ルイ・パスツールとパスチャライゼーション
ここのところ、牛乳に関する話題を続けて書いていますが、今回は、パスチャライゼーションについて。
19世紀も後半になると、牛乳の生産が増え、生産場所から多少離れた場所への配送も増えて行き、都会の人間も牛乳を飲む機会が増えていく。牛乳は、育ち盛りの子供にも、豊かな栄養源として、それはそれで良い事ではあるものの、牛乳を、絶好の栄養源とするのは、残念ながら人間だけではなく、色々な微生物も。その中には、人間に害を及ぼす微生物もいるわけです。よって、牛乳が、幅広く飲まれるようになった結果、それに伴う牛乳内に潜む悪役細菌が引き起こす病気も蔓延していくのです。牛乳が原因で起きていた病気としては、腸チフス、猩紅熱、ジフテリアなども含まれています。ボトル入りのミルクの配送が始まる前は、配送者が容器に入れたミルクを、個人に、しゃくですくって配っていたため、農場を出た時は大丈夫でも、配送過程や家庭内で、変なものが入り込む可能性も高かったでしょう。
微生物学の父と称される19世紀フランスの科学者ルイ・パスツール(Louis Pasteur 1822-1895)が、クロード・ベルナール(Claude Bernard 1813-1878)と共に、ワインが酸っぱくなるのを止めるため、パスチャライゼーション(pasteurization)という処理を考案するのですが、これは、飲食物を、比較的低温で、一定の時間熱する処理の事。フランスにとって、大切な産業であったワインが、当時、すぐに酸っぱい味となってしまう事を懸念したナポレオン3世が、パスツールに、何とかならんか、と解決を依頼。パスツールは、ワインに含まれていた微生物の一部が原因であるとし、アルコールを飛ばさず、更に、味の低下を起こさずに、この細菌のみをやっつける低温度で処理をし、問題解決。
こうして、パスチャライゼーションは、低温の熱処理であるため、味にさほど影響を与えずに、害になり得る細菌を殺すことができるため、19世紀末には、これを、問題を起こしていた牛乳の細菌処理に使用してはどうかとなり、徐々に、牛乳の製造過程として一般化していく事となります。今では、スーパーで、パスチャライゼーションされていない生牛乳を探す方が大変です。悪い細菌が牛乳に入り込まない様に、清潔を心がける農場での経営の進歩と、蓋をした容器を用いての配送過程の進歩、そして、このパスチャライゼーションの導入のおかげで、牛乳が原因で起こる病気は、昔に比べ激減しています。
もっとも、うちのだんなによると、子供の頃、家で取っていた瓶入り牛乳は、パスチャライズドされたものではなく、近くの農場から直接配送されていた生の牛乳だったと言います。80年代くらいまで、ずっと彼の実家では生牛乳を取っていたのだそうです。農場主の名がミスター・ウッドで、配達していたミルクマンは、農場主の息子のミスター・ウッド・ジュニア。だんなは、天候の悪い雪の日などに、時々配送の手伝いを頼まれ、小遣い稼ぎをしていたようです。ミルクのボトルには、W.Wood, tuberclin-tested cows (W.ウッドのツベルクリン反応陰性の牛のミルク)と刻まれていたのを覚えているそうで、とりあえず、結核菌をもらう心配はないと。いずれにせよ、家族のうち誰も、ミルクのせいで病気にかかった事はないようです。
また、上の絵は、1960年代に出版された、イギリスの昔の子供の本の挿絵ですが、田舎にお出かけした一家が、農場から、直接グラス一杯のミルクを買って飲むというシーン。この後、家族は、生牛乳を飲んだ影響で気分が悪くなる事もなく、楽しかったねーと、皆でニコニコ帰宅しています。お父さんが、田舎に遊びに行くのにスーツとネクタイ姿、というのがちょっと可笑しいです。
田舎ならともかく、ロンドン等の大都会となると、農場から直接牛乳を取る、というわけにもいかないので、わりと早い時期から、パスチャライゼーションをした牛乳が一般的であったと思います。実際、一番最初に、パスチャライゼーションをした牛乳が登場した場所は、アメリカはニューヨークで、その後ロンドンでもはじまり、更に、一番最初に、パスチャライゼーションを強制的に行う措置を取ったのはシカゴだったとか。
昨今、パスチャライゼーションをすると、牛乳の大切な栄養素も減るので、生の牛乳を飲んだ方が本当は健康にいい、などという説も浮上しています。一切、納屋などの室内に入れずに、常時草原に放牧している牛から、できるだけ、空気に接触しない方法でミルクを取れば、誰でも安全に飲める生牛乳が得られるのだとか。
ちなみに、パスチャライゼーションは、菌をすべて殺すことを目的とする高温殺菌処理(sterilization)とは異なり、人間の体に悪い菌のみを殺すのが目的であるため、パスチャライゼーション後も、害のない微生物の一部は牛乳の中に残ることとなります。現在のパスチャライゼーションは、63度で30分、または、72度で15秒加熱、その後、急激に冷やすのだそうです。これとは別に、パッケージを開けなければ、室温で長期保存できるロング・ライフ・ミルクとなると、UHT(ultra-high-temperature)という処理が行われ、150度で少なくとも2秒加熱となり、こちらは、少々、味が普通のミルクと違いますよね。
*****
さて、19世紀に入ってからも、カビなどの微生物、ノミ、ウジなどは、元となるもの(親)を持たずに、自然発生するという大昔からの説「spontaneous generation」がまだ信じられており、ルイ・パスツールが、この自然発生論に反して、「全ての生物は、すでに存在する生物から生まれる」という事を、度重なる実験により、証明する事となります。カビなどは、空中にすでに存在するカビの粒子が、古いパンなどの表面に落ちて成長するわけで、何も存在しないところから、いきなり、自然に飛び出してくるものではない・・・として。
パスツールによる、首がU字型にまがったフラスコでの実験は有名で、私も、学校の生物の時間に勉強したかな・・・という、かすかな記憶があります。ちょっとこれを機に、このパスツールの実験を、おさらいしてみる事とします。
人間や、目に見える動植物のほうが、生命体としては稀な存在であり、地球上も、自分の体の中も、目に見えない微生物がいっぱい、うじゃうじゃとひしめいているのです。一握りの土壌の中に存在する微生物の数の方が、地球上に存在する人間の数よりも多いなどという話も聞いたことがあります。そんな目に見えない、多種多様の生物の理解は、当然大変で、未だに、未知の部分は大。人間の文明の起源から、微生物学の父のルイ・パスツールの登場までにも、かなり長い時間がかかったわけです。
19世紀も後半になると、牛乳の生産が増え、生産場所から多少離れた場所への配送も増えて行き、都会の人間も牛乳を飲む機会が増えていく。牛乳は、育ち盛りの子供にも、豊かな栄養源として、それはそれで良い事ではあるものの、牛乳を、絶好の栄養源とするのは、残念ながら人間だけではなく、色々な微生物も。その中には、人間に害を及ぼす微生物もいるわけです。よって、牛乳が、幅広く飲まれるようになった結果、それに伴う牛乳内に潜む悪役細菌が引き起こす病気も蔓延していくのです。牛乳が原因で起きていた病気としては、腸チフス、猩紅熱、ジフテリアなども含まれています。ボトル入りのミルクの配送が始まる前は、配送者が容器に入れたミルクを、個人に、しゃくですくって配っていたため、農場を出た時は大丈夫でも、配送過程や家庭内で、変なものが入り込む可能性も高かったでしょう。
微生物学の父と称される19世紀フランスの科学者ルイ・パスツール(Louis Pasteur 1822-1895)が、クロード・ベルナール(Claude Bernard 1813-1878)と共に、ワインが酸っぱくなるのを止めるため、パスチャライゼーション(pasteurization)という処理を考案するのですが、これは、飲食物を、比較的低温で、一定の時間熱する処理の事。フランスにとって、大切な産業であったワインが、当時、すぐに酸っぱい味となってしまう事を懸念したナポレオン3世が、パスツールに、何とかならんか、と解決を依頼。パスツールは、ワインに含まれていた微生物の一部が原因であるとし、アルコールを飛ばさず、更に、味の低下を起こさずに、この細菌のみをやっつける低温度で処理をし、問題解決。
こうして、パスチャライゼーションは、低温の熱処理であるため、味にさほど影響を与えずに、害になり得る細菌を殺すことができるため、19世紀末には、これを、問題を起こしていた牛乳の細菌処理に使用してはどうかとなり、徐々に、牛乳の製造過程として一般化していく事となります。今では、スーパーで、パスチャライゼーションされていない生牛乳を探す方が大変です。悪い細菌が牛乳に入り込まない様に、清潔を心がける農場での経営の進歩と、蓋をした容器を用いての配送過程の進歩、そして、このパスチャライゼーションの導入のおかげで、牛乳が原因で起こる病気は、昔に比べ激減しています。
もっとも、うちのだんなによると、子供の頃、家で取っていた瓶入り牛乳は、パスチャライズドされたものではなく、近くの農場から直接配送されていた生の牛乳だったと言います。80年代くらいまで、ずっと彼の実家では生牛乳を取っていたのだそうです。農場主の名がミスター・ウッドで、配達していたミルクマンは、農場主の息子のミスター・ウッド・ジュニア。だんなは、天候の悪い雪の日などに、時々配送の手伝いを頼まれ、小遣い稼ぎをしていたようです。ミルクのボトルには、W.Wood, tuberclin-tested cows (W.ウッドのツベルクリン反応陰性の牛のミルク)と刻まれていたのを覚えているそうで、とりあえず、結核菌をもらう心配はないと。いずれにせよ、家族のうち誰も、ミルクのせいで病気にかかった事はないようです。
また、上の絵は、1960年代に出版された、イギリスの昔の子供の本の挿絵ですが、田舎にお出かけした一家が、農場から、直接グラス一杯のミルクを買って飲むというシーン。この後、家族は、生牛乳を飲んだ影響で気分が悪くなる事もなく、楽しかったねーと、皆でニコニコ帰宅しています。お父さんが、田舎に遊びに行くのにスーツとネクタイ姿、というのがちょっと可笑しいです。
田舎ならともかく、ロンドン等の大都会となると、農場から直接牛乳を取る、というわけにもいかないので、わりと早い時期から、パスチャライゼーションをした牛乳が一般的であったと思います。実際、一番最初に、パスチャライゼーションをした牛乳が登場した場所は、アメリカはニューヨークで、その後ロンドンでもはじまり、更に、一番最初に、パスチャライゼーションを強制的に行う措置を取ったのはシカゴだったとか。
昨今、パスチャライゼーションをすると、牛乳の大切な栄養素も減るので、生の牛乳を飲んだ方が本当は健康にいい、などという説も浮上しています。一切、納屋などの室内に入れずに、常時草原に放牧している牛から、できるだけ、空気に接触しない方法でミルクを取れば、誰でも安全に飲める生牛乳が得られるのだとか。
ちなみに、パスチャライゼーションは、菌をすべて殺すことを目的とする高温殺菌処理(sterilization)とは異なり、人間の体に悪い菌のみを殺すのが目的であるため、パスチャライゼーション後も、害のない微生物の一部は牛乳の中に残ることとなります。現在のパスチャライゼーションは、63度で30分、または、72度で15秒加熱、その後、急激に冷やすのだそうです。これとは別に、パッケージを開けなければ、室温で長期保存できるロング・ライフ・ミルクとなると、UHT(ultra-high-temperature)という処理が行われ、150度で少なくとも2秒加熱となり、こちらは、少々、味が普通のミルクと違いますよね。
*****
さて、19世紀に入ってからも、カビなどの微生物、ノミ、ウジなどは、元となるもの(親)を持たずに、自然発生するという大昔からの説「spontaneous generation」がまだ信じられており、ルイ・パスツールが、この自然発生論に反して、「全ての生物は、すでに存在する生物から生まれる」という事を、度重なる実験により、証明する事となります。カビなどは、空中にすでに存在するカビの粒子が、古いパンなどの表面に落ちて成長するわけで、何も存在しないところから、いきなり、自然に飛び出してくるものではない・・・として。
パスツールによる、首がU字型にまがったフラスコでの実験は有名で、私も、学校の生物の時間に勉強したかな・・・という、かすかな記憶があります。ちょっとこれを機に、このパスツールの実験を、おさらいしてみる事とします。
- 首が曲がるようになっているフラスコに砂糖水を入れ、首を図の様にU字型にひねり、熱する。
- 熱した後、そのままにしておいた液体には何も発生しない。
- が、U字の部分まで液体が届くようにフラスコを傾け、
- それを元の位置に戻すという作業を行い、
- しばらくたつと、内部に菌が成長する。
- 液体を熱することで、内部に存在する菌を殺すことが出来る。
- 微生物は、他の場所から、導入されて初めて、その生物の生息しやすい物体の表面や液体内で成長する事が可能となる。(自然発生はあり得ない。)
人間や、目に見える動植物のほうが、生命体としては稀な存在であり、地球上も、自分の体の中も、目に見えない微生物がいっぱい、うじゃうじゃとひしめいているのです。一握りの土壌の中に存在する微生物の数の方が、地球上に存在する人間の数よりも多いなどという話も聞いたことがあります。そんな目に見えない、多種多様の生物の理解は、当然大変で、未だに、未知の部分は大。人間の文明の起源から、微生物学の父のルイ・パスツールの登場までにも、かなり長い時間がかかったわけです。
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