冬のライオン

英国プランタジネット王朝の創始者ヘンリー2世。一般的には、カンタベリー大司教トマス・ベケットを暗殺させた人物、と、有り難くないイメージで歴史に名を残してしまった王様です。その領土はイングランドのみならず、南はピレネー山脈までの現フランス西部一帯を含む広大なもの。

もともとは、舞台劇であった「冬のライオン」は、このヘンリー2世の治世の後期を時代背景とし、ヘンリーと、政治的影響力の強かった女性と言われる、ヘンリーの妻、アクイテインのエレノア(Eleanor of Aquitaine)が主人公。表立ては、王一家のクリスマスの集いとしながら、2人の間に生まれた、3人の息子達(リチャード、ジェフリー、ジョン)の誰が王位を継承するかの、いがみ合いが繰り広げられます。

この頃の英国王家は、ヘンリー自身も、大陸ヨーロッパとの絆が強く、実際に使用した言葉もフランス語。ですから、映画の中で、登場人物達が英語で会話する事自体、もう、間違いなのですが、まあ、そんな固い事を言っても仕方がない。主人公達の迫真の演技と、巧妙に書かれたセリフを楽しみましょう。ヘンリーはピーター・オトゥール、エレノアはキャサリン・ヘップバーン。息子リチャード(後の獅子心王、リチャード1世)は、アンソニー・ホプキンス。

映画の最初に、エレノアは、イングランド内の城で軟禁状態の捕らわれの身となっていますが、これは、1173年に、息子達が、父ヘンリーに反旗を翻した際に、彼女が息子達側に組したため、以後は、夫の事実上の囚人となり、領土内の城に、常に軟禁されていた事情によります。彼女が、夫と会うのは、セレモニー等のため、召集された時のみ。

ということで、1183年、エレノアの軟禁の始まった10年後のクリスマス。エレノアは、夫に、フランスのシノン(Chinon)へ、息子達と共に招集されます。同時にシノンへやってくるのは、フランス王フィリップ2世。フィリップは、腹違いの妹アリスと、ヘンリーの世継ぎとの結婚を要求するが、ヘンリーは、末息子ジョンに、エレノアはお気に入りの息子リチャードに、其々王座を継がせたい。両親のどちらからも愛されていないジェフリーは、フィリップと組んで、陰謀を企てようとする。そこへもってきて、ヘンリーは、ちゃっかりアリスを自分の愛人にしてしまっているのです・・・。各人、お互いの腹を探りながら、陰謀を陰謀で返すやりとり。一帯全体、誰が本心を語っているのかもわからない状態。

ヘンリーは、ついに、息子達に愛想をつかし、ローマ法王からエレノアとの離縁の許可を取り、自らアリスと結婚して新しい世継ぎをつくろうと考えるに至るのです。「あんたは、バスタード(私生児)も含め、子供は十分すぎるほどいる、これ以上増やしたら、国中あんたの子供だらけになる。」とエレノアに言われ、「俺の子供は全部バスタード(くそたれ野郎)だ!」と答えるヘンリー。アリスからは、「3人の息子が生きている限りは、自分に生まれた世継ぎはいずれ殺されるに決まっている」と言われ、ヘンリーは、息子達を捕らえ、監禁。一生牢から出さずにおこう・・・と思いはするものの、最終的には、たとえ、くそたれ野郎共でも、自分の子供を、一生閉じ込めておく事も、殺す事も決心もできずに、3人とも釈放してしまう。

こうして、踏んだり蹴ったりの王家のクリスマスが終わり、ライオン一家は、再び、散り散り。エレノアは、軟禁されていた城に戻るべく船に乗りこみ、この妙な夫婦は、お互いに大笑いしながら、大きく手を振り、別れを告げて、映画はおしまいとなります。この後、何が起こるかわからない、息子達がまた、反旗を翻すかもしれない、来るなら、来いだ、と運を天に任せて、笑い飛ばせ、という感じでしょうか。

夫婦間、親子の間の罵りあいの合間に、ちらりとペーソスをこめたセリフが落とされ、思わず、くすっとしてしまう場面もいくつかありました。例えば、エレノアが転がりまわらんほどに、ヘンリーに食って掛かった挙句に、一息ついてから、ぽつっと一言、「どんな家庭にも浮き沈みはあるわよね。」


その他、映画の背景知識として知っておきたいことは・・・

当時の宮廷は、ひとところにデンと構えて、ずっと同じ城にいるわけではなく、領土内の城を点々と巡回して、絶えず動き回るのが常。特にヘンリー2世の様に、大陸の領土も広いと、その管理はかなり大変だったわけですが、そういった生活には、むいていた、ハイパーでエネルギッシュな人物であったようです。また、フランス王も、権力と領土の拡大を胸に、絶えずライバルから領土を奪うチャンスを窺っており。王侯貴族の結婚は、当然、権力、領土を鑑みた政略結婚で、一人の女性が、夫の死亡などにより、何回も、相手を変えての政略結婚をする事もあったのです。エレノアも、ヘンリーと結婚する前は、フィリップ2世の父のルイ7世の前妻でしたが、若い頃は美女であったという彼女は、浮気の容疑でルイに離縁され、後ヘンリーと結婚。エレノアは、ヘンリーよりも、かなり年上であり、政略結婚であったにも関わらず、結婚当初は、お互い、気に入っていたという話です。何度か、映画内でも言及されるロザムンドは、ヘンリーが熱愛した、死んでしまったかつての愛人で、全く信憑性は無いようですが、嫉妬したエレノアに殺されたという伝説もあるということです。映画内では、エレノアは、まだヘンリーに惚れている・・・風に描かれています。

原題:The Lion in Winter
監督:Anthony Harvey
言語:英語
1968年

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