オリバー!

Food, glorious food !
Hot sausage and mustard !
Food, glorious food !
Cold jelly and custard !
Pease pudding and saveloys !
What next is the question ?
Rich gentlemen have it, boys
Indigestion !

食べ物、すばらしき食べ物
マスタードをつけた熱々ソーセージ
食べ物、すばらしき食べ物!
カスタードをそえた冷たいゼリー
ピーズ・プディングとサビロイ
問題は、次に何を食べるか
金持ち紳士なら経験できるよ
消化不良というやつも

チャールズ・ディケンズ作の小説「オリバー・ツイスト Oliver Twist」のミュージカル版「オリバー!、Oliver !」内、イギリスで一番有名なのは、この歌「フード、グローリアス、フード、Food glourious food」でしょうか。

1968年に、天使の顔をした金髪の少年、マーク・レスターをオリバーとして映画化した、このミュージカルを、最初から最後まで見ていないうちのだんなですら、この歌は、当然のように、知っています。食べ物大好きな人ですから、焼いた肉の良いにおいが漂ってきたり、冷蔵庫に顔を突っ込んだりしている時、よく鼻歌で歌っていますし。

日本の姪に、ビクトリア朝とエドワード朝の、ロンドン社会の様子を見せる勉強(?)の意味を兼ねて、それぞれ、ミュージカル映画「オリバー!」と、「マイ・フェア・レディ」のDVDを送ったのですが、その後、自分でも、「オリバー!」を、実に久しぶりに見てみました。「オリバー!」も「マイ・フェア・レディ」も、初に序曲が入り、また、途中で休憩が入るので、ちょっと劇場へ足を運んだ風なのもいいのです。

身寄りの無い貧民が、寄宿し、強制労働に従事した場所であった、ワークハウス(救貧院)で育った孤児のオリバー・ツイスト。映画の出だしは、オリバーが育った、とある地方の町のワークハウスで仕事をする、やせこけ、みすぼらしい服を着た子供達の様子から始まります。ワークハウスでの労働は1日12時間ほどの長時間で、コンディションも最悪。ワークハウスに入れられた子供の死亡率は非常に高かったそうです。やがて、食事の時間となり、下水の様な風体のおかゆ(グルエル、gruel)を、ボウルに一杯ずつのみしか与えられない子供達が、たらふく、湯気が上がる美味しい料理を食べるところを想像して、「Food, glorious food」と歌いだすのです。

おかゆをあっと言う間に食べ終わった子供達は、まだ空腹。そこで、くじをひいて、はずれてしまったオリバーが、もう一杯下さいと、頼みに行くことになり、ボウルを抱えたオリバーが、おずおずと言うのが、

Please, sir. I want some more.
すいません。もっと欲しいんですけど。

この台詞も、おそらく小説内で一番有名なもので、こちらも、小説を読んだことが無い人でも、お腹を空かせたオリバー・ツイストの台詞と知っていることでしょう。

この事件で、貪欲で規律のない少年と見なされたオリバーは、ワークハウスから連れ出され、売りに出されてしまい、葬儀屋の店に買われていくのです。葬儀屋で働くうち、意地の悪いでっち奉公の青年にいびられ、逃げ出したオリバーは、約70マイルの道のりを、大都市ロンドンに向かって歩き出す・・・。

原作では、現ロンドン北部の郊外で、当時は、まだ田舎の風情であったバーネットに到着した段階で、疲れ果てたオリバーは、ドッジャーという愛称の男の子に出会う。映画内でのドッジャーとの出会いは、ロンドン中心部にたどり着いてから。オリバーが、行き場がない孤児とわかると、ドッジャーは、ただで泊まれる紳士の家を知っているとオリバーを招き、行き着くのが、ユダヤ人フェイギンが率いる子供達のすり集団の隠れ家。

2人がフェイギンの根城へと向かう際にドッジャーが、ロンドンの群衆の中をくぐりぬけながら、オリバーにむかって歌うのが、

Consider yourself at home
Consider yourself one of the family
I've taken to you so strong
It's clear we're going to get along

自分の家だと思っていいよ
家族の一員だと思っていいよ
君の事、すごく気に入ったから
仲良くなれることにまちがいない

さて、どぶ川にかかった歩行橋を越えて、半分崩れかかったような建物にたどり着く2人。迎えるは、フェイギンと数多くのすりの子供達。寝場所と食べ物を与えられたオリバーは、そこで、すりの手法なども、

You've got to pick a pocket or two.
財布のひとつやふたつ、すってみな。

と歌って踊るフェイギンと子供達から伝授され、また、凶暴な性格の腕利き泥棒ビル・サイクスのガールフレンド、ナンシーにも出会う。ナンシーにちょっと惚れているドッジャーと子供達が「君のためなら何でもする」と歌うナンバーが、「I'd do anything」。

ドッジャーと共に、初仕事に町へ出たオリバーは、ドッジャーが紳士の財布をすった後に、逃げ足が遅く、つかまってしまうのですが、この被害者の紳士ブラウンロー氏の家に引き取られることとなり、しばし、今まで経験したことが無いような幸せで、快適な生活。一方、オリバーが捕まった事によって、自分達の行動を暴露されはしないかと、ひやひやするフェイギンとビル・サイクス。ビル・サイクスは、オリバーが信頼するナンシーを使って、使いに家を出たオリバーを奪回し、オリバーは再び、フェイギンの元へ。一方、ブラウンロー氏は、オリバーが、行方の知れなくなった姪によく似ている事に気づき、オリバーのいたワークハウスに連絡をとり、オリバーが、実は、姪が隠れて生んだ子供であった事が発覚。

ビル・サイクスに、強盗などに連れ出されるオリバーを見て、罪の意識にさいなまれたナンシーは、なんとかオリバーを助けようと、ブラウンロー宅を訪れ、氏に、夜の12時にロンドン橋で待ち合わせの約束をする。懐疑心を抱いてナンシーとオリバーの素行を窺うビル・サイクスの目を盗み、オリバーを連れ出したナンシーは、ブラウンロー氏の待つロンドン橋へ。後をつけてきたビル・サイクスにナンシーは橋のたもとで撲殺されてしまう。橋の上で立っていたブラウンロー氏と、周辺にいた人々に追われ、オリバーを連れたサイクスは、界隈を逃げ回るものの、やがて、銃殺され、無傷のオリバーは無事、ブランロー氏の元へ。めでたし、めでたし。

原作より、簡素化するために、微妙に違うところがいくつかありますが、とてもよく出来た劇化です。

フェイギンが、足を洗ってまっとうな生活を始めようかと、こそどろ家業でせしめた宝箱をかかえて、迷いながら歌う「Reviewing the situation」(状況の再考)という歌は、可笑しくも、悲哀もあり、人間的で、すごく好きなシーンです。新しく出直して、ああしてみよう、こうしてみようと、検討しながら、最終的には、やっぱり、現状でいいや・・・と。特に、

What happens when I'm 70?
Must come a time, 70.
When you're old, and it's cold.
And who cares if you live or you die?
Your one consolation's the money
You may have put by.

70になったらどうなるのだろう?
いつの日か、絶対70になるのだから
年老いて、寒くて。
そして、自分が生きようが死のうが、誰が気にしてくれると言うんだ?
唯一の助けは
ためておいた金だけ。

というくだりに、社会保障の無い時代、金のない人物の老後は、本当に深刻な問題だったろうなと思いました。今の社会ですら、老後の心配は数限りなくあるのに。オリバーの様な孤児もさることながら、それこそ、年を取ってからワークハウスなんぞに送られたら、惨めな死の宣告みたいなものだったでしょう。こういう場面が気になるのは、自分も年を取ってきた証拠かもしれません!

原作だと、つかまって絞首刑の宣告を受けるフェイギンが、なんとなく気の毒だったのですが、ミュージカル版では、犯罪者ではあるものの、基本的に人が良く、ユーモラスで、暴力を嫌うフェイギンは、最後は、ドッジャーと共に再び、すりの家業を続けながら、死ぬまで一緒に生きていこう、もしかしたら、引退後はまっとうな生活ができるかもと、朝日の中、二人で踊りながら消えていく設定。この二人に関しては、ちょっとユーモラスで希望も混じった、ミュージカルのエンディングの方が、私はずっと好きです。ミュージカル版は、家族で楽しめる、というのが基本なので、ユニークなキャラクターを処刑にすると、後味悪くなるでしょうし。

それに、当時の社会を考えると、ワークハウスでの生活とフェイギンの下での生活のどちらが、子供にとって悪いことであったかというのは、簡単に判断できないものがあります。フェイギンのすり集団の子供達に意見を聞けば、ワークハウスにいるよりずっとましだ、と言う返事が返ってくるのではないでしょうか。原作のオリバー・ツイストが掲載されたのは、1837~39年。その数年前の、1834年には、Poor Law(貧民救済法)が更新され、それまで、極貧民は、外で生活しながら金銭的に多少の援助を受けることができたものの、この法によって、体に不自由の無い人間は、外での生活を捨て、ワークハウスに入らない限り、一切の助けを受けられない事となってしまい、小説は、それが社会の底辺の人間に与えた影響を反映しているのでしょう。ワークハウス入りするのが嫌で、通りで野菜や花を売ったりしても、一日の糧を得るので精一杯。幸運に恵まれない限り、まっとうな事をしていては、貧困から這い出せるような術は、ほとんどなかったような感じです。

オリバー役のマーク・レスターは、歌えずに口パクで、女の子が歌声を出したようですが、ドッジャー役のジャック・ワイルドは、歌も踊りもなかなかの役者振りを発揮しています。どんぐり目玉と丸い鼻も、愛嬌があって可愛い。細い体で身軽に踊りまくるフェイギン役のロン・ムーディーは、去年の夏に91歳で亡くなっています。題名の「オリバー!」に関わらず、この2人が映画の背骨を支えている感じです。

ファミリー映画とは言え、ビル・サイクスによるナンシーの殺人は、避けられないので、省いていませんでした。ただし、投打シーンは、橋のたもとの階段の影で隠れて、見えないところで行われています。暴力男と知りながら、後ろ髪をひかれる様に、愛着を感じ、ビル・サイクスを告発して、逃げる事ができないナンシーの様な女性、今でもわりといるのです。「彼は心の奥底では私を愛してくれている」と思うのか、「いつの日か、私が彼を変えられる」と思うのか、殴られたり、蹴られたりしながらも、性質の悪い自分の伴侶を捨てきれない女性。理解はできませんが、気の毒です。実際、今でも、この国の女性の殺人の大半は、伴侶や愛人によるものだと言いますから。

映画では、フェイギンの根城も、ビル・サイクスが最後に死ぬ場所も、ロンドン橋から東へ行ったテムズ川南岸のジェイコブズ・アイランドとしてある感じですが、原作で、ジェイコブズ・アイランドが舞台となるのは、ビル・サイクスの逃走と死の場面だけで、フェイギンの根城は、当時はスラム街だった、現地下鉄のファリンドン駅付近のクラーケンウェルと呼ばれる場所にあったことになっています。

どぶ川の上にくずれかけた橋がかかり、貧民が住むボロ屋が川に沿ってそそり立つ様子を再現したセットがなんとも言えぬムードを盛り上げています。背景には、いつも、セント・ポール寺院のドームを見せていました。

「マイ・フェア・レディ」同様、流れる曲は、上記以外もすべて楽しめ、とても良いエンターテイメント。気が向いたら、また、いつの日か見てもいいなと思える映画です。

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