ロンドンを洪水から守るテムズ・バリア

ロンドンを流れるテムズ川は、過去の歴史の中、幾度も洪水にあい、ロンドンに被害を与えてきました。その度に、洪水対策として、土手(エンバンクメント)を補強し、高くする事をしてきたわけですが、そのうちに、永久にこんな事はやっていれない、これ以上エンバンクメントを高くすると、川が全く見えない、という状況に陥ったわけです。

さて、それではどうしようと、喧々囂々の論議の挙句、本格的洪水対策として、水面が危険なほど上がった時に、流れ込もうとする海水を、ゲートを閉じる事で遮断できるテムズ・バリア(Thames Barrier)が完成したのは、実に1982年になってから。このテムズ・バリアのある部分の川幅は520メートル。危険状態になり、テムズ・バリアのゲートを閉じようという判断が下ってから、理論的には、数分で閉じられる事になっています。

ロンドンを含む、イギリス東海岸で大洪水が起こるには、いくつかの条件が重なり合う必要があります。たとえば、スコットランドの北東海上で低気圧が発生する。低気圧というのは、空気の圧力が弱まるわけですから、海面に上から掛かる圧力も当然弱くなり、「あ、頭が軽くなった、もう少し上へ行けるぞ」と、水位が上昇する。この状態で、北風が吹いていたりすると、水は、北海の南部(イギリスと、オランダ等のある大陸ヨーロッパの間の狭い部分)に流れ込む事となります。さらに、その時に満潮であったりすると、大量の海水が、テムズ川をはじめ、イギリス東部の河口にどーっと入ってくる、というひどい事になるのです。こういった場合は、対岸のオランダも大被害を受ける事となります。

普段は、当然、テムズ・バリアのゲイトは下ろしてあるので船はちゃんと通過。ただし、地球温暖化に伴い、テムズ・バリアを閉じる回数が、年々、少しずつ増えてきているのだそうです。現在のままのテムズ・バリアで、ロンドンを守っていられるのは、何でも2030年くらいまでだという話なので、もう、それほど時間が無いんですよね。政府は、その後どうするか、考えていてくれるのか・・・な・・・。

温暖化で水位が上がるのは、海水が暖かくなり、水分子の動きが活発になるため、海水の重さは同じでも、ボリュームが膨れるからです。更には、北極南極の氷が溶ける事も、水位上昇に、多少の影響があると言われています。

温暖化に加え、考慮しなければならないのは、イギリス南部は、毎年、約1ミリずつ、沈下しているという事実。この理由は、はるかかなたの氷河期に遡ります。氷河期、イギリスの北部、特にスコットランドは絶えず厚い氷に覆われ、周辺の地表はその重みで沈んでいたのです。それが、氷河期が終わってから長い年月が経った今でも、反応が遅い超スローモーションのシーソーの様に、重い氷が上に無くなったスコットランドは、時間をかけて浮上しつつあり、逆に南部イングランドは、沈んでいっている。地球の歴史と言うのは、人間の感覚では、把握するのが難しいほど、ゆるりと長い時間がかかるものです。1年に1ミリ・・・100年生きて10センチの沈下速度ですから。

テムズ・バリア最寄り駅は、ドックランズ・ライト・レールウェイ(DLR)のポントン・ドック(Ponton Dock)。駅を降りてすぐのテムズ・バリア公園(Thames Barrier Park)は、2000年にオープンされたもので、それ以前はかなり汚染された土地であったというので、見事な変身ぶりです。

テムズ・バリア・パーク園内には、他に子供の遊び場やカフェもあり、のんびりできます。公園両側には、川に面して、高級風マンションが建っていますが、ここの住人達は、いざ、大水!となったら、本当に、テムズ・バリアにはがんばって仕事して欲しいところでしょう。

この日、私は、テムズの北岸からテムズ・バリアを眺めましたが、テムズ・バリア・ビジターセンターは、テムズの南岸にあります。タワーブリッジより東には、テムズを渡る橋はありませんし、グリニッジ・フット・トンネルのような地下道も、ここには無いので、残念ながら、テムズ・バリアを南から眺めるのは、また後日とします。

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