ベルシャザルの酒宴ー壁の言葉

ロンドンのナショナル・ギャラリーにかかるこの絵は、レンブラントによるは、「ベルシャザルの酒宴ー壁の言葉」(Belshazzar's Feast)。旧約聖書内の「ダニエル書」(Book of Daniel)の第5章に登場する話です。前回の記事で、ボンド映画「007 スペクター」の主題歌の題名である「Writing's on the Wall」(壁に書かれた言葉)は、旧約聖書に由来すると書きましたが、これが、そのシーンです。

新バビロニア王国の王ベルシャザルが、酒宴を開き、やれ食え、それ飲めの大盤振る舞い。そして、父王ネブカドネザルがエルサレムの神殿から持ってきた金銀の器をテーブルへ持ってこさせ、客人たちと共に、それを神の様に崇め、その器で酒を飲み交わしていると、空中に手が現れる。ベルシャザルと客人が驚いて見つめる中、手は、壁の上に何かを書く・・・

以下、最も良く引用される英語版の聖書である「キング・ジェームズの聖書」の「ダニエル書」第5章より。

5-5 In the same hour came forth fingers of a man's hand, and wrote over against the candlestick upon the plaister of the wall of the king's palace: and the king saw the part of the hand that wrote.
その時、人間の手の指が現れ、蝋燭の明かりの中、王の宮廷の壁のしっくいに文字を書いた。王はその文字を綴る手の一部を見た。

恐れおののいたベルシャザルは、壁の言葉を解読するように、宮廷内の賢人たちを呼び寄せたものの、1人として、解釈できる者がいないのです。そこで、英知を持つと知られるダニエルが呼び出され、壁の文字を読んでくれと王から頼まれます。ダニエルは、まず、ベルシャザルが、虚栄と誇りに満ち、神よりも自分を上に置き、金銀の器を崇めながら、生を与える神を称えるのを怠った事を告げるのです。そのため、神は、手をベルシャザルの前に送ったのだと。ダニエルは、ここで、壁の文字を読み上げます。

5-25 And this is the writing that was written, MENE, MENE, TEKEL, UPHARSIN.
そして、壁に書かれている言葉は、「MENE, MENE, TEKEL, UPHARSIN」。

5-26 This is the interpretaion of the thing; MENE; God hath numbered thy kingdom, and finished it.
これを解釈をすると、MENE、神は汝の王国を限りあるものとし、それを終わらせることとした。

5-27 TEKEL ; Thou art weighed in the balances, and art found wanting.
TEKEL、汝は、はかりにかけられ、神の愛にそぐわぬ者と判断された。

5-28 PERES; Thy kingdom is divided, and given to the Medes and Persians.
PERES、汝の王国は分割され、メディア人、ペルシア人に与えられるであろう。

「ダニエルの書」によると、この後、壁に書かれた予言の通り、ベルシャザルはその晩殺され、メディア人ダリウスが王国を引き継ぐ・・・というもの。

時代的に、新バビロニア王国が、アケメネス朝の創設者キュロス2世(Cyrus the Great)に破れ終焉する、紀元前6世紀半ばの事となりますが、手が宙に現れるのもさることながら、当然、色々史実とは異なります。聖書は信頼できる歴史書ではないので。ベルシャザルは、新バビロニア王国2代目の王であったネブカドネザル2世の息子ではなく、新バビロニア最後の王ナボニドゥスの息子で、父王が留守の間に摂政の座にはついたものの、王になったことはない人物。更に、ベルシャザルの死後、王座についたとされるメディア人ダリウスも、歴史上は存在が確認されていないのだそうです。

ともあれ、このベルシャザルの酒宴に由来する「Writing's on the wall」が、「すでに運命は決定された」「将来は予告された」「この事実は変えようがない」などの意味で、今でも、使用さているわけです。007テーマ曲の他にも、以前、クレイグ・デイヴィッドとスティングが歌った「ライズ・アンド・フォール」(Rise & Fall)という歌の歌詞にも使用されていた記憶があります。

Sometimes in life you feel
the fight is over,
And it seems as though
the writing's on the wall,
Superstar you finally made it,
But once your picture becomes tainted,
It's what they call,
Rise and fall.

時に人生の戦いは
終わったのだと感じることがある
そして、運命は壁にすでに書かれてしまったと
ついに達成したスーパースターの座
けれど、やがては、その映像も腐敗する
そう、これが、
ライズ・アンド・フォール(興亡)というものだろうか。

奢れる者も久しからず・・・的な歌詞ですね。

日曜日に教会に行く人の数も激減した今のイギリスでは、キリスト教は、宗教と言うより、背景文化。ウィリアム・ティンダルの行った英語訳を多く取り入れた、17世紀出版の「キング・ジェームズの聖書」に至っては、宗教的意味を離れて、英語圏全体の言語文化に与えた影響たるや、かなりのものがあります。知らず知らずのうちに、英米人の口からでる言葉が聖書に由来するものであったりする事も多々あるわけで。聖書から独り立ちしたフレーズが、こうして、ポップ・カルチャーの中にも顔を出し、使われているのですから。

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