ハットフィールド・フォーレスト

「forest」フォーレストと言うと、現在では、「森林」を意味する言葉ですが、昔々のフォーレストは、多くの木々が生えている場所というより、鹿を放ってある土地を意味しました。ですから、「木」よりも、「鹿」が大切な要素であったのです。

イギリスに「forest」を導入したのはノルマン人制服を果たした征服王ウィリアム(ウィリアム1世)。木々や草原を含んだ、囲いの無い土地(森とは限らない)に、狩猟用の鹿を放ち、そのエリアが、フォーレストと指定されると、鹿たちは「Forest Law」なる法のもと、保護され、一般人が鹿を殺すことは禁じられていました。ウィリアム1世が統括させた、イングランド各地の土地台帳であるDomesday Book(ドゥームズデイ・ブック)には、フォーレストと指定された土地は、約25ほど記録されているそうです。これが、1200年までには、その数150ほどに跳ね上がります。

重要な貴族が権利を持つフォーレストもあったものの、多くは王室のフォーレストで、その内部の、鹿を含めた動物、木々は王の物とされ、王は、フォーレスト内の鹿やイノシシ、貴重なオークなどの建築材料となる木材を、金銭の代わりに、報酬として、忠臣達に与えていたと言います。中世の王たちは、各地のフォーレストで狩猟に余念がなかった・・・のような印象があるのですが、実際のところ、王様は、全国に数あるフォーレストをしょっちゅう訪れ、狩猟に明け暮れる時間はさほど無かったという事です。

時代と共に、王室は、フォーレストに興味を失っていき、やがては、地主たちが、自分が所有する土地を好きに使用し、周りに生垣や塀を作り、一般人を含む他者の権利を排斥することが出来るという、囲い込み法により、昔ながらのフォーレストは消えていくこととなります。それと共に、フォーレストという言葉も、かつての意味を失い、今では、ただ単に「森林」を意味する事となるのです。

と前置きが長くなったところで、エセックス州、スタンステッド空港のすぐそばにある、ハットフィールド・フォーレスト(Hatfield Forest)を訪れました。ハットフィールド・フォーレストは、ナショナルトラストにより所有管理される、中世の面影を非常に良くとどめている、数少ないフォーレストのひとつだと言われています。

この土地は、1100年頃、ヘンリー1世により、フォーレストとして指定され、王は、ダマジカ(fallow deer)を放ったとされています。なんでも、このダマジカの末裔が、今も、ここに住んでいるのだとか。散策中、はるかかなたで、鹿の一群が跳ねているのを見たのですが、あれがそうだったのかな!鹿の数の管理の一環として、9月から2月にかけては、敷地内のショップで、ベニソン(鹿肉)、また鹿肉を使用したバーガーやソーセージも販売されるのだそうです。

王家は1298年まで、このフォーレストの土地も所有していたそうですが、その後、土地は他者に与えられています。18世紀に、ここの地主となった実業家が、このフォーレストを愛して、大切にしたことから、囲い込みが法となった後も、あまり形を変えることない姿で生き残る事ができたそうです。そして、ナショナルトラストが、この土地を獲得するのが1924年。

ハットフィールド・フォーレストは、compartmented forest(仕切りフォーレスト)なる形式のもので、平原(plains)と呼ばれる牛や鹿などが草を食むためのエリアが、森林エリアから、溝や土手、柵によって仕切られています。

平原部に点在する木々は、鹿に葉や、新芽が食べられてしまわないように、枝の刈り込みをする際は、動物の頭が届かない高さの部分から行われます。よって、木の下方からは、むしゃむしゃやられてしまう危険のある新芽が、生えてこないわけです。こうした伐採をすること、またはこういう風に刈られた木は、ポラード(pollard)と称されます。敷地内には、約600の古いポラードが残っているそうです。

何度も何度も、新しい枝を伐採するために、頭を刈られてきた、古いポラードは、木の真ん中がほろ穴状になっているものや、その穴が広がり、ふたつに分かれてしまっているものまであります。この穴は、病気ではないため、他の部分に影響を与えることなく、こんな危なげな姿になりながら、しっかり生きているのです。

一方、鹿たちが入り込めないように、周辺に溝を掘る、土手を作り柵を立てるなどをして守られている森林部の木々は、コピス(coppice、萌芽更新)という伐採法で管理されています。コピスは、木を、根本近くまで刈り込み、下部から新しい枝の発育を促す方法で、大体の場合が、10~20年間隔で行われるという事。放置しておくより、コピスを行った方が、材料として使用できる枝、木材が効率よく収穫できるようです。こうして収穫された木材は、薪、木炭、柵、塀、その他もろもろの材料として使用。

ハットフィールド・フォーレストは、今では、過去の歴史的意味を持つ場所というより、週末、家族がちょっとした緑を楽しむ場所としてのリクリエーションの場的感じが強いです。森林部内には、子供たちが入って遊べるようにか、くまのプーさんに登場するイーヨーの家の様な、木の枝でできた隠れ家が何個か見られました。

中央部にある水辺付近に一番、人が集まっていました。

ナショナルトラストの、カフェやおトイレ、お土産物屋も、水辺付近ですし。18世紀に建てられた、シェル・ハウスなる、この建物は、貝殻で装飾がなされています。

せっかく来たから、一応、沢山歩いてみよう、と入り口でもらった地図を頼りに、平原を歩き、森林の一部を歩き。駐車場や、カフェ周辺を離れると、家族連れの人の数もぐっと減ります。そのうち、思っていたのと逆方向に歩いて、途中、どこにいるかわからなくなったりもしましたが、それなりに、中世のフォーレストの雰囲気を味わってきました。鹿を追って馬を走らせる王侯貴族とはいかなくても、乗馬を楽しむ人たちも見かけました。もっとも、予備知識皆無で訪れていたら、普通の巨大緑地、木の多い巨大公園、としか思わなかったかもしれません。

当フォーレストに関する、ナショナルトラスのサイトは、
https://www.nationaltrust.org.uk/hatfield-forest

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