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1月, 2012の投稿を表示しています

ポッシュ

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ポッシュ(posh)という言葉は、上品な、高級な、といった意味の形容詞です。 ヴィクトリア・ベッカムは、つんとすました、高級品志向的なイメージから、スパイスガール時代のあだ名は、ボッシュ・スパイス。お育ちの良い人たちは、posh accentで上流風の喋り方をし、裕福な人は、お食事は、高級なposh restaurantにて。最近は、医学的に必要が無い時でも、きばむのが嫌なので、お産は帝王切開を選ぶ女性が増えているのだそうですが、そんな事をさして、too posh to push(きばむには上品すぎる)だなどというフレーズまで生まれました。 さて、この言葉の語源ですが、 Port Out, Starboard Home (略してPOSH) というフレーズからから来ていると伝えられています。 どういうことかと言うと、かつて、船でイギリスからインドへ旅する際に、裕福な上流階級の人間は、高い金を払って、行きも帰りも、北側の涼しいキャビンを予約した事を指します。port は船の進行方向左側で、starboardは船の右側を意味し、「行きは船の左、帰りは船の右側」という事になります。 私も、この話は、もともと、イギリス人から、「ポッシュはなんで、ポッシュと言うかしっちょるか?」と聞かれて、上の説明を受けたのですが、オックスフォード辞典や、他の色々な文献によると、どうやらこれは、単なる、まことしやかな都市伝説(urban myth)のようで、ポッシュの明確な語源は、幾つかの説があるものの、わからない・・・という結論。船旅説は、あまりにもぴったりだし、話の種にも面白いので、もっともらしい語源として広まってしまうのは非常に分かる気はしますが。 ポッシュな喋り方というと、他にも、「plummy」という言葉があり、上流風の声、または喋り方をする人を形容します。 「ウォークアバウト(美しき冒険旅行)」 という映画に出ていた、ジェニー・アガターは映画内でとても「plummy」で、映画の冒頭で、彼女の通う女学校の授業中に、皆で、「プププププ・・・・トゥトゥトゥトゥトゥトゥ・・・・ムムムムムム・・・・」などと発音を練習しているシーンが出ていました。 ポッシュの反対語は何か、と考えると、コモン(common)あたりとなるでしょうか。ありきたりの、通俗的な、

SOSタイタニック

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クルーズ船、「コスタ・コンコルディア」のイタリア沖座礁事件で、タイタニックの事などを思い浮かべていました。タイタニックと言っても、この映画は、1997年のレオナルド・ディカプリオと、ケイト・ウィンスレットものではなく、1958年のイギリスの白黒クラッシック映画です。 史実には、かなり忠実に描写されているという評判で、実際に、沈没していく船上でどういう事が起こったかの実写的感覚が強いです。特に主人公がいるとすれば、観客をすみやかに、パニくらずに避難させる任務を執り行ったケネス・モア扮するライトラー2等航海士。 タイタニック沈没は1912年。第一次大戦前で、イギリス社会の階級制度はまだ崩壊しておらず、船内は、外の社会を反映した小世界。船の上層から、ファースト・クラス、セカンド・クラス、そしてsteerage passengerと呼ばれる、ほぼプライバシーの無い様なコンディションで寝泊りするサード・クラス。この最下層の乗客には、アメリカでの新生活を求めて移民する貧しいアイルランド人が多く含まれています。それぞれの社会層は、お互いに関わりを持たず。タイタニックが、最初に氷山にぶつかった際、まだ、事の重大さがわかっていないので、3等の乗客達が、甲板上に落ちてきた氷のかけらを蹴ってサッカーまがいの遊びをしたりするシーンがあるのですが、これを見ていた上流層のカップル、男性が面白そうだから、降りていこうか、と言うのに対し、女性が冷たく一言、「でも、(彼らは)スティアレッジ・パッセンジャー達よ。」 避難用ライフボートが、乗客の数の半分を乗せるほどしかなかったため、ライトラー航海士は、まずファースト・クラス、セカンド・クラスの女性と子供を優先させて乗せる事を徹底。 避難を、一番最後に回されたサード・クラスの乗客たちが、大挙して走りあがりパニックが起こすのを防ぐため、優先客をすべてボートに乗せるまで、甲板に上がるための通路はふさがれ、彼らは、船の低層に閉じ込められたまま待つ状態に。万が一、乗客たちが、始末に終えないほど暴れだした時のため、船員達は其々銃を携帯。 1997年のタイタニックのような、特定の恋人達の一大ロマンスも無く、セリーヌ・ディオンの歌声も流れませんが、船内で繰り広げられる、色々な人間ドラマがスケッチ風に映し出されます。女子供だけを先にボートに乗せる

くまのパディントン

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ロンドン、パディントン駅。娘のジュディーが、夏休みに寄宿学校から電車で戻ってくるのを出迎えに出かけたブラウン夫妻。妙な帽子をかぶったくまが、スーツケースの上にちょこんと座っているのを目撃。 くまの首からは「Please look after this bear. Tank you.」(どうか、このくまの面倒をみてやって下さい。感謝します。)と書かれた札がぶら下がっていた・・・。 この奇妙なくまは、「Darkest Peru  暗黒のペルー」から、ライフボートに乗って海を渡り英国へ辿り着いた移民。一緒に住んでいた、おばさんくまのルーシーが、リマにある老くまホームに入ってしまったのを機に渡英。小さい頃から、おばさんから、いずれ移住できるようにと、それは丁寧な英語を教わってきたので、英語は流暢で、丁寧な言葉使い。このくまに、行き場所が無いとわかると、ブラウン夫妻は、自宅に招く事に。難しいペルーの名前しかないので、イギリスの名をあげようと、出会った駅の名前を取って「パディントン」に。 こうしてブラウン夫妻と、息子のジョナサン、娘のジュディー、そして怖い顔をしながら、気は優しい家政婦のバード夫人と共に、ロンドンの西、ポートベロー・ロードに程近い、ウィンザー・ガーデンズ32番に住み始めるパディントン。 マイケル・ボンド氏の、第一作目「A Bear Called Paddington 」(パディントンという名のくま、邦題「くまのパディントン」)は1958年に出版。その後、パディントンの生活と冒険を追ったパディントンものは全14冊。今のところの最新作は、初作から50周年記念に出された2008年の「Paddington Here and Now」(パディントン今ここで)。 子供の時、児童図書館で、このパディントンシリーズの本の、表紙を見たのは覚えているものの、なぜか、実際、一度も読んだ事の無かった本なのです。イギリス土産として、人に、パディントン・ベアのぬいぐるみのお土産まで買った事もあるというのに。これは、1,2作は読んで、内容は知っておいたほうが良いかと、比較的最近になってから、上記2つの作品の他に、第2作目の「More About Paddington」(パディントンについてその後、邦題「パディントンのクリスマス」)の3作を収納したオーディオ・ブックを購入

マーガレット・サッチャー 鉄の女

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実に久しぶりに映画館に足を運びました。私がイギリスへやってきたのは、マーガレット・サッチャー政権の真っ只中。特に、マギー(サッチャー女史の愛称)ファンでも、保守党(トーリー)支持でもありませんが、この期間起こった色々な事件を追いながら、こちらに住み始めてからの自分の生活を振り返って、私にはメモリーレーンを辿るような映画鑑賞となりました。 この映画の批判としては、特にトーリーの政治家から、「まだ生きている人物をぼけ老人として描くのは趣味が悪い」「彼女のやった事にスポットをあてるより、現在の彼女のぼけぶりに焦点を当てている」などがありました。その一方、アルツハイマー病の患者のための慈善団体の人がラジオで、「著名人がやはり、こうした症状に悩んでいるというのを、スクリーンに映すのは、同じ病気を持つ患者達にとっては良い事だ。」のような意見を述べているのを聞きました。また、サッチャー女史自信、当初は絶対見ない、とがんばっていたのを、見て、まんざらでもなかったような話ですが。 確かに映画の半分以上は、少々ぼけてしまっているサッチャー女史が、亡き夫、デニスが忘れられず、まだそばにいるようにして語りかけ、フラッシュバックにより、過去の出来事を細切れに映し出す・・・というもの。それぞれのフラッシュバックにより挿入される事件や、政治事項は短いので、彼女の時代に何が起こったか、どういう事をしたかを、知りたくて見に行く人、また、予備背景知識無しで見に行くと、少々、物足りなさが残る事でしょう。年老いた政治家が、長年付き添った伴侶の死からなかなか立ち直れず、過去を思う映画・・・だと思って見に行けば、それでも、それなりに良い映画だと思います。 フラッシュバックで描写される過去は・・・ 雑貨屋の娘 として生まれ、勤勉によりオックスフォードへ入学、男性ばかりが幅を利かせていた政治界に乗り込む、離婚歴ある実業家、デニス・サッチャーとの結婚、党リーダーへ立候補するため、リーダー的イメージ作りに、エロキューションレッスンを受け、強いイメージの髪型、洋服を考案。そして、首相になってからの事件としては、各地で起こるIRA(アイルランド共和軍)による爆弾騒ぎ、イギリス産業の効率を阻む労働組合の力を抑えるための、労組との対立、炭鉱の閉鎖とそれに伴う暴動、フォークランド戦争、東欧との冷戦の終結、官僚主

シルベリーヒル

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前回の記事の エイヴべリー から、南西へちょいと車を走らせたところに、ちょこんとあるこの小山。旗を立てれば、お子様ランチについてくる、ライスのようにも見えます。側を走り抜けても、特に気にも留めていなければ、そのまま、まじまじ見ようという気も起こらず、通過してしまいそう。これが、シルベリーヒル(Silbury Hill)です。 建設されたのは、おそらく紀元前2600年あたり。高さ40メートル、ヨーロッパで最も高い、古代の人口塚。道具と言えばシャベルのようなものしか無い時代、長い時間と労力をかけてできあがったであろうシルベリーヒルは、ストーンヘンジ、エイヴベリーと同じく、何故、何のため作られたのかは、謎のままです。古墳という話が一番強いらしいのですが、証拠らしいものは見つかっていません。 案外、この周辺に住んでいた古代の人間達が、「どのくらい高い山が作れるかやってみよう」なんて、特に意味も無く、ただのお遊びで作ったものだったりして・・・そう考えるのも楽しいですが、生きる糧を得るのが大変で、そんなお遊びのために、エネルギーを費やすような事をしていられる時代ではなかったでしょうから、やはり、大切な意味あるものであったのかな。 上の写真の反対側の斜面を、車から振り返ると、黒い羊達が何匹も、斜面で草を食んでいて、黒ゴマを撒き散らしたように見えました。「ああ、やっぱり、お子様ランチのライス。」 ***** さて、このシルベリーヒルから西へ行く事、10キロ弱のところに、上の写真のマールバラ(Marlborough)という裕福で上品そうな町があります。ここにあるのが、有名な パブリック・スクール で、1843年設立のマールバラ・カレッジ。最近では、ケンブリッジ公爵夫人(ケイト・ミドルトン)の出た学校として、また脚光を浴びていました。

英国王のスピーチ

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この映画やっと見ました。評判どおり、良い出来でした。 ***** 英国、ジョージ5世の次男坊、バーティーは、物心付くころからのどもり。公のスピーチなどでも、言葉が出てこず、膠着してしまう。何人ものスピーチセラピストに通ったものの、らち開かず、やがて、妻エリザベスの探してきた、正式な資格を持たぬ、オーストラリア人のスピーチセラピスト、ライオネル・ローグとめぐり合い、彼のもとで、少々風変わりなスピーチ訓練を始める。 まあ、それでも次男なので、王座に付く事はない・・・と思いきや・・・ジョージ5世亡き後、エドワード8世となった長男デイヴィッドは、王座について1年と立たぬうち、アメリカ人で離婚暦のあるウォリス・シンプソンと一緒になるべく、退位してしまう。いわゆる、退位危機(abdication crisis)と呼ばれる事件です。ジョージ6世として君臨することとなり、まずは、戴冠式にて、宣誓の言葉をどもらず言い、更には、戦争が始まり、せまりくるナチスドイツの脅威の下、国民の意気を高揚させる為のスピーチも、ラジオ放送で行う必要が出てくる。さてはて、ローグが見守る中、王は、どもらず、何とかスピーチをする事ができるのか。 ***** 時代背景の詳細については、過去の記事 「退位危機、そして、どもりの王様」 まで。 この映画の中で、ローグは、幼い頃左利きだったバーティーが、矯正で右利きに直されたこと、しつけの厳しさから、彼が抑圧された幼少時を送った事などを早期に発見するのですが、なんでも、左利きを無理やり右利きに治された子供にはどもりが多いのだと。 最近、お父さんの、ジョージ5世に関するドキュメンタリーを見ましたが、彼の子供に対するしつけは、軍隊風だったという話。愛情よりも、規律と訓練で育ったわけです。が、自分の子供には非常にうるさかったジョージ5世が、孫のエリザベス(現エリザベス女王)は、めちゃめちゃ可愛がり、目の中に入れても痛くない風だったようです。また、プレーボーイでいい加減な長男よりも、まじめな次男を頼りにする事が多かったという事。 毎年クリスマスの日の午後には、テレビ、ラジオで、女王の国民へのクリスマスのメッセージが放送されますが、それを開始したのも、ジョージ5世。ヨーロッパ諸国で、王制、帝制が倒れる中、王室が生き残るには、国民とのコミュニケー

美しき冒険旅行

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オーストラリアの荒涼としたアウトバックを舞台にしたこの映画、原題Walkaboutは、オーストラリア先住民、アボリジニーの男の子が16歳になると、少年から大人になる過程として、集団から離れ、しばし、一人で狩猟をし、サバイバルする習慣を指す言葉だそうです。いまや、昔ながらの狩猟生活を奪われたアボリジニーには、このWalkaboutの習慣も、すでに存在しない過去のものでしょうが。 16歳のジェニー・アガターの学生服姿と、裸で水浴するシーンを目当てに見る男性も多いようですが、そういうエッチ精神旺盛な人だけのお気に入り映画にしておくにはもったいない、とても良い映画です。 ***** オーストラリアに住むイギリス人姉弟は、父親に連れられ、車で、アウトバックへ出かける。車を止め、荒涼とした場所で、さて、ピクニックを、という矢先に、気がふれた父親は、いきなり子供達に向かって銃を発射し始じめる。父親は、やがて、車に火をつけ、自分は自殺。無傷で助かった子供達は、その場を後に、自分達だけで、アウトバックを抜け、都会への道を探し始めるのです。行けども行けどもう続く広大な景色の中、二人は、ウォークアバウト中のアボリジニーの少年と出会う。 彼の助けで、水を得、彼が狩った魚や動物を食べ。大自然の中、木登りをし、水遊びをして、3人ではしゃぐのですが、少女は、やはり、どうしても一刻も早く白人社会に戻りたい。アボリジニーの少年は、少女を好きになってしまい、ある夜、一晩中、彼女の心を得るための踊りをおどるものの、彼の行動が理解できない少女に無視され、傷心し自殺。姉と弟は、再び、学校の制服をきちんと身に付け、白人の作ったアスファルトの道を辿って、文明社会に戻ります。 ラストは、数年後、会社勤めの白人の夫と結婚した彼女。夫が、なんだかだと喋り続ける中。彼女は、目はうつろに遠くを見て、アボリジニーの少年と過ごした、大自然の中でのひと時を思い出す・・・というもの。 ***** 少女は、感情的に冷たくみえるほど冷静にに描かれていて、父の死にも動じなければ、少年の死に悲しむでもない。まるで、こんな事はしょっちゅうあるから慣れっこよ、みたいな風情で、即、次の行動に移るのです。だんなは、まだ帝国であったプライドが残る当時、海外でイギリス風教育を受けて育った子供は、そういう風に淡々と育つよう

若草の祈り

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映画「レールウェイ・チルドレン」(The Railway Children  邦題「若草の祈り」)というと、ほとんどのイギリス人が「ジェニー・アガターがペチコートを振りまわして電車を止めるシーン」をイメージするようです。実際、先日も、ラジオで鉄道の話が出ていた際に、このジェニー・アガターとペチコートが言及されていました。日本での知名度はさほどではないようですが、こちらでは、かなり有名な映画なので、ほとんどの人が子供の時に見て、知っている事でしょう。チャーミングな、ほのぼの家族映画です。原作は、イーディス・ネズビットによる同名の児童文学。 ***** ロンドン郊外の裕福な家庭で、理想の両親を持つ3人の子供達、ロベルタ、フィリス、ピーター。ところが、クリスマスの日、外務省に勤める父は、国家秘密をロシアに売った疑いをかけられ逮捕、投獄。残された家族は、都落ちして、ヨークシャーの小さな村にある、3本の煙突が立つ、小さなコテージへ引っ越し。ここで子供達は、近くを走る鉄道を毎日のように訪れ、眺めるのです。 鉄道と村の駅を舞台に起こるいくつかのエピソードは、行過ぎる汽車に手を振り、いつも手を振りかえしてくれる、1等車に乗っている紳士との交流、国から亡命し、駅で倒れたロシア人の作家を家で看護、仲良くなった駅員に、村人の協力を得て、バースデープレゼントをする、レースで鉄道を走っていて怪我をした少年を助ける・・・などなど。 そして、ある日、土手が地崩れで鉄道をふさいでしまったのを目撃した子供達。事故回避のため、3人は、レールの上に立ち、ロベルタとフィリスの真っ赤なペチコートを振りかざして、近づいてくる電車を止め、惨事をまぬがれる・・・というあの話題のシーン。 最後は、1等車の紳士の尽力で、濡れ衣を着せられていたお父さんは、無事釈放され、家族の元に戻ってきます。駅に、戻って来たお父さんが降り立つシーンも有名。汽車の蒸気がもくもくと霧の様に立ち込めるプラットフォーム。ロベルタが、目を凝らしてみていると、蒸気は徐々に消え、お父さんが現れる・・・。驚き喜ぶロベルタが、「Daddy! My Daddy!」(お父さん!私のお父さん!)と叫び、見ている方は、あー良かったな、と、ほろほろ。 ***** 女の子二人は、いつも外で遊ぶときに、ドレスをすっぽり包む形の

エイヴベリーの巨石たち

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ストーンヘンジ を北へ行くと、ウィルトシャー州の小さな村、エイヴベリー(Avebury)があります。この村は、面積からいくと、ストーンヘンジより、更に大きなエイヴベリー・ストーンサークルの只中にあるのです。 エイヴベリーの各々の石の大きさは、ストーンヘンジのものより小さいようですが、規模的にはヨーロッパにあるストーンサークルでは最大とされ、実際、周辺を歩いていただけでは、その全体の形や構成がつかみにくいほどの広さ。何も無い平原の中、巨石たちは点々と、たたずんでいます。ストーンヘンジと同じく世界遺産。作られたのは、新石器時代、おそらく、紀元前2500年から2000年の間と言われます。 先月の終わり、年末最後の小旅行にと、友達に連れられて行って来ました。風の強いどんよりした日でしたが、それがまたイメージにはあっているかもしれません。クリスマス期に飲んで食べて、家でうだうだするのに飽きた人たちが訪れて、時折のにわか雨や強風にめげず、歩き回っていました。海外からの観光客もちらほらおり、アメリカ人のカップルから、石の前でポーズした写真を撮ってくれるよう頼まれました。それでも、ストーンヘンジほどの知名度がないので、いささかのんびりしたところが良いのです。  ストーンサークルは、アースワーク(土手とその内側の溝)で囲まれています。一部、土手の上を回りました。元来「ヘンジ」とは、新石器時代のアースワークの事を指す言葉だそうです。周辺はチョークの地層。このチョークが露出されている部分を歩くと、雨があがったばかりなのも手伝って、つるつると滑りそうで要注意。  溝の中では、羊達が食事中。 ということで、私達も腹ごしらえに、ストーンサークル内にある、パブ(上の写真右奥)、レッドライオンに入りました。暖かい内部は、大繁盛。戸外で、天候にもめげず、果敢に、サンドイッチなどのピクニックランチをしている人を2,3見かけはしましたが。多少、待たされたものの、暖かい内部で食事して正解でした。 ひやかしで入った近くのギフトショップでは、なぜか、お線香(毎日香)が売られていました。ストーンヘンジと同じく、こういった古代の謎の建造物は、ニューエージ系の人たちの興味をそそるのでしょう。 ストーンサークルの側にあ

ジェニーに学ぶトラッド・ファッション

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Pコートやら、 ダッフル・コート やらの、トラディショナルなコートが、昨今、再び流行っているのでしょうか、今冬も、巷で着ている人が増えてきている気がします。 Pコートというと、映画 「ある愛の詩」 の主人公ジェニーが、冬のシーンでは、よーく着ていたのを覚えています。という事で、彼女が、Pコートと一緒にどんなコーディネイトをしているか、ちょっと見てみましょう。 初めて、オリバーと出会う、図書館と、その後のファーストデートでのカフェのシーンは、黒のタートルネックに赤と黒のタータンチェックのマフラーとスカートといういでたちでした。図書館内では、図書館の貸し出し係にはぴったりの巨大トンボめがねもかけています。 同じような黒タートルネックに、黄色を基本にしたタータンのマフラーとスカート、更には、赤タートルネックに、赤黒タータンのスカートといういでたちでも現れています。トップはモノトーンのタートルネック、それに鮮やかなタータンのスカートとマフラーという組み合わせが好きなようです、彼女。ニューイングランドの冬は寒いでしょうから、タートルネックは必需品なのかもしれません。 タータン以外でも、上の絵の様なコーディネートもしていました。でも、要はすべての場合、スカート、ズボン、帽子、マフラー、手袋にアクセント色を使って、全体がPコートと同じ色の黒かネービーにならない工夫をしている。時折、巷で、頭から足まで真っ黒か紺色だけで、他の色を一切使っていない、という人を見かけると、たしかに、影法師か、忍者の様に見えます。(それで、更に、黒のタートルネックを着ていたら、忍者タートル!・・・とくだらない事を書いて、ひとりでうけています。) ジェニーは、自称、「貧しいけれど頭がいい」女性。貧乏なわりには、良さそうな物着ているな、という印象を受けますが、持っているアイタム数は確かに限られていて、形がシンプル、しっかりした素材で、長く着れるようなものがほとんど。流行に左右されない伝統衣類の強みです。彼女は、そういったアイテムを上手に使い回しているわけですが、それが、「貧しいけれど頭がいい」女の腕のみせどころ。 私はさすがに、もうタータンのミニスカートを身につける年ではないし、大体、ロングでもスカートを着る事自体も少なくなってきているので、この中では、Pコートと赤系縞ズボンの

骨髄移植

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骨髄移植(造血幹細胞移植)を行った19日後、うちのだんなは、入院先の病院から退院してきました。今回の骨髄移植は、だんなの急性骨髄性白血病(M4、inv16)が去年の7月に再発した結果です。 去年の7月から10月終わりにかけて、3回に渡るキモセラピーで、レミッション(寛解、白血病細胞が見えない状態)は達成したものの、白血病の再発が1年以内であったため、再び病気が戻ってくる可能性が高いと判断され、先月、クリスマスの直前に、名も知らぬドナーさんに助けてもらい、骨髄移植となったわけです。骨髄液内にある造血幹細胞を他人から分けてもらい、それによって、願わくば、白血病の無い、新しい血液を造っていけるように。 骨髄移植の際、白血球の型(HLA型)がマッチするドナーを探す必要があります。ABO型の赤血球よりも、HLA型は数多く、複雑で、一致する場合が兄弟姉妹でも4人に1人と少ないという話を聞いていたため、同じ型で、ドナー登録してくれている人がいるか心配ではありました。ただ、医者からは、白人は、ほとんどの場合見つかると言われており、実際、かなり早い段階で、一致するドナー登録者が軽く10人以上いると判明。イギリス内で数人、また、ドイツにも数人見つかり、有り難い話です。イギリスは人口比でドナー登録者数が比較的多い国ですが、ドイツは、更に、登録者の数が非常に多く、ここでドイツと出てきたのも、わかる気がします。 秋にはすでに、型が10中10一致し、血液型もB型と同じ、ロンドン在住の20代の男性ドナーが、提供してくれるという事で、話が進んでいたのですが、直前にこのドナーがCMV(Cytomegalovirus サイトメガロウィルス)というウィルスを持っていることがわかり、再び、新しいドナーを探す必要から、11月に予定されていた移植が1ヶ月ずれこみました。このCMVは、何でも、人口の半分は持っているウィルスで、健康体であれば、キャリアーでも問題ないのだそうですが、白血病の治療を受けている、体の抗体が無い患者がこれをもらってしまうと、危険なのだそうです。このドナー候補の男性は、登録した時点では、CMVを持っていなかったものを、途中で感染してしまい、採取前のテストで発覚したらしいのです。こういう事もあるため、一人の患者につき、複数のドナー登録者が見つかることが理想なのでしょう。

リトル・ショップ・オブ・ホラーズ

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とても楽しめる、という噂は公開当時から聞きながら、今まで見ずにいたミュージカル映画です。たまたま、テレビでかかっていたので見ましたが、本当、とても楽しめました。 もとを辿ると、まず、1960年に作られた同名のカルト、コメディードラマの映画があり、後、それを基にブロードウェイミュージカルが作られ、この映画は、更に、そのミュージカルを映画化したものです。 あらすじは、 孤児であったシーモアは、花屋経営者に住処と仕事を与えられ、ニューヨークのダウンタウンの花屋で働く。もうひとりの雇い人オードリーに思慕を寄せながら、彼女には、乱暴で半狂乱の歯医者の彼がいる。 シーモアの趣味は、変わった植物を地下室で集め育てる事で、ある日食の日に購入した奇妙な風情の植物を、特に可愛がり、オードリ-IIと名づける。全く客の来ないようなこの店のウィンドウに、オードリーIIを飾った瞬間から、次々に客が入ってきて、店は、あっという間に大繁盛。ラジオ、雑誌などでも取り上げられ、オードリーIIは、話題の植物に。 ところが、オードリーIIは、宇宙からやって来た吸血人食い植物だった。シーモアは、最初は、自分の指から血を少しずつ与えていたものの、巨大化してしまったオードリーIIは、もうそれだけでは、物足りない。まずは、オードリーの歯医者の彼氏が、次には、店長がオードリーIIのご飯となってしまう。オードリーと恋仲になったシーモアは、このままではまずいと、オードリーIIをなんとか退治して、めでたくオードリーと結婚。 キャラクターが皆、漫画のようで、見ながら、思わず、スケッチをしました。特に長い首、細い顔、細いウェストのオードリーは、まるで、金星人。植物よりも、彼女の方が、宇宙から来た感じです。ヘリウムを吸った後の様な、オクターブの高い声も人間離れしていました。 オードリーの彼の気違い歯医者はスティーブ・マーティン。患者がうめき苦しむのを喜ぶというサドっ毛があり、ゲスト出演のマゾっ毛のある患者ビル・マーレイが、治療を受けて、苦しむどころか、歓喜のおたけびを上げるシーンが笑えます。 オードリーIIは、セサミストリートのマペットの目がないものの風情。と思ったら、監督フランク・オズは、セサミ・ストリートやマペットショーに製作に携わって、ミス・ピギーやクッキーモンスターの声を出している人

アパートの鍵貸します

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DVDなども、買うのは良いけれど、1度見てお終い・・・というのは沢山あります。家のDVDコレクションの中で、何度も見たという映画のひとつが、これ、「The Apartment」(アパートの鍵貸します)。考えてみれば、他にも、何度か、見ているものの中には、「おかしな二人」や、「お熱いのがお好き」が入っているので、ジャック・レモンの出ているコメディーファンとも言えるのかもしれません。 *あらすじは ニューヨーク保険会社で働く、しがない平社員のバクスターは、自分のアパートの鍵を上司達に貸し、上司は、浮気の場所として、このバクスターのアパートを利用。バクスターはこれで、上司達の成績を稼ぎ。やがて、人事の重役シェルドレイクが、このアパートの話を聞き、自分にも鍵を貸してくれるようもちかけ、バクスターは、それと交換に昇進。 さて、バクスターの憧れの女性は、社内の建物のエレベーターガールのフラン・キューブリック。デートに誘って、待ちぼうけを食わされながらも、なんとか彼女にしたいとアプローチ。ところがフランは、シェルドレイクが、バクスターのアパートに連れ込んでいた愛人だった。クリスマスイブの夜、アパートに戻ったバクスターは、フランが、自殺を試み、睡眠薬を飲んで自分の部屋で横になっているのを発見。隣人の医師の力を借りて、なんとか、彼女の命を救う。 シェルドレイクは、やがて、以前の浮気の相手であった秘書が、彼の妻にシェルドレイクの不倫を密告したため、妻から追い出されてしまう。それでも、すぐ、彼は、フランとの関係は続けながらも、独身生活を楽しみ始める。大晦日の夜、再び、フランを連れ込むのに、鍵を貸して欲しいとシェルドレイクから頼まれたバクスターは、それを断り、せっかくの出世コースを捨て、会社を去る。大晦日の夜のパーティーを、シェルドレイクと過ごしながら浮かない面持ちのフラン。バクスターがアパートの鍵を貸すのを断った一件を聞かされ、フランは、いきなり、パーティーを一人去って、バクスターのアパートへ、微笑を浮かべながら走って行き、後は、めでたし、めでたしとなるのです。 ***** ショートカットのうら若いシャーリー・マクレーンのフランは、キューピーさんのようでとても可愛いのです。フランとバクスターの両者がお互いを、ミス・キューブリック、ミスター・バクスターと呼び合う

オールド・ラング・ザイン

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昨夜は、真夜中のニューイヤーのカウントダウンと、恒例ロンドン・アイを背景にしたテムズ川の花火をテレビで見てから床に就きました。 2000年には、現在入院中のだんなと一緒に、テムズ川までわざわざ足を運び、押すな押すなの人ごみの中、実物を見に行ったのでしたっけ。もう、大昔の事のようです。以来は、ずっとテレビで放送されたものを見ています。 花火も終わり、テムズ川からの放送終了の直前にアナウンサーが、ニューイヤーは、「スペインではぶどうを12粒食べ、日本では鐘を108回鳴らす、イギリスでは、そう、ロバート・バーンズの詩がついた、有名なAuld Lang Syne(オールド・ラング・ザイン、蛍の光)を歌うのです」とオールド・ラング・ザインの大合唱になりました。 アナウンサーのお言葉通り、オリジナルの詩は、18世紀のスコットランドの詩人、 ロバート・バーンズ によるもので、題名は「過ぎし日々(のために)」といった感じ。これを古い民謡のメロディーにのせ、真夜中の時計の音が鳴ると共に、新年に歌われる風習も、スコットランドから発し、イギリス中に広がり、やがて世界に広がり。今では、歌詞こそ違え、日本でも歌われていますものね。こうしてみると、本当に、最初は、英国から始まった、という風習や、事物・・・非常に多いのです。 歌詞の一番目と、ざっと訳したものは下の通り。 Should auld acquaintance be forgot, and never brought to mind ? Should auld acquaintance be forgot, and auld lang syne? For auld lang syne, my dear, for auld lang syne, we’ll tak a cup o’ kindness yet, for auld lang syne. 過ぎし日々の馴染みを忘れ 決して思い起こす事無くとも良いものか 過ぎし日々の馴染みを忘れ 遠い日々を忘れても 遠い日々のために、君よ 遠い日々のために、 我ら、今も尚、心温かい杯を掲げよう 過ぎ去った日々のために 日本語の「蛍の光、窓の雪」というのは、なんでも、中国の古い言い伝えに基づくものだそうで、夜の明かりのための油も買えない