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かき氷の旗に誘われて

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暑い日は、引き寄せられる、かき氷の旗 昨日は、イギリス南部もついに30度に突入し、ヒースロー空港では、今年最高の34度を記録。慣れていないと、30度でも、暑い・・・のです。もっとも、熱波も一日で終わり、本日は、おとなしく、25度くらいにとどまってくれるようですが。 日本に 前回帰国 したのは去年の6月だったな、結構暑かったな、とその時取った写真に、久しぶりに目を通し、ふと気になったのが、上の写真。アスファルトも熱する街中を歩き回っている時、かき氷の旗に、涼しさを感じて、写したのだと思います。(ちなみに、旗は裏側から取っていますので、氷の字はひっくり返っています。)これを、しげしげ眺めていているうち、デザインの中に、波のしぶきのようにして、千鳥が組み込まれているのに、今更気が付きました。氷という字は赤で、涼やかさを連想させる色ではないのですが、遠くからも良く見える。涼感は、旗の下の、 北斎の波 のような、青いうねる海のデザインをもってして、かもし出しています。考えてみるに、こういう、全国つづうら浦、定番のデザインで、ぱっと見て「お、あの店でxxを売っている。それ行け!」と、わかるようなもの、イギリスでは考え付きません。遠くからでも、それとわかる、このかき氷の旗は、かなりのすぐれものです。こういうのを見ると、日本は、デザインや図形で、簡潔に、言いたいことを伝達をする術が、優れた国なのだと思います。今では、すっかり英語にもなっている、「絵文字」なんてのも、発祥が日本というのは、こうした文化が背景にあるからですね、きっと。 この写真をきっかけに、かき氷、ひいては、氷というものの歴史をちらっと調べて見ました。 かき氷の事を、一番最初に書きしたためてある文献は、清少納言の「枕草紙」であると言います。冷蔵庫などが無い時代は、真夏の都市で、氷を入手する事、しかも、それをかき氷にして食べる、などというのは、富裕階級、貴族階級のみができた事。雪国では、冬季に、凍った池や湖などから氷を切り出し、氷室に貯蔵することなどが可能であったものの、それを、溶かさないように移動するのは、大変です。よって、雪国から遠く離れた都会に住む一般庶民には、かき氷は、長い間、ほとんど縁のない食べ物であったわけです。 時代すすんで、江戸時代の鎖国が終わると、はるばるボストンから、天然氷のボ...

初期ヴァージニア植民地

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ヴァージニア・カンパニーの紋章 イギリスによる、北米植民地というと、 ピルグリムファーザーズ によって確立されたニューイングランドのプリマス植民地が有名ですが、最初の成功した、恒久的イギリス植民地は、1607年に、チェサピーク湾に注ぐジェームズ川沿いのジェームズタウン(Jamestown)に設立された、ヴァージニア植民地です。ピルグリムファーザーズより13年前のこと。 ヴァージニアという土地は、もともと、ヴァージン・クウィーンこと、エリザベス1世にちなんでなずけられたもので、当時は、現ヴァージニア州に留まらず、北米のフロリダ以北の、東海岸に面した土地一帯を指したようです。 ジェームズタウンが、イギリスによる最初の「成功した」植民地と書いたのは、これより以前、エリザベス1世のお気に入りの忠臣、 ウォルター・ローリー が、女王より、ヴァージニア内に、植民地を設立する権利を与えられ、彼の出資と努力により、1585年、現ノースカロライナ州に属するロアノーク島(Roanoke)に、ロアノーク植民地なるものを築いているからです。が、ロアノーク植民地では、数年で移住者たちは死亡、または植民地を放棄し散々し、消滅。失われた植民地としてのみ、名を残すことになります。 やがて、ウォルター・ローリーの北米に植民地を築く権利は、幾人かのロンドンの商人たちの手に渡り、彼らは、ヴァージニア・カンパニーなるものを打ち立て、時の王、ジェームズ1世から、勅許を与えられます。そして、このヴァージニア・カンパニーにより、ヴァージニアに、100人あまりの植民者が送られることとなります。こうして、彼らは1607年5月に、ジェームズタウンで恒久的北米イギリス植民地開発の第一歩を踏み出すこととなるのです。宗教の自由を求め、新天地を開拓定住を目的としたピルグリムファーザーズとは異なり、ジェームズタウンへ向かった移住者たちは、金銀を見つけ、一獲千金を狙うタイプの人間が多かったという事。 キャプテン・ジョン・スミス 最初の植民者たちは、食糧不足、病気、更には、総長パオハタンに率いられた地元のインディアン部族の襲撃などにより、かなりの人数が死んでいく。初期、植民者の間のリーダー格となったのが、元軍人の、キャプテン・ジョン・スミス。まだ、若かったものの、彼は、それまでに、オランダやハンガリ...

シェークスピアのファースト・フォリオと鉄のカーテン

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どんなに素晴らしい文学作品を書いても、びびっとくるような発言(スピーチ)をしても、それが、きちんと紙面に書き残され、後世に伝えられなければ、時を経るとともに、歴史の中に消え去り、忘却のかなたに埋もれてしまう。書き留められていても、忘れ去られてしまうものもありますから。 1616年に、当時の人気劇作家 ウィリアム・シェイクスピア が、52才にして、いきなり死んでしまいます。その7年後の1623年、芝居仲間であったジョン・ヘミングと、ヘンリー・コンデルは、まとまった作品集のようなものが出されていなかったシェークスピアの戯曲をかき集め、編集し、出版。これが、シェークスピアのファースト・フォリオと呼ばれるもの。現在に至るまで、シェークスピアの戯曲が、世界中あちこちで上演され続けて来たのも、このフォリオが出版されたおかげです。 ファースト・フォリオの影の立役者、ジョン・ヘミングとヘンリー・コンデルへ捧げた記念碑は、ロンドン、シティーにある、ラブ・レーン(Love Lane、恋横丁)と呼ばれるひっそりした通りでお目にかかることができます。(恋横丁なんて、ちょっとロマンチックな名前!と思いきや、どうやら、名の由来は、中世の時代、この辺りで、売春婦が徘徊していたからだとか。) 二人は、長年この地区に住んでおり、以前ここにあった教会の墓地に埋葬されたのだそうです。記念碑の上に立つ胸像は、シェークスピアのものなのですが、おそらく、この二人が、どんな顔をしていたのかもわかっていないのでしょう。胸像の下には、開いた形の本を模したものが設置され、そこにファースト・フォリオの冒頭の文字が刻まれています。 更に、その下の記念碑には、 To the memory of John Heminge and Henry Condell Fellow acotors and personal friends of Shakespeare They lived many years in this parish and are buried here To their disinterested affection The world owes all that it calls Shakespeare They alone collected his dramat...

おとぎ話の終わりは

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有終の美を飾る、終わり良ければ総て良し、立つ鳥鳥跡を濁さず、引き際が肝心・・・などなど、最後をきれいに決めようという諺はたくさんあります。おとぎ話も、主人公が幸せをつかんでめでたしめでたし。 ロンドンの ストラトフォード で行われていた、世界陸上選手権も本日で幕を閉じます。本大会をもって、陸上界の大スター、ウサイン・ボルトが引退を宣言。イギリスで過去最も成功した陸上競技者 モー・ファラー も、メジャーな大会においてのトラック競技からの引退となります。2012年のロンドン・オリンピックでは、今回と同じスタジアム内で、100メートル、 200メートル で金を獲得したボルトと、10000メートル、5000メートルの金を得たモー。 リオ・オリンピックで引退をせず、第2の故郷というロンドンを引退場に選んだウサイン・ボルト。彼としては、100メートルで、できれば金、400メートルリレーでは、メダルは得なくとも、ファイナルに出場し、最後は、ジャマイカのチームメイトたちと、ゆっくりスタジアムを一周して、ファンにさよならをすることを考えていたのでしょうが・・・先週の100メートル決勝では、ドーピングの経験からスタジアムの観客から、盛んにブーイングを受けていた米のジャスティン・ガトリンに負けて銀。おとぎ話の主人公が、悪役にしてやられてしまった。昨日のリレーでは、ジャマイカ・チームのアンカーをつとめて、バトンを受け取り走り出した瞬間は、「お、抜けるんじゃないか?もしかしたら、ジャマイカ、メダル取れるかな・・・」と思われたのに、いきなり、左足ふともも裏のケガで、倒れ込み、棄権。しかも、ちゃんとしたサヨナラもなく、びっこを引きながら競技場を去る結果に・・・。 モー・ファラーは、先週の10000メートルでは、しっかり金を獲得。昨日の5000メートルでも金を取って、今回メダルの数がとても少なかったイギリスに貢献してくれるだろう、と多くのイギリス人の期待がかかっていました。が、こちらも、銀。銀だって取れればいいじゃないと思うのですが、おそらく、本人も、観客も、更なる金のダブルを期待していたので、ちょっと気抜け。ファンの期待が高いスーパースターたちも、それに応えるのが大変です。また、本人たちが頭に描いていた、「そして、この二人は、ロンドンで有終の美を飾って、トラック競技からの見事な引...

ボビー

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ジャクリーン・ケネディーを描いた映画「 ジャッキー 」を見に行った後、JFKの弟でやはり暗殺されてしまったロバート(愛称ボビー)・ケネディーに興味が出、2006年に、エミリオ・エステべスが脚本を書き、更に監督している「Bobby ボビー」という映画を見つけ、鑑賞しました。 俳優マーティン・シーンの息子、エミリオ・エステべスは、ボビー・ケネディー暗殺があった時は6歳だったそうで、その1年前には、ボビーと会って握手をしたのだそうです。子供心に、死亡のニュースが流れた朝の記憶も強く、長らく、この映画を作る事を胸に抱いていたという話。親子ともども、民主党支持で、ロバート・ケネディーには思い入れが強い様子。あまり知名度も高くない映画なので、さほど期待もせずに見たのですが、予想より、ずっと良く、またアメリカの現状との比較も興味深い内容でした。 時は1968年6月4日、大統領選にむけてのカリフォルニア予備選挙の日。大統領選に立候補することを決めたボビー・ケネディーは、このカリフォルニアの予備選挙で、同日遅く勝利を収め、真夜中を回った6月5日、ロサンジェルス、アンバサダーホテル内のホールにて勝利のスピーチを行う。その後、大歓声を受けながら、群衆で混みあったホールを去るため、ホテルの厨房を通過した際に、パレスチニア出身の若者、サーハン・べシャラ・サーハンによって撃たれる。病院に担ぎ込まれ、翌朝、奥さんにみとられ、死亡。この際、厨房にも、ボビーを一目見ようと、77人の人間がひしめいていたという事ですが、そのうち、5人も、流れ弾にあたって負傷しています。が、ボビー以外は、皆、命はとりとめています。 映画は、暗殺で終わるこの選挙の日、アンバサダーホテル内での人間模様を、幾人かの人物の生活を追い、その会話から、当時の社会状況を見せる、という面白いアングルを取っています。 長年アンバサダーホテルで働いてきて引退した老人二人が、ロビーでチェスをし語らう姿。ホテルの従業員には一応は平等な権利を与えたいと、午後は、選挙に投票に出かける時間を与えようとするホテル支配人。そんな支配人の態度に懐疑的な厨房マネージャー。厨房でこきつかわれ、ぶつぶつ文句を言いながらも、仕事があるだけいいと、必死で働くメキシコ人と黒人たち。良く知らない青年が、ベトナム戦争へ行かずに済むように、ホテル内で、偽...

ジャッキー

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アメリカの新大統領の就任式も終わり、間もないというのに、時計の針を大幅に後戻りさせたようなトランプ新政権の政策に、唖然とさせられる中、ブレグジット後は、ヨーロッパに親しいお友達がいなくなりそうなイギリスは、アメリカとの良好な関係の維持、アメリカと好条件の貿易協定を結ぶ必要から、アメリカの現政権におべっかを使う必要が生じ、トランプ政権が何をしようとも、我が国の方針とは違います、などと小声で言いながら、きっぱりと物申すこともできないという情けない状態に陥っています。それでなくても、状況が自分に不利の時は、こっそりとなりを潜めて、嵐が去るのを待つという、潜水艦の様な テリーザ・メイ の事ですから。野党側からは、ドナルド・トランプに尻尾を振る「テリーザ・ザ・アピーザー」(Therasa the Appeaser、へつらいのテリーザ)などという有り難くないニックネームも出始めています。 そんなこんなで、そのうち、アメリカでは再び、 魔女狩り でも始まるんじゃないか、くわばら、くわばら、などと思いながら、イギリスで封切り間もない映画「Jackie」(邦題は、「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」)を見てきました。ジャッキーはもちろん、米35代大統領ジョン・F・ケネディー夫人であり、つい先日、駐日アメリカ合衆国大使の座を去って帰国したキャロライン・ケネディーのお母さんでもあった、ジャクリーン・ケネディー。やっぱり、母子、顔ちょっと似てます。ケネディーからジョンソン大統領にかけては、黒人公民権を徐々に確立される努力がなされていった時代。 映画は、1963年11月22日、テキサス州ダラスでのJFKの暗殺から、11月25日の彼の葬式に至るまでのいきさつを、ファーストレディであった、ジャッキー・ケネディーの視点から描かれています。事後、ジャッキーにインタヴューをするために、彼女の家に現れたジャーナリストに、顛末を語るという形式。たまたま、これを見に行った翌日には、ジャッキーと精神面での対話をし、JFKの葬儀を執り行った、カソリック牧師さん役で登場していた英国俳優ジョン・ハートが亡くなるニュースが流れました。 ファーストレディであるとともに、ファッションアイコンでもあった彼女。アメリカの歴史、自分たちのシンボルとしての重要性をかなり意識していたようです。暗殺の日に...

古本の浪漫

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一昨年、懐かしくなって、子供の時に愛読した絵本「 おやすみなさいフランシス 」の古本をインターネットで購入してから、時に、ふと思い立って、「あれも、もう一度入手したい」などと思った絵本を、ぼちぼち購入しています。古本は、基本的に、新しいものより、ずっと安いという利点がまずあります。もっとも、レアな貴重本となると、その価値たるや、目玉の飛び出るものもあるわけですが。そういえば、去年の春には、5万ポンドもの価値があると言われる、ケネス・グレアム著の「 Wind in the Willows たのしい川べ 」の初版をめぐって、この本を所有していたディーラーが殺害されるという事件までありましたっけ。当然、私は、投資の対象を探しているわけではないので、購入している本は、みな、板チョコと同じくらいの値段のものばかりです。 安い、という事の他に、古本には、どこかで、別の誰かが読んだものであるという、ロマンがあるのです。表紙の裏などに子供の名前が書いてあると、この人は、今頃、どこで何をしているのか、などと思いをはせたりもし。古本に、書き込みがあったりすると、それが有名人物の手記でない限り、値段が下がるらしいですが、私は、その本の過去の歴史がうかがえるので、前の所有者の名前を初め、何かが、ちらっと記載されている古本の方が好きです。 先日購入した、米作家による絵本には、表紙の裏に、アリゾナ州のユマという場所にある小学校のスタンプが押されていました。アメリカの小学校の図書館にあった本が、なぜか、イギリスへやってきて、イギリスの古本屋から、私がネットで購入した次第。この本の履歴と旅路など、考えただけで、なんだかわくわくします。 この本が置かれていた小学校は、まだ存在するのかしらん、と、スタンプにあった学校の住所を、グーグルマップで調べてみたところ、あった、あった、まだありました。通りの写真などを見てみると、がらーんとしただだっ広い雰囲気の景色。学校のウェッブサイトもついでに覗いてみたところ、「ロードランナーのふるさと」と学校名の下に堂々と記載されており、笑みが浮かびました。 ロードランナー(Roadrunner)は、ワーナー・ブラザースのアニメでおなじみのオオミチバシリという鳥ですが、飛べるにもかかわらず、砂漠の景色の中を、たったか、たったか、高速で走るのが得意とい...

ルーム

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秋風が吹き始めると共に、うちの旦那は、さっそく、どこぞから風邪菌をもらってきて、私もうつされてしまいました。計画していた外出もキャンセルとなり、ここ2,3日、ティッシュペーパーを絶えず抱えて、鼻ずるずる、咳こほこほ。数日だけでも、室内にこもりきりは、段々、耐えられなくなってくるのです、これが、何年も、小さな場所に閉じ込められたきりであったら、どんな事になるやら。考えただけで、気が狂いそうです。ということで、去年(2015年)公開になって話題を呼んでいた映画「ルーム」を、これを機会にお茶の間鑑賞しました。 何年も行方不明になっていた女の子が、ある日突然、なんの変哲もない郊外の家の庭におかれていた小屋や、民家の地下室に軟禁されていたのを発見され、家族と再会するる・・・などというニュースが時々あります。「ルーム」は、18歳の時に誘拐され、変な男(オールド・ニック)の家の庭にある、改造した小屋に閉じ込められ、7年もそこで過ごしたジョイと、そこで生まれた彼女の子供で、5歳になったばかりのジャックの物語。 2人がルームと呼び、住む小屋には、暗証番号を入れなければ開かない鍵がついており、脱出は難しく、窓もなく。外界が見えるのは、屋根についている小さな四角いスカイライトと、おんぼろテレビのみ。トイレもお風呂もベッドも、小さな台所、流しも、すべてこの小さな空間にあり、飲食料、その他必要なものは、オールド・ニックが夜、届けに来る。 最初から、ほぼ最後の方まで、こうした監禁生活の話かな、と思いきや、映画の中盤で、死体を装い、無事、小屋から担ぎ出された後、脱出したジャックのおかげで、警察がこの小屋を探し当て、母子ともども、自由の身となるのです。そして、後半は、新しい外の世界での生活に適応できずに落ち込むジョイと、徐々に外の世界を受け入れていくジャックの様子が描かれています。 ジョイがルームで、オールド・ニックの虜となっている間に、ジョイの両親は離婚。ジョイのお母さんは、別の、優しそうな彼、レオと一緒に、昔の家に住んでおり、救出されたジャックとジョイは、そこに同居。本当のジョイのお父さんは、犯罪者、オールド・ニックの子供であるジャックを孫として受け入れられず、話しかけることはおろか、面と向かって見ることもできない始末。 ジョイは、失われた青春の7年間を嘆くとともに、ル...

映画「ブルックリン」

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人生は、選択です。少なくとも自由社会では。どの学校に行くか、何を勉強するか、どのクラブに所属するか、どんな友人を選ぶか、何の仕事をするか、誰と結婚するか・・・。それ以外でも、些細なことで、毎日の様に、数限りない選択を繰り返して現在の自分に至っている。当然、両親、生まれた場所と環境、健康体かどうかは、自分の意志では変えられないわけですが、半分以上は、自分が意識的か無意識的に行ってきた選択の積み重ね。若いころ、小さな店でアルバイトをしていた時、正社員の女性が「うちのだんなみたいな、あんな男に会って結婚してなければ、こんなところでしがない店員をしている以外に、もっといい人生もあったかもしれない。」などと、お茶の時間にため息をついているのを聞いて、若いながら、心に隙間風が吹いたのを覚えています。自分の人生がもしかしたら失敗だったと感じたとき、過去の選択を悔やんで、もう今では、間に合わない、抜けられない、と思うことほど、惨めなことはないような気がして。それと同時に選んだのは自分だし、ここで働いているのは、だんなのせいだけじゃないんじゃないか、などともちらっと思ったりもしたのですが。また、たとえ、勝者組の人生を送ってみても、あの時、ああしていれば、もっと別の人生を歩んでいたかもしれない、それはそれで、面白かったかもしれない、と思いにふけることもあるかもしれません。昔、サトウキビ畑で働かされた黒人奴隷などを思えば、選択があるというのは、かなり贅沢な話ですが、選択肢の全てが、それなりに良さそうに見えるとき、選ぶのは本当に難しいのです。 という事で、主人公が、二つの、それぞれ違った意味で魅力のある選択を余儀なくされる映画「ブルックリン」(Brooklyn)を見ました。 あらすじ 1951年、とあるアイルランドの小さな町。主人公の若い娘、エイリッシュは、母と姉のローズと3人暮らし。いじわるおばさんが経営する町の雑貨屋でアルバイトをするくらいしか職がなく、満たされない毎日。そんな妹のため、姉のローズは、ニューヨークのブルックリンに住むアイルランド人の牧師に手紙を書き、エイリッシュのために、ニューヨークでの職と下宿を探し出す。 期待と不安でアメリカに渡ったエイリッシュ。他の若い女性たちと、気のいい女将さんの営むブルックリンの下宿先から、マンハッタンのデパートで売り子とし...

思い出巡るメリーゴーランド

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懐かしい昔に連れて行ってくれるメリーゴーランド アメリカの人気テレビシリーズであった「 ブレイキング・バッド 、Breaking Bad」を、去年の春、もらったDVDで一気見して以来、他の映画などを見る時間が無くなるので、この手の長いテレビシリーズは、しばらく避けて手を付けなかったのですが、最近になって、やはり、人気を博したアメリカの「マッド・メン Mad Men」のシーズン1から3までの中古DVDを超特価で購入し、見始めました。恐れていた通り、はまっています・・・。60年代ニューヨークの広告代理店を舞台としたドラマですが、当時起こっていた社会事項や、実際に、本当の製品を取り上げて、代理店がどのように宣伝したか、なども見せていて、とても面白い。 シーズン1の最終回は、「The Wheel 輪」という題名でしたが、これは、当時のコダックの新製品であった、輪形をしたスライド再生機を話題とした話。コダック側は、ただ単に「輪」または、「ドーナッツ」というような、その形を連想させる商品名で、これを売り出そうとしていたのを、主人公の、広告代理店の腕利きドナルド・ドレイパー(ドン)が、ただの「輪っか」などという味もそっけもない名前ではなく、「Carousel」という名で売り出すことを提案。カルーセル(carousel)は、アメリカで、メリーゴーランドのこと。イギリスでは、カルーセルより、メリーゴーランド(merry-go-round)と呼ぶことの方が一般的でしょうか。日本語での昔風の言葉、「回転木馬」も、詩的でちょっと良い呼び名です。 さて、ドンの、コダック側へのセールス・プレゼンテーションは、ギリシャ語を語源とする「ノスタルジア」という言葉から始まります。ノスタルジアの元の意味は、「古い傷からの痛み」を意味したそうで、そこから、過去などを回顧したとき、ハートがきゅんと締め付けられるような痛みを意味する言葉へと発展。ドンのプレゼンは、このスライド再生機は、そんなノスタルジアを感じさせる過去へのタイムマシンだと続きます。再生されるスライドを眺めながら、思いは、巡り巡って、心痛くなるほど懐かしい昔、かつて自分が愛されていた時代へと舞い戻り、行ったり来たりの旅をする・・・よって、このスライド再生機は、単なる「輪」ではない、「カルーセル」だ、と締めくくるのです。奥さんとの...

レヴェナント:蘇えりし者

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レオナルド・ディカプリオ主演、「 アモーレス・ペロス 」などのパワフルな映画を作ってきたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の新作「レヴェナント:蘇えりし者」(The Revanant)は、 マイケル・パンクの小説「The Revenant : A Novel of Revenge」の映画化で、 アメリカの西部劇。西部劇と言っても、ジョン・ウェインなどの出ているウェスタン映画の背景となる時代よりも前の話です 。 一種のアクションものだし、風景がすばらしいという評判だったので、後からDVDで見るより、大きなスクリーンで見る価値ありか、と3週間ほど前に、映画館へ足を運びました。 時代設定は、1820年代初頭ですから、アメリカの南北戦争もまだ。場所は主にミズーリ川北部周辺。この地域を含む、アメリカ中部の広大な地は、合衆国が、1803年のルイジアナ買収により、ナポレオンのフランスからバーゲン価格で買ったもので、アメリカ領土になってから、まださほど時が経っていません。よって、アメリカ人による移住もほとんど進んでおらず、多くのインディアン部族と、川沿いで毛皮の取引をする商人や猟師たちが徘徊するだけの土地。そうした毛皮商や軍の拠点として、所々に砦があるくらいで、あとは、まさに野生の王国。 本と映画のインスピレーションとなったのは、実在した人物である、毛皮罠猟師ヒュー・グラス(Hugh Glass)の究極のサバイバル物語。カナダでは、すでに17世紀には、盛んに毛皮を目的としたビーバー猟が行われていましたが、現アメリカ合衆国領域内でのビーバー猟の最盛期は、1810年から30年頃にかけてだという事です。 ヒュー・グラスは、アンドリュー・ヘンリーに率いられた、ビーバーの毛皮を目当てとした罠猟を行いながら、ミズーリ川を上っていく探検団に参加。当時、ヒュー・グラスは、すでに40歳前後で、一団の中でも年上であったそうです。背が高く体格も良く経験に富んだベテラン。周辺に数多く存在したインディアンの部族の中には、白人に対して比較的友好的な部族もあれば、好戦的な部族もあり。そんなこんなで、ヘンリー団は、1823年の夏に、好戦的なアリカラ族(Arikara)に襲撃され、幾人もの死者を出し、やがて、再び標的になるのを避けるため、ミズーリ川を離れ、使用していたボートを捨てイエローストー...

「おやすみなさいフランシス」と「しろいうさぎとくろいうさぎ」

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ラッセル・ホーバン著「おやすみなさいフランシス」(原題:Bedtime for Frances)という絵本は、私が子供時代、一番のお気に入り絵本でした。ふと、なつかしくなり、アメリカから古本を取り寄せました。イラストは、ローラ・インガルス・ワイルダーによる「インガルス一家の物語」シリーズの挿絵でも知られるガース・ウィリアムズ(Garth Williams)。 日本では人気だった「おやすみなさいフランシス」ですが、イギリスの本屋で売っているのは見たことは一度もありません。また、やはり、私が子供の時に大好きだった、米作家ルース・スタイルス・ガネットの「エルマーの冒険」(My Father's Dragon)シリーズ3作も、イギリスの子供の間ではほとんど知られていない感じです。「インガルス一家の物語」シリーズも、後半の4冊は、アメリカから古本を購入して読んだ次第。もっとも、こういった本を外国から、コーヒーを一杯買うのとさほど違わない値段で購入できるのは有難いことで、本当に、インターネット様様です。 今回購入した「Bedtime for Frances」は、色つきなのですが、私が日本で読んだものは、色は、淡い緑と黄色だけでした。この彩色の仕方と色の選択がいまひとつなのは、あとから、本人以外の誰かがつけたものなのではないかと、思います。これがちょっと残念でしたが、いやはや、懐かしい・・・。 The big hand of the clock is at 12. The little hand is at 7. It is seven o'clock. It is bedtime for Frances. 時計の長い針は12を指しています。 短い針は7を指しています。 7時です。 フランシスが寝る時間です。 の冒頭の部は良く覚えています。この後、ベッドへ連れて行かれたフランシスは、なかなか眠れず、部屋の中にトラがいる、巨人がいる、天井の割れ目から何かが出てくるかもしれない、窓のカーテンの動きが不気味だ・・・と色々と心配になり、其の度に、ベッドから這い出し、両親のところに行って、報告をするのです。 私は寝つきの悪い子でした。床に着いてから、軽く1時間は、「明日、早起きして学校行かなきゃいけないのに、眠れない・・・」と、...

「ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験」と「わたしに会うまでの1600キロ」

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アメリカの東海岸よりを、南北に走るトレイル(ハイキング路)、アパラチア・トレイル(Appalachian Trail)。そして、アメリカ西海岸よりを南北に走るトレイル、パシフィック・クラスト・トレイル(Pacific Crest Trail)。其々、その全距離は、3500キロと4286キロという半端ではない長さです。参考までに、イングランド国内の長距離トレイルで最長のものは、現段階では、イングランド南西の海岸線をぐるっとめぐる、サウス・ウェスト・コースト・パス(South West Coast Path)の1014キロですので、規模が違います。いつの日か、イギリスの海岸線を全てつなぐトレイルができたら、話はまた別ですが。 大きなリックをしょって、キャンプをしながら、このアパラチア・トレイルとパシフィック・クレスト・トレイルを歩く事をテーマにした映画を2つ、立て続けに見ました。 まずは、米作家ビル・ブライソンの体験談「A Walk in the Wods」(日本語訳題名:ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験、北米アパラチア自然道を行く)をもとにした、同名の映画。こちらは、映画館で見ました。いつも、低く雲が空を覆うイギリスに住むのは、「タッパーの中に住んでいるようなものだ」の名言で知られる彼。イギリス人の奥さんを持ち、長くイギリス在住、現在はノーフォーク州に住むビル・ブライソンは、イギリスでも大人気のユーモア作家で、一家に最低一冊は、この人の本があるのではないでしょうか。 これは、彼が一時アメリカに戻り、ニューハンプシャー州に住んでいた時の話で、いきなり思い立って、酒飲みで怠惰な友人のカッツと共に、アパラチア・トレイルの制覇を目指すというもの。映画の中では、住んでいた家のすぐ近くに、このトレイルの一部が通っているのに気がつき、調査を始める・・・という設定になっていました。 当時、ブライソンは、40代であったそうですが、演ずるは、79才(!)のロバート・レッドフォード。よって、「あんた、ほんとに、3000キロ以上の道のりを歩くつもりかね?」という無謀ぶりは良く出ています。1人で旅に出るのを心配する奥さん(エマ・トンプソン)は、アパラチア・トレイルで、熊に襲われ死んだ、変な人間に襲われた、崖から落ちた・・・云々・・・という記事を集めて、見せ、不安にな...

ビクトリア朝女性の下着、コルセットとクリノリン

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Laura had a sudden thought. "It's Mary's corsets! It must be. The corset strings must have stretched." It was so. When Mary held her breath again and Laura pulled tight the corset strings, the bodice buttoned, and it fitted beautifully. "I'm glad I don't have to wear corsets yet," said Carrie. "Be glad while you can be, " said Laura. "You'll have to wear them pretty soon." Her corsets were a sad affliction to her, from the time she put them on in the morning until she took them off at night. But when girls pinned up their hair and wore skirts down to their shoetops, they must wear corsets. ”You should wear them all night,” Ma said. Mary did, but Laura could not bear at night the torment of the steels that would not let her draw a deep breath. Always before she could get to sleep, she had to take off her corsets. "What your figure will be, goodness knows," Ma warned her. "When I was married, your Pa could ...

ブレイキング・バッド(Breaking Bad)

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先月の頭、だんなのヨークシャーの幼馴染から小包が届きました。中に入っていたのは、「すごく面白いよ。エンジョイ!」というメッセージと共に、米のテレビシリーズで、大人気を博した「ブレイキング・バッド」(Breaking Bad)のDVDボックス・セット。イギリスでは、有料のスカイテレビで放送され、最終回の高視聴率は、新聞記事にもなっていた記憶があります。うちは、スカイが無いので、テレビでは1度も見ていませんが、放送中は話題であったため、高校の化学の教師が、肺がんの宣告を受けて、自分の死後、家族が困らないように、金を稼ぎ上げるため、覚せい剤のメタンフェタミンを化学の知識を生かして製造し、麻薬ギャングのはびこる悪の世界へ踏み込んでいく・・・という、簡単なあらすじは知っていました。最近、肺にカビが発生してしまい、肺が弱っているだんなは、「まだ生きているうちに、クリスタル・メス(メタンフェタミン)を作って、一儲けしろっていう陰のメッセージで、これ送ってきたのかな。」なんて言ってましたが。 という事で、先月はほとんど、夜はテレビを見ずに、「ブレイキング・バッド」づくめ。だんな入院期間中には、私が見終わったDVDを、病院に持っていき、 酸素マスク をして、病室からほとんど出られなかった彼は、これをPCでみるのが、唯一の楽しみでした。最終回にたどり着いた時には、マラソンのゴールを切った感じでしたが、本当に面白かった。特に、最終シリーズは展開も早く、最終回は、満足の行くエンディング。なにせ、毎日の様に、楽しみに見ていたので、見終わってしまった今、「ブレイキング・バッド」の離脱症状をわずらっています。 出だしのあらすじを、もう少し詳しく書くと・・・ ニューメキシコ州、アルバカーキー。学者並みの頭脳を持ちながら、高校の化学教師に甘んじて生活を送ってきたブライアン・クランストン演じる、ウォルター・ホワイト(愛称ウォルト)は、生計をたてるため、学校の仕事の後は、近くのカーウォッシュのレジでも働く。妻スカイラーは、2児目を妊娠中で、高校生の息子ウォルター・ジュニアは、身体障害を持ち、杖をついて歩く。50歳の誕生日を迎えた直後、ウォルトは肺がんで、余命いくばくもない事が発覚。良い保険に入っていないため、治療には巨額が必要となる上、自分の死後の家族の生計も心配となる。 ひょんな事...

12 Years a slave(それでも夜は明ける)

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公開当時から見たいと思っていた「12 Years a Slave」(邦題:それでも夜は明ける)をやっとDVDで見ました。 1841年、北部のニューヨーク州サラトガスプリングで、妻と子供2人と自由人として生活していた黒人のソロモン・ノーサップ(Solomon Northup)が、ワシントンDCで誘拐され、まだ奴隷制の続く南部へ連れて行かれ、奴隷として売られてしまい、救出されるまでの12年間を描いた物語。ソロモン・ノーサップは実在の人物で、映画は、この体験直後に、彼が書いた同名の本(12 Years a Slave)に基づいています。この本の方は、以前、ラジオの朗読で聞いた事があり、ストーリーは知っていたのですが、こういう内容のものを映像で見るインパクトは強いです、やはり。 あらすじ バイオリン奏者のソロモン・ノーサップ(キュウエテル・イジョホー)は、サラトガスプリングで家族と幸せに暮らしていた。ある日、2人の男性に、ワシントンDCで、演奏の仕事があると誘われ、行ったはいいが、飲み物に薬をもられ、意識朦朧とするうちに、身柄を拘束され、ワシントンDCから、他の幾人かの黒人達と共に、南部へと連れて行かれ、奴隷として販売される。 最初にソロモンを購入した農場主フォード(ベネディクト・カンバーバッチ)は、温厚な人物で、有能なソロモンを大切にするものの、残忍な奴隷監視人から目を付けられ虐待を受けたソロモンは、逆にこの監視人を殴ってしまう。ソロモンを自分の農場では保護しきれぬと感じたフォードは、別の農場主エップス(マイケル・ファスベンダー)へ、ソロモンを売り、ソロモンは、エップスの木綿農場で働く事となる。サドっ気のあるエップスは、木綿を摘む量が少ない奴隷を、習慣的に鞭打たせ、また、女性奴隷の一人、パッツィーに惹かれ、夜な夜な彼女を訪れる。パッツィーに嫉妬を燃やすエップスの妻は、事あるごとに、パッツィーを虐待。 最終的に、ソロモンは、エップスの農場で大工仕事の手伝いに来ていたカナダ人労働者バス(ブラッド・ピット)に、出会う。奴隷制に反対の意見を示すバスに、ソロモンは、自分の過去を語り、北部の自分の友人宛に手紙を書いて、送ってくれるよう頼む。やがて、ソロモンの友人が、エップスの農場へ現れ、ソロモンをサラトガスプリングへ連れて帰り、ソロモンは、やっと12年会わなか...

クリスマスのまえのばん

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1823年12月に、クレメント・クラーク・ムーア(Clement Clark Moore)によって書かれたとされる詩、「クリスマスのまえのばん」(The Night Before Christmas)のイラスト入りの本を、ちょろりと入ったセカンドハンドの店で見かけ、購入しました。新品並みのコンディションで50ペンスは安いですし、昔風のイラストも気に入りましたので。 「クリスマスのまえのばん」は、アメリカのニューヨーク州トロイにて、最初は、新聞に無名で掲載された詩です。発表時は、「セント・ニコラスの訪問」(A Visit from St. Nicholas)のタイトルがついていましたが、瞬く間に人気をはくし、そのうちに、詩の冒頭の「Twas the night before Christmas・・・」(それは、クリスマスの前の晩の事でした・・・)から取った名で呼ばれるようになるのです。 もとはキリスト教の聖人であった聖ニコラスが、アメリカにて、文学や挿絵を通して徐々に現在のサンタクロースへと変化していきましたが、この「クリスマスのまえのばん」も、「聖ニコラスは、聖人という厳かなイメージではなく、陽気なおじいさんのイメージなのだ」と、一般人の間に定着させるのに、かなりの力をふるったようです。 詩の中では、サンタクロースと言う名はまだ使用されておらず、「セント・ニコラス」とはなっていますが、もう、この段階で、聖ニコラスがプレゼントを配りに来る日が、聖ニコラスの日である12月6日で無く、クリスマス・イブとなっていますしね。 詩の概要は、 静かなクリスマスの前の晩、暖炉の前には、靴下がつる下げられており、子供たちはお菓子の夢を見ながらベッドの中、奥さんも隣のベッドですやすや。著者は、戸外の物音に目覚め、窓から外を覗くと、セント・ニコラスが、8匹のトナカイがひくソリに乗ってやってくる。そして、セント・ニコラスは、煤にまみれ、煙突から室内へ降りてきて、覗き見をしていた著者に気がつくものの、ウィンクしただけで、何も言わずに、子供たちへのおもちゃを靴下につめ、再び、煙突へ。最後は、「メリークリスマス、グッド・ナイト」と叫びながら、ソリで去っていく。 ウィキソースに、英語の原文が載っていますので、興味のある方は こちら まで。 聖ニコラスの描写の部分...