中世の面影残すアールデコの館、エルサム・パレス

エルサム・パレスのエントランス・ホール
「エルサム(Eltham)は、スティーブン・コートールド(Stephen Courtauld)によって改築されていて、彼が私を迎えてくれた。彼ら(コートールド夫婦)が建てた館は、とても近代的であるものの、14世紀に遡る大広間も、美しく修築されていた。館内と、魅力的な、堀を利用した庭園を見て回り、広間でティータイムを取った。楽しい訪問だった。」

これは、1938年の6月に、時のジョージ6世の母であり、現エリザベス2世の祖母にあたるクイーン・メアリーが、ロンドン南東部にあるエルサム・パレス(Eltham Palace)を訪れた時の感想だそうです。彼女の言葉通り、エルサム・パレスは、当時モダンの最先端を行くデザインを取り入れた、アールデコ(Art Deco)風インテリアで知られていますが、中世に遡る面影を留める場所でもあるのです。(注:クイーン・メアリーは14世紀と称していますが、グレートホールは、実際は15世紀のものです。)

この地の、堀に囲まれた館と荘園が、当時まだ皇太子であったエドワード2世(在位1307-27)に与えられたのが1305年。エドワード4世(在位1461-83)の時代に、大掛かりな改造が行われ、現存するグレート・ホールも彼の治世の1470年代に建築されています。

チューダー朝に入ってから、ヘンリー7世は、この館を子供たちを育てる場所としたため、ヘンリー8世は、幼少期をこの館で過ごしています。召使を含めるチューダー時代の宮廷人は総計800人ほどおり、それをすべて宿泊させることができた規模の王宮はイングランド全国で6つのみだったという事ですが、エルサム宮殿はそのひとつ。やがて、王となったヘンリー8世が、ハンプトンコート宮殿を獲得してからは、王家は、エルサムより、ハンプトンコートとグリニッジにあった宮殿を主に使用するようになっていきます。エリザベス1世がこの館を訪れたのは、ほんの数回。チャールズ1世が、この館を訪れる最後の君主となります。

ピューリタン革命後、議会派によって没収され、王政復古で王家に変換されたものの、ずっと農家の一部として使用され、朽ちていく。時が経ち、20世紀になってから、スティーブンとヴァージニア・コートールド夫婦が、新しくアールデコ内装の館を建てて復活させるのです。

コートールド美術研究所、コートールド美術館などに名を残す、このコートールド家(Courtauld)とは、17世紀に、プロテスタント信者への迫害を逃れて、フランスからイギリスへやってきたユグノーの家系。やがて絹織物などの繊維業で富を築き、20世紀に入ってからは、世界でも屈指のレーヨンの製造業を行っていた億万長者。エルサム宮殿に住んだスティーブン・コートールドは第6子であったため、家業には携わらなかったという事ですが、遺産で、働かずとも良い暮らし。特に芸術関係の慈善に力を入れ、エルサム・パレスでは、数あるおもてなしパーティーを開き、登山やクルーズなどに余念なく。第一次世界大戦には参戦しており、終戦後もその経験がトラウマとなっていたようです。

さて、大きな灰色の鯉が泳ぐお堀の上の橋を通って、コートールド夫婦が建てた館に足を踏み入れると、まず迎えてくれるのが、一番上の写真のエントランス・ホール。ホテルのロビーののりですが、全館に渡って、アールデコのホテル感覚。2つの戦争の間の、華やかな上流階級の生活ぶりが髣髴。

寝室も、ホテルの一室なら、

バスルームも、改造されていない昔のホテル風。

コートールド夫妻は、ハロッズで購入したという、リマー(lemur、キツネザル)をペットとして、家族の一員のようにかわいがっており、このキツネザルのお部屋は、セントラルヒーティングの暖房入りで、壁には、マダガスカル島の竹林の装飾が描かれていたとか。嫌いなゲストに噛みつくことでも知られていたようです。夫婦のクルーズにもお供して、デッキチェアでくつろいでいるキツネザルのポストカードなどが、キツネザルのぬいぐるみと共に、館の土産物屋で売られていました。このポストカード、ちょっと愉快なので、買って来ればよかったと、今になって思っています。自分を人間と思っているようなポーズを取っていました。キツネザルに気に入ってもらえると仮定して、こんな館に招いてくれる金持ちの友人いたら楽しいでしょうね。

館の建築が済み、コートールド夫婦が越して来たのが1936年。家のあちこちに、当時は最新の器具やシステムが導入され、台所には、まだ稀であったという冷蔵庫もあったそうです。第二次世界大戦の勃発後、その影響で召使の数も減り、大きな館の維持も困難になってきたことも手伝い、終戦直前の1944年に、夫妻は、エルサム宮殿を後にします。以後、1992年まで、館と土地は、軍の教育訓練の場として使用され、1995年に、イングリッシュ・ヘリテージの手に渡り、修繕され、一般公開へ。コートールド夫妻は、その後、当時は白人政権下にあった南ローデシア(現在のジンバブエ)でスティーブンの死まで生活を送り、後、奥さんは、イギリスのジャージー島で余生を送ったとのこと。

この20世紀の館から、外へ出ずに、直接、中世のグレートホールを見下ろすロビーへ出ることができます。ハンプトンコートのものに負けず劣らず立派なホールでした。

内部見学を済ませたら、しばし庭の散策。

夏休みとあって、子供たちも多く、芝生の上でピクニックをする家族連れもいました。

私は、エルサム・パレスには、ロンドンのシティーにあるキャノン・ストリート駅から電車で、約30分のモッティンガム(Mottingham)駅まで行き、そこから15分ほど歩いてたどり着いたのですが、道中、ほとんど人を見ず、ちょっとロンドンの中心から外れた観光地だから、空いてるのかな、と思いきや、内部は、結構人がいっぱい。車好きのイギリス人のこと、皆、ドライブして行ったのでしょう。駐車場は混んでました。駅からの道中、わからなくなり、犬を散歩させていた、ヒッピー風ポニーテールのお兄さんに道を聞いたところ、途中の曲がる場所まで、お供してくれましたが、「この辺、風景いいね。」と私が言うと、「ここから少し登り坂を上がると、さらに良くなって、ロンドンが一面に見れるよ。ハバ・ナイス・デイ!」

確かに、ポニーテール兄ちゃんの言った通りで、少々遠いですが、以前、北から見たロンドンのパノラマにも挑戦できるほど、スカイラインが良く見えました。

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