ビクトリア朝女性の下着、コルセットとクリノリン

Laura had a sudden thought. "It's Mary's corsets! It must be. The corset strings must have stretched."
It was so. When Mary held her breath again and Laura pulled tight the corset strings, the bodice buttoned, and it fitted beautifully.
"I'm glad I don't have to wear corsets yet," said Carrie.
"Be glad while you can be, " said Laura. "You'll have to wear them pretty soon." Her corsets were a sad affliction to her, from the time she put them on in the morning until she took them off at night. But when girls pinned up their hair and wore skirts down to their shoetops, they must wear corsets.
”You should wear them all night,” Ma said. Mary did, but Laura could not bear at night the torment of the steels that would not let her draw a deep breath. Always before she could get to sleep, she had to take off her corsets.
"What your figure will be, goodness knows," Ma warned her. "When I was married, your Pa could span my waist with his two hands."

ローラは突然思いつきました。「メアリーのコルセットが原因かも!そうよ。コルセットの紐が伸びてしまったんだわ。」その通りでした。メアリーが再び息を止めたとき、ローラはコルセットの紐を思い切り引っ張りました。そうして、ドレスの胸周りのボタンを閉じることができ、ドレスは、見事にメアリーの体に合ったのです。
「まだ、コルセットを着る必要が無くて良かった。」とキャリーが言うと、
「良かったと思えるうちが花よ。」とローラが答えました。「もうすぐ、着なくちゃならなくなるから。」朝起きて、着用する時から、夜寝る前にはずすまで、コルセットは、ローラにとっては、惨めな拘束だったのです。けれども、少女が、髪を上げるようになり、靴が隠れるまでの長さのスカートを身につけるようになると同時に、コルセットは着用しなければならないのです。
「夜の間も、コルセットは付けて置いた方がいいのよ。」とお母さんは言います。メアリーは、夜もコルセットをしているのですが、ローラは、深く息を吸い込むのを妨げる金属の拘束が、どうしても耐えられないのです。ですから、寝る前に必ず、ローラはコルセットを脱いでいました。
「まったく、お前の体形たるや、どうなる事かしら。」とお母さんは警告します。「私が、お父さんと結婚した時は、私のウェストは、お父さんが両手で掴めるほど細かったのよ。」

"Little Town on the Prairie" by Laura Ingalls Wilder
(ローラ・インガルス・ワイルダー著「大草原の小さな町」より)

これは、19世紀後半、アメリカのサウス・ダコタで開拓者生活を送るインガルス一家で、主人公ローラの盲目の姉メアリーを、アイオワの盲目子女専門の寄宿学校へ送るべく、メアリーのために新しく作った洋服を試着させている場面からの抜粋です。ぴったりのはずのドレスの前ボタンが閉められず、ローラが、メアリーのコルセットの紐が緩んでいた事に気付き、コルセットの紐をきつく締め直すわけです。まだコルセットを着る必要のない、ローラの妹のキャリーが、その様子にたじたじとなるのですが、現代に生きる女性にとっても、キャリーの気持ちは分かります。コルセットたるものの存在は、「こんなもの着る必要のある時代に生まれないで良かったー」と思わせるに十分です。ちなみに上の絵は、コルセットを締め直し、メアリーが無事、新しい洋服を着た様子を描いた、ガース・ウィリアムス(Garth Williams)のイラストです。

この本を読んだ後、図書館で見つけたヴィクトリア時代のイギリスの生活に関する本("How to be a Victorian" by Ruth Goodman)を借りてきて、ぱらぱらと読んでいたのですが、当時の女性が身につけた下着に関する部分にコルセットに関するくだりがあり、興味深く読みました。イギリスから独立したアメリカであっても、この時代のファッションは、ビクトリア朝イギリスと変わらないものであった感じです。この本によると、

当時、どんな階級の女性でも、コルセットを身につけていない女性は、ごくわずかであり、上流中流の女性のみに限らず労働階級の女性も身につけ、コルセットを着用しない人物は社会のつまはじき的、感覚があったそうです。牢獄や、貧民を収容して強制労働をさせたワークハウスなどでも、女性のためのコルセットの配布があったと言います。

女性の事を時に、the weaker vessel(弱い器)などと称する事があるように、女性の体は、サポートが必要な弱いものである、という観念があり、コルセットは、その弱い器を支えるためのもの。ただし、皮肉なことに、実際は、幼少からコルセットを身につけていると、腹筋や背中の筋肉がコルセットに頼り、発達しないため、ますます弱くなってしまうという話です。ですから、そういった女性が一日でも、コルセットをはずして生活すると、日常生活がつらく、椅子にまっすぐに座ることなどにも疲れを感じ、再びコルセットをつけるとほっとする、という結果であったとか。ビクトリア朝は、とにかく座っている時でも立っている時でも姿勢が良い事が美徳とされていたため、コルセットはそれを簡単に達成するの重宝されていたのです。また、腹部を暖めると言う意味でも、良いこととされ、コルセットの着用を健康のために勧める医者も多かったそうです。

1840年代から、1850年代の初めまでは、コルセットも自家製が多かったという事。この、"How to be a Victorian"を書いた筆者は、実際、自分でも試しに、色々なコルセットを長期に渡り着用したようですが、さほど骨組みがぎちぎちでない自家製のコルセットの着心地は悪くなく、現在のワイヤー入りブラよりも快適であり、また体形を整えるための現在のガードルなどの様なものよりも、実際に体への圧縮度は少ない・・・などという感想を書いています。

ただし、1860年以降になると、快適な自家製コルセットより、くじらの骨やスティールを多く埋め込み使用した、既製のコルセットが幅広く使われるようになり、こうした既製の物を使用すると、tight lacing(タイト・レーシング)と呼ばれた、きつく締め上げる行為も、わりと容易にできるようになったそうです。このため、より細いウェストラインを作る、というプレッシャーが、女性の間に強まっていきます。この時代から、コルセットにまつわる問題が取りざたされるようになるわけです。コルセットの紐を、あまりに強烈にしめあげ、毎日を送っていれば、肋骨や内臓に異常をきたしかねないですから。ローラのお母さんも、体形を整えるための、ウェスト締め上げ賛成派だったのでしょう。お父さんの両手で掴めるウェストだったとは、かなり細かったわけですから。そんな事、体にいいわけないですよね。また、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラが、ドレス着用前に、息を吸って、思いっきりコルセットの紐を締め上げてもらっている場面も頭に浮かびます。夜寝る時も付けていた人がいた、というのも、考えただけで眠れなくなりますが。

それでも、不必要にきつく締め上げない限り、著者は、時間と共に体がコルセットに慣れていき、気にならなくなるような事を書いています。一番、彼女が問題を感じたのは、締め上げられるという圧迫感よりも、コルセットに覆われた部分の肌のあれだったそうで、暑く汗をかいた後に、冷えたりすると、乾燥した塩分などがたまり、肌が痛かゆくなり、赤くなってしまったそうです。また、肋骨の下の部分が圧縮されるため、喋る時に横隔膜を使わずに、胸の上部のみで息をし、しゃべり声に影響が出るという症状に気がついたという事。

いずれにせよ、余興と経験として以外では、コルセットを自分から進んで着用したいとは思わないですね。まあ、だから、時代と共に消えうせたのでしょうが。

さて、「大草原の小さな町」では、コルセットの他に、ファッションとしての、フープスカート(クリノリン)が話題になって、何度か登場しています。

They were worried, too, because while they were buying the dress goods Mrs. White had told them that she had heard from her sister in Iowa that hoop skirts were coming back, in New York. there were no hoops yet to be bought in town, but Mr. Clancy was thinking of ordering some.
ホワイト夫人が、彼女のアイオワに住んでいる妹から、ニューヨークで、フープスカートが再流行し始めたという話を聞いた、と言うので、ドレスのための材料を購入していた最中だったお母さんとローラは、悩みました。町では、まだ、そのためのフープは販売されていませんが、クランシー夫人は、いくつか注文する事を考えていると言います。

そして、やがては、その噂が本当となり、

Hoops had finally come in, and Ma bought a set for Laura.
フープがついに再流行となったので、お母さんは、ローラのために一組購入しました。

流行に乗り、フープ(クリノリン)に支えられ、すそが広がったスカートを着るようになったローラは、風が吹くたびに、スカートがふわりふわりと巻き上がって、大変。

"...Drad this wind! " she exclaimed as the hoops began creeping upward again.
Quietly Carrie stood by while Laura whirled. "I'm glad I'm not old enough to have to wear hoops," she said. "They'd make me dizzy."
"They are rather a nuisance," Laura admitted. "But they are stylish, and when you're my age you'll want to be in style."
フープが再び、上へと吹き上げられるので、「まったく、この風ったら!」とローラは叫びました。キャリーは、ローラがスカートを抑えるため、くるくる回っている脇にじっと立って、「フープを着なければいけないほど、まだ大きくなくて良かった。」とつぶやきました。「だって、頭がくるくるしちゃう。」
「たしかに、フープはやっかいよ。」とローラは認めました。「でも、フープは今、流行だからね。キャリーだって、私の年になったら、流行に乗っていたいと思うようになるわよ。」

スカートを、体から離れて膨らませるため、下に身につける鳥かごの様な下着が、フープ(クリノリンcrinoline)です。1840年代、50年代は、クリノリンは、固い馬の毛で作られていたそうですが、1856年に軽量のスティールワイヤーを埋め込んだクリノリンが発明され使用されるようになります。ローラが経験したように、風に巻き上げられてしまうという不便があるものの、"How to be a Victorian"に書かれていた、クリノリンの意外な利点は・・・用が足しやすくなった事。

フープスカート以前は、スカートの下に、じかに体にまとわりつくペチコートを重ね着する必要があったのが、クリノリンによって、衣類が体から離れることによって、おトイレをするときに、以前の様に、ペチコートやスカートを巻き上げる必要が無くなる、というのは確かです。フープスカートだと、立ったまま、足を広げて、何食わぬ顔でおしっこする事だってできるわけですから。ただ、それと同時に、少々、下半身に隙間風が入ってくるわけで、パンツというものが使用される頻度も、フープスカートの流行と共に上がっていったそうです。また、ふっくらスカートが、風にあおられた際に、下に何かはいてないと、恥ずかしいこともあるかもしれませんし。

女性がパンツをはく、というのも、ビクトリア朝に入ってからの現象で、「drawers」と呼ばれた、初期のパンツは、筒状の衣類2枚を、それぞれの足を通して、ウェストで縛る形のもので、要は、股の部分は縫い合わされておらず、開いていたのです。これも、確かに、もよおした時、ペチコートを巻き上げ、更にパンツまで下ろさなければならなかったら、大変ですから。フープスカートの流行で、パンツ着用も容易になってくると、徐々に、股を一部縫い合わせてボタンで締めるものなども登場したという事。股部をすべて縫い合わせたパンツの登場は、19世紀も終わりになった頃だそうです。ビクトリア女王自身も、drawers、また一部のみ股を縫い合わせた初期のパンツを愛用していたそうですが、まるまる縫い合わせたパンツ(knickers)を着用する事は生涯なかったそうです。

コルセットから始まり、気がつくとパンツの話となってしまいました。「大草原の小さな町」には、さすがにパンツの話題や、「フープスカートのおかげで、おしっこしやすくなったわ。」なんて会話は出てきませんでしたが・・・。

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