婦人参政権を求めてのSuffragetteの戦い

「Suffragette サフラジェット」という映画を見ました。

Sufffagetteという言葉は日本語で、「女性参政権支持者」の事ですが、ここでは特に、第一次世界大戦が始まる前の、20世紀初頭に、エミリン・パンクハースト(Emmeline Pankhurst )をリーダーとした、婦人参政権運動に参加した女性たちを指します。上流、中流、労働階級と、階級を問わぬ団体で、エミリン・パンクハーストの方針は、「Deeds not words」(言葉ではなく行動)。それまでのように、法に従って行儀の良い抗議を行っても拉致が明かないと、男性同様に大っぴらなデモを行い、人目を引き、半犯罪、テロにも近い、窓ガラスを割る、ポストボックスを爆弾で破壊するなどの、直接行動を取る、過激な参政権運動を展開することとなります。メンバーの幾人もが、警察に捕まり牢獄入りをし、パンクハースト夫人自身も牢獄に何度か放りこまれています。

パンクハースト夫人は、マンチェスター出身で、マンチェスターの労働階級の女性の生活の苦境を熟知しており、そうした下層階級の女性の生活の改善、また、一般的な女性の社会的地位の向上も、参政権運動の目的であったようです。階級を問わず、当時の女性は、結婚をすると、自分の資産も夫のものとなってしまう、など、夫の付属的存在。それでいながら、男性と女性の役割は違う、女性は政治に向いていない、などの理由で、男性はともかく、女性の中にも参政権運動に反対を示す人も多かったのだと言います。特に、サフラジェット達の活動が、テロまがいに激化していくと、更に、批判の声も強くなり。

さて、映画「Suffragette サフラジェット」、主人公モードは、架空の人物で、演じるのは「17歳の肖像」にも出ていた、かわい子ちゃん、キャリー・ハンナ・マリガン。だんなと共に、東ロンドンの洗濯工場で働く、一児の母。7歳にしてパートタイムで働き始め、14歳でフルタイム勤務になり、そのまま行けば、おそらく、体がぼろぼろになるか、死ぬまで、同じ場所で低賃金で働くのだろう・・・という設定。幼いころから、工場監督に手も出されていた感じです。彼女の生活、想像するだに暗い。朝から晩まで重労働で、ボロ家に帰って、寝るだけ。唯一の慰めは、小さな息子と過ごすひとときのみ。彼女が、ひょんな事から、サフラジェットの活動に関わりを持つようになり、その結果、工場は首になり、ベン・ウィッショー演じるだんなからは家を追い出され、やがては参政権運動のただ中に身を投じるようになる。モードを追い出した後、だんなは、息子を、裕福な中流夫婦に養子にやってしまうのですが、モードと息子の別れの場面が可愛そうでした。当時は、母権というものも無かったので、だんなが、子供を養子にやってしまうと決めたら、彼女にはそれを止めるすべもなかった。

ヘレナ・ボナム=カーター扮するエディスは、薬剤師で、簡単な診察も行う女性。こちらも架空人物ではありますが、実際にいたサフラジェットの何人かをモデルとしているようです。パンクハースト夫人の説く「行動」を徹底的に遂行する強硬派として描かれ、蔵相であったロイド・ジョージの別荘に爆弾を仕掛けるのも彼女が率先して行ったことになっています。ちなみにヘレナ・ボナム=カーターは、当時の首相で、女性参政権には反対であったハーバート・ヘンリー・アスキスの曾孫なのだそうです。

エミリン・パンクハースト役は、メリル・ストリープですが、ポスターやDVDでは、でかでかと彼女の写真が載っているのですが、彼女の登場する場面はほんのちょっとだけ。警察から身を隠していたのを、メンバーの女性たちにゲキを入れるため、少しだけ姿を現し演説をする、というもの。

時のアスキス内閣、こうしたサフラジェット達を不安分子と見て、捕まえ牢獄に何度も放り込むのですが、そのうちに牢獄内で、彼女らは、食事を拒否してハンガー・ストライクなどをはじめます。死者が出て、大ニュースとなるのを恐れる政府は、体を押さえつけ、鼻からチューブを入れ体内に突っ込み、無理やり食べ物を胃の中に流し込むという対処をするのです(上の写真)。このシーンも映画で出てきますが、おえっとなりそう。また、デモを行う女性たちに警察が暴力をふるう様子なども、本当に、バトル。

映画のクライマックスは、史実としても有名な、1913年夏、エプソンの競馬場での、エプソン・ダービーの際に、サフラジェットの一人、エミリー・デイヴィッソン(Emily Davison)が、王への抗議のため、観戦していたジョージ5世の馬がレースコースを走ってくる前に飛び出し、蹴られるという場面。彼女はこの4日後に死亡。女性参政権のために命を捧げた殉教者として、大々的に葬儀が行われ、映画はこの葬儀の模様で終わり。

映画のクライマックスであるとともに、彼女の死は、サフラジェット運動の中でも、一番印象の強い出来事。彼女の所持品の中には、帰りの電車のチケットが含まれていた上、後のホリデーの予定なども立てていたという事実から、実際に、彼女が、殉教者として自殺をしようという意図があったのかどうかは、未だに論議されているところです。ただ、王の馬に旗をつけようとしただけだ、とか、たづなを引いて止めようとしただけだとか。いづれにせよ、この事件は、競馬を撮影していた報道陣によって、映像に収められています。

モードが、国会議事堂内での委員会で、自分の働く洗濯工場での労働状況を証言する場面があり、この際に、議事堂の内部なども撮影しているのですが、今まで、映画で実際に、イギリスの国会議事堂内部で撮影を行うというのは初めてだったのだそうです。

婦人参政権運動のいきさつは、この映画を見る前から多少知ってはいましたので、映画のおかげで、思いっきり知識が広がったとは言えませんが、実際に彼女たちの毎日の生活ぶりや、直面した身体的危険などを映像で見ると、かなり身に迫るものがあります。

イギリスで、30歳以上の女性に参政権が与えられるのは、ロイド・ジョージ内閣により、1918年。第一次世界大戦中、男性が多く戦地へと赴いてしまい、今まで男性がやっていた事も、女性によって賄われるようになり、女性の社会的地位の向上につながった事が、一因でもあります。年齢が男性と同じ21歳となるのは、更に10年後の1928年。

こうして、最終的に、勝ちえた参政権。どう考えても不合理と思える、当時の女性の地位と、社会の状況を考えると、それを向上させるには、まず、投票の権利を得なければ、というのはよーくわかりますし、また、そうして戦った彼女たちは、本当に勇気があった。今では、この国、2度目の女性首相もだしていますし。もっとも、テリーザ・メイは、総選挙を通っていないので、国民が直接選びだしたわけではないですが。

ただ、最近のイギリス社会では、何事につけても、権利ばかりが強調され、義務というものが無視されている感があります。票を入れるにあたっても、社会がどう機能しているかを知ろうとする、政治家の約束した事項の事実を自分なりに調べてみる、また、個人的益のみでなく、国全体を改善するにはどうしたらいいのかを一人一人が考えるという有権者の義務というものがあるはず。参政権が、有り難いものではなく、あって当たり前の時代の弊害ですかね。もっとも、誰に票を入れても、どいつもこいつも同じ、なんて意見もありますが。各政党、国民を喜ばせ、実現不可能ではあっても、一般うけそうな事を約束しての票取り合戦しかしない結果でもあるかもしれません。民主主義で、事実を無視した人気取りスローガンを、一般人が信じ込み、それに流された投票の結果、国が徐々に衰える、または、挙句の果て、民主主義とは全く逆方向に流れる国となる例などもありますから、「我が国は、民主主義である、参政権が皆にある」などと言って、安心してはおれないのです。この国では参政権のない外人の私、イギリス国民が、過去の果敢な人たちが勝ち得た参政権を、グローバル化が進む世界の事情をじっくりと考えて、気持ちや雰囲気、曖昧な政治家の約束に流されずに使って欲しいと思うばかりです。

原題:Suffragetet
監督:Sarah Gavron
言語:英語
2015年

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