ラべナムで中世にタイムスリップ

イギリス中世の、木造と漆喰作り(ハーフ・ティンバー)のコテージが立ち並ぶ村を見たければ、サフォーク州のラべナム(または、ラヴェナム Lavenham)に足を運ぶのが一番でしょう。あちこちに沢山駐車してある自動車と、電信柱などの存在を除けば、本当に、中世にタイムスリップしたような家並みで、小さな村であるにかかわらず、歴史的に保存すべき建築物として登録されている建物の数は、なんと361件。村中が博物館というやつです。あっちに傾き、こっちに傾きという家を眺めているうちに、自分の頭が傾いているような錯覚にとらえられます。

これだけの数の古い建物がそのままの姿で残っている理由は、コッツウォルズなどと同じく、中世は羊毛織物で栄えたものの、やがて落ちぶれ貧しくなり、更には、近郊に炭坑や鉱山などもなく、産業革命に取り残され、忘れられたような状態になっていたため。一時的に取り残された場所であったのが、建物保存につながり、勿怪の幸いとなるのです。

ラべナムは、Wool Town(羊毛の町)ではなく、 Woolen Town(毛織物の町)であると、ガイドブックに念を押して書いてありました。周辺の土地は、今も昔も、主に農作物を育てる畑で、羊毛を取るための羊の飼育には向かない場所であったそうなのです。ですから、ここより北の、リンカンシャー州などから原材料となる羊毛を運び込み、処理をして、紡いで、織物製造をしていた場所。

サフォーク州のサドベリー(Sudbury)、ロングメルフォード(Long Melford)、カルゼ織のカージー(Kersey)、ハドリー(Hadleigh)等の周辺の町や村同様、すでに12世紀には、毛織物業に携わる場所として確立。15世紀には、ラヴェナム産毛織物の、輸出に占める割合はうなぎ上り。小さなサイズに関わらず、16世紀初頭には、イングランド全土で14番目に裕福な場所であったとされています。特に、藍(woad)で染色した青い毛織物は、ラヴェナム・ブルーと呼ばれ有名となります。

実際の富は、100人以上もの、労働者を雇っていた、ほんの数人の有力な織物業者に集中していたようです。そうして織物業によって、稼ぎだされた富の一部は、教会の建設などにつぎ込まれます。サフォーク州各地に見られる、村の規模の割には立派な教会は、サフォーク・ウール・チャーチなどと呼ばれ、こうした富裕な織物業者たちの金によるもの。織物業者たちは、教会の建設を助けたり、教会に寄付を行う事により、死後、天国に行ける前に、時間を過ごさねばならない煉獄(Purgatory)にいる時間を、短くしようと試みたようです。効き目はあったでしょうか。・・・知る術はありません。

1520年代から1530年代にかけて、ヨーロッパでの戦争、重い税金などにより、織物業界は不況に陥ります。周辺の他の場所より、ずっと、織物産業のみに頼っていたラべナムは、落ち目となっていき、上述のように、産業革命に置き去りにされた場所として、タイムカプセルの中で眠るような状態になります。近代にいたって、観光地として蘇るまで。

ラヴェナムのギルドホール
ラヴェナム内で観光の中心は、マーケット広場に立つギルドホール(Guildhall of Corpus Christi)。ナショナル・トラスト所有で、内部は一般公開。これが建設されたのは、織物バブルがはじける寸前の1530年とされています。中世のギルド(Guild)というのは、同業者組合という事になっていますが、実際は、商売、職業、貿易関係の組織というより、組合員のための互助会的役割、更には、宗教的側面が強かったようです。ですから、このギルドホールを所有していたギルドの名も、ラテン語でキリストの身体を意味する「Corpus Christi」。ラヴェナムには、最低5つはギルドが存在したようで、そのうちの4つは自分たち専用のギルドホールを所有していたという事。現在まで残っているのは、このギルドホールのみ。

ギルドホール内部には、毛織物産業に関する展示などがあり、当時の、羊毛から織物を製造するまでの過程をざーっとうかがい知ることができます。

立派な機織り機を見ていて、「鶴の恩返し」という日本の昔話を思い出してしまいました。

織物バブルがはじけた後は、ギルドホールは一時、牢屋、そして貧民を働かせるワーク・ハウスなどに使用されており、その時代を振り返った展示物もあります。

ギルドホールの庭には、当時、毛織物の染色用に使用された植物の情報もありました。

ラべナムのマーケット広場は、以前の記事「魔女狩り将軍」でも紹介した通り、映画「Witchfinder General 魔女狩り将軍」内で、魔女を火刑にするエグイ場面のロケ先となっています。

もっとも、ラヴェナムをロケ地として使った映画というと、昨今では、「魔女狩り将軍」よりも、ハリポタ映画「Harry Potter and the Deathly Hollows ハリー・ポッターと死の秘宝」の方が有名でしょう。特に若い人には。ロケに使われたという家の前に、時に、ツアーの団体が立っている、と近くに住む友人が話していたのですが、訪れたときは、人っ子ひとりいませんでした。まあ、一応は、民家ですから、ひっきりなしに、団体さんが外に立っていてはたまったものでもないでしょう。

やはりマーケット広場に面して建っている、1420年建設という由緒ある建物内のエンジェル・ホテルは、数年前、ちょっとした物議を醸しだした場所です。所有者である有名シェフが、この建物をかなり強烈なショッキング・ピンクに塗ったのが事の始まり。サフォーク州は、サフォーク・ピンクと称される、漆喰の壁がピンク色に塗られたコテージでも知られるのですが、この新たに塗られたピンク色が、あまりにも強烈すぎたために、住民から、村の雰囲気にふさわしくないと、ごーごーの非難を受け、現在は、白に塗りなおされています。

ラべナムの教会
織物業で稼ぎだされた富を注ぎ込んで作られた教会、セント・ピーター&セント・ポール教会は、やはり、かなり立派です。

教会の塔は、ちょっと離れた周辺の場所からもにょきっと見え。

過去、2,3回訪れた際は、車で来たのですが、今回は、サドベリーまで電車、そこからバスに乗って到着。小さな村なのに、観光客が多いため、前回は、非常に駐車が大変でしたしね。2階建てバスの上から眺める田舎の景色も楽しめました。バスに乗り込んでチケットを買った時、バスの運ちゃんが、「ラべナムは綺麗だよ!」と盛んに自慢していました。降りていくときも、「本当に、きれいだよ。楽しんできてね!」

ラべナムも、昔は、サドベリーからベリーセントエドモンド(Bury St Edmunds)まで続いていた鉄道が走っており、駅があったのですが、これは、残念ながら、1960年代、国鉄の赤字削減のために大幅に行われた支線閉鎖で、犠牲となってしまった路線のひとつ。ギルドホール内部には、今はないラヴェナム駅で使用されていた椅子や、切符を入れるための引き出し、その他が展示されているコーナーもありました。

ですから、今、海外からの観光客は、車がない場合は、タクシー、またはコーチツアーで行くか、こうしてバスを利用して到着する事になるのです。

かつて鉄道の走っていた場所が歩行者用のフットパスとなっているので、帰りは、それを辿って、サドベリーの北にある村ロングメルフォード(Long Melford)へと2時間ほどかけて歩き、そこからバスでサドベリー駅へとたどり着きました。

ロングメルフォードで、調度バスを一本逃してしまい、なにせ、バスの時間が1時間に1本ですので、次のバスが来るまでの間、ロングメルフォードにあるお屋敷、メルフォードホール(Melford Hall)のティールームへ赴き、紅茶を注文。庭園で綺麗な景色を眺めながら、お茶をすすり、一息。(メルフォード・ホールとロングメルフォードについて、詳しくは、次回の記事に書くことにします。)

こういう場所でのんびりできたのだから、バスを逃したは逃したで、良かったかなと思っています。

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