ヨーク城とホロコースト

前回の記事で書いた、ヨークのキャスル博物館のすぐそばに、ぽこんとそびえる小さなお山。その上に建つのは、ヨーク城。愛称のクリフォーズ・タワーで呼ばれることが多いです。(何故にクリフォーズ・タワーと呼ばれるかは、諸説があり、定かではないとの事。)

城と言っても、これは砦だけですし、ウィリアム1世がこの周辺に建てた、オリジナルのノルマン朝の城は、残っていません。クリフォーズ・タワー自体も、以前ここにあった11世紀の木製の砦が、1190年に焼失しているため、13世紀半ばに建て直されたものです。

緑の小山の斜面の階段を登り、内部に入場できますが、内部は、からっぽ・・・の印象。ただし、塀の上を歩けるので、周辺のヨークの景色が楽しめます。

さて、ここにあったオリジナルの砦は1190年に焼失した・・・と書きましたが、この火災の背景には、ユダヤ人に対する虐待があります。ヨークのくらーい汚点のひとつ。

ヘンリー2世の時代、ユダヤ人は、イングランドの各都市に定住し、金貸し業を営むよう奨励されていましたが、キリスト教の一般市民にとっては、ユダヤ人は、あまり面白くない存在。

1189年9月、ヘンリー2世の息子、獅子心王、リチャード1世が戴冠します。ウェストミンスター寺院でのリチャードの戴冠式は、あくまでキリスト教の式典であるとして、ユダヤ人の参列が禁じられましたが、ユダヤ人コミュニティーのリーダー格の人物が2人、新王に忠誠を誓うため、贈り物を持って、これに参列しようとします。ああ、これが大失敗。この2人は、すぐに寺院から追い出されます。そして、この事件をきっかけに、ロンドン内では、十字軍の遠征にも赴く、キリスト教界のスーパースター、リチャード獅子心王が、ユダヤ人の虐殺、虐待を奨励した・・・との噂が流れるのです。

この噂に扇動された暴徒達は、ここぞとばかり、ロンドン中の通りで、ユダヤ人を狩り、暴力を振るい、殺し、彼らの家を焼き・・・の乱痴気騒ぎに出ます。ユダヤ人に対する暴力は、そのうち、地方都市にも飛び火。最悪のケースが、ヨーク城で展開されることとなるのです。

1190年の3月、不穏な空気を心配し、ヨークのユダヤ人社会の安否を気遣った、ユダヤ・コミュニティーの長は、ヨーク城の看守から、砦内に、ユダヤ人たちを避難させる許可を取ります。こうして、砦内にしばらく立てこもったユダヤ人たちは、ヨークの暴徒に周りを取り巻かれ、内部で、幾人もが自害。やがて、火がつき燃え上がり始めた砦の中から逃げ出そうとして、外の暴徒に殺害される者あり、また燃え上がる砦内で焼死する者あり。約150人が命を落とす事件となります。

リチャードの戴冠式を機に起こった、ユダヤ人の虐待を指して、当時の記録には、ラテン語で、ホロコスタム(holocaustum)という言葉が使われているという事です。これ、要は、ホロコースト。ホロコースト(holocaust)とは、もともと、「全焼」の意を持ち、神に動物などの生贄を丸焼きにして捧げる事を指した言葉のようですが、大虐殺や、炎による破壊などを指しても使用。ドイツのユダヤ人虐殺の後は、すっかりナチスがやった事というイメージが強い言葉ですが、すでに中世の時代に、ユダヤ人虐殺事件を表現するのに使われていたわけです。

ユダヤ人の虐待を奨励する気などさらさらなかったリチャード1世は、事態に遺憾の意を表し、その後、虐殺を引き起こした人物達を何人か逮捕処分しています。が、後も、一般のユダヤ人に対する反感、また、劣ると見做す人種に、金銭的に頼る必要があるという事実に対する怒りが、ふつふつと表面下に残り、1290年には、ついに王様のエドワード1世が、自分の王国からユダヤ人を全て追放する、という処置にでます。こちらは、話が、ヨーク城からかなり外れるので、また、別の機会にでも書くことにします。

リチャード1世に関しては、他にも過去の記事、「英語とフランス語」また、「ヘンリー2世のお家騒動」をご参考下さい。

コメント

  1. スコットランドのショート・コメディにヨークの街を訪れる設定があり、どのような街なのか気になって調べていました。
    こちらのブログで思いがけずユダヤ人の人々の歴史をしることができ、勉強になりました。投稿に感謝です。

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    1. ヨークは歴史が好きな人には楽しい街です。

      スコットランドの独立をめぐってのレファレンダムも秒読み開始の感じで、加速度を増してきました。個人的には、イギリスに留まって欲しいですが、どうなるでしょうね。

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    2. Miniさん、お返事有難うございました。

      >スコットランドの独立をめぐってのレファレンダムも秒読み開始の感じで、加速度を増してきました。
      日本では「イギリス」とひとくくりで紹介されることが多かったスコットランドですが、国民投票のおかげで認知度も高まっているようですね。知人のイギリス人(お父様がイングランド出身、お母様がスコットランド出身)の方は、スコットランドの独立に関してはとても悩んでいらっしゃいました。

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    3. テニスのアンディ・マリーなども、彼女はイングリッシュですし、困ったもんだ、と思っている人もわりと多いのでしょうね。具体的な後の事を考えずに、感情とプライドだけに駆られてイエスに投票してしまう人が多くないといいですが。

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