夕暮れのイートン校

イギリスのいわゆるパブリック・スクールの中でも、一番有名で、世界的に知られているのが、このイートン校(Eton College)でしょう。とびぬけて頭がいい子供たちが行く学校というよりは、王侯貴族の息子、とにかく学費が高いですから、金持ちのぼくちゃんたちが行く、日本で言えば私立学校。歴史の古いパブリック・スクールは、その創設時は、慈善として、貧しい家庭の子供を教育するのを目的としていたようですが、優れた教育を与えているという評判がたつと、やはり金持ちや上流層が、金を払ってでも入れてくれ・・・となっていき、現在のように、非常に高額な学費の私立学校に変身したのでしょう。

パブリック(Public、公の)という言葉が少々紛らわしいのですが、公立学校(State School)とは違います。その学校の所在する、ローカル(Local、地元)に住んでいる子供でなくても、各地から申し込んで入学することができることから、パブリック・スクールと呼ばれるようになったようです。ですから、伝統的パブリック・スクールは、色々な場所からやって来た子供を泊めるために、寄宿学校であることがほとんど。

また、大英帝国華やかなりし時代は、イートンなどのパブリック・スクール出身の良いおうちの息子たちが、そのままオックスフォード、ケンブリッジ大学(略してオックスブリッジ)へ進学し、広い帝国内のあちこちで国家公務員(Public Servant)として従事する事が多かったため、パブリック・スクールと呼ばれるに至ったという説も。いずれにせよ、パブリック・スクールと聞いたら、学費が高く、寄宿舎付きというのが大半。最近では、学費を取る私立学校は、寄宿舎のあるなしにかかわらず、一般の公立学校の管轄から独立しているという意味で、ひっくるめて、Independent School(独立学校)と呼ばれる傾向にあります。

ともあれ、ウィンザー城の観光をした日の夕方、ウィンザーの宿にチェックインして、一服した後、ウィリアム王子、ハリー王子も学んだ、パブリック・スクールの中でも、一番貴族的なイートン校に、足を向けました。宿のおばさんに道を聞くと、「テムズ川沿いに出て、橋を渡り、まっすぐ歩くと、すぐよ。15分もかからないと思う。夕方のテムズ川沿いはきれいよ。」

宿から川までは5分とかからず。橋まで川沿いをそぞろ歩くと、それは人馴れし、人間=食べ物の方程式が頭の中になりたっている多くの白鳥たちが、大挙して近づいてきます。

ウィンザーとイートンをつなぐテムズ川を超える橋を渡りながら振り向くと、丘の上にはウィンザー城。

ひたすらまっすぐ、店じまいしてひっそりしたイートンのハイストリートを歩いていきます。イートン校は、ヘンリー6世により1440年に創立されていますが、ヘンリー6世の絵の描いた看板などもみかけました。

時に、ランニングをしていたり、私服に着替え、数人で連れ立ってそぞろ歩きするイートンの生徒たちの他には、あまり人も見ず。

最初に目に入るのは、ウィンザー城からも見えた、このチャペル。やはり、ヘンリー6世によって創立された、ケンブリッジ大学キングス・カレッジの有名なチャペルと雰囲気が似ています。実際、イートン校と、ケンブリッジのキングス・カレッジの関係は強く、創立以来、約400年の間、キングス・カレッジは、イートン校出身者しか受け入れなかったという事です。

こんな街並みの感じも、ケンブリッジに似ている・・・。こういうパブリック・スクールから、オックスブリッジへと進み、何の違和感もなく大学生活に溶け込めるのは、よくわかります。若いころから、こういう立派な建物、街並み、雰囲気に慣れてすごしているわけですから。前首相のデイヴィッド・キャメロンも、現外相ボリス・ジョンソンも、イートン出身でオックスフォード大学へ進んだお坊ちゃま君たち。(詳しくは、過去の記事「パブリック・スクール・ボーイズ」まで。)オールド・ボーイズ・ネットワークなども強い学校ですから、後々の職探しや出世にも影響あるでしょう。

これが、普通の家庭で育ち、普通の公立の学校へ行った生徒が、オックスブリッジに進学したりすると、いきなり、その厳かで高級な雰囲気に、たじろいでしまう人も出てくるわけで。知的には十分ついている能力があっても、社会的マナーや振る舞い、会話についていくのに苦労したりも、ある事と思います。イギリスの階級制度は、まだまだ、無くならずにくすぶっています。中流はともあれ、これが労働者階級の子女だったりすると、さらに、そうした、ポッシュな、別社会への対応のためのストレスは、強いかもしれません。

パブリック・スクール出身者は一般に、人馴れしていて、またどんな状況でも物おじしないタイプが多い感じです。こうした環境で身につけるのは、勉強、スポーツだけでなく、社交技術と、自信ですかね。

図書館なぞも立派で、博物館の面持ち。

19世紀、ウィンザーとイートンまで鉄道が走ることになった時、イートン校は、「良からぬ類の人間が、汽車で大挙して訪れては困る。」と、大反対をしたのだそうです。その反対にもかかわらず、駅ができてしまい、私のような、良からぬ類の人間も、こうして、やって来てしまいました。鉄道は、イートンの土地を避けるために、かなり迂回して駅に到着するようになっています。

さて、ひとしきり周辺をうろうろしてから、踵を返し、来た道を引き返しました。テムズ川沿いでは、しょうこりもなく、白鳥たちが群れをなして、餌をくれる人間を探し求めていました。餌をまいていた、上の写真の女の子は、あっという間に、白鳥に囲まれ、わきで写真を撮っていた私も、この時、背後から近付いてきた白鳥に、「あんた、美味いものなんか持ってないのかい?」と言わんばかりに、リックサックをぐいっと、くちばしで引っ張られました。大胆不敵。

テムズ川は、それは美しく。川辺のベンチで日没を満喫してから、宿へと戻りました。

翌日の朝食のテーブルで、イートン校で、数日間、生徒たちに歌を教えているという女性がいて、少々話をしましたが、「特に、上品ぶって鼻にかけているような子たちはいないし、みんないい子よ。だって、金持ちの家庭に生まれたのは、彼らのせいではないしね。」などと言っていました。

金持ちの家庭、貧乏家庭、どちらに生まれても子供のせいではない。それでも、この国、貧しい地域の公立学校は、えてして質が悪く、あらゆる家庭の子供が、きちんとした教育を受けて、何のためらいもなくオックスブリッジやその他一流大学に挑戦するようなシステムが、一般的に、なっていないのが現状です。イギリス人の貧しい家庭は、子供の教育に熱心でないという傾向があるのも、悪循環に拍車をかけ。よって、この国、いい学校は非常にいいが、一般的教育水準は、日本などに比べ、かなり悪い・・・。数学などにいたっては、簡単な計算も、頭でできない人はたくさーんいます。小学校レベルで、もう脱落している子供が多いんでしょうね、これは。語学も、英語しか知らない、というのが国民の大多数。その母国語の英語ですら、きちんとしたビジネスレターも、まともに書けないような人は、結構多いと思います。当然、そういう人たちが、つける仕事は、非常に限られている・・・国にとっては、困った問題でしょうに、この状況は、いつまでたっても、改善しそうにもありません。

コメント

  1. こんばんは 私の好きな俳優エディレッドメインもこのイートン出身です。どんなに学費がかかるか?セレブなんですね。

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    1. レッドメインは、キャメロンなどと同じく、小学校の段階からプレップスクールと呼ばれる私立の準備校へ通っている超おぼっちゃまです。

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  2. ミセスせつこ様
    『2度目からのロンドン・ガイド』という本によると、イートン校の学費(初年度)は2万5000ポンドで、寄宿舎費用と授業料がこの金額に入りますが、制服、スポーツ用具、教科書は別料金だそうです。
    この金額を6年間払える経済力が必要ですが、それでもイートン校の授業料の高さは国内第五位だそうです。2007年出版の本からですが、今もさほど変わりはないと思います。
    Mini様
    初めてコメント書かせてもらいますが、いつも更新を楽しみにしています❤

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    1. 学費を調べていただいて助かりました。聞かれているのかな、調べた方がいいのかな、と思いつつ、ついつい、そのまま、流してしまっていましたね、私・・・。5位ですか。上位は、ウェストミンスター・スクールなどのロンドンにある学校かもしれません。学力的にも、ウェストミンスターの方が上でしょうし。日本の私立もそうでしょうが、基本的費用以外の、その他もろもろ、また社交費などにかかるお金も馬鹿にならないでしょうね、きっと。

      読んでいただいてうれしいです。

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