チャーチルが愛したチャートウェル
ケント州にあるチャートウェル(Chartwell)は、ウィンストン・チャーチルが家族と共に、1922年から、亡くなる1965年まで住み、こよなく愛した邸宅です。現在はナショナル・トラストの管理で一般公開されています。
先月、このチャートウェルを訪れたのですが、記憶に残る限り、かつて訪ねてナショナル・トラストの館の中で、一番、混んでいた気がします。入り口で、ナショナル・トラストのメンバーカードを見せた際に、入館するのは、館内の人数制限のため、時間制になっているとの事で、指定された時間に館の入り口に行くように言われました。それまで、きれいな庭をゆっくり歩いて回り。戦後もかなり経とうというのに、未だに根強いチャーチル人気です。ロンドンから比較的近いというのも混んでいる理由かもしれません。館内ではフランス語も耳にしました。
というわけで、貴族とはいえ、ウィンストンも世に出てお金を稼ぐ必要があったわけです。ハーロー校を出た後、サンドハースト王立陸軍士官学校に進み、軍人として、何度か実際に戦場へも赴いています。
彼の生涯を通しての一番大きな生活の糧は、政治家としてより、執筆業からだったといいます。忘れがちな事実ではありますが、チャーチルは、ノーベル文学賞受賞者。若いころは、ジャーナリズム、また従軍記者として、更には、生涯を通して43冊の本を書き残し。
館内には、彼が所有していた本が、そのまま残されているライブラリーの他に、16世紀のオリジナルのティンバーで支えられた天井を持つ書斎がありますが、この書斎で、数々の有名なスピーチや書き物が誕生したようです。なんでも、立ったまま仕事をするのが好きで、書見台に、参考にする幾冊もの本を広げ並べながら、口述したものを書き取らせるという事をしていたようです。部屋の中を歩き回りながら、アイデアをまとめて、あの独特のチャーチル節が書斎に響いていたのか・・・想像できます、この様子は。
私が、この館の中で一番好きな部屋は、大きなフレンチウィンドウで囲まれた、眺めの良いダイニングルームですね。こんな部屋が自分の家にあったら、庭に出ていない限りは、何をするにも、一日中ここにいたい、と思うような部屋。真ん中に置いてある丸テーブルを囲んで、歴史に名を残すそうそうたる顔ぶれが、ここで食事をしたのでしょーね。また、館内に、訪問者がサインする記帳本が展示されていましたが、こちらも、20世紀の歴史のフーズ・フーの一覧のような名が並んでいる事でしょう。私達が訪れた際は、ジュビリー・イヤーという事もあってか、現在のエリザベス女王のサインが載っているベージが開かれていました。映画「クィーン」内で、女王が言っていたセリフの通り「私の(治世の)一番最初の首相はウィンストン」ですから。
チャーチルは、自ら「ブラック・ドッグ」(黒い犬)と、呼んでいた鬱病に時折襲われいましたが、趣味の絵画が、気晴らしに良かったようです。現在では、それこそ、アートを通して鬱を治す、アート・セラピーなるものもありますもんね。館内にはもちろん、庭園内にあるアトリエにも、彼の筆による絵画が多く飾られており、アマチュア画家にしては、かなり精力的に、バサバサと沢山描いています。絵画の他、彼の他の趣味は、レンガの壁作り、ガーデニング、家庭菜園。全て、鬱には効き目がありそうです。
彼が、池の魚に餌をやりながら、長時間座って物思いに耽っていたという椅子も、同じ場所にすえてあります。
また、庭には、ペットのお墓などもありますが、意外な事に、チャーチルの愛犬はプードルだったそうです。一般的には、ブルドッグのイメージが強い人で、私も以前、首輪に「Winston」と書かれたブルドッグのぬいぐるみをイギリス土産として買って、人にあげたこともあったのですが。
激動の時代の政治家・・・としてだけでなく、多才なウィンストンの、家でくつろいでいる時の様子がうかがえる、それは美しいカントリー・ハウスでありました。
ナショナル・トラストのサイト内のチャートウェルに関する情報ページ(英語)は、こちらまで。
先月、このチャートウェルを訪れたのですが、記憶に残る限り、かつて訪ねてナショナル・トラストの館の中で、一番、混んでいた気がします。入り口で、ナショナル・トラストのメンバーカードを見せた際に、入館するのは、館内の人数制限のため、時間制になっているとの事で、指定された時間に館の入り口に行くように言われました。それまで、きれいな庭をゆっくり歩いて回り。戦後もかなり経とうというのに、未だに根強いチャーチル人気です。ロンドンから比較的近いというのも混んでいる理由かもしれません。館内ではフランス語も耳にしました。
田舎に家を買いたいと、初めて、この館を見に来たチャーチルは、家もさることながら、館からの風景に一目ぼれ。奥さんのクレメンティーン・チャーチルは、改造が必要な館を購入するのは、経済的にちょっと大変、と難色を示していたのを、チャーチルは、奥さんに内緒で、館と一帯の土地を、1922年に5000ポンドにて購入。事後になってから、「買っちゃったー!」と奥さんに白状したそうです。一大夫婦喧嘩となったかもしれません。購入後、古い館も、庭園も、大幅に改造が行われ、実際にチャーチル一家が引っ越すのは、1924年になってから。
奥さんの心配通り、大戦後の1946年には、チャーチル一家は、チャートウェルを維持管理し続けるのは、経済的に無理な状況に陥ります。この際、国家のヒーロー、チャーチルが、愛するカントリー・ハウスにずっと住み続ける事ができるよう、富裕な友達が何人か集まり資金を出し合って、この家をチャーチルから買い取る、という事をしています。それによって、チャーチル一家が、いくらかの家賃を払う事で、この家に住み続ける事ができるようにし、チャーチル夫婦亡き後には、ナショナル・トラストに寄付し、国民のために保存しようという取り計らい。奥さんは、ウィンストン亡き後すぐに、自分の死を待たずに、チャートウェルをナショナル・トラストに寄与。その翌年から一般公開されることとなったわけです。
チャーチルは、マールバラ家の血筋の貴族の出で、生まれたのは、先祖代々の館ブレナム宮殿。ただし、やはり政治家であった父親のランドルフ・チャーチルはマールバラ公の三男坊なので、それほどの大いなる遺産は相続していなかったのでしょう。そして、母、ジェニー・ジェロームは富裕なアメリカ人実業家の娘。当時、こうした、金の無い英国貴族の末裔と、金はあるけど、地位と称号が欲しい、ダラー・プリンセス(ドル姫)などとも呼ばれたアメリカの富裕層の娘の結婚・・・というのは、わりとあったようです。このチャーチルのお母さん、野心家な上、恋多き女性で、愛人はエドワード7世も含め数多く・・・というような事を、テレビ・ドキュメンタリーを見たことがあります。
というわけで、貴族とはいえ、ウィンストンも世に出てお金を稼ぐ必要があったわけです。ハーロー校を出た後、サンドハースト王立陸軍士官学校に進み、軍人として、何度か実際に戦場へも赴いています。
彼の生涯を通しての一番大きな生活の糧は、政治家としてより、執筆業からだったといいます。忘れがちな事実ではありますが、チャーチルは、ノーベル文学賞受賞者。若いころは、ジャーナリズム、また従軍記者として、更には、生涯を通して43冊の本を書き残し。
館内には、彼が所有していた本が、そのまま残されているライブラリーの他に、16世紀のオリジナルのティンバーで支えられた天井を持つ書斎がありますが、この書斎で、数々の有名なスピーチや書き物が誕生したようです。なんでも、立ったまま仕事をするのが好きで、書見台に、参考にする幾冊もの本を広げ並べながら、口述したものを書き取らせるという事をしていたようです。部屋の中を歩き回りながら、アイデアをまとめて、あの独特のチャーチル節が書斎に響いていたのか・・・想像できます、この様子は。
私が、この館の中で一番好きな部屋は、大きなフレンチウィンドウで囲まれた、眺めの良いダイニングルームですね。こんな部屋が自分の家にあったら、庭に出ていない限りは、何をするにも、一日中ここにいたい、と思うような部屋。真ん中に置いてある丸テーブルを囲んで、歴史に名を残すそうそうたる顔ぶれが、ここで食事をしたのでしょーね。また、館内に、訪問者がサインする記帳本が展示されていましたが、こちらも、20世紀の歴史のフーズ・フーの一覧のような名が並んでいる事でしょう。私達が訪れた際は、ジュビリー・イヤーという事もあってか、現在のエリザベス女王のサインが載っているベージが開かれていました。映画「クィーン」内で、女王が言っていたセリフの通り「私の(治世の)一番最初の首相はウィンストン」ですから。
チャーチルは、自ら「ブラック・ドッグ」(黒い犬)と、呼んでいた鬱病に時折襲われいましたが、趣味の絵画が、気晴らしに良かったようです。現在では、それこそ、アートを通して鬱を治す、アート・セラピーなるものもありますもんね。館内にはもちろん、庭園内にあるアトリエにも、彼の筆による絵画が多く飾られており、アマチュア画家にしては、かなり精力的に、バサバサと沢山描いています。絵画の他、彼の他の趣味は、レンガの壁作り、ガーデニング、家庭菜園。全て、鬱には効き目がありそうです。
彼が、池の魚に餌をやりながら、長時間座って物思いに耽っていたという椅子も、同じ場所にすえてあります。
また、庭には、ペットのお墓などもありますが、意外な事に、チャーチルの愛犬はプードルだったそうです。一般的には、ブルドッグのイメージが強い人で、私も以前、首輪に「Winston」と書かれたブルドッグのぬいぐるみをイギリス土産として買って、人にあげたこともあったのですが。
激動の時代の政治家・・・としてだけでなく、多才なウィンストンの、家でくつろいでいる時の様子がうかがえる、それは美しいカントリー・ハウスでありました。
ナショナル・トラストのサイト内のチャートウェルに関する情報ページ(英語)は、こちらまで。
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