ロンドン塔での処刑

ロンドン塔内タワー・グリーンから、ホワイト・タワーとタワー・ブリッジを望む

こんなクイズを見かけました。

悪名高きロンドン塔内で、処刑された人の数が一番多い世紀はいつでしょうか。
a.16世紀 b.17世紀 c.18世紀 d.19世紀 e.20世紀

この手のクイズの御多分に漏れず、これも、ひっかけ問題です。「ロンドン塔で処刑・・・斧を振り下ろされて、首ちょんぱ・・・これは、チューダー朝の時代が一番多いに違いない、ということは、16世紀かな?」と、考えがちですので。

答えは、「e」で、20世紀。

実際に、塀で囲まれたロンドン塔の敷地内で処刑になった人間というのは、意外と数が少ないのです。大体の、著名事件、著名貴族の処刑は、ロンドン塔敷地すぐ外の、タワー・ヒル(Tower Hill)にて行われた事が多く、トマス・モアなどが処刑されたのも、タワー・ヒルでの事。

ロンドン塔敷地内にある、タワー・グリーン(Tower Green)と称される小広場で処刑されたのは、公共の目にさらされる処刑から免れた、王妃を含む、少数のかなり位の高い人間がほとんど。

下がロンドン塔敷地内のタワー・グリーンで、打ち首による処刑を受けた人物の名ですが、7人のみ。

1483年 ウィリアム・ヘイスティングス(William Hastings)
エドワード4世の忠臣であった有力貴族。エドワード亡き後、エドワードの弟リチャード(後のリチャード3世)に忠誠を誓いながら、リチャードにより反逆罪に問われ、処刑されたとされています。

1536年 アン・ブリン(Anne Boleyn)
言わずと知れた、ヘンリー8世の2番目の妻で、後のエリザベス1世のママ。斧での打ち首は、うまく1回で切れずに、何度か斧を振り下ろされるという悲惨な事もあったため、そんな事態を避けるために、フランスからわざわざ、剣の達人を呼び寄せ、剣の一振りで死亡。

1541年 ソールズベリー女伯、マーガレット・ポール(Margaret Pole)
彼女の父親は、エドワード4世と、リチャード3世の弟にあたる、クラレンス公ジョージで、母親は、ばら戦争の時代「キング・メーカー」と称された有力貴族リチャード・ネヴィルの娘のイザベラ・ネヴィル。
彼女は、ヘンリー8世と最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンの間の娘で、後にメアリー1世となるメアリーの養育を司っていましたが、ヘンリー8世により、カソリック軍勢による侵略の企てに関わっていた、などのいちゃもんをつけられ、反逆罪に問われます。アン・ブリンの、一振りでの打ち首とは違い、下手な死刑執行人により、1回で済まず、死亡するまで、斧で首や肩を、何度も切りつけられたそうです。おそろしや。

1542年 キャサリン・ハワード(Catherine Howard)
ヘンリーの5番目の妻。彼女が17歳でヘンリーと結婚した時、デブで不健康な王はすでに49歳。姦通のかどで、反逆罪。

1542年 ジェーン・ブリン(Jane Boleyn)
アン・ブリンの義理の妹。キャサリン・ハワードの侍女で、彼女の姦通の手助けをした罪に問われ処刑。

1554年 ジェーン・グレイ(Jane Grey)
政治傀儡として、エドワード6世亡き後、9日のみ君臨した「9日間の女王」。詳しくは、過去の記事「レーディー・ジェーン・グレーの処刑」を参照ください。彼女の夫、ギルフォード・ダドリーは、ロンドン塔内での処刑は許されず、タワー・ヒルで処刑となっています。

1601年 エセックス伯、ロバート・デヴァルー(Earl of Essex, Robert Devereux)
エリザベス女王治世最後の方で、若く凛々かった彼は、女王の寵愛を得ながら、後、女王の枢密院の重臣であり国務長官(Secretary of State)であったロバート・セシルなどの排除を目的としたクーデターを企て、失敗。反逆罪。

この後、1743年に、タワー・グリーンで、銃による処刑が行われています。スコットランドの軍隊、ブラック・ウォッチに属する3人が反乱を企てた罪に問われ処刑。

という事で、ロンドン塔内のタワー・グリーンにての処刑は、合計10人で、やはりチューダー朝の被害者が主です。これに比べ、ロンドン塔外のタワー・ヒルでの処刑者数は100人を越しています。また、ロンドン塔に投獄された人物の中には、タワー・ヒル以外に、ウェスト・スミスフィールドで処刑になった者も。

それでは、冒頭のクイズの答えで、20世紀に一番多くの人間がロンドン塔内で処刑されたというのは?これは、第一次、第二次世界大戦中に、12人(一説によると11人)が、スパイの罪で、ロンドン塔敷地内で、銃により処刑されているからです。ロンドン塔内での最後の処刑は、1941年、スパイの容疑で捕らえられていたドイツ人です。

現在、ロンドン塔に入場すると、タワー・グリーンには、上の写真のような、この場所での処刑の記念碑が設置してあります。現代アート風で、「ちょっとなー」という感じ。中心に置かれている、膨らんだ透明のプラスチック袋みたいな物体は、雨上がりに見学したので、真ん中のちょっとくぼんだ部分に、雨水が溜まっていました・・・。電動ドリルでも持っていたら、真ん中に、水切り穴を開けたい気分に駆られた事でしょう。

Chapel Royal of St Peter ad Vincula

タワー・グリーンに隣接する北側に、ロンドン塔の教会(The Chapel Royal of St Peter ad Vincula)がありますが、この中に、ここで処刑された3人の女王(アン、キャサリン、ジェーン)と、マーガレット・ポール、ジェーン・ブリン、エセックス伯が埋葬されているという事。また、ここは、タワー・ヒルで処刑された者たちを無名で、集団埋葬する場でもあり、トマス・モア(頭は無く、胴体だけ)も、当教会に埋葬されているとのこと。


最後に、スコットランド女王メアリー(ジェームズ1世の母)が処刑されたのはロンドン塔、と思っている人がわりといるようですが、彼女の処刑は、首都から離れたノーサンプトンシャー州のフォザリンゲイ城(Fotheringhay Castle)で行われています。

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