プロパティー・ラダーの壊れたはしご

イギリスには、プロパティー・ラダー(property ladder)と言うフレーズがあります。直訳は、「不動産のはしご」。これは、居酒屋のはしごとは違い、夜中に、何個も何個も不動産を訪れる事ではありません。イギリス人が、若い時に、小さい家を買い、その後、給料の上昇と、生活の変化に伴い、徐々に、はしごを登るように、大きな家へ買い換えて行くという社会現象を指して使う言葉です。

若者が学校、大学を出て初めての仕事を見つけ、ちょっと、頭金もたまり、ローンも組めるような状況になった際に、まず、ファースト・タイム・バイヤーズ(first time buyers、直訳:最初の買い手)として、小さめの家かフラット(アパート・マンション)を買い、両親宅から独立する。これが、はしごに登る第一歩。そして、結婚か、同棲したい相手が見つかると、今度は、手狭となった最初の家を売り、もう少し大きいものへ買い替え。相手が働いていれば、ダブルインカムとなるわけですから、もっと大き目のローンも組めるわけですし。後に、子供がひとり生まれ、ふたり生まれと・・・となると、更に、ベッドルームの数の多い家、そして、願わくば、良い学校の側にある家へ引越し。

大方の場合、子供が成長し、巣立つまでのファミリー・ホームが、プロパティー・ラダーの頂点で、一番規模的に大きい家に住むこととなるのでしょう。子供が巣立ってしまった後は、「年を取っていく夫婦ふたりには、大きすぎるぞ」と、今度は、はしごの頂点から反対側に降りて、小さめの家かフラットへ移ります。大きな家を売る事で手に入れた差額で、海外旅行なんぞも行けますしね。足腰も弱ってきたら、2階も無いほうがいい・・・と、バンガロー(bungalow)と呼ばれる、平屋に移る人も多いです。これで、プロパティーのはしごの旅は終わり。

当然、上記は、イギリスのプロパティー・ラダーの典型的な例であるだけで、例外も沢山あるわけです。うちなんぞは、だんなが、仕事を始めて、一番最初に買ったバンガローに、いまだ二人で住んでいますから。プロパティー・ラダーの中間点を吹っ飛ばして、最初からバンガロー。最も、前の所有者が、改造して2階に一部屋をもうけてあるので、まるまるの平屋ではありませんが。駅からも近く、ロンドンの職場に通うのに比較的らくであったために、購入したため、ロンドンへ毎日通勤の必要がなくなった段階で、何度か、別の場所に、もう少し大きめの家を買って引っ越そうという話をしていたものの、気がつくと、まだ同じ場所に住んでいるのです。バンガローは、引退した年寄りに人気であるため、同じ通りの他のバンガローも、年配者が移り住む事が多く、過去、死んでしまった人、老人ホームに入るために家を売ってしまった人などもいるわけです。

さて、ここしばらくの間、このプロパティー・ラダーが壊れてしまっている感があります。はしごの第一歩である、ファースト・タイム・バイヤーズの年齢が徐々に上がっていき、時には、どんなにがんばっても、イギリスで家を購入できそうもない、とあきらめる人も出てきている。長い間、親の家に居候を続けるか、家を所有せず、借りる若者が急増しているのです。

一番大きな理由は、イギリスの不動産の値段が、高騰したまま落ちない事でしょう。また、出生率の上昇と、年々の移民の多さに関わらず、新しい家の建設が追いついていない事。需要が供給をはるかに上回るので、値段はなかなか落ちない。

更には、ちょっと貯金を多めに持っていると、低利子が続く時代、銀行にお金をいれておいても、何の得もない、それどころか、インフレがひどくなると、貯金が減ってしまう。そのくらいなら、不動産に投資しようという人が沢山出てくるわけです。俗に言う「バイ・トゥー・レット」(buy to let、直訳は、貸すために買う)というやつです。「不動産の値段は、上がる一方」という考え方をするイギリス人は非常に多いので、まず、持ち家が多くても、大損をする事はないだろう、そして、それを貸せば家賃収入も入るという事で、昨今、「バイ・トゥー・レット」は、非常に人気の投資。そうしたバイ・トゥー・レッッター(buy to letter)達が、買うタイプの家は、ファースト・タイム・バイヤー達が購入したいタイプの、小さめの家である事が多いため、ますます、若者がプロパティー・ラダーに足をかける障害となっています。そして、「バイ・トゥー・レット」用の不動産ローンの方が、払わねばならない利子が低いという話なのです。また、最近では、家を移る際に、今まで住んでいた家を売らずに、それを貸して、新しい家を買い移り住む、という人も増えています。

挙句の果てには、「バイ・トゥー・リーブ」(buy to leave、直訳:放っておくために買う)という言葉も出てきており、家を貸すために、内部を改造したり、借り手から文句が出たら、それに対処したりが面倒な人は、買った家をそのまま、誰も住ませずに、放置しておいたりするのだそうです。まさに、不動産を使っての貯金。どうりで、住宅の供給の少なさが騒がれているわけです。

地方都市でも、「バイ・トゥー・レット」や、「バイ・トゥー・リーブ」は増えているのですが、ロンドンなどは、国内だけでなく、海外からの不動産投資が入ってくるので、もう、一般人が、新しくロンドンの良い場所に家を買おうなどというのは、かなりの苦労です。親が金持ちか、超高給取りでないと、ファースト・タイム・バイヤーズは、他の投資家達にはじき飛ばされて、賃貸生活を続けるほかは無いでしょう。不動産開発者は、国内のバイヤーより、頭金をぱぱっと払う海外のバイヤーを好む傾向があり、まず最初に、マレーシアや香港などで、建設中のフラットの宣伝販売を開始する事も多々あるとか。(海外からのロンドンの不動産投資については、過去の記事参照下さい。こちら。)

私がロンドンで働いている頃は、ロンドンでも、高級住宅地に踏み込まず、小さいフラットであれば、私ひとりの給料で、買おうと思えば、買える物件もあったのです。実際、2,3件ロンドン内のフラットを見に行った事もあります。(ああ、あの時、買っていれば!!!)最終的に、フラットでなく、土地つきの家が欲しいと、ロンドンを少しはなれた郊外で、何軒か見て回り、決めかねている時に、だんなの家に移り住み、そのまま、同じ家に住んでいるわけですが。あの頃、見て回ったタイプの家も、今は、3,4倍の値段となっています。

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同じ町に住んでいた若い(30代の)日本人の友達が、本日、日本へ帰ります。彼女のだんなはイギリス人、小さな子供3人。だんなはフルタイムで仕事をしているのに、高すぎる家の値段のため、家を買う頭金も無ければ、ローンも組めない。おそらく給料の大くは借りている家の家賃へ飛んでいたのでしょう。不動産の売買価格のみか、賃貸価格もかなり上がっていますので。

彼女のだんなは、フルタイムで仕事をしていて、ある程度の収入があり、二親家庭であるため、住宅補助などの、社会補助を受ける事も期待できず、今回、だんなは日本語を喋れないのに関わらず、イギリスに見切りをつけ、日本へ逆移住を決めたようです。日本もそれなりに問題はあり、天国ではないでしょうが、確かに、彼らの現状を考えると、日本の方が可能性があると、傍から見ていても思います。稼ぐ能力のある若い世代を、社会が大切にしないと、社会に収入税をもたらしてくれるちゃんとした若者は次々、移住してしまい、残るは、子供の教育やしつけもまともにやらないシングル・マザーや、好きな事をするためにパートタイムをぼちぼちやって、残りは生活補助を受けて暮らす若者、そして、年寄りばかりの社会と化してしまうのでは。まあ、ポーランド等の東欧系の移民がその分、沢山入ってきているので、彼らが働いて、収入税をたたきあげてくれているのか。もっとも、急増している東欧からの移民が、イギリスにとって良い事か悪い事かの論議は、けんけんごーごーで、5月に総選挙を控えた今年は、特に、移民問題が、大きな問題として取り上げられています。

政治家を初めとする、エスタブリッシュメント、ひいては、中年以上のイギリス中流は、すでに不動産を持っており、家の値段が下がる事を好まない傾向があるので、このトレンドを必死で維持しようとしている気配。更には、上にも書いたとおり、イギリスの不動産を貯金として投資する外国人も増えてますし。世情が危なっかしい国が多いですから、ますます、比較的安定している政治と法を持ったイギリスの不動産は魅力なのでしょう。また、「このままだと、一生家が買えないのでは。」と焦って、頭金もほとんどためていないのに、首も回らぬ借金をして、無理矢理家を買ってしまう人も出てくる・・・もし、万が一、今の不動産バブルが、はじけたら、これが、一番、危ないのに。とにかく、家と家賃が高すぎる、というのは、今のこの国の一番の社会悪だと感じます。

ぼろバンガローでも、家があって良かった。同時に、嫌な仕事を一生懸命やりながら、一生家を買えない若い人たちは、気の毒です。

一番上の写真は、私がロンドンへ来て、一番最初に住んだ通りです。内部に小さなキッチンと流しがついた、この建物の中の一部屋を借りて、バスルームシェアで、1週間35ポンドくらいでした。プリムローズ・ヒルなどからも近い抜群のロケーションだったのに。そんな時代も、遠い昔ですね。

コメント

  1. お友達一家の移住、高齢化と出生率低下に悩む日本にとっては良いことかと思います。日本の不動産も海外マネーに買われているという話がありますが少し田舎に行くとまだまだ安いです。本州でも土地付き古民家が100万くらいで買えるところがあると聞きました。

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    1. 彼らも、今の日本だったら、将来的に家持てるかもしれませんね。
      以前ニセコに行った時、オーストラリア人が、周辺の不動産を沢山買っている感がありました。白馬あたりでも、オーストラリア人が土地と別荘を買っているという話も、最近人から聞いたばかり。南半球の夏の間、あまり時差も無く飛んで、スキーが出来る日本は、オージーには魅力なのかもしれません。

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