ジャッキー

アメリカの新大統領の就任式も終わり、間もないというのに、時計の針を大幅に後戻りさせたようなトランプ新政権の政策に、唖然とさせられる中、ブレグジット後は、ヨーロッパに親しいお友達がいなくなりそうなイギリスは、アメリカとの良好な関係の維持、アメリカと好条件の貿易協定を結ぶ必要から、アメリカの現政権におべっかを使う必要が生じ、トランプ政権が何をしようとも、我が国の方針とは違います、などと小声で言いながら、きっぱりと物申すこともできないという情けない状態に陥っています。それでなくても、状況が自分に不利の時は、こっそりとなりを潜めて、嵐が去るのを待つという、潜水艦の様なテリーザ・メイの事ですから。野党側からは、ドナルド・トランプに尻尾を振る「テリーザ・ザ・アピーザー」(Therasa the Appeaser、へつらいのテリーザ)などという有り難くないニックネームも出始めています。

そんなこんなで、そのうち、アメリカでは再び、魔女狩りでも始まるんじゃないか、くわばら、くわばら、などと思いながら、イギリスで封切り間もない映画「Jackie」(邦題は、「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」)を見てきました。ジャッキーはもちろん、米35代大統領ジョン・F・ケネディー夫人であり、つい先日、駐日アメリカ合衆国大使の座を去って帰国したキャロライン・ケネディーのお母さんでもあった、ジャクリーン・ケネディー。やっぱり、母子、顔ちょっと似てます。ケネディーからジョンソン大統領にかけては、黒人公民権を徐々に確立される努力がなされていった時代。

映画は、1963年11月22日、テキサス州ダラスでのJFKの暗殺から、11月25日の彼の葬式に至るまでのいきさつを、ファーストレディであった、ジャッキー・ケネディーの視点から描かれています。事後、ジャッキーにインタヴューをするために、彼女の家に現れたジャーナリストに、顛末を語るという形式。たまたま、これを見に行った翌日には、ジャッキーと精神面での対話をし、JFKの葬儀を執り行った、カソリック牧師さん役で登場していた英国俳優ジョン・ハートが亡くなるニュースが流れました。

ファーストレディであるとともに、ファッションアイコンでもあった彼女。アメリカの歴史、自分たちのシンボルとしての重要性をかなり意識していたようです。暗殺の日に着ていた有名なピンクのスーツは、だんなの血があちこちに飛び散っており、公に姿を現す前に、別のものに着替えたら・・・という周囲のアドバイスに対し、

"Let them see what they have done."
(ケネディー大統領とその政策に反対する者たちは)自分たちがやった暴力行為を目のあたりにするといいわ。

暗殺後、血の付いた洋服のまま義理の弟ボビー・ケネディーと
とそのままの姿で、義理の弟ボビー(ロバート)・ケネディーと共に、大統領専用機、エアフォースワンの階段から降り立つ。この映画を見る前に知らなかった事実として、運び込まれた病院で死亡が確認された後、JFKの棺を乗せたエアフォースワン機内で、あわただしく、ジャッキー立ち合いで、副大統領のリンドン・ジョンソンが大統領として宣誓していたこと。ソ連との冷戦の只中、国の長がいなくなるという危うい状態は、まずいわけですから。また、ボビー・ケネディーとリンドン・ジョンソンは仲が悪かったという話がありますが、2人の間の緊張感も微妙に描かれており。逆にボビーとジャキーは非常に仲良しで、だんなの生前から、彼女は色々な面で義理の弟に頼ることが多かったようです。ですから、ボビーまで暗殺された1968年には、その衝撃と不安はかなりのものだったでしょう。その後即効で、アメリカからトンずらすべく、ギリシャ人富豪アリストテレス・オナシスと結婚しています。映画はJFKの葬儀までのいきさつを追っているので、当然、義弟の暗殺までは出てきません。

ジャッキーのいわくのピンクのスーツは、シャネルという事になっていますが、米のファーストレディたるもの、ヨーロッパで作られたものを贔屓しているように見えてはいかんと、パリのシャネルのデザインをコピーする許可を受けて、ニューヨークの仕立て屋で作らせたものなのだそうです。ドナルド・トランプの「アメリカ・ファースト!」ではないですが、こういうところにも、愛国心を見せなければならないのは大変。スーツは洗濯されず血がこびりついたままの状態で、ワシントンDC近郊の国立公文書館に貯蔵されており、ジャッキーの意志で、なんと2103年まで、誰一人見ることができないようになっているのだそうです。ですから、今生きている人間の中でこれを見れる人はごくわずかでしょう、私も、どんなに長生きしても、まず無理ですね。その生々しいイメージから、センセーションを煽るのではないか、という考慮が一因ではないかと言われていますが、なんでも、JFK自身が着用していたスーツ、暗殺に使われた銃は、過去、見たいとの申し出をした研究者には、何度か見せているそうですが、ジャッキーのピンクのスーツだけは、見た人がいないのだそうです。見れないとなると、ますます見たくなる、そして、その神秘性は、ますます上がっていく次第。

上記の通り、歴史の重要性を意識したジャッキーは、アーリントン国立墓地を埋葬地と選び、ケネディーの葬儀のアレンジも、リンカーン大統領の葬儀をモデルとして決定する過程も見せています。暗殺者オズワルドまでが銃殺された後も、更なる暗殺の不安を押し切って、ホワイトハウスから葬儀の行われるカソリックの教会まで、棺の後ろをボビー・ケネディーと共に歩くのですが、この際、リンドン・ジョンソン夫妻も、意を決して、共に歩いています。内心ひやひやだったようですが。また、「ジャッカルの日」などにも描写されているよう、暗殺の可能性があったフランスのド・ゴールもJFKの葬儀に参加したようですが、彼も、かなりの警戒心を表明していたという事が映画の中でも語られていました。ド・ゴールは確か、イギリスに来た時も、万が一、襲われた場合に、即、輸血ができるよう、自分の血液も一緒に持ってきて、それを貯蔵する冷蔵庫を用意するのが大変だったというような話も以前読んだことがあります。まあ、政治家も、時によっては命がけ。肝っ玉座って、更には私人としての自分はある程度押し隠して、舞台に上がるつもりで事に臨まないと、公人にはなれないですね。

最後の方に出てくる暗殺の瞬間には、やはり、ひょえっ!こわっ!流しの鏡の前に立ち、がくがくしながら顔から血を拭い去り、いざ、カメラの前に一歩踏み出すと、弱みを押し殺し毅然とするジャッキーの姿には、常人にまねできない鉄の意志があります。

ボビー・ケネディーが、兄の死を嘆きながら、ジャッキーに言ったセリフに「まだまだやる事が沢山残っているのに。大統領として達成したのは、自分の責任で起こした事件を、解決しただけ。」の様なものがあったと記憶しますが、これは、キューバのミサイル危機の事でしょう。実際、ミサイル危機の時は、本当に世界が無くなると信じたアメリカ人は多かったようです。また、大統領時代に何かを達成したところで、次に入ってくる政権が全く異なった考えを示すものであれば、現在の状況のように、過去達成されたと思ったものが、すべて、瞬く間に水の泡と消えていく事もある。

歴史の裏幕が見られたのが面白い映画でもありました。

ジャッキーのピンクのシャネル・スーツについては、ニューヨーク・タイムズ紙の記事を参考にしました。また、ここで使用した写真(上から1枚目と3枚目)も当記事からのものです。

時代のアイコン、ジャッキーとマリリン

さて、映画の中では、JFKと愛人関係にあったマリリン・モンローのマの字も出てきませんでしたが、ところどころで、夫婦間のロマンスはもう消えかけている事を匂わせるものがあり、「女性には2つのタイプがあり、ひとつは、政治的力を持つもの、ひとつはベッドで力を持つもの。」てなジャッキーのセリフがあったと記憶します。後者が、マリリンだったという事なのでしょう。

1960年代のニューヨークの広告代理店を巡ったテレビドラマ「マッド・メン」内で、60年代初めのアメリカの2大女性アイコンとして、ジャッキーとマリリンをテーマにした広告を作る話がありました。下着会社の宣伝のための広告作りで、「あなたはジャッキー?それともマリリン?」といった感じのコピー。

なんでも

Jackie Kennedy and Marilyn Monroe. Every single woman is one of them.
ジャッキー・ケネディーとマリリン・モンロー。女性はすべて、この二人のどちらかだ。
You are a Jackie or a Marilyn, a line or a curve.
君は、ジャッキーかマリリンのどちらか。直線か曲線か。

ドラマ内で使われていた広告のための写真は、ジャッキー役も、マリリン役も同じ女性モデルを使っているそうで、一人の女性が同時にジャッキーでありマリリンであるという可能性もあり、「昼はジャッキーで、夜はマリリンよ~、うふ~ん。」という2面性も見せるのだそうで。また、「ブラとは、しょせん、男性のためのもので、女性は男性の目を通して自分を見る」なんて、まだまだ男性中心社会の様な発言もありました。そうそう、この「マッド・メン」を見ていると、この時代、いかに女性の社会的地位が確立されてなかったか、というのもわかります。ドラマ内、この広告制作に関わったのも全て男性でした。ただ一人、代理店のクリエーティブ部の女性ペギーは、この広告に関しては意見を一切聞かれず、「私は、女性がすべてジャッキーかマリリンだなんて思わないわ。私は何なのよ!」と抗議したところで、笑われておしまいでした。

この二人だけからタイプを選ばなければならないとしたら、日本人女性の90%以上はジャキーですよね。

「マッド・メン」では、ずっと60年代に起きた事件を、物語の背景として追っていますが、マリリンが死んだニュースが流れた日の朝は、オフィスの女性たちが、皆、泣いており、また、JFK暗殺のニュースが流れたときは、ショックのため、オフィスの起動もほとんど止まり、週末に予定されていた登場人物の一人の結婚式には参加者がぐっと減ってしまうという様子を描写していました。1960年代を登場人物たちと共に、体現できるのも楽しいテレビシリーズでした。

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