ヨークのキャッスル・ミュージアム

ヨークのキャスル・ミュージアムは、歴史あるイングランド北部の町ヨークに旅行に出た際の、お奨め博物館のひとつです。知り合いが、ここで監視員の仕事をしていたのもあって、私も、何回か足を運びました。

この博物館の名は、11世紀に征服王ウィリアムがこの辺りに城を建てたことに由来します。18世紀には、同地に刑務所が建てられ、現在、この建物は、過去の幅広い時代からの、様々な古物、アンティークを展示する博物館となっています。

キャスル・ミュージアムの創始者は、ヨークシャー州出身で、医師であったジョン・カーク氏。彼の趣味のひとつは、古物の収集。物の大量生産により、失われていく古い物を、救出し、集めようと、用途は問わず、古いものは、何から何まで収集。時に、患者から、治療費代わりに、こうした古物を受け取る、という事もしていたようです。やがて山と溜まったコレクションを展示するために、1930年代前半に、この、昔の刑務所の建物を利用して、博物館が開かれる事となります。

その後、キャスル博物館のコレクションは、こうしたカーク氏の収集物を元に、一般からの物の寄付も受け、増えていきます。昔の室内や、店などを再現した展示も多く、時間旅行も楽しめるのです。

上は、イギリスで初めて再現されたという、キャスル・ミュージアム館内の、ヴィクトリア朝の通り。通りの名は、カーク氏の名を取って、カークゲイト(Kirkgate)。道を行く馬車は、ハンサム・キャブ(Hansom Cab)この馬車を考案した建築家ジョーゼフ・ハンサム氏(Joseph Aloysius Hansom)は、ヨーク出身だったということです。ハンサム・キャブは、霧の都ロンドンにて、シャーロック・ホームズも頻繁に使用していたので、日本でもお馴染みでしょうか。

こちらは、消防署ですね。バケツがさがってる・・・。こんなんじゃ、あまり効き目なかったでしょうね。

車屋もあれば、

金物屋もあり。

ヴィクトリア時代のヨークは、鉄道、そして、チョコレートの町としても栄えましたが、上は、ジョーゼフ・テリーによって創設されたお菓子とチョコレートの老舗、テリーズの店先の再現。

テリーズは、米のクラフト・フーズに買われて、製造も、海外へ移り、長い間、チョコレートを作り続けていたヨークの工場も2005年に閉鎖となってしまいました。イギリスの老舗や古いブランド、次々と、外国の会社に売られてしまっています。メード・イン・ブリテン、メード・イン・イングランドのものは、将来なくなってしまうのではないか、などと思うときがあります。そういえば、キャスル・ミュージアムを訪れた中国人の観光客が、館内のギフトショップの商品をつまみ上げ、張られているラベルを読んで、「メード・イン・チャイナ・・・。」とつぶやいているのを耳にしたこともあります。この観光客が、メード・イン・チャイナのイギリス土産を買って中国に戻ったかは、確認不明です。

こちらは、雑貨屋さんの内部。衣装を着たお姉さんに、写真を撮っていいか聞いたら、「働いているふりをしようか?それとも、そっち見てるほうがいい?」と言うので、せっかくだから、こっち見てチーズしてもらいました。

キャスル・ミュージアムでは、また、昔、刑務所だった頃の名残を残す展示物、監獄なども見物できます。刑務所時代の最も有名な囚人は、18世紀前半の悪名高きハイウェーマン(追い剥ぎ)、ディック・ターピン。指名手配されたターピンは、ロンドン近郊から、北へと逃げ、捕まった後、ヨーク・キャスル・プリズンに放りこまれ、ヨークにて絞首刑となっています。

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このように、個人の収集物が博物館の基礎となる・・・というケースは、イギリス内でわりと多い気がします。大英博物館も、始まりは、ハンス・スローン氏の収集物が母体ですし。(そう言えば、ハンス・スローンも医師でした。)また、以前、ありとあらゆる、古い電球の収集をしていたイギリス人がテレビに出ていて、この人の電球コレクションは、確か世界で一番莫大なものだ、と言っていた記憶があります。

うちにある、だんなのガラクタ類は、それこそ、電球のみとか、トイレの便器のみとか、まとまった特定のテーマがあるわけでもなく、また、大体、博物館の展示品になるほどの内容ではないので、ただ場所をふさいでいるだけに終わっています。見た目に面白くも無く、何の使いようもない、「正真正銘ガラクタ博物館」くらいだったら開けるでしょうが。

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