宇宙戦争

No one would have believed in the last years of the nineteenth century that this world was being watched keenly and closely by intelligences greater than man's and yet as mortal as his own; that as men busied themselves about their various concerns they were scrutinised and studied, perhaps almost as narrowly as a man with a microscope might scrutinise the transient creatures that swarm and multiply in a drop of water. (...)  Yet across the gulf of space, minds that are to our minds as ours are to those of the beasts that perish, intellects vast and cool and unsympathetic, regarded this earth with envious eyes, and slowly and surely drew their plans against us.

19世紀も終わりに近づいた時代に、この世界が、人類より優れた知能をもちながら、人類と同様に有限の命をもった生体により、熱心、かつ入念に観察されていようとは、誰が想像し得たであろう。これらのものたちは、一滴の水に潜むはかない命の微生物が群れを成し、倍増するする様子を、顕微鏡により、詳細に観察するように、人類が、各人の都合で右往左往する姿を、事細かに観察し、研究していたのであった。(中略)空間を越えたかなたから、我々が自分の知能を絶滅した動物の知能と比較した場合の様な優越した知能、卓越し、そして、冷たく、同情を持たない知性が、この地球を羨望の目で見つめ、人類に対して、ゆっくりと、確実に計画を練っていたのであった。

1898年出版、H.G.ウェルズによる、SF小説「宇宙戦争(The War of the Worlds)」の冒頭です。やはり彼による「タイムマシン」「透明人間」に並び有名な作品。ここでウェルズが言う、発達した冷たい知能を持って、地球をのっとるため、人類を観察していた生体は、火星人。

「宇宙戦争」で描写されている火星人は、巨大タコか巨大くらげ風。私も、物心がついたころから、火星人を描いてごらん、などと言われると、タコとくらげのあいの子みたいなのを描いてましたから、ウェルズの火星人が、ずーっと、人々の火星人のイメージに影響を与え続けてきた結果かもしれません。

火星人たちは、地球を手に入れるために、自分より知的に劣った存在である人間を絶滅させるのには、一切の感傷を現さないのですが、これは、人間が、未開の土地へ出かけて行っては、多くの動物を絶滅へ陥れたのと同じことである・・・と多少の政治的メッセージも潜ませてあるようです。


あらすじ

語り手は、ロンドン郊外、サリー州のウォーキング(Working)に住んでいる作家という設定で、火星から飛んできた筒形カプセルの様なものが、まずは、ウォーキング近郊に落下。インパクトでできた巨大クレーターの中のカプセル内からは、何やら音が聞こえ。語り手を含んだ物見高い人間たちが、これを見物にやってきたところ、やがて、カプセルが開き、中から妙な姿の大きな生物が現れ、クレーターの下に姿を消すのです。これが、語り手が初めて目撃した火星人。

火星人は、後の章での、事細かな描写によると、約4フィート幅の頭(胴体)にぐりぐり目玉が2つ。その下に鳥のくちばしの様に突き出した上唇があり、16本のタコの足のようなものが口の下から生えている。体の大部分は脳みそであるので、人類より発展しているわけです。口はすぐに肺につながっており、消化器官が無く、直接、下等動物の血液を体内に取り込むことにより生きているという事で、地球に降り立ってからは人間の血を餌にするという吸血鬼まがいの要素もあり。性別がないため、子孫は球根が分かれて数を増やすようにして誕生するとあって、その点は、ある意味で原始的。

火星よりも引力が強い地球上では、体重がさらに重く感じられるため、動きが非常にだらーっと遅く、クレーターの底に姿をくらました後は、下から、何やらとんちんかんちんと音が聞こえてくるものの、火星人が何をやっているのかは外の見物者にはわからすじまい。やがて、クレーターの底から姿を現したのは、屋根より高い3脚を持ったマシン。動きの鈍い火星人は、このマシンの中に入り、それを操作することにより、地球を制覇するための活動を開始するのです。まず、火星人は、このマシンから発射される高熱ビームで、周辺の人間や家々を焼き始める。ウルトラマンのスぺシウム光線のようなものでしょうか。パニックった見物者は、逃げ出し、語り手も命からがら、その場から逃れ、我が家へ戻り、妻を連れ、馬車に乗って、いとこの住む町へと移動。馬車を、借りてきたパブに律儀に返すために、再び、ウォーキング方面へ向かった語り手は更なる、カプセルが落ちるのを目撃し、火星人の操縦する3脚マシンに遭遇。

夜、家に戻った語り手は、庭に入ってきた兵士を招いて、二人で暗い室内の窓から、焼け落とされた周辺の風景と、火星人のカプセルが落ちた周辺に3つのマシーンが徘徊しているのを眺める。

再び妻のいる場所へと合流すべく、火星人の襲撃を避けながら歩き始める語り手は、今度は、数が増えたマシンが、光線の代わりに、黒い煙を発射させ、その煙にやられた人間たちが死んでいくのを見る。また、そのうちに、火星人たちのマシンは、人間を殺す代わりに、つかまえては、マシンの背後についている籠のようなものに人間を集めている様子。

語り手は、やがて、たまたま出くわした意気地なしの聖職者と共に行動。2人が隠れていた家が、更に火星からやってきたカプセルにより半分破壊され、クレーター内の壊れた家の内部に、1週間近くたてこもることとなるのです。すぐ外では気色の悪い火星人たちが、3脚マシンを作り、一時的にそこを基地として活動。そのうちに、外で集めてきた人間の生き血を餌としている光景を、家の隙間から目撃し、愕然。半狂乱となった聖職者は、家の内部を探るために入ってきてたマシンの手によって捕まれ、外へ引き釣り出され、やはり火星人のご飯となってしまう。怖さと空腹をこらえ、じーっと内部に潜んで隠れていた語り手は、ついに火星人たちが、そのクレーターを去っていった後に、這い出し、ロンドン方面へと向かい歩き出すのです。

人っ子ひとりいないロンドンへの道中、ウォーキングで出会った兵士と再会し、「地下に隠れながら、火星人の知恵を吸収し、戦う」と計画する彼と意気投合し、しばらく行動するものの、どうやら、実行にうつすより、夢見事らしいと、見切りをつけ、ひとりロンドン中心部へと向かう。そのうちに、「うりゃーうりゃーうりゃー」という妙な嘆くような声が聞こえてきて、語り手は、この声を頼りに、リージェンツ・パークを越え、プリムローズ・ヒルにたどり着く道中、2機の転倒して動かないマシンを目撃。

プリムローズ・ヒルの頂上には、不動のマシンがたたずみ、その上を鳥が飛びまわっていて、マシンの隙間から、鳥につつかれた火星人の肉がぐにゃりと垂れ下がる。そして、プリムローズ・ヒルに作られた火星人の基地の中にも、多くの機材にまみれて、あちこちに火星人の死骸。この時は、火星人の死の理由がわからぬものの、語り手は、眺めの良いプリムローズ・ヒルから、ロンドン一帯を見渡し、人類は救われた、一度は失われたと思ったロンドンも再び蘇るとの感動に浸るのです。その後、呆然と徘徊していた語り手は、他人の家に保護され、数日面倒を見てもらった後に、妻に何があったかを確認するため、再び、ウォーキングの家に戻り、そこで、様子を見に戻った、いとこと妻に、めでたく再会。

この物語が非常に、斬新、というか的を射ているのが、火星人を殺したのが、最終的には、人間の努力や能力ではなく、「細菌」という原始的なものであった、というもの。医療も科学も進んだ現在でも、計り知れない細菌、ばい菌の世界。そういった物に一切の抵抗力のない外の世界から来た生物が、ちょっとした風邪でも抗体が無く、死んでしまうというは、あり得る話です。かつては、南米の原住民たちでさえ、新しい西洋人が持ち込んだ病原菌で大量に死んでしまったりしていたわけですし、大方の細菌に対しては抵抗力を持っている人間でも、ひどい風邪をひくと、火星人のごとく「うりゃーうりゃーうりゃー」と呻きたくなりますし。

この語り手の冒険の他に、ロンドンに住んでいた語り手の弟の逸話も挿入されています。弟は、「火星人がやってくる、逃げろ」と夜中にたたき起こされ、多くのロンドン市民と共に、大挙してロンドン内を脱出。途中、知り合った女性2人と共に、イギリスを脱出しようと、船に乗るためにエセックス州の港町、ハリッジ方面へと向かおうと決断。途中、ロンドンから出る交通の要の道が交差する場所で、馬車と行き交う人の波で膠着状態となり、そこを抜け切るのに決死の覚悟で馬車を走らせ、マルドンなどの港町のあるブラックウォーター川河口の地に到着するのです。

海が見えて、イギリスを去ることが現実となった段階で同行の女性の一人が、ヒステリーを起こしてしまい、

She had never been out of England before, she would rather die than trust herself friendless in a foreign country, and so forth. She seemed, poor woman, to imagine that the French and the Martians might prove very similar.

彼女はイングランドを出た事は一度もなく、外国で友もなく一人で生活するくらいならいっそ、死んでしまいたい、云々と叫び始めた。気の毒に、彼女には、フランス人も火星人も同じようなものに思えたらしい。

というくだりがあり、爆笑しました。この女性をなだめ、3人は、ベルギーのオーステンデ(Ostend)行きの船に乗り込みますが、船がまだ出港しないうちに、エセックスの平らな風景の中に火星人の3脚マシンの姿が浮かび上がる。血相を変えた船長がエンジンを入れて港を離れるものの、3機のマシンは、船を妨害しようと、水にまで入って近づいてくるのですが、近くに停泊していた駆逐艦サンダーチャイルドの果敢なる突進によって、2機が倒され、1機は引き返し、船は無事、イギリスを去る・・・というもの。ロンドンでの部分もそうですが、この部分も、私には比較的なじみのある場所の登場で、風景を頭に浮かべながら、面白く読めました。

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以前、1938年のハロウィーンの日に、オーソン・ウェルズ製作、出演で放送された、アメリカの「The War of the Worlds」ラジオ版を聞く機会がありました。第一部は、実況放送風に火星人が暴れ始める様子などを放送したため、スイッチを入れて途中から聴き始めた人たちが、実際に起こっていることと信じ込みパニックを起こしたと言ういわくの作品です。伝達手段は今より限られており、事の真偽を確認するにも時間がかかったでしょうから。

当然、舞台は、H.G.ウェルズの原作から離れ、アメリカが舞台。火星からのカプセルはニュージャージーの、実際に存在するグロブナーズ・ミルという場所に墜落。プリンストン大学のピアソン教授は、それを観察に行く。そのあと、カプセルから登場してくる火星人の乗ったマシンは、周囲を焼き、ニューヨークへと向かい、ニューヨークを破壊。第2部は、なんとか生き延びたピアソン教授が、焼き野原のニューヨークへたどり着き、細菌に犯された火星人たちが、鳥の餌としてつつかれる様子を目撃するのです。

実際、この放送を聞いた人は、全ラジオ聴者の2%のみであり、信じてパニックを起こしたという人の数はさほど多くなかったようです。が、新しいメディアとして人気を博し始めていたラジオを競争相手と見ていた各新聞が、無責任なラジオ報道で、アメリカ中が一大パニックとなったと一面記事で騒ぎ立てたため、現実以上の大混乱を巻き起こした、という印象を作り、未だに語り継がれる伝説的事件と化すのです。数日後に、記者会見で、「騒ぎを起こしてすいません」と謝った、22歳の若き日のオーソン・ウェルズは、この事件で、ぐーんと知名度を上げる事となり、しめしめ、というところ。宣伝に悪い宣伝は無い、というやつです。

このラジオ放送があったのは、ドイツでのナチスとイタリアのファシズムの台頭の頃で、アメリカ国民は、すでに潜在的に、自分の日常を揺るがす何かが起こるという不安を心に持っており、それがまた、この火星人パニック騒動の原因ともなったという分析もあります。

中東での終わらぬ戦争、イギリス社会の亀裂を広げ続けるブレグジット騒ぎ、そして、非常に醜い戦いと化している今回の米の大統領選挙もまじか。今まで、安泰と思っていた民主主義国家の様子もおかしい今日この頃、イギリスでもアメリカでもデマゴーグが幅を利かせ、多くの人が、1930年代のヨーロッパの政治風景と現状の類似を指摘しています。何か良からぬことが起こるという不安な空気が、なんとなしに流れ。頭脳の優れた火星人が存在する可能性は極めて低いとわかっている現在では、タコ風火星人の大暴れより、悪意を持ったデマゴーグの大暴れの方が、ずっと恐ろしいのです。

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