長い冬 The Long Winter

ローラ・インガルス・ワイルダー著の「インガルス一家の物語」シリーズを読み進んでいます。その、「シルバー・レイクの岸辺で」に続く物語が「長い冬」(The Long Winter)。

「シルバー・レイクの岸辺で」で、サウス・ダコタにホームステッドと称される、当時の合衆国政府により、土地を耕す意思が在るものたちに与えられた土地で、新たな生活を建てようとするインガルス一家。そこでの一年目の夏が終わり、10月から7ヶ月間も続くのが、想像を絶する、長く、厳しい冬。一家は、ホームステッド内の掘っ立て小屋では、厳しい冬を越せないと感じ、町の中に、お父さんが建ててあった家で冬を越すのですが、それでも、この冬の凄さたるや、まさに究極のサバイバル。(ホームステッドについて、詳しくは、「シルバー・レイクの岸辺で」の記事を参照下さい。こちら。)

長い冬の間、何度も3,4日続く強烈な吹雪が訪れ、外も歩けなくなるほどの雪の威力が大変。学校にいた時に、いきなり猛吹雪が訪れ、主人公ローラと妹キャリーは、先生と他の生徒達と、何とか、さほど遠からぬ町の目抜き通りへ戻ろうとするのですが、それが至難の業で、あわや遭難しそうになる始末。また、足や手が凍えそうになるのはもちろん、雪で皮膚に傷がつき、血が出たりもするのです。吹雪が始まると、戸外へは一切出られないので、町の住民達は、皆、室内に立てこもる事になり、吹雪の後の1、2日の晴天の間に、外での用を済ませる。室内も、ストーブの周りに擦り寄っていないと寒く、家の中の、一角で、家族6人、寄り添って毎日を過ごすのです。

もやすためのわらをねじるローラとおとうさん
雪かきを何度もしても、すぐにまた新たなる吹雪にやられ、ついに鉄道も閉鎖となり、春まで汽車が町にやってこない事となり、物資も徐々に無くなっていきます。石炭が無くなると、一家は、ホームステッドから刈り取ってあった、わらを燃やし始めるのです。大木がほとんどない地方ですから、燃やす木の枝もないわけで。わらは、そのまま燃やしては、すぐに燃え尽きてしまうので、束ねて固くひねり、棒の様にしてから燃やす。小麦粉が無くなり、町の店にわずかに残った小麦を購入。轢いていないので、コーヒーミルを使い、少量ずつ轢く。一家は、わらをひねって棒を作る作業と、コーヒーミルで小麦を轢く作業を、交代に行い、ほぼそれだけで、毎日過ぎていくことも・・・。そして、ついに、じゃがいももなくなり、小麦も消え、このままでは、餓死してしまう・・・!いつも元気なお父さんすら、物を持ち上げるのも一苦労で、手が震えて、得意のバイオリンさえ弾けないようになってしまう。それでも、家族は、意気高揚のため、時に皆で歌をうたったりして時を過ごすのです。

ローラの後の夫君となる、アルマンゾ・ワイルダーは当時19歳。ホームステッドを得られるのは21歳からという決まりになっているのを、年齢を偽り、ホームステッドを獲得。ワシントン政府は、辺境の地まで、厳しく管理をしていられなかったでしょうから、地方のオフィスでのホームステッドの申請などは、かなり、いい加減なところもあったのかもしれません。アルマンゾは、インガルス一家と同様、夏は、自分のホームステッドで、兄のロイヤルと働き、冬は、町で食料を売るロイヤルの店に留まって過ごしていました。ワイルダー兄弟は、比較的裕福な農家の出身で、少年時代はニューヨーク州の農場、その後一家でミネソタの農場を経営し、兄弟のみ、サウスダコタの地へやってきたのですが、彼らは、燃料も、食料も十分貯蔵してあり、冬季は、暖かい室内で、いつも、ホットケーキの山を存分食べているのです。販売用の小麦が全て売り切れた後も、自分たち用の小麦粉の他に、アルマンゾは、春にホームステッドの畑に植えるため、ミネソタから持ってきた良質の種用の小麦を、しっかり沢山貯蔵してあるのです。自分の種用小麦を販売するはめにならないように、室内に、壁に見せかけた木製の貯蔵場所を作成し、小麦をそこへ隠しておく。

一方、インガルスのお父さんは、アルマンゾの隠し壁に小麦が入っているとうすうす気付いており、ついに室内から小麦が全て消え、このままでは、家族が飢餓するという状況になった時、ワイルダー家に出向き、種用小麦を売ってくれるよう要求し、自ら、壁にあったストッパーを抜いて、そこから流れ出る小麦を、持ってきた容器に入れる。ばれては仕方ないと、アルマンゾは、やせこけたインガルスのお父さんに「切れたらまた来るように」告げるのです。この後、アルマンゾは、インガルス家のみでなく、吹雪の中、家にこもっている町の住民で、他にも、飢餓ぎりぎりに直面している家族もいるかもしれない、と気付く。そうなると、やがては、自分の種用の小麦も、全て売らねばならないことになるかもしれない。そこで、町から数マイルほどのところにあるホームステッドで、誰かかが小麦を夏の間に沢山育て、今も貯蔵している、という噂を聞くと、他の町の若者キャップと共に、その小麦を探して購入し、町へ持って来ようと、吹雪の間の晴れの日に出発。ロイヤルは、弟に、噂を信じて、大草原で遭難するような馬鹿げたことをするなんて・・・の様な事を言うものの、アルマンゾは「この国は自由の国で、自分は自由(free)で自立している( independent)から」と答えて、この冒険に乗り出すのです。

アルマンゾとキャップは、何度も、深い雪の中に馬がはまってしまうのを助けあげては進み、足も凍傷寸前まで凍える、大変な行程の挙句、ついに噂の通り、小麦を貯蔵しているホームステッダー、アンダーソン氏の住まいを見つける。ところが彼は、小麦は、やはり、春に植えるための種だから売らないとがんばる。アルマンゾが、説得のため、町で子供や女性も春が来る前に飢え死にする可能性がある、という話をすると、

That's not my lookout. Nobody's responsible for other folks that haven't got enough forethought to take care of themselves.
そんなのは俺には関係ない。誰も、自分で自分の面倒を見るために準備をしなかった他人の責任を負わされる必要はない。

という返答が戻り、アルマンゾは、誰も慈善をしてもらおうとは思ってない、それなりの金を払って購入する、と説得。やっとの思いで、かなりの高額で購入に成功し、小麦を積んだ荷車で帰途につきます。途中、吹雪の雲が地平線に現れ始めるのですが、吹雪に飲み込まれるぎりぎり直前に、町へたどり着き、小麦を購入するための資金を出した、店を経営する人物に小麦を引き渡して家へ戻る。嵐の後に、アルマンゾが、小麦を持って戻ったという話しは、あっという間に住民に伝わり、お腹をすかせた住民たちが、アルマンゾが小麦を引き渡した店に行くと、店主は、ここぞとばかりに、小麦を購入した値段よりもはるかに上回る、びっくりするような値段で販売しようとするのです。アルマンゾとキャップが、手数料を一切請求しなかったに関わらず。この時の店主の言葉が、

That wheat's mine and I've got a right to charge any price I want to for it.
小麦は俺のものだから、いくらでそれを売ろうと俺の勝手だ。

空腹のために怒り、暴力沙汰に走りかねない町の住民を抑えて、交渉をするインガルスのお父さんいわく、「各人が自由で自立した存在である(free and independent)のは、当然であるけれど、この冬が終わったとき、町人が、どの店をひいきにするかも町人の自由である。ビジネスは、客のひいきを必要とするので、今、高額を要求することで町人を怒らせるのはお互いのために良くない・・・」最終的に、店主は町民たちの自分に対する嫌悪感を感じ、プレッシャーに負け、アルマンゾが購入してきた値段でそのまま売ることにするのですが、その際に、町人たちのうち、どこの家が一番食料が少ないか、また家族の人数が何人いるかで、各家庭が購入できる小麦の量を決め、金を持っている少数の家庭のみが大量に買い込まないように平等に分配。この町が、長い冬を乗り切った様子は、社会のあるべき姿を描いている感じです。

物語を通して、「free and independent 自由で自立した」という言葉が何度か登場します。基本的に、当時のアメリカ人、特に開拓者たちの間での暗黙の了解は、自分で自分たちの面倒を見るのが当然で、他人から始終慈悲を請うのは良くない、という態度。なので、貧しいインガルス一家も、通常、自分たちから、無料で、物や助けを請ったりはしないのです。プライドもあるでしょうし。ただし、自分たちの努力だけではどうにもならない、社会全体が緊急に瀕した、この長い冬のような場合は、社会が協力し、助け合い、餓死者などが出ない様、緊急状態を切り抜ける必要がある。また、教会の存在で、極貧の人間には物質的援助の手が差し伸べられたことでしょうし。どんな場合にも、俺だけが良ければいい、という態度の者ばかりだと、自分の落ち度ではなく健康を害したり、思わぬ不幸にあった人間が生きていけない社会となるし、努力をしなくても普通並の生活を出来る超福祉社会だと、「努力」という言葉が無意味となり、企業精神なども育たない社会となるし。自助を当然とし、自分の努力で成功を目指す事が奨励されながら、いざ、思わぬ災難にあった際に、その人間を支えて、また立ち上がらせてくれる社会。こんな社会を作るための、バランスを取るのが、なかなか難しいところなのでしょう。現アメリカでは、自立への焦点が強すぎ、イギリスでは福祉がやりすぎの感じがします。もっとも、現アメリカの社会事情は、住んでいるわけでもないので、はっきりとはいえませんが。

アルマンゾは、春と共にさっそく、ホームステッドに、保存していた小麦の種を撒くことにも成功。町で凍死、餓死した人間も出なかったようですし。やがては、雪が溶け、ついに汽車が物資を乗せてやってきてくだりを読んで、私も、ほーっとしました。一家は、やっとコーヒーミルで摩り下ろした小麦を使ったパン以外のものにありつくことができ。遅ればせながら、汽車にのったままであった、クリスマスのプレゼントも届き、その中の凍りついた七面鳥を焼いて、5月に一家は、近郊のホームステッドで冬を越した仲良しのボウスト夫妻を招いて、クリスマスディナーを取るのです。良かった、良かった。

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