スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師

Before Fleet Street had reached its present importance, and when George the Third was young, and the two figures who used to strike the chimes at old St Dunstan's church were in all their glory - being a great impediment to errand-boys on their progress, and a matter of gaping curiosity to country people - there stood close to the sacred edifice a small barber's shop, which was kept by a man of the name of Sweeney Todd.

それは、フリート街が、現在のような重要な通りとなる以前、ジョージ3世が若者であった頃、そして、時を鳴らす、古きセント・ダンスタン教会の巨人の像が、まだ美しく輝き、使いに出された少年たちが気をとられ、田舎からやって来た者達が興味深く見上げていた頃の話。セント・ダンスタン教会の近くには、小さな床屋が店を構えており、スウィーニー・トッドと名乗る男によって経営されていた。

スウィーニー・トッドという床屋の名は、今では、「Sweeney Todd; the Demon Barber of Fleet Street」(スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師)のタイトルで知られるミュージカル、そして、それを基にした映画のおかげで、イギリスのみならず、世界的に有名となりました。裕福そうな紳士が、髭でもそってもらおうか、とスウィーニー・トッドの店に足を踏み入れたら最後、紳士は二度と店から出てこない。スウィーニー・トッドに殺された挙句、セント・ダンスタン教会の西側にある小道、ベル・ヤードの、ミセス・ラベットのパイ屋で、パイに入れる肉にされてしまうから・・・

ミュージカル版が製作されたのは、1979年です。私は、1993年のロンドンのナショナル・シアターのプロダクションを、見に行きましたが、ユーモアを含んで描いてあった記憶があり、後で見た2007年のジョニー・デップ主演の映画より良かったです。

このミュージカルの元となるのは、時代遡り、ビクトリア朝に書かれた「 The String of Perls」(真珠の首飾り)という題名の物語。「 The String of Perls」は、1846-1847にかけて、ペニー・ドレッドフルと総称される類の、労働階級の男の子向けの、ミステリーや犯罪、冒険の三文小説を載せる雑誌に連載されます。ペニー・ドレッドフルというジャンルは、字が読める労働階級の人口が上がった事から人気となった雑誌で、純文学より落ちると、いささか馬鹿にしていた人たちもいたようです。最近、この原作を読んでみましたが、三文小説であろうとなかろうと、なかなか面白かったのです。

出版時、作家の本名は不明であったものの、19世紀のジャーナリストであり、ペニー・ドレッドフルに多くの作品を載せた、トマス・ペケット・プレスト(Thomas Peckett Prest)著であろうとされており、私が読んだものにも、トマス・ベケット・ブレストの名が作家として載せられていました。

原作の「真珠の首飾り」の中のスウィーニー・トッドは、ミュージカル版の様に、暗く悲しく、同情すべき過去があるわけでなく、ただ単に、残忍なシリアル・キラーで、正真正銘の悪役。人肉を使用するパイ屋のミセス・ラベットも、冷たい犯罪者として描かれています。そんな、おセンチ部分が無いところが、かえって良かったのです。シリアル・キラーというのは、こういう、何の理由もなしに・・・というタイプの方が多い気がしますし。スウィーニー・トッドの場合は、客の所有する金目のものが目当て、という理由以外は。

原作のあらすじは、

ある日、陸に上がったばかりの水兵のトーンヒルは、愛犬を連れ、フリートストリートの床屋へ入る。その際、彼が携えていたのは、海で難破したと思われる友人マークから、彼の恋人ジョアンナに渡して欲しいと頼まれていた、高価な真珠の首飾り。その後、そのまま行方不明となってしまったトーンヒル。彼の身の上を心配した船乗り仲間のジェフェリー大佐は、トーンヒルの愛犬が、スゥイーニー・トッドの床屋の前を離れないのに気づき、ここで何かが起こったのでは、と疑いを抱き始める。恋人マークがおそらく海上で命を落とし、また、彼の贈り物の真珠を持ったトーンヒルも失踪したと知らされたジョアンナも、同じように、薄気味悪い人相のスウィーニー・トッドの店に、謎が隠されていると信じるに至る。

スウィーニー・トッドの店でアシスタントの少年として働くトビアスは、金持ち風の客が入ってくるたび、外へ使いに出され、戻ると、客がいなくなっているに関わらず、帽子や杖などの、客の所持品が、店に残っているのを不審に思い、トッドが殺人鬼であると気付く。それを通報しようとするトビアスであるが、トッドに先を越され、トビアスは、気違いを拘束する施設(マッド・ハウス)へ送り込まれてしまう。トビアスがいなくなり、新しく使いの少年を探す広告に答えて、男装したジョアンナは、自ら、理髪店に乗り込む。ジェフェリー大佐に事の顛末を聞かされ、また、マッド・ハウスから逃げ出したトビアスからも情報を得た、治安判事は、客を装い、店に侵入し、スウィーニー・トッドの悪をあばく。

一方、セント・ダンスタン教会の中では、悪臭が立ち始め、ついにそれが、耐えられないほど強烈なものとなっていく。悪臭の原因をつきとめるため、地下をのぞいてみたところ、出てきたのは、スウィーニー・トッドの被害者たちの、腐りかけた頭と骨がごろごろ。トッドの店と、セント・ダンスタン教会、ミセス・ラベットのパイ屋の調理場は、秘密の地下道で繋がれていた。

ミセス・ラベットに捕らわれの身となり、ひたすら地下でパイを焼いていた男は、パイを地下の調理場から店内へ持ち上げるリフトの上に乗り、脱出。居合わせた客たちに、パイの中身は人肉であると宣言。そして、実は彼は、死んだと思われていたマークであると分かり、ジョアンナと彼は、めでたく結ばれる。真珠の首飾りを処分する事で大金をせしめたトッドは、足を洗い海外へ脱出を企てており、口封じのために、ミセス・ラベットの飲み物に毒をもっていたため、ミセス・ラベットは逮捕を待たず、その場で死亡。トッドは、逮捕され処刑。すべて、めでたし、めでたしと終わるのです。

さて、スゥイーニー・トッドの形相なのですが、

裂けた様に大きな口、大きな手と大きな足で、ちょっと一目を引く妙な姿の人間、という事になっています。彼の笑い声が、また奇怪で、聞くと、びくっとするようなもの。更にトッドの髪の毛は、大変なボリュームで、それが藪のように逆立っていると描写されています。

という事は、アダムズ・ファミリーのような、映画内のジョニー・デップの髪型は、比較的原作に忠実なのです。他の身体的特徴はさておき。

入ってきた客と、さりげない会話を交わし、この人物が、金目のものを持っており、更に田舎出身で、ロンドンに知り合いがいない、とわかると、トビアスを外に使いに出し、その間に、仕掛け椅子のレバーを引いて、何も知らない顧客は、どーんと、店内から、地下へ墜落。

ミセス・ラベットのパイ屋のあった設定であるベル・ヤードは、昔から現在に至るまで、ロンドンの法律地域に位置します。セント・ダンスタン教会の鐘が昼を鳴らすとき、ベル・ヤードは、ロンドン一と称されるミセス・ラベットのパイを求めて、それは大変な人だかりになる様子が書かれています。周辺に位置する、リンカーン法曹院、テンプル法曹院、更には、少し離れたグレイズ法曹院からも、法律関係の人間達がパイを目当てに押し寄せるのです。そして、地下から現れたマークが、「パイの肉は人肉だ」と暴いた時、店に居合わせた客たちは、一斉に「おえっ」となるのです。

地下にばらばらの遺体が見つかるのみでなく、セント・ダンスタン教会は、幾度も物語の中に言及されます。過去のセント・ダンスタン教会は、1830年に、フリートストリートの道幅拡大のために、取り壊されていますので、現在の教会の建物自体は、1831-1833年に建て直されたものです。が、この教会の時計と、時を打つ巨人の像は、1671年に遡る時代物で、1666年のロンドン大火の際に、教会が難を免れた事の記念として設置されています。なんでも、時計は、ロンドン初の、分が刻まれた文字板を持ち、また、初の、両側に文字盤があるものだそうです。2つの像は、ロンドン、シティーの守り神でもある、伝説の巨人、ゴグとマゴグだと言われています。

ジョニー・デップのトッドの他にも、1997年作成の映画ドラマ「スィーニー・トッド、The Sweeney Todd」も見た事がありますが、こちらは、トッド役はベン・キングスレーで、内容的には、原作の小説とミュージカル物の中間のような筋書。小汚く雑然としたロンドンの雰囲気が現実的で、ちょっとおどろおどろしい感じですが、わりと良かったです。

以前、フリートストリート周辺のウォーキングツアーに参加した時、セント・ダンスタン教会の前で、ガイドさんが、スウィーニー・トッドの話しに触れ、「トッドは、架空の人物で、作り話であるのに、ガイド仲間でも、幾人か、本当にあった話だと信じて疑わない輩がいる。まったく!」などと嘆いていました。出版当時に、本当にあった話を基にした、などとうたい文句がついていたのか、「スウィーニー・トッドは、実在した」というアーバン・ミス(都会伝説)は、現在でも続いているようですが、それを裏付けるはっきりした証拠はないのです。ただし、暢気な田舎者が大都会ロンドンへやって来て、悪者に捕まり、パイの材料になってしまう・・・などという話は、当時、まことしやかに徘徊していたという事なので、作家は、こういったロンドンの噂話を取り入れて書いたのでしょう。教訓:ガイドさんとは言え、ぴんきりですし、自分達で大元の文献を彫り上げてリサーチしている人も数少ないでしょうから、彼らの言う事は、参考程度に聞いて、丸々信じないようにしましょう

シャーロック・ホームズなどもそうですが、私は、ロンドン(またはイギリス内)の地名や通り名が出てくる昔の小説と言うのは、好きです。フィクションであれば、当然、登場人物たちは実在しなかったものの、著者は、ロンドンの通りを歩きまわっていたわけで、何年も経った後に、私が、その同じ場所を行き、著者が目にしたものと、同じようなものを見ているのだと思うと、時間を越えた近さを感じるのです。実際に経験できるタイムトラベルに一番近いものではないでしょうか。

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