スキポール空港の男性トイレとナッジ・セオリー

今朝、だんなと、アムステルダムのスキポール(Schiphol)空港の話をしていた時、彼いわく、「スキポールの男性トイレの小便器には、ハエの絵が描かれてるんだ、知っちょるか?」何でも、このハエの絵は、小便が消えて行く穴の、左斜めやや上に彫られていて、男性諸侯は、オシッコをする時に、無意識に、このハエめがけて発射するのだそうです。よって、このトイレを設置してから、小便器のあちらこちらに、オシッコが飛ばなくなり、黄色のしみが、便器のいたるところに付着する事も減り、床に飛び散る事も減り、掃除が大層ラクになったのだそうです。なんでも、床へのおしっこ飛び散り率は、ハエの絵導入後、80%減少。個人宅ならともかく、大勢が使用するトイレでは、かなり意義ある結果です。

このスキポール空港男子小便器のハエ作戦のように、強いることなく、良い方向に人間の行動を持っていくような工夫を、「ナッジ・セオリー」(Nudge theory)と言うのじゃ、と、だんなは偉そうに締めくくりました。

「nudge」とは、英語で、「(肘などで、ちょいちょいと)つつく、つつく事」を意味し、更には、「(肘でつつくようにして、相手を)うながす、うながす事」の意味にも使われます。最近、行動経済学で話題になっているという、「ナッジ・セオリー」とは、あれしろこれしろと強制的に物事をやらせたり、良くないと思われることを闇雲に禁止するのではなく、他人に選択の自由を残しておきながらも、個人のために、社会全般のために、有益であろうと思われる方向へ、人間の行動を「うながす」工夫。

たとえば、学校の食堂などで、生徒達に健康的な食事を取って欲しい場合は、野菜果物などを、目に付きやすい場所に置くなどもナッジ。人間、スーパーや、セルフサービスの食堂で、同じ品揃えであっても、配列の仕方によって購入するものが違ってくるという傾向があるのだそうです。よって、選択肢はまったく同じであるのに、配列の工夫で、生徒や消費者が、健康に良いものに手を伸ばす確立を上げる事ができるというわけ。

臓器提供者の数が少なく困っている場合は、政府が、死後の臓器提供は、自分からすすんで、やりたくないと申し出ない限りは、自動的に行われる様にするという方針を取る事もナッジ。人間、基本的になまけ癖はあるので、たとえ、自由に変更できても、すでに設置設定してある事項を、自ら進んで変える、という行為をする人は、比較的、少ないのだそうです。どうしても臓器提供が嫌なら、「やりません。」と申し出る選択肢は残っているので、個人の自由意志を無視する事無く、提供者の数を上昇させる事ができるのではないか、となるのです。

また、そうして、ナッジを受けて取った行為が、自分や社会に良い事かもしれないという考えも、意識的に浮上してくるのかもしれません。ハエめがけて、本能的にオシッコを発射した男性諸侯のうち、「トイレ掃除がそれで楽になった」と知って、ハエにターゲットして、トイレ掃除人が楽になるなら、それもいいじゃん、と思う人がほとんどで、他のハエの無い小便器を使用した際にも、オシッコが飛び散らないように気をつけるようになるかもしれない。「なんだ、そんなちょこざいな手段を使っていたのか、次回は、わざと、床に飛ばしてやれ」なんて人は、ほとんどいないでしょう。

ナッジ・セオリーをより深く知りたい方は、リチャード・セイラー(Richard Thaler)、キャス・サンステーン(Cass Sunstein)著の「Nudge」(日本語タイトルは、「実践 行動経済学」)という本が出ていますので、読んでみて下さい。

今回の投稿に使用したスキポール男子小便器の写真は、ユーリナル・ネット(Urinalは、小便器のこと)というヘンなサイトから借りました。こちら。このサイト、世界各国の小便器の写真をのせるという、面白い趣向のものです。

さて、だんなが、自らすすんで、ぐじゃぐじゃ状態の書斎と車庫の生理整頓をするようになる、有効なナッジは無いものか・・・。

追記:2017年10月10日
「実践 行動経済学」の著者、リチャード・セイラー氏、2017年ノーベル経済学賞受賞のニュースが入りました。

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