ボリス・ジョンソン

ニシンの燻製(キッパー)を振りかざすボリス・ジョンソン
記録的な熱波がイギリスを襲っています。異常な暑さの中、与党である保守党(トーリー)のリーダー、ひいては、イギリス首相に、道化師が選出されてしまいました・・・。

アレクサンダー・ボリス・ド・プフェフェル・ジョンソン(Alexander Boris de Pfeffel Johnson)。本来のファーストネームであるアレクサンダーを使わず、通常、ボリス・ジョンソンで通っている彼は、1964年生まれの55歳。一般には、単にボリス、または、ふざけてボージョーなどと呼ばれます。生粋のイギリス人とは言い難い、トルコ系、ユダヤ系、ドイツ系などの色々な血が入っている人。もっとも、度重なる移民の波で出来上がった国ですから、生粋のイギリス人という言葉自体が定義に困るところでしょう。現王室自体が、ドイツ系ですから。

以前、「Who do you think you are?」(あなたは自分を何者だと思う?)、というBBCによる、著名人が自分の祖先の歴史を探し当てる番組に出演し、ボージョーは、父方の祖父母の祖先を辿っていました。この時、祖父の父が、オスマン帝国末期のジャーナリスト・政治家であり、後に暗殺される、アリ・ケマルという人物の息子であったと判明。更に、ド・プフェフェルという、ちょっと貴族的な、妙な名の祖母の家系の方をずーっと辿ると、なんとジョージ2世にたどり着いていました。

ボリス・ジョンソンの略歴を書くと・・・
ニューヨークで生まれ、幼いころは、ベルギーのブリュッセルのヨーロピアン・スクールで学んでいます(だからこの人、フランス語喋れるのでしょう)。ヨーロピアン・スクール在学中に、母親が精神病にかかり、子供たちを残し、イギリスへ治療のために戻ってしまう。ボリスも、11歳で、イギリスの寄宿学校アッシュトン・ハウスへ送られ、その後、名門イートン校へ入学。そして、オックスフォード大学ベリオール・カレッジにて古典学を専攻。大学時代は、やはりイートン校からオックスフォードへと進んだデイヴィッド・キャメロンなどと共に、悪名高きダイニング・クラブのブリンドン・クラブのメンバー。また、討論クラブとして有名なオックスフォード・ユニオンの会長も務めています。この頃のオックスフォード大学は、現在の保守党(トーリー)の議員たちが目白押しです。

子供時代は、本来のファーストネームのアレクサンダーの愛称アルで通っていたのを、イートン時代からボリスで通るようになり、ぼさぼさの金髪をかきあげ、とちったり、口ごもったりしながら、可笑しな言葉を使い、可笑しな事を言う、現在の彼の道化師イメージは、周りの人間の注目を集め、人気を得るために、やはり、イートン時代に、ボリス自身が意識的に、培っていったものだ、という話です。

卒業後は、ジャーナリストとなり、最初は「タイムズ紙」で働き始め、すぐに虚偽の引用を記事に載せたとして首。1987年から1999年まで、「デイリーテレグラフ紙」で働きます。EU特派員として、ブリュッセルに住み、その後、同新聞の編集助手。1999年から2005年には、保守系雑誌「スペクテイター」の編集長。この間の2001年には、ヘンリー・オン・テムズ選挙区にて、保守党国会議員として選出。テレビのクイズ番組などにも参加し、おちゃらけぶりを発揮し、知名度は上がる一方。2008年には、労働党のケン・リビングストンを破り、ロンドン市長。2012年に、ロンドン市長に再選されるものの、2015年には国会議員に舞い戻り、2016年にはロンドン市長の座を去ります。そして、やってくるのが、ブレグジットの国民投票。キャンペーンの始まる直前まで、残留、離脱のどちらに組するかを迷っていたようですが、草の根メンバーに離脱派が多い保守党の事、おそらく、保守党のリーダーひいては首相になるには、離脱派につくのが好対策と思ったのでしょう。離脱派キャンペーンの先頭を切って戦い、おそらく、本人にも思いがけず、勝利に導いてしまい、現在のイギリスのブレグジット大騒動へと繋がっています。

結婚歴は2回。正式な(?)子供は、2番目の夫人との間に4人。去年、当夫人とは離別に至り、現在、離婚過程中。何度か浮気をしており、私生児もいるという話です。離婚がまだ成立していない段階であるものの、現在の彼女と共に、ダウニング・ストリート10番に住む予定であるようですが。

ジャーナリストとしてブリュッセル在住の頃、EUを嫌うテレグラフ紙の多くの読者を喜ばせるためか、事実を曲げて誇張して、いかにEUの規制がイギリスを縛っているか、という信ぴょう性に欠ける内容の記事を書いていたようです。また、EUがらみの事を、そのまま報道すると、読者にとっては退屈な内容が多い。退屈な事をうだうだと、そのまま書くより、多少脚色したカラフルな嘘の方が、人目を引き、印象深いというわけ。面白ければ、嘘でもいいという態度。新聞記事なども書き手によっては、当てにならないものです。フェイク・ニュースは最近始まった事ではないのです。

上に載せた写真は、今回の保守党のリーダー(ひいては、自動的にイギリス首相)になるためのキャンペーン中のもので、キッパー(ニシンの燻製)を振りかざし、「EUの規制のおかげで、こうしたキッパーもプラスチックに入った氷をつけて出荷しなければならない。」などと、やってましたが、これも、すぐにEU側が反論し、「それはイギリス国内の問題で、EUはそんな事まで規制していない。」・・・嘘と分かったのに、ボリス大好きの支持者たちは、そんな事は、一切気にならないようです。メイ政権下で外相を務めていた時も、詳細の把握にかける、いい加減さに、非難が上がったりしていましたが、ボリスファンは、カリスマ性があるとか、チャーミングだとかで、そんな事もどうでもよいらしい。コメディー番組に出演したり、ただ一緒に飲みに行く相手だったら、それだけでもいいですが、EU離脱騒ぎのみに限らず、最近では、イランとの関係も悪化、世界の情勢が大変な時に、そんな事で党のリーダーや、国の長を選ぶものでしょうか。保守党メンバーは、ボリスなら、たとえ総選挙が行われても、勝てる、と思っているようで、それが、また彼が選出された理由のようです。

保守党リーダーになるためのキャンペーン中の約束として、たとえ、EUとの離脱協定が得られないままの「合意なき離脱」(ノー・ディール・ブレグジット)でも、ブレグジットを絶対に、現時点での予定日である、10月31日(ハロウィーンの日!)に達成させるなどと豪語してました。あと、夏休みも含めて、3か月ちょっと、EUとイギリス国会の両方を満足させる協定を締結させるための、まともな話し合いをするには、もう時間がないんじゃないですか。論議の的になっている、問題のアイルランドのバックストップには、EUはほとんど譲る様子を見せていませんし。

「イギリスは素晴らしい国だ、我々は、EUを出た後も、更に偉大な事が達成できる」なんて感じの、ポジティブな事を言うボリスはサイコー、なんて人もいますが、事実に基づいた状況判断をして、計画を立て、それを遂行する努力をせずに、ポジティブな掛け声だけで、どうにかなるのだったら、どの国も、どの人も、皆、大成功の大金持ちですよ。

崖っぷちから飛び降りるような合意なき離脱もへいっちゃら、なんて、本気で言っているのか。大体、それでも大丈夫だと思っている国民が多いということ自体も、すごい話です。伝統的な労働党支持者で、以前は保守党に投票しようなどと思った事がなくとも、なにがなんでもブレグジットを実現させたいタイプの人たちは、総選挙があったら、合意なき離脱を支持しているボリスに投票するなんて人は沢山いそうなのです。

一方、残留支持派の中では、非常に不人気な人物と化しているボージョー。皮肉なことに、かつて市長を務めたロンドンでは、ボリス嫌いという人の方が、今は多いかもしれません。「国民の気持ちを統一させたい」なんて言ってる彼自身が、ブレグジットに対する国民間の気持ちの亀裂を体現する存在となりそうです。人から愛される事が大好きだと言われるボリス・ジョンソン、ロンドナーから嫌われるというのは、痛いかもしれませんが、たとえ、心の底から信じていなくても、EU離脱を支持して、ここまで突き進んでしまった以上、あとはもう、何が何でも、離脱を実現させるしか道は残っていないと腹をくくったのか、首相として、いまや、ブレグジットは「Do or Die、やるか、死ぬか」。以前から、ボージョーは、好きか嫌いかがはっきり分かれる、「マーマイト」政治家だ、などと言われていましたが、これからはますますそうなるでしょう。

自分に全く関係ない国であれば、突拍子もないボージョーが舵を取るこの国の行方を、へえーなんて、笑って見てるという事も可能でしょうが・・・住んでるんです、何とかしてくれ。日系企業も含め、この国に投資している会社も、どうしていいやら、困っている事でしょう。かつては「陽が沈まない」大英帝国と呼ばれ、産業革命をいち早く成し遂げた国の、これからの行方、いつ難破しないともわからず、目が離せないのは確かです。

*テリーザ・メイが、EUとネゴの結果、合意したものの、イギリス国会を通すことができなかった離脱協定とアイルランドのバックストップについては、過去の記事を参考ください。こちら

ボリス・ジョンソンの「やるか死ぬか」新内閣

1962年7月、時の首相、保守党のハロルド・マクミランは、夜中に、いきなり内閣改造を行い、7人(内閣の3分の1)を首にして、その唐突さと規模に、世論を騒がせました。これは、1934年、ドイツ、ナチ党が行った血の粛清から名を取って、Night of the Long Knives(長いナイフの夜)としてイギリス政治史に記録される事となります。

ボリス・ジョンソンの粛清は、この規模を更に上回り、前テリーザ・メイ内閣のメンバーから、18人が姿を消しました。首にされる前に、自ら辞任したメンバーも含んでいますが。これを、サン(Sun)紙はさっそく、ボージョーのトレードマークの金髪にちなんで、Nitght of the Blond Knives「ブロンドのナイフの夜」と命名。まともな新聞とはいいがたい大衆紙のサンですが、こういう気の利いたキャッチフレーズやヘッドラインを作るのは、妙に上手いのです。

ボリス・ジョンソン新内閣のメンバーは、EU国民投票の際に、残留に投票した議員も、離脱派に投票した議員も存在しますが、外相のドミニク・ラーブや内相のプリティー・パテルなどの要所は、党内のブレグジット強硬派です。トーリーの極右派というのは、近くにも寄ってほしくないような、根性の悪そうなメンツばかりです。こんな人員で固めていると、保守党はそのうちに、今よりさらに、意地の悪い、偏見の強い国民のみが投票するような党と化すのではないでしょうか。

ボージョーの新内閣のメンバーについて、詳しくは、下のBBCのサイトまで。
ボリス・ジョンソン首相、新内閣には誰がいる?

コメント

  1. お久しぶりです。ついに道化師がPMになりましたね!英国もアメリカも、そして日本もあまりにも情けなくなるくらいにまともな政治家がトップになれない、ならないということで今の選挙制度を時代に合わせて変えないということなんでしょうが、なかなか悩ましいことだと思います。

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    1. 野党第一党の労働党の現党首もどうしょうもないので、今総選挙をしたら、人気取りの道化師が勝ってしまいそうです。つまらないと見られる事実は無視され、パッと目をひくパンチラインや、根拠がなくとも楽しい嘘を、人は好む、というのも、考えてみると怖い話です。

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