クリスティーナ・ロセッティのイン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター

クリスマス時期、一番好きなものは、ラジオから流れてくるキャロルでしょうか。以前、ベツレヘムでのキリスト誕生の話を書いた記事にも言及した様に、うちのだんなの大好きなキャロルは、イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター(In the Bleak Midwinter )。日本語では、「わびしき真冬に」とか「凍えそうな寒い冬」と呼ばれているキャロルです。

毎年の様に、クリスマスの午後はラジオ、クラッシクFMで、国民の好きなキャロル・カウントダウンを聞きます。リスナーによる投票で、ナンバー30からカウントダウンしていくのですが、トップ10に入るキャロルは、いつも同じ感じ。イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンターは、2つのバージョンがあり、ひとつは、グスタフ・ホルストによるもの、ひとつは、ハロルド・ダークのバージョン。両バージョンとも、大体いつも、トップ10入りするのですよね、これが。だんなは、ハロルド・ダークのバージョンがいいのだそうです。両バージョンとも、わりと似ているので、どちらがどちらだかわからなくなる時もありますが。日本ではさほど知られていない感じの、このキャロルですが、なぜか、こちらでは人気。歌詞やメロディーが、イギリスの冬景色を思わせるものがあるからか。

この詩を書いたのは、ビクトリア朝の女流詩人、クリスティーナ・ロセッティ(Christina Rossetti、1830-1894)によるもの。え、ロセッティ?と西洋絵画が好きな人は、この名にピンとくるかもしれませんが、ラファエル前派の画家、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)の妹です。彼女が書いたこの詩に曲がついて、キャロルとなるのは、彼女が亡くなってからの話となりますが。ちなみに、彼女の名前のカタカナ表記は、日本ではロセッティが主流のようですが、英語の発音では、にごらせてロゼッティと発音するのが普通の感じです。

敬虔なクリスチャンであった彼女ですから、最初の一節は、冬の風景を歌っているものの、非常に宗教心深い詩なのです。こんなわびしい冬の中で、幼子イエスには、納屋と飼い葉おけ、マリア様の暖かさだけで十分だった。貧しい私は、何も持たぬが、そんなイエス様に心を授ける・・・というのが詩の概要です。

In the bleak mid-winter
Frosty wind made moan,
Earth stood hard as iron,
Water like a stone;
Snow had fallen, sonw on snow,
Snow on snow,
In the bleak mid- winter
Long ago.
わびしき真冬
凍りつく風がうめき
地は鉄のごとく固く
水は石と化す
雪が降る、雪の上に更に雪が積もり
わびしき真冬
むかし、むかし

Our God, Heaven cannot hold Him
Nor earth sustain;
Heaven and earth shall flee away
When He comes to reign:
In the bleak mid-winter
A stable-place sufficed
The Lord God Almighty,
Jesus Christ.

Enough for Him, whom cherubim
Worship night and day,
A breastful of milk,
And a mangerful of hay;
Enough for Him, whom angels
Fall down before,
The ox and ass and camel
Which adore.

Angels and archangels
May have gathered there,
Cherubim and seraphim
Thronged the air -
But only His mother
In her maiden bliss
Worshipped the Beloved
With a kiss.

What can I give Him,
Poor as I am?
If I were a shepherd
I would bring a lamb;
If I were a wise man
I would do my part;
Yet what I can, I give Him -
Give my heart.

幼子イエスに何を差し上げよう
貧しい身ではあるけれど
羊飼いなら
子羊を捧げ
賢者であれば
役割を果たすのに
私に出来る事として、イエスに捧げる
私の心をイエスに捧げる

クラッシックFMの人気キャロルカウントダウン番組は、恒例、女王のクリスマス・メッセージに合わせ、3時に終わりますが、女王の一昨年のスピーチは、「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」の詩の最後の部分を引用して閉めており、スピーチの後に、このキャロルが歌われていたのを覚えています。

Snow had fallen, sonw on snow,
Snow on snow,
と、「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」では、しんしん雪降るクリスマスの景色ですが、実際のところ、現代のイギリスの気候では、クリスマスに雪が降る確立は非常に少ないようで、春もすぐそこのイースターに雪が降る事の方が多い、という意外な統計もでています。今年も、ホワイトクリスマスは、このキャロルの詩の中だけとなりそうです。

 

メロディーを知りたい方は、上のビデオで、ケンブリッジ、キングス・カレッジ合唱団によるハロルド・ダーク作曲、イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンターを聞いてみましょう。

ここで、クリスティーナ・ロセッティという人物について、ちょいと書いておきます。

クリスティーナ・ロセッティの母は、バイロン卿の主治医であり、ドラキュラの元になる吸血鬼の物語をかいたことでも知られるジョン・ポリドリ氏の妹。父は、政治的難民としてイタリアから、ロンドンへ移住し、ロンドンのキングス・カレッジでイタリア語教授を務めた人物。父は、ダンテを崇拝していたため、ラファエル前派の画家となった息子の名が、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティであるわけです。クリスティーナは、4人の子供たちの末っ子で、画家ダンテ・ゲイブリエルの他に、やはり、非常に宗教心強くダンテを研究した姉のマライヤ、ダンテ・ゲイブリエルと共に、ラファエル前派の創始者の一人であり、随筆批評などを著した兄のウィリアムがいます。要は、イタリア系インテリ家庭の出。幼い時から、家庭内で、詩作なども奨励され。

美しかった彼女は、若い頃は、兄を含め、他のラファエル前派の画家のモデルとなる事もあり。上は、クリスティーナをマリアとした、ダンテ・ガブリエル・ロセッティによる「受胎告知」。

イギリスで良く知られているクリスティーナ・ロセッティの、他の有名な詩には、「ゴブリン・マーケット」(Goblin Market)があります。兄のイラスト入りで出版された「ゴブリン・マーケット」は、姉妹が、ゴブリン(魔物)たちに、エキゾチックな果物を食べるように誘惑されるというもの。私は、この詩は、何度か、ラジオで朗読されているのを聞いた事がありますが、一風おとぎ話の様な、変わった詩です。

彼女は、3回ほど結婚の機会があったものの、宗教の関係で生涯独身を通しています。ハイ・アングリカンと称されるイギリス国教会の宗派を信じていたため、1回目の婚約は、相手がローマン・カソリックに改宗してしまったことから破棄。(ハイ・アングリカンとカソリックとは儀式的には、さほど差は無いのだそうですが、前者は、ローマ法王を重視しないというのが決定的な違い。)2,3番目の相手は、キリスト教そのものを信じていなかったため、結婚に至らなかったのだとか。現代の目で見ると、なんと、そんな事で個人的幸せを投げ捨てなくても・・・などと思えるのですが、この「信仰心」とそれに起因する感情や行動の抑圧が無かったら、彼女の詩の大半は生まれてこなかったかもしれない。毎日、聖書を欠かさず読み、詩の多くにも、聖書の影響が見られるのだそうです。その他、彼女が影響を受けた詩人はキーツ、アルフレッド・テニスンなど。

15、6歳のときに、神経障害を起こし、更には1870年代からは、パセドウ病をわずらい、病弱となり、人生後半は、この病気独特の症状として、目玉が大きく飛び出してきてしまったという事。家の中で物思いに耽りながらの詩作と言うのは、あっていたのかもしれません。若さと美の喪失というのが、後半の詩のテーマに、よく浮上しているそうです。

「不思議な国のアリス」のルイス・キャロルなども、ロセッティ家とは親交があり、彼女も、「シング・ソング」(Sing-Song)という子供のためのナーサリーライムを納めた詩集を発表しています。この中から、イギリス内で、馴染みのナーサリーライムとなる詩は無いのですが、日本では、このうちのひとつが、「風」というタイトルで童謡になった事から、知られているようです。何がどの国で有名になるか、というのも不思議なものです。「風」も、たまたま、童謡として取り上げられたため日本で知る人が多いわけですし、「イン・ザ・ブリーク・ミッドウィンター」の著名度がイギリスで高いのもキャロルによるところが強いでしょう。

さあ、今年は、このキャロル、人気カウントダウン番組で、何位につくかな。

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