エリザベス女王のクリスマス・メッセージ
毎クリスマス、3時になるとテレビ、ラジオで女王からイギリス国民への、クリスマスのスピーチが放送されます。スピーチ内容は、大体、一年間を振り返って、その年にあった事のハイライトなどを含めて書かれており、クリスマスのご飯が終わった後に、居間のソファーにどてんとひっくり返って、ふくらんだお腹を撫でながら、家族でクィーンのスピーチを見るというのが、イギリスでは御馴染みの光景。クリスマスの日のニュースでも、女王の今年のクリスマス・メッセージはこんな内容でした、と報道されるのが常。
私は、昔、はじめてイギリスでクリスマスを過ごした年に、外国人学生を、クリスマス期間、家庭に滞在させ、イギリスの普通の家庭のクリスマスの経験をさせるという慈善団体に連絡し、その慈善団体に登録していた、とある家庭に招いてもらいました。私が自費で出したのは、その家庭に辿り着くまでの交通費だけで、あとは、宿泊、食事、すべてホストの家庭がもってくれたのです。赤の他人をそうやって、両手広げて受け入れてくれるとは、本当に、有難い話だったと、今になって思います。この家庭で、クリスマスの日にご飯を食べた後、「さあ、3時だから、クィーンを見るよ。」と、家族のメンバーと一緒に、テレビでメッセージを見たのが、女王のクリスマス・メッセージの初経験でした。この時のスピーチの内容はさっぱり覚えていませんが、女王のクリスマス・メッセージというと、あの家庭でのイギリス初めてのクリスマスを思い出すのです。
さて、このクリスマス・メッセージの起源は、女王のおじいさんである、ジョージ5世の時代に遡ります。当然、この頃は、まだテレビが無いですから、ラジオのみ。遠方への報道に適した短波を利用して、オーストラリア、カナダ、インド、ケニア、南アフリカ等、大英帝国各地のイギリス国民に、王からクリスマスのメッセージを送る事が主な目的。なんでも、短波というのは、受信の具合が夜の方が良いのだそうで、イギリス時間で3時が、他の植民地の放送には最も適切と見られ、3時という時間が選ばれます。
こうして、ジョージ5世は、1932年のクリスマスの日、ノーフォーク州サンドリンガム宮殿(Sandringham)の書斎からの、初のラジオ放送を行います。この記念すべき初回の放送のスピーチを書いたのは、ラドヤード・キップリング(Rudyard Kipling)だというのですから、時代を感じます 。 この試みが大成功であったことから、ジョージ5世は、亡くなる前の1935年のクリスマスまで、毎年放送を続けます。
この後に起こるのが、映画「英国王のスピーチ」で御馴染みの、ジョージ5世の世継ぎ、エドワード8世の退位騒動。王座よりシンプソン婦人を取ったエドワード8世は、クリスマスのメッセージ放送は一度もせずに終わります。そして、ジョージ5世亡き後の初めてのクリスマス・メッセージは、どもりに悩んだジョージ6世(エリザベス女王の父)によって、1937年に行われます。翌1938年のクリスマスは、王からのメッセージは放送されずに過ぎますが、第2次世界大戦の勃発した1939年のクリスマスより、国民の意気高揚のために、どもりを何とか克服した王様はマイクに立ち向かい、これより、現在にいたるまで、クリスマスの日の3時と言えば、王家からのクリスマスメッセージ・・・という伝統行事と化すのです。
「英国王のスピーチ」の中では、実際、1934年12月のサンドリンガムで、ジョージ5世がクリスマスのメッセージ放送を行う場面がありました。放送が終わった後、ジョージ5世が、コリン・ファース扮する息子バーティー(後のジョージ6世)に、「昔は、王は、軍服を着て馬にまたがり、落ちないようにしていれば良かったが、これからは、こういった新しいテクノロジーを使ってのスピーチで各家庭に侵入する必要がでてきた。俳優にならねばならんのじゃ。」と、マイクの前に座って練習するよう促すのです。まだ、バーティーはどもりが治っていないので、おたおたとしているところを、父に叱り飛ばされるのでした。上の写真は、そのシーンからのひとこま。
現エリザベス女王が、父王亡き後に、祖父と父が放送に使用した同じサンドリンガムの机から、始めて行ったクリスマスのメッセージは1952年の12月。ラジオのみでなく、クリスマス・メッセージのテレビ放送がはじまるのが、1957年ということ。
テレビ以外でも番組を見る方法が多様になってきている上、時間通りに見る必要もない時代ではありますが、女王のメッセージは、昨日のクリスマスのテレビ視聴率で一番高かったのだそうです。習慣で、「あ、3時だ。クィーンの時間だ。」と思うと、自動的に見ちゃう人、多いのでしょうね。もう、イギリスのクリスマスのタペストリーにしっかり織り込まれていますから。あとは、女王が、ついに、年だからと、退位する決意をしたという噂も流れたのだそうで、それも高視聴率に繋がったという話です。私も、今年は、クリスマス・メッセージを、テレビで見ました。鼻をつまんで、ちょっと声を高くし、「ヴェリー・ハッピー・クリスマス・トゥー・ユー・オール」と女王の声をまねして言ったら、隣で、だんなが、ブッと噴出し、「何それ?クィーンのつもり?」。
今年のメッセージの締めくくりは、100年前(1914年)のクリスマスに、第一次世界大戦中の西部戦線のあちらこちらで起こった、「クリスマス休戦」(Christmas truce)に触れていました。トレンチの中で、にらみ合いを続けていたドイツ軍と連合国側の兵士達が、1914年のクリスマスの間のみ、キャロルを歌いあったり、プレゼントを交換したり、共にサッカーに興じたり。ただし、休戦と言っても、自発的に起こった現象であったため、普段と変わらず戦いが続く場所もあったのです。また、戦争が長引き、戦いがエスカレートするにつれ、ドイツ軍に対する憎しみも募り、以後、こういった交流は起こらなかったので、悲惨な戦争の中、人間的暖かさを持った、ほんのつかの間の一幕ではあるのですが。
このクリスマスの休戦の中でも有名な話が、「きよしこの夜」にまつわるもの。ドイツ軍のトレンチから、「Stille Nacht. Heilige Nacht...」と「きよしこの夜」の歌声が流れてきて、反対側で聞いていた連合国の兵士達は、この合唱が終わった後に拍手。交代に、今度は自分達が別のキャロルを歌い、ドイツ側から拍手。こうして、戦闘の代わりに、キャロル歌合戦。
「きよしこの夜」は英語では、Silent Night(サイレント・ナイト、静かなる夜)で、英語の歌詞は下の通り。
Silent night, Holy night
All is calm, all is bright
Round yon virgin, mother and child
Holy infant, tender and mild
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.
女王のクリスマス・メッセージの後には、ブラスバンドによるこの曲の演奏が流れました。また、私達が、ほとんどのクリスマスに聞く、ラジオのクラッシクFMの、リスナー投票による、お気に入りキャロルのカウントダウン番組の一位は、今年は、この「きよしこの夜」でした。ここ数年、ずっとトップの座は、「Oh Holy Night」(オー・ホーリー・ナイト、さやかに星はきらめき)が飾っていたのですが、「クリスマス休戦」の記念の年に、「きよしこの夜」が、「さやかに星はきらめき」を2位に蹴落とし、堂々のナンバー・ワンと相成ったのでした。
私は、昔、はじめてイギリスでクリスマスを過ごした年に、外国人学生を、クリスマス期間、家庭に滞在させ、イギリスの普通の家庭のクリスマスの経験をさせるという慈善団体に連絡し、その慈善団体に登録していた、とある家庭に招いてもらいました。私が自費で出したのは、その家庭に辿り着くまでの交通費だけで、あとは、宿泊、食事、すべてホストの家庭がもってくれたのです。赤の他人をそうやって、両手広げて受け入れてくれるとは、本当に、有難い話だったと、今になって思います。この家庭で、クリスマスの日にご飯を食べた後、「さあ、3時だから、クィーンを見るよ。」と、家族のメンバーと一緒に、テレビでメッセージを見たのが、女王のクリスマス・メッセージの初経験でした。この時のスピーチの内容はさっぱり覚えていませんが、女王のクリスマス・メッセージというと、あの家庭でのイギリス初めてのクリスマスを思い出すのです。
さて、このクリスマス・メッセージの起源は、女王のおじいさんである、ジョージ5世の時代に遡ります。当然、この頃は、まだテレビが無いですから、ラジオのみ。遠方への報道に適した短波を利用して、オーストラリア、カナダ、インド、ケニア、南アフリカ等、大英帝国各地のイギリス国民に、王からクリスマスのメッセージを送る事が主な目的。なんでも、短波というのは、受信の具合が夜の方が良いのだそうで、イギリス時間で3時が、他の植民地の放送には最も適切と見られ、3時という時間が選ばれます。
こうして、ジョージ5世は、1932年のクリスマスの日、ノーフォーク州サンドリンガム宮殿(Sandringham)の書斎からの、初のラジオ放送を行います。この記念すべき初回の放送のスピーチを書いたのは、ラドヤード・キップリング(Rudyard Kipling)だというのですから、時代を感じます 。 この試みが大成功であったことから、ジョージ5世は、亡くなる前の1935年のクリスマスまで、毎年放送を続けます。
この後に起こるのが、映画「英国王のスピーチ」で御馴染みの、ジョージ5世の世継ぎ、エドワード8世の退位騒動。王座よりシンプソン婦人を取ったエドワード8世は、クリスマスのメッセージ放送は一度もせずに終わります。そして、ジョージ5世亡き後の初めてのクリスマス・メッセージは、どもりに悩んだジョージ6世(エリザベス女王の父)によって、1937年に行われます。翌1938年のクリスマスは、王からのメッセージは放送されずに過ぎますが、第2次世界大戦の勃発した1939年のクリスマスより、国民の意気高揚のために、どもりを何とか克服した王様はマイクに立ち向かい、これより、現在にいたるまで、クリスマスの日の3時と言えば、王家からのクリスマスメッセージ・・・という伝統行事と化すのです。
「英国王のスピーチ」の中では、実際、1934年12月のサンドリンガムで、ジョージ5世がクリスマスのメッセージ放送を行う場面がありました。放送が終わった後、ジョージ5世が、コリン・ファース扮する息子バーティー(後のジョージ6世)に、「昔は、王は、軍服を着て馬にまたがり、落ちないようにしていれば良かったが、これからは、こういった新しいテクノロジーを使ってのスピーチで各家庭に侵入する必要がでてきた。俳優にならねばならんのじゃ。」と、マイクの前に座って練習するよう促すのです。まだ、バーティーはどもりが治っていないので、おたおたとしているところを、父に叱り飛ばされるのでした。上の写真は、そのシーンからのひとこま。
現エリザベス女王が、父王亡き後に、祖父と父が放送に使用した同じサンドリンガムの机から、始めて行ったクリスマスのメッセージは1952年の12月。ラジオのみでなく、クリスマス・メッセージのテレビ放送がはじまるのが、1957年ということ。
テレビ以外でも番組を見る方法が多様になってきている上、時間通りに見る必要もない時代ではありますが、女王のメッセージは、昨日のクリスマスのテレビ視聴率で一番高かったのだそうです。習慣で、「あ、3時だ。クィーンの時間だ。」と思うと、自動的に見ちゃう人、多いのでしょうね。もう、イギリスのクリスマスのタペストリーにしっかり織り込まれていますから。あとは、女王が、ついに、年だからと、退位する決意をしたという噂も流れたのだそうで、それも高視聴率に繋がったという話です。私も、今年は、クリスマス・メッセージを、テレビで見ました。鼻をつまんで、ちょっと声を高くし、「ヴェリー・ハッピー・クリスマス・トゥー・ユー・オール」と女王の声をまねして言ったら、隣で、だんなが、ブッと噴出し、「何それ?クィーンのつもり?」。
今年のメッセージの締めくくりは、100年前(1914年)のクリスマスに、第一次世界大戦中の西部戦線のあちらこちらで起こった、「クリスマス休戦」(Christmas truce)に触れていました。トレンチの中で、にらみ合いを続けていたドイツ軍と連合国側の兵士達が、1914年のクリスマスの間のみ、キャロルを歌いあったり、プレゼントを交換したり、共にサッカーに興じたり。ただし、休戦と言っても、自発的に起こった現象であったため、普段と変わらず戦いが続く場所もあったのです。また、戦争が長引き、戦いがエスカレートするにつれ、ドイツ軍に対する憎しみも募り、以後、こういった交流は起こらなかったので、悲惨な戦争の中、人間的暖かさを持った、ほんのつかの間の一幕ではあるのですが。
このクリスマスの休戦の中でも有名な話が、「きよしこの夜」にまつわるもの。ドイツ軍のトレンチから、「Stille Nacht. Heilige Nacht...」と「きよしこの夜」の歌声が流れてきて、反対側で聞いていた連合国の兵士達は、この合唱が終わった後に拍手。交代に、今度は自分達が別のキャロルを歌い、ドイツ側から拍手。こうして、戦闘の代わりに、キャロル歌合戦。
「きよしこの夜」は英語では、Silent Night(サイレント・ナイト、静かなる夜)で、英語の歌詞は下の通り。
Silent night, Holy night
All is calm, all is bright
Round yon virgin, mother and child
Holy infant, tender and mild
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.
女王のクリスマス・メッセージの後には、ブラスバンドによるこの曲の演奏が流れました。また、私達が、ほとんどのクリスマスに聞く、ラジオのクラッシクFMの、リスナー投票による、お気に入りキャロルのカウントダウン番組の一位は、今年は、この「きよしこの夜」でした。ここ数年、ずっとトップの座は、「Oh Holy Night」(オー・ホーリー・ナイト、さやかに星はきらめき)が飾っていたのですが、「クリスマス休戦」の記念の年に、「きよしこの夜」が、「さやかに星はきらめき」を2位に蹴落とし、堂々のナンバー・ワンと相成ったのでした。
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