon(ばら)」から来ており、「ばらの島」意味・・・。と、切りがないので、脱線はこのくらいにしておきます。 観葉植物としてのフィロデンドロンは、上述の通り、葉がハート型であるため、恋人の植物(Sweetheart plant)などとも呼ばれるそう。私の買った、ブラジルという品種は、1991年に開発されてデビュー。もとのフィロデンドロンが、濃い緑一色の植物であるのに比べ、ハート型の葉っぱのそれぞれに、思いのままに筆で描いたようなライムグリーンのパターンがついているのが特徴。この色の組み合わせがブラジルの国旗に似ているため、ブラジルと命名されたようです。 この植物は、かつて、知り合いの家に遊びに行ったとき、彼女の居間に長く垂れ下がったのを見て、きれいだなと思い、「これ、なんという植物?」と聞いても、彼女は人からもらったから、と知らなかった。その時の強い印象は、葉っぱがハート型というより、若い葉が、今まで見た植物の中でも一番きれいなライムグリーンだと感じたこと。それが、先日、お隣さんが、読み終わったからと私に回してくれた植物雑誌に、フィロデンドロン ブラジルが紹介されているコラムを見つけ、あ、あそこで見たのは、これだった、と思ったのです。比較的日当たり...

カフカ的悪夢

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 昨日の早朝のラジオをベッドの中で聞いているとき、米の歌手、ブリトニー・スピアーズがついに、彼女の人生をがんじがらめにしていた父親を後見人から解除することが、ロサンゼルス裁判所に認められた・・・というニュースが流れました。その報道の中で、「(これは)スピアーズさんの自由と、父親により、彼女の人生に強要されていた カフカ的 悪夢を終わらせる、必要であり、重要な意味を持つ第一歩」(a necessary first and substantial step towards Ms Spears's freedom and ending the Kafkaesque nightmare imposed upon her by her father)  という、彼女の弁護士の言葉が引用されていました。  Kafkaesque(カフカの様な・カフカ風の)という言葉はわりとよく聞きます。カフカは、もちろん、ある朝、目が覚めると巨大な虫に変わってしまっていた主人公が登場する「変身」などの小説で有名な、フランツ・カフカの事で す。カフカエスクは、彼独特の世界が放つ、不条理な、常識では測りかねない、まるで意味を成さないような苦境を形容するときに登場する表現です。この場合のように、往々にして、「ナイトメア、悪夢」という言葉と一緒に使われる事が多いです。 ちなみに、「-esque」は、もともとはフランス語から来た接尾辞(suffix)で、名詞や人の名前のあとにくっつけて、xx風、xxスタイル、xxのような・・・といった意味の形容詞になります。綴るときには、基本的に間にハイフンは入れません。「-like」などと似た感じですね。Ladylikeで、淑女風。Christlikeで、キリストのような。ついでながら、ドイツ語由来の接尾辞-ishも、「・・・のような」の意味を持つので、ニュアンスは似てます。foolishは「ばかみたいな」。boyish「少年風」なんてのは、「彼女はボーイッシュな髪形が似合う」なんて感じで、半分日本語にもなってますね。 エスクがつく日本人にもおなじみの言葉には、アラベスク(Arabesque)があります。Arab + esqueで、アラブ風、アラブ式。 グロテスク(grotesque) なんてのも、お仲間。grot(to)は洞窟のことですが...

イギリスのトラックの運ちゃん不足

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 トラック野郎、というと、私はいつも、伊丹十三監督の映画「タンポポ」に登場する山崎努を思い出します。パチンコ台のような派手なトラックを運転する菅原文太の70年代の映画シリーズ、「トラック野郎」は、イメージだけはあるものの、映画として最初から最後まで見たことがないので。今になってから、ちょっと見てみようかな、という気も起っていますが。 「タンポポ」では、さすらいのカーボーイ風の格好をしたトラック運転手が、ある日、仕事の途中で、まずいラーメン屋に立ち寄る。そして、そこの未亡人経営者を助けて、立派な美味しいラーメン屋にし、格好よく、再び風のように去っていく、という内容でした。シェーンかなんかの西部劇のパロディーのような感じ。これは、ロンドンのハムステッドにあるエヴリマンという名画座風の映画館で見て、よく記憶に残っているのです。場内でのイギリス人観客の反応もなかなか良かったです。 欧米で、こうしたトラック運転手をヒーローにした映画というのは、ちょっと思い当たりません。イギリスで長距離大型トラック運転手というと、なぜか、太めで、とても不健康な様子をした人を思い浮かべてしまいますので、あまりヒーローという感はないし。ぱっと浮かぶところで、アメリカの1971年のスピルバーグ監督の映画、「激突!」(英語の原題はDuelで、決闘の意)ですか。あれに出てくる、大型トラック運転手は、ヒーローどころか、道でサラリーマン運転の乗用車に追い抜かれた、ただそれだけで、恨みを持ち、その車を追い回し、大きな車体で体当たりしてくるという、とんでもない奴でした。それに運転手は顔を表さず、手だけしか見えないというのも不気味で、下手なホラー映画より恐ろしかったですね。  さて、なんで、こんな話をしたか。イギリスでは現在、トラック野郎ならぬ、HGV(Heavy Goods Vehicle 大型トラック)ドライバーが不足で、物流に大きな影を落としています。 特に、ここ数日、問題になっているのが、石油をガソリンスタンドに運ぶタンクローリー運転手の不足で、いくつかのガソリンスタンドが商品切れで、閉じてしまうという騒ぎ。思えば、タンポポのトラック運転手も、たしか、ガソリンを運ぶタンクローリードライバーでしたかね。 それで、政府が、「ガソリンはたくさんあります。運転手の数が少ないだけなので。Don't...

小さな恋のメロディ

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Who is the girl with the crying face looking at millions of signs? She knows that life is a running race. Her face shouldn't show any sign. Melody Fair, won't you comb your hair? You can be beautiful too. Melody Fair, remember you're only a woman. Melody Fair, remember you're only a girl. Who is the girl at the window pane watching the rain falling down? Melody, life isn't like the rain. It's just a merry go round. 泣き顔をしている子は誰?たくさんの兆しを見つめながら。 あの子は、人生が競争だと知っているけど、 憂いを顔に出さないで。 麗しのメロディ、髪をとかして。君も美しくなる。 麗しのメロディ、忘れないで。君は一人の女性。 麗しのメロディー、忘れないで、君はまだ少女だと。 窓枠の中にいる子は誰?雨が降るのを眺めている。 メロディ、人生は雨じゃない、 ただのメリー・ゴーランド。 (上の日本語歌詞は、私の個人的な意訳ですので、悪しからず。) ビージーズの歌う「メロディ・フェア」なぜか、先月辺りから頭に鳴り響き初め、ふと、この歌が挿入されている「小さな恋のメロディ」(原題:Melody)を見たくなりました。これは、確か、かなり大昔に見たはずなのですが、細部が思い出せなかったので。なにせ、作られたのは1971年と、50年ほど前。どへ!男の子の主役2人は、ミュージカル「 オリバー 」でお馴染みの、マーク・レスターとジャック・ワイルド(彼は、53歳と若くして、もう亡くなってます。見た時は気が付かなかったのですが、「 ロビン・フッド 」にも脇役で出ているようです。) なんでも、この映画は英米ではさほど成功しなかったのに、なぜか日本とラテンアメリカで大うけしたのだそうです。挿入歌「メロディ・フェア」がシングルとして発売さ...

私のお気に入り

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Raindrops on roses and whiskers on kittens Bright copper kettles and warm woollen mittens Brown paper packages tied up with strings These are a few of my favorite things Cream-colored ponies and crisp apple strudels Doorbells and sleigh bells and shnitzel with noodles Wild geese that fly with the moon on their wings These are a few of my favorite things Girls in white dresses with blue satin sashes Snowflakes that stay on my nose and eyelashes Silver white winters that melt into springs These are a few of my favorite things When the dog bites When the bee stings When I'm feeling sad I simply remember my favorite things And then I don't feel so bad と、これを私なりに訳してみます。 バラの上の雨のしずくと子猫のひげ ぴかぴかの銅のやかんと暖かい毛糸の指無し手袋 ひもで縛られた茶紙の小包 それが私のお気に入り クリーム色の子馬にさっくとしたアップル・シュトゥルーデル ドアのベル、そりのベル、ヌードルを添えたカツレツ(シュニッツェル) 月を翼に飛ぶ雁の群れ それが私のお気に入り サテンの青いリボンがついた白いドレスを着る少女 鼻先とまつげにとまる雪の結晶 春の泉へと溶けていく白銀の冬 それが私のお気に入り 犬にかまれた時 蜂に刺された時 悲しい気分になった時 お気に入りのもの達を思い起こすの それだけで気分が晴れていくから ...

ロビン・フッドとアイ・ドゥ・イット・フォー・ユー

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1991年公開、ケビン・コスナー主演の「ロビン・フッド」(Robin Hood: Prince of Thieves)は、名が知れていながら、見ていなかった映画のひとつでした。当時、映画のテーマ曲となった、ブライアン・アダムスの、 "(Everything I do)  I do it for you"(日本語タイトルは、アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー、直訳は、僕のする全ての事は、君のため)が、大流行していましたが。この歌に関しては、ちょっとした思い出があります。 かれこれ、もう15年ほど前になりますか、だんなと、車でイングランド北部のヨークシャーへ、A1という道路を通って移動中に、途中からずーっと、私たちの前を同じトラックが走っていて、このトラックの後ろには、「ブライアン・アダムス」と書いてあり、どうやら運搬会社のトラックの様でした。A1は、ノッティンガムシャー州で、ロビン・フッドが、仲間たちと住んでいたとされるシャーウッドの森の周辺を通るのですが、そこを通過中に、だんなが、ふと「このブライアン・アダムス運搬会社、トラックに、Everything I do, I do it for youって書いて、会社のキャッチフレーズにすればいいのに。」と言って、二人でしばらく、けたけた笑ったのを、いまだに覚えています。以来、ケビン・コスナーの「ロビン・フッド」の話が出たり、「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」が流れると、ブライアン・アダムス運搬会社のトラックが私たちの前を走る姿が脳裏に浮かぶのが常です。 イギリスのコロナウィルスによるロックダウンもそろそろ3か月となり、今まで見ていなかった映画、または、大昔見て、また見たくなった映画などをほじくり返して、お茶の間映画館で鑑賞していますが、ケビン・コスナーの「ロビン・フッド」もやーっと見ました。おそらく、公開時は、「なんか臭そうだな」と思い、見に行かなかったのだと思います。感想、やっぱり臭かった・・・が、その臭さも、あそこまで、どうどうとしていると、逆に、妙に面白かった。 特に、見るからに悪そうな、アラン・リックマン扮する、ノッティンガムのシェリフ(シェリフとは、イングランド各地方・シャイアを、王に代わって行政をする代官の事)に無理やり結婚させられそうになった美女マリアンを、ロビン・フッド...

ホブスンの婿選び

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英語で、「Hobson's Choice」(ホブソンの選択)という言葉があります。どういうことかというと、一見、選択肢があるようでいながら、実はひとつしか選べるものが無く、それを取らないと、何も手に入らない、という状況を表現する時に使われます。 1954年のデイヴィッド・リーン監督のイギリス映画に、その名も「Hobson's Choice」(邦題は、ホブスンの婿選び)というものがあります。(ここで、また、英語のカタカナ表記の問題にいきあたります。私は、個人的には、ホブ ス ンでなく、ホブ ソ ンと書きたいところですが、日本での、この映画の題名は、上記の通り「ホブ ス ンの婿選び」。以下、ホブスン、ホブソンと入り混じれて書いていますが、いずれの場合にせよ、Hobsonの事ですので、悪しからず。) この「Hobson's Choice」という表現の由来は、映画より、もっと古い時代に遡ります。それは、ケンブリッジで厩を経営していたトマス・ホブソン(1544-1631)。馬の数は、40頭はいたというのですが、客には馬を選ばせずに、常に、その客が来た時に、戸口に一番近い馬を貸したという話。というのも、自由に客に選択させてしまうと、常に良い馬が選択されて、その馬のみが、酷使されてしまうため。この事から、選択肢が沢山ありそうでいながら、実はたったひとつしかなく、それを取らなければ、他に何も手に入らない状態の事を、いつのころからか、「ホブソンの選択」と表現するに至ったというのです。という事は、当時、このトマス・ホブソンの商売方法は、語り継がれ、あちこちへ、ひろまっていたのでしょう。トマス・ホブソンなる人物は、特に他に何をしたわけでもなく、有名人物でもないのに、風評というものの力はすごいです。 さて、それでは、私は大変気に入っている映画「ホブスンの婿探し」に話を移します。舞台は19世紀後半の、イングランド北部、ランカシャー州の町サルフォード。産業革命で、織物業などが栄えた町で、映画内、古びた商店がならぶ、石畳の、町の目抜き通りの風景には古き良きイングランド的、レトロ感漂うものの、町の郊外の背景には、工場の煙突などが伺えます。 ざっとしたあらすじは、 チャールズ・ロートン演じる、呑み助のホブソン氏は、町の目抜き通りで靴屋を経営。もっとも、...

パッセンジャー

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ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット主演の、2016年の映画「Passengers、邦題:パッセンジャー」は、公開された当時、新作映画紹介番組を見て、「なんか、くだらなそうだな」と思った記憶があります。もともと、CGをたくさん使った宇宙ものがあまり好きでないのも手伝い。ジェニファー・ローレンスのつるっとした顔は結構好きなのですが。 この映画が、ちょっと前に、テレビで、たまたまかかっていたのを見たのですが、思ったより良く、SFとしてより、人間ドラマとして面白かったです。そして、今の新型コロナの日々へのはげましにもなるような、映画の底辺のメッセージが気に入ったので、ここにちょっと載せておくことにします。 基本的には、男女が恋に落ち、その後、2人の間に争いが起こり、最後に、争いを乗り越え結ばれる、という典型的ラブ・ロマンスのパターンを踏んでいます。 簡単なストーリーは、 映画の舞台は、地球を出発し、新しい惑星での植民を始めるための、乗客5000人を乗せた宇宙船。新惑星まで宇宙船が到着するのに120年かかるため、乗客たちは、到着5か月前に目が覚めるように設定されている、カプセルホテルの様な、それぞれの睡眠ポッドの中で、すやすや。 ところが、このうちの一人の、技師であるジムの睡眠ポッドが異常を起こして、ジムは、到着まで90年あるというのに、目を覚ましてしまう。一人だけ、目的地に着かずして、宇宙船の中で生きて死ぬこととなる運命に、怒り、絶望、諦めを感じるジム。彼の唯一の話し相手は、船内のバーで働くアンドロイドのバーテンダー、アーサー。(このマイケル ・シーン演じるアーサーが、本当にアンドロイドと思えるような顔つきと表情で、人間とも機械とも言い難い不思議な感じをかもし出していました。あれは、メークのせいか、演技の賜物か。) 孤独の日々の中、ジムは、ある日、睡眠ポッドに眠る美しいオーロラに恋してしまう。(オーロラって、「眠れる森の美女」のお姫様の名前ですね。)彼女の履歴を調べ、作家とわかり、彼女が植民地についてから、そこでの生活などを書き綴る抱負などを語るビデオなども観ているうちに、ますます惚れ込み、彼女の目を覚まさせようか、でも、そうすると、彼女の惑星での新生活の夢を壊すことになると、もんもんと悩む日々。アーサーまでに、悩みを打ち明けながら、...

チャーチル・ウォー・ルームズ

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もう何年もイギリスに住んでいながら、ロンドン内でさえ、まだ行っていない観光場所というのはあるものです。チャーチル・ウォー・ルームズ、または、キャビネット・ウォー・ルームズ(Cabinet War Rooms、内閣戦時執務室)と呼ばれる博物館もそのひとつ。行こう行こうと思いながら、月日が経ち、先日やっと行ってきました。ここは、第2次世界大戦中の作戦、戦略等を、爆弾などの妨害に合うことなく遂行できるよう地下に設けられた施設で、その一部が当時の面影を残して一般公開されており、また、ウィンストン・チャーチル博物館も、内部の一角に設置してあります。 ここへ観光に繰り出そうと決めたら、2017年の映画「Darkest Hour」(邦題:ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男)を、行く前に、ぜひ見てみましょう。映画背景は、第2次世界大戦中、アメリカが参戦する以前の1940年5月。ドイツ軍の電光石火の攻撃に追われ、フランスの海岸線ダンカークに追い込まれていく英軍。その緊急時に、戦時内閣は、ヒトラーと話し合いをして戦いを辞めようという派と、首相チャーチルを中心とした戦争続行派に別れます。チャーチル派が最終的に反対派を押し込め、ダンカークから、多くの小舟を利用しての兵士たちのイギリスへの一時撤退作戦、オペレーション・ダイナモが決行されるまでの過程を描いています。このオペレーション・ダイナモ自体の様子は、やはり2017年に「ダーケスト・アワー」より先に公開された映画「Dunkirk」( ダンケルク )でおなじみです。 本物ではなく、スタジオで再生されたもののようですが、映画内のかなりの場面が、この地下のキャビネット・ウォー・ルームズ内で起こった出来事を描いており、「あ、この部屋、映画のシーンで見覚えがある。」などというのに、沢山行き当たります。一番上に載せた写真、キャビネット・ルーム(閣議室)もしかり。この部屋で、停戦派を相手にチャーチルが激論を飛ばしていました。 入り口でチケットを買うと、オーディオガイドを無料で借りれるので、大体の観光客がこれを聞きながらルートを辿っていました。どうやら日本語のオーディオガイドが無いようで、そういった意味でも、映画を先に見ておくと、説明がはいらずとも楽しく回れます。英語に自信のある人は英語オーディオガイド使用になるかと思い...

狼男アメリカン

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昼間は普通の人間、しかし、満月の夜になると、体に毛が吹き出し、牙がむき出し、狼に変身するのは、ご存知、狼男(werewolf)です。英語の「werewolf ウェアウルフ」は、were(昔の英語で男を意味する)とwolf(狼)が合体してできた言葉。これをもじって、 ウォレスとグルミット の映画で、ウォレスが満月の夜にウサギに変身してしまうという、「The Curse of Were-Rabit」(直訳:ウサギ男の呪い、邦題:ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!)というのがありました。 古くから、色々な場所で、人間が狼に変わるというような、伝説はあったのでしょうが、中世のキリスト教社会で、狼は悪魔の化身と見られるようになり、人間が、何かのきっかけで、うちに持った魔性や獣性をあらわにする、狼男への変身というパターンが確立されていったようです。満月を見ると変身・・・というのはどこから生まれたかはわかりません。狼は月に吠える、というイメージからでしょうね。 狼男を主題とし、人間から狼に変身する場面がド迫力、と評判であった映画が、「An American Werewolf in London」(邦題:狼男アメリカン)。話題の変身場面は、何度か、テレビで見た事があるのですが、映画自体は最初から最後まで見た覚えがなかったため、先日、立ち寄ったセカンド・ハンドの店で格安DVDを見かけ、やっと見ました。笑えるホラー映画です。 簡単なあらすじ アメリカ人の青年、デイヴィッドとジャックは、3か月の休暇でヨーロッパへやってきて、まずはイギリスからリックを背負っての旅を始める。殺伐とした ムーア のただ中の、とある村へ、夕刻にたどり着いた二人は、村のパブへ暖を求めて入る。2人が入ると、よそ者が来たとばかりに、中にいた村人たちは、ぱたりと喋るのをやめる。星型のペンタグラム(pentagram、五芒星)が、狼男のシンボルだそうで、入ったパブの壁には、この五芒星が書かれていた。異様な雰囲気にいたたまれなくなった二人は、再び外へ。その時、村人の一人から、「月に気をつけろ。道路を離れるな。」の忠告を受ける。外を歩きだした二人はいつの間にか、村人の忠告を忘れ、道をはずれ、ムーアの中を歩きはじめており、空には満月が、そして、獣の叫び声が聞こえてくる。やがて、現れた巨大な狼に襲われ、...

丘の上のハーロー校

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Harrow Schoolは、創立は16世紀に遡る、イギリス名門の パブリック・スクール (歴史ある私立校)。日本語では、ハーロー校と訳される事が多いようですが、発音は、ハロウ校の方が近いです。LとRの発音の仕分けが、あまり良くできない日本人の悲しさで、「こんにちわ」のハロー(Hello)かなどと思って、Hello School(こんにちは学校)などと綴ったら、それは大間違いです!最も有名なハーロー校出身者は、ウィンストン・チャーチル、最近では、俳優ベネディクト・カンバーバッチが当校出身です。 イートン校 同様、なにせ、学費が高額なので、その辺の一般庶民は、子供を超有名パブリック・スクールに入学させるのは、まずあきらめた方がいいでしょう。大体、金銭的に大変な思いをして、入学させたところで、周りの上品坊ちゃんたちと、社交面でついて行けず、結果、子供がみじめな思いをする可能性もありますし。 以前にも、何回か当ブログで書いていることなのですが、イギリスの学校システムは、まだまだ階級社会の名残があり、富裕者は子供のために、一般公立では得られない、優れた教育を金で買うことができます。そして、問題は、公立学校は、場所によって、その教育レベルに雲泥の差がある事。親があまり教育熱心でない、比較的悪いエリアの学校は、その教育の質も悪かったりすることが多々。本来なら、悪いエリアこそ、国は金をかけて、良い教育を施すようにするべきでしょうが。この教育体制を根本から変えて、全ての子供が、親の態度や、財政状態にかかわらず、良い教育を受けられるようにしない限り、この国の、いわゆるソーシャル・モービリティー(貧しい家庭の子供が裕福な上の階級へ移動する事)は向上しないでしょう。最近では、俳優などになるのも、富裕な家庭に生まれた子女が多いようです。貧しい家庭に生まれては、俳優学校に行っている金銭的余裕も、心理的余裕もないのかもしれません。将来的に優位なコネも作りにくいでしょうし。 と、書きながら、私も実際、子供がいて、近くの公立学校の質が悪かったら、いい公立のあるエリアへ引っ越すか、子供に頑張ってもらって、公立の選別校グラマー・スクール(テリーザ・メイ、マーガレット・サッチャーなどもグラマー・スクールの出です)に送るか、または自分たちで頑張って稼いで、パブリック・スクールの名門とはいか...

映画「女王陛下のお気に入り」とアン女王

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スチュアート朝最後の君主、アン女王の治世を舞台とする映画、「女王陛下のお気に入り」(The Favourite)を見に行きました。宮廷に仕える二人の女性、セーラ・チャーチル(Sarah Churchill)とアビゲイル・ヒル(Abigail Hill)が、アン女王の寵愛、ひいてはそれに伴う政治力をめぐって、女の戦いを繰り広げるコメディーで、国の方針が、この3人の女性の関係によって、影響を受ける様子を追っています。 3人の女性たち、アン女王は普通のおばさん風女優オリヴィア・コールマン、セーラ・チャーチルは、ちょっとした男装もいかしていたレイチェル・ワイズ、そしてアビゲイル・ヒルは、大きな目玉のエマ・ストーンが演じています。オリヴィア・コールマンという人は、ノーフォーク州の ノリッチ 出身なのですが、ノリッチで有名な、辛子の製造業社コールマンズ(Coleman's)と関係があるのかと思ったら、関係はないようです。同じ土地で、同じ名前が多いという事は時々ありますしね。 一応、歴史ドラマ風ではありますが、史実とは違う事を取り入れたり、さらには憶測に基づいて書かれており、歴史もの映画の全てに言えることかもしれませんが、半分は作りものと思って見ていた方が無難です。ただ、チューダー朝のエリザベス1世やヘンリー8世がらみの映画やテレビドラマは星の数ほどあるので、アン女王が主人公というのは画期的です。 ***** 時代背景をなんとなく知っておくために、アン女王と、映画の元となっている、彼女の時代の史実を、簡単に、下にまとめておきます。 アン女王は、姉のメアリーと義理の兄ウィリアム3世亡き後、1702年に女王となり、君臨する事12年間。1707年には、合同法(Act of Union)により、スコットランドがイングランドに統合され、グレート・ブリテン王国となるため、彼女は、グレート・ブリテンの初めての君主ということにもなります。いわゆる ユニオンジャック が国旗として使用されるようになるのも、この時から。 夫君は、デンマーク出身のカンバーランド公ジョージ。ウィリアム3世などからは、「箸にも棒にも掛からぬ男」の様に見下されていたようですが、政略結婚にもかかわらず、夫婦仲は良好であったようです。17回(一説では18回)の妊娠を繰り返しながら、流産、死産が...

英国総督 最後の家

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「Viceroy's House」(英国総督 最後の家)という映画をDVDで見ました。舞台は1947年のインド。インドが、大英帝国から独立するにあたり、受け渡しのために、最後のインドの総督となったルイス・マウントバッテン(Louis Mountbatten)と、妻エドウィーナ、娘パメラは、デリーにあった豪華な英国総督館に滞在。マウントバッテンは、着任から18か月で、イギリスのインドからの撤退、インドの独立をスムースに執り行う役目を果たすために派遣されたわけですが、インド内に存在する宗教間の違いの打開策を見つける事ができず、最終的に、インドとパキスタンと、2つに分離しての独立にこぎつける過程を描いています。マウントバッテン夫妻は、非常にインドの独立に対しては同情的で、過去の総督が敵とみなしていたマハトマ・ガンジーとも、着任早々、会談。 マウントバッテン演じるは、ダウントン・アビーでお馴染みのヒュー・ボネヴィル、エドウィーナ夫人は、ジュリアン・アンダーソン。このマウントバッテンという人物は、現エリザベス女王の夫君プリンス・フィリップの叔父にあたり、女王とも遠縁。映画内でも、そうした王室との関係を思わせ、娘のパメラが、エリザベス王女(まだ父王健在の時ですので)が結婚するにあたり、ブライド・メイドの一人になる、という話も挿入されていました。マウントバッテンは、インドの独立からかなり時が経った、1979年、アイルランドでの休暇中にヨットに乗っている際、IRA(アイルランド共和軍)により、ヨットにしかけられた爆弾で暗殺死しています。 さて、当時のインドは、人口約4億人で、様々な宗教を信じる人民から構成されていた国。うち、2つの大きな宗教が、ヒンズー教とイスラム教で、ヒンズーが、大多数を占めます。それまで、イギリスという蓋の下で、異なる宗教に属する人間たちが、隣同士で、平穏に生きて来たわけです。が、イギリスの支配が消え、民主義国家として独立すると、どうしても大多数の宗教であるヒンズー教信者たちに政治が牛耳られ、自分たちは巨大国家の少数派として、差別を受けることを懸念した、インド・ムスリム連盟指導者で、後のパキスタン総督となるムハンマドー・アリー・ジンナー(Muhammad Ali Jinnah)は、イギリスが去った後は、インドとは別に、イスラム教信者の多い地...

ドレーパーズ・ホールのクリスマス・フェア

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ドレーパーズ・ホールへの入り口(左手前方)があるThrogmorton Street 前回の記事 に、ロンドンのギルド(同業組合)にあたるリヴァリ・カンパニー(Livery Company)の事を書きました。 その中でも、第3番目に重要とされるリヴァリ・カンパニーである、ドレーパーズ・カンパニー(Worshipful Company of Drapers)のギルドホール、ドレーパーズ・ホール(Drapers Hall)内にて、先日、比較的高級な衣料、アクセサリー、食べ物の屋台が並ぶクリスマス・フェアが催されていたので、10ポンドの入場料を払い、入館しました。普段、こうしたリヴァリ・カンパニーのホールを、一般人が見学するには、直接、連絡を取り、ツアーを依頼する方法はあるものの、観光地として公開されてはいないので、こういう行事がある時は、ここぞとばかりにでかけないと。歴史あるリヴァリ・カンパニーのホールは、立派で豪華絢爛なものが多いですから。 ホールへの入り口は、イングランド銀行の裏手にあたる通りを西へ少し行った、スロッグモートン・ストリート(Throgmorton Street)。昔働いていた会社へむかう、駅からの道中にあったため、過去何回も、その前を行きつ戻りつしているのですが、内部に入館するのは、これが初めてです。 この場所は、ヘンリー8世の 修道院解散 以前は、修道院があった場所の一部でありました。ヘンリーの右腕として修道院解散を決行したトマス・クロムウェルは、この周辺に住んでいたのですが、没収した修道院跡の一部を購入し、ちゃかり自分の屋敷を拡大しています。後の1540年、トマス・クロムウェルが、ヘンリーの怒りを買い、失脚し処刑となると、数年後、今度は、ドレーパーズがこれをヘンリー8世から購入して自分たちのギルド・ホールとしたのが始まりです。1666年のロンドン大火で焼け落ちた後に建て直され、再び1772年の火事で被害を受け再建。19世紀の改造後、現在もドレーパーズのホールとして使用されています。 ドレーパーズ・カンパニーの守護聖人は聖母マリア様。ドレーパーズ・ホールのある周辺の通りには、ドレーパーズの紋章が掲げられていますが、この紋章は、青を背景に、冠の載った3つの雲から、陽光が降り注いでいる、というもの。マリア様の慈愛が、太陽の...