古本の浪漫

一昨年、懐かしくなって、子供の時に愛読した絵本「おやすみなさいフランシス」の古本をインターネットで購入してから、時に、ふと思い立って、「あれも、もう一度入手したい」などと思った絵本を、ぼちぼち購入しています。古本は、基本的に、新しいものより、ずっと安いという利点がまずあります。もっとも、レアな貴重本となると、その価値たるや、目玉の飛び出るものもあるわけですが。そういえば、去年の春には、5万ポンドもの価値があると言われる、ケネス・グレアム著の「Wind in the Willows たのしい川べ」の初版をめぐって、この本を所有していたディーラーが殺害されるという事件までありましたっけ。当然、私は、投資の対象を探しているわけではないので、購入している本は、みな、板チョコと同じくらいの値段のものばかりです。

安い、という事の他に、古本には、どこかで、別の誰かが読んだものであるという、ロマンがあるのです。表紙の裏などに子供の名前が書いてあると、この人は、今頃、どこで何をしているのか、などと思いをはせたりもし。古本に、書き込みがあったりすると、それが有名人物の手記でない限り、値段が下がるらしいですが、私は、その本の過去の歴史がうかがえるので、前の所有者の名前を初め、何かが、ちらっと記載されている古本の方が好きです。

先日購入した、米作家による絵本には、表紙の裏に、アリゾナ州のユマという場所にある小学校のスタンプが押されていました。アメリカの小学校の図書館にあった本が、なぜか、イギリスへやってきて、イギリスの古本屋から、私がネットで購入した次第。この本の履歴と旅路など、考えただけで、なんだかわくわくします。

この本が置かれていた小学校は、まだ存在するのかしらん、と、スタンプにあった学校の住所を、グーグルマップで調べてみたところ、あった、あった、まだありました。通りの写真などを見てみると、がらーんとしただだっ広い雰囲気の景色。学校のウェッブサイトもついでに覗いてみたところ、「ロードランナーのふるさと」と学校名の下に堂々と記載されており、笑みが浮かびました。

ロードランナー(Roadrunner)は、ワーナー・ブラザースのアニメでおなじみのオオミチバシリという鳥ですが、飛べるにもかかわらず、砂漠の景色の中を、たったか、たったか、高速で走るのが得意というユニークな生き物。なんでも、飛行ができる鳥の中では、走る速さは一番なのだそうで、時速30キロのスピードを出せるということ。ワーナーブラザースのアニメのロードランナーは、確か青で彩色されていたと思いますが、本物は、うずらのような茶褐色の模様の入った地味目の鳥です。この方たち、アリゾナあたりを住処にしているのですね。たしかに、ロードランナーが、地平線に向かって走っている様子が想像できるような場所です。また、小さな、学校の図書館の内部の写真も一枚あり、「あんた、ここにいたのね。」と本に語りかけてしまいました。そして、ロードランナーがこの本を抱えて走って、私の家にやってくる様子まで想像し。

インターネットで色々と、世界各国の事情が知れるようになりながら、離れた場所や、そこに住む人に強い親近感が起こるのは、実際の「もの」を通してだ、というのは面白い現象です。手に取れるという事、実際に、その場所に存在するという事は、PCやスマホの画面に浮かぶ、手では触れない世界が幅をきかせる現在、ありがたいものに感じるのです。ユマという行ったこともない、行くこともおそらくない場所で、幾人もの子供の手に触れられ、色々な子供の寝室で夜を明かしてきた本が、今は私の部屋にある。もっとも、この本の購入も、この本のふるさとを覗けるのもインターネットのおかげなのですが。そして、ついでに、この地を故郷とする、ロードランナーの写真などもネット上で見ることができました。インターネットは道具です。悪用したり、のめりこんだりしなければ、とても役に立つ道具。

5年前に、初めてキンドルを購入した際、「なんて読みやすい」、「本に場所を取られず便利」とその利点をとうとうと、このブログで書いたのを覚えています。あの頃は、「もう、これで、本は、ほとんど買わない」と思っていたのです。その後、1代目のキンドルが壊れ、2代目がなぜか、ネットに接続できなくなり、3代目を買う気にもなれず、最近は、キンドル離れです。最終的には、ガジェットや、電池、電源に頼らねば、読みたいものが読めない、そういったものに振り回される、というのが、ちょっと嫌になったのです。日中、ガジェットには散々お世話になっているので、夜寝る前くらいは、テクノロジーから離れ、ベッド際のサイドテーブルに置いておいてあった本に、手を伸ばし、ページをめくるだけという単純な作業に、ほっとさせられる今日この頃。また、私が、手に取って触れられるものでないと、自分のものだと感じられない、根本的に古い人間だというのもあるのかもしれません。幸い、そういう古いタイプの人間は、まだ数多くおり、紙でできた本がこの世から消えうせるという心配は、今のところないようで、Eブックと印刷された本の共存は続いてくれそうです。

というわけで、絵本以外の本も、古本を購入する回数が増えてきています。値段安めの古本を買って、読み終わって、特に取っておく気も無ければ、また古本として寄付してしまえばいいし。そうして、また誰かの手に渡り、その人が同じ本から、何かを得るかもしれない。古本の浪漫は、その本が、焼却されるか、リサイクルされてしまうまで続いていくのです。

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