コールリッジとワーズワースも愛したクワントック・ヒルズ

ヘザー、ヒースでおおわれた高台を歩くのは、10年近く前に、ノース・ヨーク・ムーアを訪れて以来なので、実に久しぶり。ここは、クワントック・ヒルズ(Quantock Hills)。前回書いたバロー・マンプ周辺から西へ少々行くと突き当たる、南北に走る丘陵。湿ったような緑の野原や丘を沢山見た後にやって来ると、一味違う風景です。

クワントック・ヒルズには、野生の馬(ポニー)が10頭ほど生息しているのだそうで、そのうち2頭が、この固そうなヘザーをもりもり食べているのを見かけました。赤鹿もいると言う話ですが、そちらは、お目にかかりませんでした。

他に遭遇した動物は、やはりヘザーを食んでいた数頭の羊の他に・・・犬!見晴らしの良いこの周辺に、私たちの他に2,3車がとまっているは見たのですが、人は1人も見当たらない。おそらくご主人がどこかに歩きに行って、車のそばに、おいてきぼりにされてしまったのか。

とても、人懐っこい犬で、しばらく私たちの後に付いて来ていて、はしゃいでいました。「まさか、捨てられたわけじゃないよね。」などと、だんなと喋っていましたが、やがて、ご主人を探しに行ったのか、地平線のどこかへ消えていきました。

クワントック・ヒルズにある村、ネザー・ストーウェイ(Nether Stowey)は、1797年から、イギリス初期ロマン派詩人サミュエル・テーラー・コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge)が、しばらく住んだことでも知られています。ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth)も、同時期に近くに住んでおり、一緒に連れ立って、長距離のお散歩などしたようです。

この辺りも歩いて、インスピレーションを得たのでしょうね。この隣人2人にとって、クワントック・ヒルズ滞在期間は、とても作品的に豊作な時期であったようです。1798年には、共著である「抒情民謡集」(Lyrical Ballads with a Few Other Peoms)を出版。

コールリッジとワーズワースを訪ねて、他の多くの文人や思索家たちが、この地を訪れたようですが、それが逆に災いとなり・・・。折りしも、フランスとの戦争の真っ只中。何人もの思索家たちが、こんなど田舎を行ったり来たりするのに、「反政府のもくろみをたてている」「フランスのスパイではなか」と地元当局の不審を買い、その行動が監視されるようになってしまう。この頃の政府は、フランス革命の飛び火などにも神経質になっていたところもあるのでしょう。二人は、1798年秋にここを去り、ドイツ旅行を経て、ワーズワースは、湖水地方へと引越し。後にコールリッジも湖水地方へ。もっとも、この二人、フランス革命勃発の背景思想になったとされるジャン=ジャック・ルソーの影響を受け、初期フランス革命には同情的ではあったようですが、革命が恐怖政治へと変わっていくと、反フランス革命の意見を持つようになったという話です。

初期ロマン派詩人たちは、ゆかりの地というと湖水地方のイメージが強いですが、クワントック・ヒルズ周辺でも、彼らの足跡を見つけることができるのです。

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