イングランド紙幣の歴史

イギリスのお札には、それが5ポンド札だろうと、10ポンド札だろうと、20ポンド札だろうと、次の一文が、小さく印刷されています。

I promise to pay the bearer on demand the sum of xx pounds.

要求に応じて、(この札の)携帯者に、xxポンドを支払う事を約束する。
(xxのところは、札の金額に応じ、5、10、20などが入ります。)

大昔、初めてこの一文に気がついたとき、「え、ということは、私が今、手にしているこの紙っぴれ、これはお金じゃないわけ?だとしたら、何なのよ?」と思ったものです。

イングランド銀行(The Bank of England)が設立されたのは、1694年。この頃の預金は、金(ゴールド)や硬貨(主に金貨)でなされ、イングランド銀行の受付口で、xxポンド分を預金したという証明に、銀行は、部分的に印刷された証書に、預金者名と、端数の金額を書き込み、預金者に手渡した。

もし、私が、175ポンド分の金貨を預金したら、その代わりに、

「要求に応じ、みにさん、または(この証書の)携帯者に、175ポンド払う事を約束します。」

と書かれた証書をもらって銀行を出て、また金貨が欲しくなった時のために、この証書は、どこかにとっておけばよい。実際、イングランド銀行設立以前から存在した幾つかの銀行(Goldsmith Bankers)でも、預金者に対し、似たような証書を発行しており、「携帯者」も換金できることから、これが一種の金券として手から手へ渡るという過程は始まっていたようです。

とは言え、これは所詮、ただのお約束の紙切れ、もし発行した側が、信頼おけない機関であれば、大切な金や金貨は戻ってこないかもしれない!

イングランド銀行は、設立から、なんと、第2次大戦後の労働党内閣により国営化される1946年まで、私営銀行でありました。それでも、政府の銀行として、社会一般の信頼は強くなり、「金貨がもどってこない」という不安も薄れ。それなら、金貨をじゃらじゃら袋にためておくよりも、紙一枚の方が扱いがラク、そして、前述した通り、「携帯者」へも支払いが約束されている事から、金券の役割を果たす便利さもあり。徐々に、定額の金額をすでに印刷してあるイングランド銀行の証書が発行され始め、流通は増えていきます。

1717年、イギリス王立造幣局(Royal Mint)の長であったアイザック・ニュートンは、ポンドと金の交換レートを定め、イギリスは金本位制度を取る事となります。このレートは、イギリスが金本位制を停止する1931年まで、何と200年以上もの間一切変わらず。よって、紙幣を持った人物は、これを金貨、または金塊に、200年間同じレートで交換し得たわけです。

とは言うものの、この、紙幣を金へ変えられる、convertible(変換可能である)という事も、非常時には、例外もあり。・・・時代飛んで、1793年、革命後のフランスが、イギリスに宣戦布告。長引くフランスとの戦争資金に、イングランド銀行に、十分な金貨を蓄えておけるよう、1797年2月26日、時の首相ウィリアム・ピット(小ピット)は、イングランド銀行発行の紙幣を金貨に変換する事を差し押さえ(suspension of cash payments)、今まで無かった小額の紙幣1ポンド、2ポンド札等を、大量に発行し流通させる、という処置をとります。心配した市民達が押し寄せて、一挙に紙幣を金貨に変換するような事態になったら、大変な事となるので。

上の絵は、時の風刺画家ジェイムズ・ギルレイ(James Gillray)によるもの。金貨でできた太っ腹を抱えるウィリアム・ピットが、首から錠を下げ、口から紙幣を噴出しています。おしりからこぼれ落ちている金貨も、紙幣と変わって落ちて行く。

そして、同年5月3日に、この処置が議会で認定されると、野党の政治家で劇作家でもあったリチャード・シェリダンが、「老婦人(イングランド銀行)がピット氏に言い寄られた」と称したそうですが、これを受けて、ジェームズ・ギルレイが描いたのが上の有名な絵。

イングランド銀行の金貨を納めた宝箱の上に座る、紙幣のドレスを着た老婦人に、ピットが抱きついて、ポケットから金貨を盗み取ろうとしている様子。タイトルは、
「Political Ravishment, or the old Lady of Threadneedle Street in danger!」
(政治的強姦、または、スレッドニードル・ストリートの老婦人の危機!)
以来、イングランド銀行は、時に「スレッドニードル・ストリートの老婦人」のニックネームで呼ばれる事となります。スレッドニードル・ストリートは、当銀行のある通りの名です、念のため。この際の、金への変換の差し止めは、ナポレオン戦争を経て、1821年まで続きます。また、第1次世界大戦中にも、似たような処置が取られたようです。

1833年には、イングランド銀行発行の紙幣は、法定通貨(legal tender)となります。要は、税金、給与、債務の支払いを、法的に紙幣で行う事が認められ、受け手は「紙きれは嫌だ、金を寄こせ!」とイングランド銀行発行の紙幣でなされた支払いを拒む権利がない、という事。

紙幣を、金貨または金塊に変換する事が永久に不可となったのは、上でも述べたとおり、金本位制の終結をみた1931年。これに伴い、紙幣は、発行する機関と政府への信頼でなりたつ、金に交換する事ができない、不換紙幣(Fiat Money:フィアット・マネー)となり、現在に至っています。現在、先進国はすべて、この不換紙幣を使用。それでも、今はその意味を失いながらも、過去の歴史を語る、冒頭に載せた伝統の一文は、相変わらず、イングランドの紙幣に印刷され続けているのです。

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