農場の少年(Famer Boy)

ローラ・インガルス・ワイルダー(Laura Ingalls Wilder)による「農場の少年」( Famer Boy)は、彼女が、自分が生まれたウィスコンシンの森の中の生活ぶりを描いた「大きな森の小さな家」(Little House in the Big Woods)を書いた次に発表した作品で、夫君のアルマンゾ・ワイルダーの、ニューヨーク州北部での少年時代の生活ぶりをつづったものです。

「大きな森の小さな家」同様、物語、というよりは、1年を通しての、当時の生活の記録的色合いが強く、身の回りの多くの物が手作りであった、19世紀中ごろのアメリカの、今は無き暮らしぶりが、レトロでもあり、面白くもあるのです。日常品や雑貨が、どこか遠くの国で安価に製造され、輸入されてくるため、効率的とは言え、物のありがたみと、生産過程に対する理解が欠如している現代社会においては、特に。

当時9歳のアルマンゾ・ワイルダーの家庭は、裕福な農家で、家族全員での農場経営の様子、種まき、収穫、子牛、子馬の訓練などが、時に、かなり詳細に描かれています。また、ニューヨークシティーから、ジャガイモの買い手、馬の買い手、バターの買い手などが、やってくるというのも、まだ物資の輸送が不便であった時代の風景。彼らの住んでいた農場に一番近い町は、ニューヨーク州北部の、マローン(Malone)という場所ですが、地図で見ると、この辺りは、ニューヨークシティーなどより、カナダのモントリオールの方が、距離的にはずっと近いのです。大都市ニューヨークシティーから、はるばる買い手がやって来る、というのは、地方の農家にとっては、大切な機会であったのでしょう。

カナダに近いとあって、ローラ・インガルスの生まれたウィスコンシンの森と同様、やはりメイプル・シロップの収穫なども行われ、日常使う砂糖はほとんどの場合、メイプル・シロップを煮詰めて作ったもの。お客さんなどが来た時のみ、店で買った白砂糖を使っていますが、白砂糖が、メイプル・シロップや、黒砂糖などより貴重だったというのも、現在とは反対です。得がたいものほど、有難いわけで。

農場でお父さんの手助けをするアルマンゾは、いつもお腹を空かせて、始終、食べ物のことを考えているのが愉快です。よって、食べ物や食卓の描写は、とても多いです。ローラ・インガルスよりずっと裕福な家庭であったので、食卓にあがるのは、沢山の肉、野菜の他に、アップル・パイやパンプキン・パイのデザートも盛りだくさん。スナックにも、前回の記事に紹介したポップコーンドーナツその他もろもろ。常に、何かを頬張っている感じです。リンゴが沢山取れる地域のようで、飲み物としてはサイダー(りんご酒)を良く飲んでいました。コーヒーは、記憶に残る限り、一切出てこず、お父さんは、カップ・アンド・ソーサーの、カップではなく、ソーサーに紅茶を移して、ソーサーからすすって飲むという描写がありました。農場の手伝いに、フランス人が2人登場しますが、彼らは、フランス人なので、サイダーではなく、ワインを飲む、とあり。豚や牛を殺した後は、肉はもちろん、無駄なく、何から何まで使用。豚の油はラードと石鹸作り、牛の油はろうそくと、やはり石鹸作り、牛の皮は靴に使用。無駄をしない、という意味では、野菜類もそうで、すいかの皮はピクルスに、りんごの芯からは酢を作り、麦わらは、麦藁帽子に。

農場ではメリノ種の羊を育てており、刈った毛は、お母さんが自分でつむいで染色し、布を織り、洋服やら帽子やら、家族が着る物ほとんどを作るのです。店で買った洋服は、日曜日に教会に行くときなどの特別な時のためで、まだ貴重なものであったようです。羊毛の染色には、女の子たちが、周辺から植物の根や木の皮を集めてきて、それを染料としています。靴はさすがに作るのが難しかったのか、時に訪れて来る靴職人に依頼して、取ってあった牛の皮で作ってもらっていました。その他、鍋なども、自宅で作れないものは、行商人が時折現れ、お母さんは、顔なじみの、鍋や道具を売る行商人と、自分の作った羊毛の織物で物々交換。

冬の間に、氷の分厚いものを、いくつも切り出して、アイスハウスへ、木屑を間に敷いて積み上げ、貯蔵。それが夏の間も、溶けずにもったのだそうです。このアイスを使って、子供たちだけでアイス・クリームを作る場面もありました。また、木材も、一年分、一斉に切り出して、必要な木製品は、ほぼ全てお父さんが作っています。この木の切り出しと移動には、10歳になったばかりのアルマンゾも、自分で訓練した牛たちに引かせたそりで参加し、何度も、雪にはまったり、そりから転がり落ちたりしながら、その技を学んでいく。

学校も近くにあるのですが、室内でじっとしているのが嫌なアルマンゾは、学校を毛嫌いし、お父さんも読み書き算術は習うのが必要とはするものの、農場での仕事があると、子供たちは学校へ行かずに家で手伝い。また、学校で、以前の先生が、年が比較的上の悪がき軍団に叩きのめされて、その傷が元で死んでしまった・・・という、びっくりする話も最初に出てきます。悪がきどもは何の処分も、とがめも受けるわけでもなく、更に、悪がきの父は、そんな子供を誇りにしていた、というのもすごい。まだ、法はあってなきようなものだったのか。新しく来た、一見、ひ弱そうな先生が、アルマンゾのお父さんから、パワフルな鞭を借りて、この悪がきどもを退治するのです。

春になってから霜が降りるほどの寒さがやってきた時、育ち始めたとうもろこしが、霜にやられてだめになるのを防ぐため、家族一斉に夜中に起きだして、畑へ駆けつけ、とうもろこしの上から暖かめの水を巻くというエピソードもありました。水をまく前に、日が昇り、凍ったとうもろこしを照らした後では、もう手遅れなのだそうで。暑いときも、寒いときも外に出て仕事をする、という事に対し、寄宿舎のアカデミーで勉強を始めた、長男のロイヤルは、だんだん嫌気が出てきたのか、将来は、町で店を持って働く夢を抱き始め、長女のエリザ・ジェーンも、アカデミーで気取りを身につけ、お父さんが、ソーサーから紅茶を飲むのは、マナーが悪いなどといい始める。この頃から、すでに、町に出て、小奇麗な生活をしたい、という夢を持つ子供が増えていっていたのでしょうか。

一方アルマンゾは、戸外で働くこと、そして特に、馬が大好きで、お父さんの様な人間になりたい。物語の最後で、町のワゴン車職人のパドック氏から、アルマンゾを自分のところに修行に出して、職人にしてはどうか、金銭的に将来性があるが、と持ちかけられたお父さんは、アルマンゾに、どうしたいか聞くのです。この時に、お父さんが、ワゴン職人と農家の生活の良さと悪さをあげて、言うのは・・・パドック氏に弟子入りし、職人になれば、天気がひどい時に戸外で働く必要はなく、悪天候で穀物がやられたらどうしようという心配も無い、金も良いし、良いものも食べられる、ただし、いつも、他人のひいきをあてにしなければならない。一方、農家は、自分自身に頼るのみで、食べ物も着る物も、必要な物はほとんど自分の力で手に入れ、大変ではあるものの、自由で独立した生活ができる・・・というもの。「どうしたいか」と聞かれたアルマンゾは、自分が今一番やりたいのは、「自分の子馬を手に入れること」と答えるのです。それというのも、物語の最初から、自分の子馬を手に入れて、自分で訓練する事が、夢であったのに、訓練が難しいとされる子馬に、お父さんは、なかなか近寄らせてくれなかったため。(馬や牛を「訓練する」という言葉に、「break」という英語が使われているのが興味深かったです。)にやっと笑ったお父さんは、子馬を一頭アルマンゾにあげるので、それを訓練してもよいという約束をし、そこで物語りは終わっています。

ローラ・インガルス・ワイルダーが、「シルバー・レイクの岸辺で」(By the Shores of Silver Lake)の中で、はじめて青年アルマンゾ・ワイルダーを見たときの描写をしていますが、この時、アルマンゾは、兄のロイヤルと一緒に、ローラが、今まで見たことも無いような美しい馬に引かせたワゴン車で通り過ぎ、お父さんは、「ワイルダー兄弟だよ。町の北側にホームステッドを得たんだ。この州の中で最上級の馬を持っている。」とローラに教えるのです。ローラは、アルマンゾの事より、馬の美しさに感銘を受けて、あんな馬が自分も欲しい、と思うのです。戸外の生活と、馬が好きな二人は、やがて結婚する事とあいなるわけですが。それは、また後の物語で。

製造生産される物と消費する物のリンクがシンプルであり、上司にあーしろ、こーしろといわれることも無く、顧客におべっかを使う必要も無く、戸外での生活、自由、独立を味わえる農業。土地を所有しており、また、将来や、経済的心配が一切無ければ、確かに、魅力的な生活ではあります。ですから、現在でも、ロンドンのシティーなどで、若いうちにストレスいっぱいの企業戦士として必死に働き、大金を設けたら、ぱっとやめて、田舎に土地と家を買って、自給自足プラスアルファーの生活を営める程度の小規模農家などを始める人もいるわけでしょう。

という事で、ローラ・インガルス・ワイルダー著の「インガルス一家の物語」シリーズも、これで5冊読み終わりました。今晩、「シルバー・レイクの岸辺で」に続く話で、ホームステッドを得た、インガルス一家のダコタでの生活を描く「長い冬」(The Long Winter)の1ページ目を開くことにします。楽しみ。

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