マイリンゲンにいざ参りけん!

スイス、マイリンゲン(Meiringen)。一般には、あまり聞きなれない地名かもしれませんが、シャーロック・ホームズのファンには、「最後の事件」(The Final Problem)の舞台としてなじみがある事でしょう。この話の中で、ワトソンとホームズはマイリンゲンに滞在し、ホームズは近辺にある、ライヘンバッハの滝(Reichenbach Falls)にて、モリアーティ教授と取っ組み合いの後、滝つぼに落ちる設定になっています。作者コナン・ドイルもよくやって来た場所だという事。

It was on the 3d of May that we reached the little village of Meiringen・・・
われわれがマイリンゲンという小さい村に到着したのは、5月3日の事だった・・・(「最後の事件」より)

ここは、また、お菓子、メレンゲの発生の地とも言われます。マイリンゲン・・・メレンゲ・・・なるほどね。

私がマイリンゲンを訪れたのは、かれこれ、7年位前になるのでしょうか。3月終わりから4月の頭にかけてだったと思います。チューリッヒからの電車の往復切符つきのお得な1週間のスキーのパッケージツアーを見つけて行ったのです。

泊まったホテルのすぐ横には、イギリス風教会があり。その地下は、とても小さいシャーロック・ホームズ博物館となっていました。

当ホームズ博物館のある広場はその名もずばり、コナン・ドイル・プレイス。博物館内部には、ロンドンのベーカー・ストリートにあったとされるホームズのアパートを再現。訪問者用の記帳本にはちらほら日本語の書き込みもありました。私が博物館を覗いた日付でも、日本人男性のサインが!スキー場や、道を歩いていても、日本人など、いっさい見かけなかったのに、マイリンゲンを訪れる日本人は、皆、ここに押し寄せていたのか!こんなに小さな博物館だけを目当てに?まあ、このあと、ライヘンバッハの滝を見学、というのも考えられます。

先日ラジオで、世界中で、シャーロック・ホームズ関係のクラブや、協会は多々あるが、そのうち最大規模のものは、東京にある、シャーロック・ホームズ・クラブです・・・とやっているのを聞いてびっくりしたのです。そのラジオ番組によると、このクラブのメンバーは約千人。そのメンバー内の、34人は、クラブ内の他のメンバーと結婚した、というエピソードが披露されると、ラジオ会場の人たちから、どっと笑いが巻き起こっていました・・・。そして、嘘か本当か、メンバーになるには、「エレメンタリー、マイ・ディア・ワトソン!」と言わなければならない、というエピソードも、また受けてしまって・・・。それにしても、日本で、いまだに、そこまでホームズ大人気とは、理由は何なのでしょう、一体。

博物館の前には、パイプを加えて考えるホームズの像があります。隣に座って、さあ、言ってみましょう、「Elementary, My Dear Watson!」

スキーパッケージツアーとは言え、私は、アルペンスキーはさほど好きでもないので、だんなに付き合い2日ほど滑っただけ。残りの日は、ホテルから歩いて10分ほどのゴンドラ前でだんなと別れ、もっぱら1人で周辺を歩け、歩け。隣町のブリエンツにある、上の写真のバスクリン色の湖の景色も、ゆっくりと楽しむ事ができました。

「最後の事件」の中で、ホームズとワトソンは、宿泊していたマイリンゲンのホテルから、ローゼンラウイという集落まで歩いていこうと出発します。途中立ち寄った、ライヘンバッハの滝にて、ワトソンはホテルからの、「イギリス人女性が病気なので戻って欲しい」という旨の、偽の手紙で呼び戻され、残されたホームズはモリアーティ教授と対峙する事になるわけです。

on the afternoon of the 4th we set off together, with the intention of crossing the hills and spending the night at the hamlet of Rosenlaui. We had strict injunctions, however, on no account to pass the falls of Reichenbach, which are about half-way up the hill, without making a small detour to see them.
4日の午後、丘を越えて、ローゼンラウイの集落で一夜を過ごそうと、我々は共に出発した。丘の途中にあるライヘンバッハの滝を、ぜひ、途中寄って見る様にと薦められていた。

せっかくですから、この滝も見てみないことには。シーズンオフで滝まで登るケーブルカーも運転しておらず、雪を踏んでよっこらしょ。

辿り着いてみると、「え、これ・・・、滝?」小説内では、この滝がごうごうと落ちるさまが恐ろしい、ような事が書いてあるのですが。まだ雪が溶けていないせいか、水の流れがほとんど無かったのです。

It is indeed, a fearful place. The torrent, swollen by the melting snow, plunges into a tremendous abyss, from which the spray rolls up like the smoke from a burning house.
それは、確かに見るも恐ろしい場所であった。雪解け水で膨れ上がり、流れは、巨大な暗黒の中にごうごうと落ちていく。そこからあがるしぶきは、炎上する家から巻き上がる煙のようであった。

うーん、かなり違うぞ。小説内での様に、私も5月に訪れれば、そんな勢いの良い滝を見れたのか?

スイスはハイキング用の黄色の道しるべが、沢山たっていて、大体、どの場所にどの位の時間でつけるかも書いてあるのが便利です。これを頼りに、どうせならホームズとワトソンが行きそびれたローゼンラウイも見てこようっと。

奥へ奥へと進むにつれ、景色が段々と水墨画風。こんな中、人の気配も無く、私たったひとりだけ。やっと見えてきたのが230年の歴史をほこるというローゼンラウイ・ホテル

ローゼンラウイを後に、落ちていた木の枝を拾い、杖代わりに使い更に歩き続けます。雪が、降ってきた。「そろそろ、帰った方がいいかね。」両側にそびえる山が、何だか恐ろしくも見えてきます。

それでも、もうちょっと、もうちょっと・・・と歩いているうちに、小さな山小屋風レストラン・カフェの様なものが現れは、これは、一服しなければ、と入りました。英語を少し喋るカフェのおばさんに、コーヒーとケーキを注文し、「マイリンゲンから歩いてきた」と言うと、かなりびっくりされて「ユー・アー・ストロング!」とお褒めの言葉を頂きました。

コーヒーとケーキでエネルギー補給後、ぼつぼつと、時間をかけて帰途へ。行きと同じで、人はほとんど見ず、確か車2台と、人間2人、すれ違ったのは、そんなものでした。「熊いないでしょうね、ここ。」と途中でふと思ったりし。更には、「こんな所で、殺人鬼に殺されたら、死体はしばらく見つけてもらえないかも。」と、情けない考えも頭をよぎったりしましたが、雄大な自然の中、「いいな、すばらしいな」と感じて歩く時間の方がずっと長かったです。雪の中を歩くのは、体力的に大変ではありましたが、何年か経った今でも、こうして歩いたときの気分を再び感じながら書くことができるほど、思い出に残る日となりました。

マイリンゲンという場所は、さほど観光すれしておらず、のんびりした雰囲気。ホテルには、我々以外は、どういうわけか、スキーにも、ホームズにも、あまり関係ないようなスペインからの高齢者団体さんが沢山とまっていました。何のために来ていたのか、いまだに不思議です。スキー場も、世界的スキー・ゲレンデというより、ローカルの人間が滑るスキー場風で、そんなところがかえって良かったです。夏にでも、またいつか行っても良いと思っていますが。

シャーロキアンでなくとも、さあ、マイリンゲンに、いざ、参りけん!

*「最後の事件」全文はこちら(英文原作)。

「最後の事件」でホームズを殺した後に、探偵物から足を洗い、もっと真剣な文学を書きたかったというコナン・ドイルですが、最終的には、熱狂的ホームズ・ファン達と外部からの抗議の声に押され、ホームズを復活させる事とあいなります。組み合った後、滝に落ちて死んだのは、実は、ホームズはなくモリアーティ教授の方で、ホームズは、まだ残るモリアーティ教授一味をばかす為、3年、旅行などをして姿をくらませていたのじゃ・・・という旨の真相は、後の作品「空き家の冒険」(The Adventure of the Empty House)にて読めます。

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