赤いギンガムチェック
上の絵は、フランスの画家、ピエール・ボナール(Pierre Bonnard、1867-1947)による「Coffee」で、ロンドンのテート美術館蔵。ボナールの絵の中で、一番好きなもののひとつです。ボナールは、何気ない日常生活の一瞬を描写した、幸せな気分になれる絵を沢山描いているので、もともと好きな画家です。去年、テート・モダン美術館でボナール展があったので見に行きましたが、見終わった後も、満ち足りた気分で美術館内のカフェでコーヒーをすすりました。
絵に登場する女性モデルのほとんどは、彼の長年のパートナー、後に妻となるマルト(Marthe)。彼女は、病弱で、少々精神も病んでいたようで、療養も兼ね、お風呂に入ることがとても多かったそうで、彼女が湯船に横たわる姿や、バスルームにいる絵は比較的多いですが、私は、そうしたお風呂ものより、やはり、食卓や、開く窓、庭を描いた絵の方がいいですね。
この絵は、1915年と、第一次世界大戦の最中に描かれているのですが、戦争勃発時、47歳であったボナールは戦争には行かず(行こうと思えば行ける年ではあったようですが)、戦時中も、絵を描き続けたラッキーな人。西部戦線で繰り広げられる惨状などは、別世界で起こっているような雰囲気。コロナウィルスによるイギリスのロックダウンで、外の世界で起こっている感染を気にしながらも、ダイニングルームから庭を眺めて、何の変りもない日常に存在しているという幻想に陥る、今の私たちの生活みたいなものでしょうか。絵は、おそらく、パリの西郊外の借家で描かれたものではないかとされています。
ダイニングテーブルの片側のみを、変わったアングルから描いて、おまけにマルタの頭のてっぺんや、その隣の女性の顔がちょんぎれて見えないところなど、カメラのスナップショットのよう。そしてなんといっても、画面いっぱいに広がる赤いギンガムチェックのテーブルクロスが、心地いいのです。
ギンガムというのは、実際、どこで初めて製造され始めたのか、定かではないようです。ギンガム(gingham)という名も、マレー語の「離れた」を意味する言葉が由来という話もあれば、フランスのブリュターニュ地方にあるギャンガン(Guingamp)から来たという話もあり。いずれにせよ、いつのころからか、西洋世界のあちこちで、白と他の別の色をあしらった、綿の縞模様のギンガムは、カントリー風の素朴な雰囲気を醸し出す布としてのイメージを確立。
更に、イタリア、フランスをはじめ、ヨーロッパ諸国のレストランでは、テーブルを赤のギンガムチェックで覆うと、気さくで、家庭的、良心的な料理が食べられる店、という暗黙のシグナルのようなものができあがります。もっとも、時と共に、それも、マンネリ化した、ださい過去のものとなり、商業レストランで赤いギンガムを使う店は、最近ではほとんどない感じです。
ついでながら、アメリカのフロンティア家族の話「大草原の小さな家」でも、大草原に新しく建てた家のテーブルにかけられるのは、「The red-checked cloth」(赤のチェックの布)でした。また、ピクニックの時に地面に広げる布も、赤のギンガムチェックを連想する事が多いです。
まだロンドンで英語を勉強していた、うら若き頃、学校で仲良くしていたスペイン人の女の子が、いきなり夜に、私の下宿先に、イギリス人の彼氏を連れて遊びに来たことがありました。不意を突かれた私は、すでに寝間着に着替えてくつろいでおり、その時着ていたパジャマが、日本で買った赤いギンガムチェックの物であったのです。一応、ナイトガウンを上に羽織って、お茶をいれてあげたのですが、彼女は、私をしばらくまじまじ眺めた後、「ミニの来てるパジャマ、テーブルクロスみたい!」すると、彼氏もぐふぐふと笑いながら、「うん、僕も、言っちゃ悪いと思ったが、ドア開けた瞬間からそう思ってた。」悪かったね!前もって電話で、来ると知らせてくれれば、パジャマなんぞ着ておらんわい、と思ったのですが。
うちも、ダイニングテーブル用に、何枚かの綿の縞模様のテーブルクロスを持っていますが、いまだに一番好きな柄は、この赤と白のギンガム・チェックのものです。多少オールドファッションでも、テーブルに広げただけで、部屋が明るくなるので。
また、以前、赤という色は、味覚の中でも甘みを強く感じさせる色だという話を聞いたことがあります。ですから、赤のマグカップで飲む、砂糖入りの飲み物は、別の色のマグカップで飲むときより、甘さを強く感じて美味しい気がするのだと。コカ・コーラの缶の色は、だから赤?まあ、それが、テーブルクロスも赤のチェックが良く使われたという理由ではないでしょうが。
昔の赤ギンガムのパジャマはさすがに、今は、もう持っていませんが、今使っている赤ギンガムのテーブルクロスが擦り切れるか、色褪せたら、また新しいものを買うつもりでいます。
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