レスター観光はリチャード3世とインド・カレー

リチャード3世の骸骨が、レスター(Leicester)の駐車場から彫り上げられ、子孫のDNAから「間違いなく、リチャード」と判断されて、2年ほど経ちました。レスター大学で、いろいろ、検査を受けていた骸骨が、ついに永住の場のレスター大聖堂に埋葬。ヨーク家出身であるリチャードの、ゆかりの地ヨークの大聖堂も、リチャードの骸骨を欲しがったという話が一時浮上していましたが、最終的に、レスター大聖堂が獲得。他に、特に観光スポットなどが思い浮かばない、今までは、ただ通り過ぎるだけの駅だったレスターにとっては、うれしいアトラクションかもしれません。(リチャード3世の骸骨発掘の話は、過去の記事、こちらまで。)

先日、2015年3月22日の日曜日、子孫で、家具職人であるマイケル・イプセン氏が作った棺に納められたリチャードの骸骨は、レスター大学を出発し、途中、シェークスピアによると、「馬を、我が王国と引き換えに、馬を!」の叫びを最後に死んだ、ボズワースの戦場跡を経由し、レスター大聖堂へと向かい、内部で式が行われました。途中、沿道も、大聖堂の回りも人だかりで、ヨーク家のシンボルである白バラを棺に投げる人も。すでに、客引きとしての、リチャード・パワーが発揮されています。

棺は、イングランド王にふさわしく、イングリッシュ・オークを使用した、非常にシンプルな長方形で、王の名と、バラの紋章と、生存年が掘られているのみ。イブセン氏、職人の腕の見せどころと、豪華絢爛の凝ったものを作ろうという誘惑もあったけれど、シンプルなものにする事にした、などと言っていました。

ライブで、リチャードの棺がレスターの町を練り進み、大聖堂に収まる様子をテレビで少し見ていましたが、何度か、「リチャードの宗教はカソリック」という事が言及されていて、式典には、イギリスカソリック教会の大司教も招かれてお説教をしていました。当然、ヘンリー8世の離婚騒ぎ以前の話ですので、それは、キリスト教と言えば当時はカソリックしかなかったわけですから。また、もし、ボズワースで、リチャードがヘンリー・チューダーを破っていたら、イギリス国教会など、無かった可能性もある。

月曜日から昨日(26日)の埋葬まで、リチャードの棺は、聖堂内に置かれ、一般市民が入場して見れるようになっていたのですが、この棺を見るために、聖堂前は長蛇の列。嘘か本当か、長くて4時間も待った人もいるとか。私も一時、ちょっと見に行ってみようか、という気が起こったのですが、レスターまでの電車賃がかなりする上、聖堂に入るのにそんなに待たねばならぬなら、他に何もできないか・・・と、レスター観光は、棺が埋葬されて、少し騒ぎが収まってからにする事としました。

昨日の木曜日の聖堂内での埋葬は、イギリス国教会の大主教が司り。かなりの遠縁はあるけれども、少しだけ、リチャード3世と血が繋がっているとかいうベネディクト・カンバーバッチも招かれ、詩の朗読をしていました。

現レスターの国会議員は、労働党のインド系の人なのですが、この人がニュースのインタヴューで、「ヨークよりレスターの方が食べ物が美味しい。カレーがあるから。レスターに来たら、リチャード3世の墓を見た後、カレーでも食べていって欲しい。」の様な事を言っているのを聞きました。そう、このレスターという町、イングランドで一番、人種が混合している町のひとつだそうで、1970年代の、ウガンダのイディ・アミンの台頭で、ウガンダから逃げてきた、多くのインド人が、移り住んだ場所でもあるのです。だから、カレーが出てくるのでしょう。

レスターはじめ、バーミンガム、イーリングなどの西ロンドンには、ウガンダのインド人が移住する以前から、やはりアフリカナイゼーションと称して、「アフリカは黒人のもの」と、ケニアから蹴りだされたインド人たちがすでに移り住んでいた場所。そして、1971年、イディ・アミンが政権を取ると、7万4千人いたというアジア人を国外へ追いやる政策に出るのです。こうしたウガンダのインド人のうち、3分の2は、イギリスのパスポート保持者。ウガンダのインド人の受け入れにあたって、イギリスでは、ウガンダ移民委員会が設置され、当委員会は、できるだけ、アジア人の人口が同じ場所に密集しないようにと、すでに他のアジア人が大勢住んでいるレスターなどの場所を避けて、住むように呼びかけるのです。

ケニアからのインド人の他に、またウガンダからも大挙に移民の波が押し寄せ、大変な事になると恐れをなしたレスターの地方自治体は、ウガンダの新聞にわざわざ、「あなかのために、そしてあなた方家族のためにも、ウガンダ移民委員会のアドバイスを聞いて、くれぐれも、レスターには来ないように」などと広告を出すのです。が、これが、逆噴射。アジア人が沢山いるから避けるように、と言われた場所には、すでに、アジア人互助のネットワークなどもできているだろうからと、かなりの数のインド人が、アドバイスとは全く反対に、避けろと言われた場所へむかい、定住するのです。

いずれにしても、ケニアやウガンダにいたころは、雑貨店や、仕立て屋を営んだり、医者、歯医者、実業家など、国の経済を支えていたような存在であったインド系移民は、ほぼ文無し状態でイギリスに降り立ちながら、瞬く間に、新生活を築き上げたというのですから、下手な現地人よりも、役に立つ庶民となったかもしれません。・・・もっとも、私は、以前、近所のインド人の歯医者に、高額を取られた上、本当にひどい治療を受け、他の先生にやり直してもらった事がありますし、インド人の歯医者がひどい治療をして、訴えられるケースはわりと多いと聞いた事もあるので、インド人の歯医者さんと聞くと少々逃げ腰になります。まあ、野心と立身出世が、良心と共存しないケースは、インド人に限らず、多々あるものです。

リチャード3世のおかげで、レスターを訪れる観光客の数はこれから増えることでしょう。おそらく、日本の観光ガイドブックにも、リチャード3世ゆかりの地として、レスターが記入されていくでしょうし。ロンドンから行く場合は、セント・パンクロス駅から北へ、約1時間ちょっとです。リチャード3世の墓とビジターセンターを訪れた後は、辛いものが好きな人は、インド・カレーでご飯をしましょう。

追記(2016年5月3日)

昨夜、レスターのサッカーチーム、レスター・シティー・フットボール・クラブ(Leicester City FC)の、プレミアリーグ(Premier League)での奇跡の優勝が決定。現在、日本の岡崎慎司がプレーするので、日本でもおなじみのチームでしょうが。そんなこんなで、昨夜は、レスターは、お祭り騒ぎとなったようです。

マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティー、チェルシーなどの金持ち有名チームに比べ、レスター・シティーのプレーヤーの購入価格は非常に低く、レスターのチーム・メンバー全員の値段が、こういった有名チームのスタープレーヤー1人の値段と同じだとか。上の図は、BBCのニュースサイトから拝借した図ですが、左がレスター、右がマンチェスター・シティー。プレーヤーの購入に費やした総額は、レスターは、マンチェスター・シティーの約10分の1。特定の贔屓のクラブを持たないサッカー・ファンの間では、レスターに頑張ってほしいと思う人も多かったようで、レスターの優勝には、一般に、満足いく結果というムードです。

なんでも、リチャード3世の埋葬の前は、プレミアリーグの底辺で奮闘していたレスター・シティーですが、埋葬後、ぐんぐんとリーグのトップに登りはじめ、今回の優勝。これは、リチャード3世のパワーだ、などと言う話もあります。クラブのオーナーは、裕福なタイ人だそうで、クラブの成功を祈るために、タイからじきじき、幾人かの坊さんを呼んで、試合の前などに祈りを捧げたりしているのだそうです。リチャード3世パワーと、仏教のお祈りパワーとどちらが効いたのか。

これからは、レスター観光は、リチャード3世、カレー、そしてサッカーとなりますか。

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