レヴェナント:蘇えりし者

レオナルド・ディカプリオ主演、「アモーレス・ペロス」などのパワフルな映画を作ってきたアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の新作「レヴェナント:蘇えりし者」(The Revanant)は、マイケル・パンクの小説「The Revenant : A Novel of Revenge」の映画化で、アメリカの西部劇。西部劇と言っても、ジョン・ウェインなどの出ているウェスタン映画の背景となる時代よりも前の話です一種のアクションものだし、風景がすばらしいという評判だったので、後からDVDで見るより、大きなスクリーンで見る価値ありか、と3週間ほど前に、映画館へ足を運びました。

時代設定は、1820年代初頭ですから、アメリカの南北戦争もまだ。場所は主にミズーリ川北部周辺。この地域を含む、アメリカ中部の広大な地は、合衆国が、1803年のルイジアナ買収により、ナポレオンのフランスからバーゲン価格で買ったもので、アメリカ領土になってから、まださほど時が経っていません。よって、アメリカ人による移住もほとんど進んでおらず、多くのインディアン部族と、川沿いで毛皮の取引をする商人や猟師たちが徘徊するだけの土地。そうした毛皮商や軍の拠点として、所々に砦があるくらいで、あとは、まさに野生の王国。

本と映画のインスピレーションとなったのは、実在した人物である、毛皮罠猟師ヒュー・グラス(Hugh Glass)の究極のサバイバル物語。カナダでは、すでに17世紀には、盛んに毛皮を目的としたビーバー猟が行われていましたが、現アメリカ合衆国領域内でのビーバー猟の最盛期は、1810年から30年頃にかけてだという事です。ヒュー・グラスは、アンドリュー・ヘンリーに率いられた、ビーバーの毛皮を目当てとした罠猟を行いながら、ミズーリ川を上っていく探検団に参加。当時、ヒュー・グラスは、すでに40歳前後で、一団の中でも年上であったそうです。背が高く体格も良く経験に富んだベテラン。周辺に数多く存在したインディアンの部族の中には、白人に対して比較的友好的な部族もあれば、好戦的な部族もあり。そんなこんなで、ヘンリー団は、1823年の夏に、好戦的なアリカラ族(Arikara)に襲撃され、幾人もの死者を出し、やがて、再び標的になるのを避けるため、ミズーリ川を離れ、使用していたボートを捨てイエローストーン川に向かって陸路横断することに。

この行程の途中、ヒュー・グラスは、熊に襲われて、瀕死の重傷を負うのです。インディアンのみならず、熊に襲われ命を落とす、という罠猟師は、多かったようですが、最も危険とされる熊は、小連れの雌熊だそうで、ヒュー・グラスを襲ったのも、子連れ熊。最初、一行は、できあわせで作った担架にヒュー・グラスを載せて運んでいたものの、その進行は遅く、アンドリュー・ヘンリーは、おそらく死が近いグラスを後に残す決断を下すのです。グラスが、歩けるほど回復するまで、または、死んだ際に丁重に埋葬をするようにと2人、グラスと共に留まってくれるボランティアを募ったところ、数ヶ月の給料分のボーナスを出す約束をしたものの、なかなかボランティアは出てこない。最終的に、留まり役を引き受けたのは、ジョン・フィッツジェラルドと、19歳の若者ジム・ブリッガー。

後に残されたフィッツジェラルドとブリッガーは、グラス埋葬のために、すでに墓穴まで掘ったものの、グラスは、一向に息を引き取る気配を見せず、かといって、共に出発する状態とは程遠い。段々、あせりを感じてきたフィッツジェラルドは、ブリッガーを説得し、まだ息の残るグラスを置き去りにすることを決めるのですが、この際、グラスの所有品であった、ライフル、ナイフ、火打石などの所有品をすべて没収し、一団と再合流した際に、2人は、グラスは息を引き取ったので、埋葬を済ませたと嘘をつくのです。

さて、自分を見捨てていった2人に怒りを感じ、復讐を誓いながら、しばらくは、這うことしかできなかったグラスは、手の届く範囲での木の実を食べ、水を飲み、やがては目の前に出現した蛇を殺して、その肉を食べたことにより力を得、なんとか立てる様になると、その場から、一番近い白人の集落である、ミズーリ川沿いのフランス人の毛皮猟師たちのいるカイオワ砦へとむかうのです。グラスは、12年前に、インディアンのパウニー族(Pawnee)にとらわれ、あやうく殺されかけながらも、チーフに献上したプレゼントが気に入られ、客人として受け入れられ、しばらく彼らから、野性の中で生きるのに便利な色々な技や知識を学んでおり、その時の知識がサバイバルの役に立ったのでしょう。

這っては歩き、這っては歩き。鳥獣の卵、草の根の他に、バッファローの死骸を食べ、また、骨に残った骨髄などを吸って生き延びる。やがて、インディアンのスー族(Sioux)に助けられ、カイオワ砦にたどり着くのです。グラスは、ここから、再び、アンドリュー・ヘンリーの一行がいると思われる、イエローストーン川沿いのヘンリー砦を目指して出発。イエローストーン川の河口近くまで、フランス猟師団、そして他の毛皮会社の探索に便乗し行き着きますが、その後、冬が近づく寒さの中を、砦まで、再び1人でえっちら、おっちら。

たどり着いたヘンリー砦はすでに無人で、一行は、さらに南に去っており、グラスは、これを更に追って、ようやく1823年の年末に一行のいる砦にたどり着くのです。ヘンリー団のメンバーは、このグラスの奇跡の生還の話にびっくり。砦内にいたジム・ブリッガーは、尋問を受け糾弾されたものの、グラスは、まだ若く、自分のした事の罪におののくブリッガーを許すのですが、ブリッガーを説得して自分を捨てていったフィッツジェラルドとなると、これはまた別。すでに一団を去っていたフィッツジェラルドを追って、グラスは、再びミズーリ川へ引き返し、インディアンの襲撃を受けながら、ミズーリ川のアトキンソン砦にたどり着き、ここで、やっとフィッツジェラルドと遭遇。ところが、この段階で、フィッツジェラルドは、軍隊に所属していたため、軍は、一般人が軍のメンバーを処刑するのを拒み、グラスは、最終的に、フィッツジェラルドが、嘘つきの卑怯者として恥じをさらしたという事実と、自分から盗んで行ったライフルと財布を取り戻す事で、我慢する結果となります。

この後も、約9年間、ヒュー・グラスは罠猟師として野生の中での生活を続け、ついに1833年にアリカラ族に殺されて人生を終えた・・・という事。彼の死は、主に帽子に使用されていたビーバーの毛皮が絹に取って代わられた上、ビーバーの数自体も激減したことにより、ビーバー猟の終焉とほぼ時を同じくしています。

(ヒュー・グラスの実話については、ヒストリーネットのサイトを参考にしました。熊に襲われるヒュー・グラスの絵も、当サイトより。)

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と、事実はここまでにして映画の方ですが・・・基本的に、自分を置き去りにした2人を追って、這うように大自然の中を砦まで行く、というのは同じ。ただ、映画では、ヒュー・グラスには、インディアンの女性との間にできたハーフの息子、ホークがおり、この青年が毛皮団の一行に加わっていたという設定になっています。グラスのインディアンの妻は、彼が一時的に生活を共にしていたインディアンの部族が白人に襲われた際に殺されており、グラスと息子ホークは、その襲撃を生き延びて、親子は仲良く共に生活をしてきたという背景。

当然、父親が熊に襲われ重症となった際には、ホークは、フィッツジェラルドとブリッガーと共に後に残って、父親の面倒を見るわけですが、ブリッガーがその場を離れている際に、ホークは、寝ているのみで動きが取れない父親の目の前で、先を急ぐフィッツジェラルドに殺されてしまう。ですから、グラスの自分自身の復讐というより、愛する息子のための復讐劇となっています。また、フィッツジェラルドは、以前に、インディアンに頭皮を切り取られるという経験をしており、最初から、インディアンの血の入るホークを目の敵にしていた、といういきさつもあり。

実際のグラスの旅路は、フィッツジェラルドを求めて、いくつかの砦を点々としていますが、映画では、もっと簡素になっており、グラスは最初にたどり着いた砦で、ヘンリー団を見つけます。嘘がばれたブリッガーは、そこで処分されてしまうのですが、フィッツジェラルドは、グラスの帰還を知って、早くに砦を去っており、グラスは、アンドリュー・ヘンリーと共に、フィッツジェラルドを追う。そして、最後のグラスとフィッツジェラルドの一騎打ち。フィッツジェラルドが死亡した後、傷つきながらも、まだ息が残るグラスが、妻の面影を思い起こしているところで、さて、この後、グラスは、妻と一緒になるべく息をひきとるでしょうか、それとも、ひとり生き続けるでしょうか・・・と観客に想像の余地を残して終わり。

妻から告げられた言葉、
As long as you can grab a breath, you fight. You breathe. Keep on breathing.
「息が少しでも出来る限り、生きる戦いを続けるよう。息をして。息をし続けて。」

を常に、息子にも説いてきた彼なので、映像が消えた後もしばらく、彼の息をする音だけが聞こえてきていて、これは、また1人で生き続けるな・・・という気はしました。実話の方では、上記の通り、以後10年近く生きるわけですし。映画が終わったあとのスクリーン上で読んで気づいたのですが、音楽は坂本龍一氏担当でした。

ひーひー、はーはー、ぜいぜい、とありとあらゆる苦悩と難関を乗り越えて、息をし続け、奇跡の生還を果たしたレオナルド・ディカプリオの演技を見ながら、1月に再び、風邪から肺炎をひきおこして入院し、まだ100メートル歩くだけでぜいぜいしていたうちのだんなは、「この役なら、おれっちもできる。ほら、ひ~、ひ~、ひ~。演技する必要も無いもんね。」

体中あちこちにある熊に襲われた傷口は、喉にもあり、水を飲んでも喉から、水が外へ流れ出てしまうような重症を負いながら、映画では、更に、ドラマチックにするため、馬にまたがって滑走するは、崖から転がり落ちるは、激しい流水に流されるは、と、「思い込んだら試練の道を」どころの騒ぎではないのです。それをすべて乗り越えて、極寒の中、実際に生きて、遠くの場所にたどり着けるか・・・と言う信憑性は、疑わしいものがあり、少々、長すぎるかなという気もしましたが、臨場感は十分で面白かったです。次に何が起こるか、何が現れるのか、近づいてきた人間は味方か敵か、と常に緊張しながら、ディカプリオと、野性の中の行進を共にする感じで。

舞台は現在のノース・ダコタ、サウス・ダコタ周辺ですが、ロケは、主に、カナダ、アルゼンチン、一部合衆国内。カナダから、わざわざアルゼンチンへ移動したのは、なんでも、異様な暖かさのために、雪があるべき場所になかったからだそうです。

ダコタと言うと、サウスダコタ州の東部は、ヒュー・グラスが駆け回った時代から60年近く経過した、1880年辺りに、「大草原の小さな家」シリーズのインガルス家が移住した場所です。この60年の間に、サウスダコタも、移住してきたアメリカ人の人口が増え、まだインディアンとのいさかいは続いていたものの、相反して、インディアンの数は激減していたのでしょう。という事で、「レヴェナント」は、アメリカの西部が、ワイルド・ウェストの言葉通り、真の意味でワイルドだった頃のお話です。

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