世界最古の木造教会、グリーンステッドの聖アンドリュー教会

ロンドン近郊の、エセックス州チッピングオンガー(Chipping Ongar)から徒歩15分ほどのところに、グリーンステッド(Greensted)という場所があります。グリーンステッドとは、「緑の場所」の意味で、わりと各所にある地名です。そのため、この地の正式名は、Greensted juxta Ongar(オンガーの近くのグリーンステッド)。サクソン時代、一帯は森林で、その只中の「緑の中の空き地」であったのでしょう。今、周辺は農地となっています。

このグリーンステッドにぽつねんとたたずむのが、世界で一番古い木造のキリスト教会として知られる聖アンドリュー教会(St Andrew)。この教会も例外にもれず、時代と共に、何度も改造改築が加えられており、サクソン時代に遡る最古の木造部分と称されるのは、現在の教会の建物の中間部分です。

ローマ時代が終わった後のアングロ・サクソン時代初期は、周辺のサクソン人は、異教の神々を信仰していたのですが、7世紀半ばに、ケルト派のキリスト教宣教師達が、エセックス州ブラッドウェル・オン・シーに降り立ち、海岸線に、セント・ピーター・オン・ザ・シー教会を設立。そこを、イングランド南部の拠点とし、周辺の住民の改宗に成功。その際、グリーンステッドにも教会が建てられたようですが、この一番最初に建てられた教会は残っていません。現存する木造部が建てられたのは、今のところ、1060年頃ではないかと言われており、ノルマン人の侵略直前のころのものです。

年代もののオークの木材が支える教会内部。チューダー時代に付け加えられた窓から明かりが差し込んでいますが、初期には、藁葺き屋根で窓が無く、ランプの明かりで照らされていたのみ。そのため、木材の一部に、ランプの明かりによる焦げ跡が残っているそうです。

天井を走るはりの中心には、どんぐりが掘り込まれていました。この木材がどんぐりだったのは、1000年以上は前の話。どんぐりの様な、小さなものから、こんなに息長く立ち続ける重厚な木材となる、オークの木が育つというのは、いつ考えても、魔法のようです。このどんぐりを掘り込んだ職人も、自然のまか不思議を実感していたのかもしれません。

ドアを開けて入るようになっている箱型座席のわきの壁に、小さな覗き穴のようなものがありました。上の写真の中央部の小さな三角の穴、わかるでしょうか。

クローズアップすると、こんな感じ。この穴、噂では、かつて中に入ることが許されなかったライ病患者が、外から覗くためのものだったというのですが、本当のところは、教会に窓が無かった時代に、少しだけ明かりを入れるための穴であったのではないかという事。

聖壇のわきには、グリーンステッドの教会が捧げられている聖人、聖アンドリュー(St Andrew)のステンドグラス。聖アンドリュー(アンデレ)は、750年頃から、スコットランドの守護聖人として知られる人です。聖ペテロ(英語読み、聖ピーター)の兄で、もともとは漁師だった人間。聖ピーター同様、キリストの使徒の1人で、アンドリューが、一番最初にキリストの使徒になったとされます。キリスト亡き後は、小アジア等で宣教活動を行い、やがては、はりつけの刑に合うのですが、この際に、キリストと同じ十字架は、自分にはおこがましいと、十字を横にしたばってんの木枠に貼り付けられて処刑されます。ですから、英国の国旗にも組み込まれている、スコットランドの旗は、青地に白のばってん。

聖アンドリューのステンドグラスのむかいには、また、この教会にゆかりのある聖人、聖エドモンド(St Edmund)のステンドグラスがありました。ノルマン人は、聖ジョージをイングランドの守護聖人とするのですが、それ以前の、一番最初のイングランドの聖人が、この聖エドモンド。9世紀に、イーストアングリア王国(現ノーフォーク、サフォーク、ケンブリッジシャーなどを含む地域)の王であった人物。当時のイングランドの王国は、度重なるデーン人(バイキング)の襲撃に、悩まされていたわけですが、エドモンド王も、869年、デーン人に破れるのです。

伝説によると、囚われたエドモンド王は、デーン人により、キリスト教から改宗を迫られ、それを拒絶したため、木に縛り付けられて弓を放たれ、その後に、頭を切り落とされるのです。切り落とされたエドモンドの頭は、残りの胴体からかなり離れた森の、茂みの中に投げ込まれます。後に、王の忠臣たちが頭を捜し当てたところ、狼が、エドモンドの頭を守っており、頭が、胴体と共に葬られるまで、そばを離れなかったと。エドモンドの遺体は、のちに、サフォーク州ベリーセントエドモンズ(Bury St. Edmunds)に埋葬され、一時的にロンドンへ移されるものの、1013年に、再び、ロンドンから、ベリーセントエドモンズへと戻されます。

この聖アンドリュー教会と聖エドモンドの関係は、エドモンドの遺体が、ロンドンからベリーセントエドモンズへ戻る途中で、ここで一時休んでいったというもの。もっとも、現存の木造部が1060年頃に建てられたという推測が正確であれば、聖エドモンドの遺体が道中休んでいった教会の建物は、これ以前のものとなりますが。

天井のはりの装飾に、狼がエドモンド王の頭を見張って守っている様子が掘り込まれています。また、エドモンドは、855年クリスマスに、エセックス州ビューアーズ(Bures)にて、15歳のときに戴冠していますが、このエドモンド王が戴冠した場所と言うのが、去年の夏ハイキングに行った丘の上にありました、そう言えば。

教会に入ったばかりの時には、家族連れが一組いたのですが、彼らが出て行った後は、誰一人来ず。友達と二人で、かなり長時間、ゆっくりと静寂と雰囲気を楽しみました。寒い日で、内部もひんやりしていましたが、行ったかいは十分ありました。

さすがに名の知れた教会とあって、教会の入り口には、充実したおみやげ物コーナーも!大盤振る舞いで、教会のガイドブックの他に、ジャム、はちみつ、教会のティータオルを購入。はちみつは、オンガーで取ったもののようですが、ジャムが作られたのは、全くこの周辺と関係なく、教会のラベルがはってあるだけのものなのですけどね。まあ、教会の収益にもなるし、良しとしておきます。

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