ストーンヘンジでテスを想う

広大な吹きさらしのソールズベリー平原(Salisbury Plain)。そんな何も無い風景の中にたたずむ遺跡がストーンヘンジ(Stonehenge)。ソールズベリーからは北へ行く事、約13キロです。

作られたのは、幾つかの段階を経て、紀元前3000~1600年の間と言われています。太陽を崇める宗教の儀式に使われたのか、それとも天文観測に使われたのか、その目的は定かでないまま。おそらく、ずっと、謎のストーン・オブ・ミステリーとして存在し続ける事でしょう。毎年、夏至の日には、古代ケルト宗教のドルイド教の信者達が大勢ここに集い、日の出を迎えるのが恒例行事となっています。(夏至の日のストーンヘンジに関しては、以前の記事「一年で一番長い日」をご参照下さい。)

巨人が積み木をしたような風情で、ただ何の芸も無く積み立ててあるように見えながら、この岩の組み方など、当時使われたであろう道具などを慮ると、どうしてなかなかの技術がほどこされているそうです。

ストーンヘンジはイングリッシュ・ヘリテージによって管理運営されています。入場料現在7ポンド50ペンス。実際、入場料を払ったところで、あまり近くに寄る事はできず、少し離れたところに設置された、ストーンヘンジを取り巻くような歩道をぐるっと回って、遠巻きに見て、お終いです。

友人のご主人の話によると、子供の頃は、「触ったり、座ったりできた」とのこと。ここが、ユネスコ世界遺産となるのは、1986年。もしかしたら、以来、観光客の数がうなぎ登りになり、近くに寄らせない方針となったのかもしれませんし、または、いたずらがきするなど、ふとどきな輩がいたのやもしれません。もし、ストーンサークルの中に、何が何でも入りたければ、夏至の日に、ドルイド教の人たちに混じって行ってみる、という手もありますが・・・こちらは、毎年大変な人出で、乱痴気騒ぎになる事もあるかもしれません。

駐車場に車をとめた後、広々とした平原に陣取り、ストーンヘンジを遠く眺めながら、ソールズベリーのパン屋で買った、それは美味しいウィルトシャー・ハム・サンドイッチでお昼。

その後、けちけち観光客である私たちは、ストーンヘンジに近寄り、入場料を払わず、金網越しから鑑賞し、写真を撮る、というせこい事をしました。まあ、自分が、海を渡ってやってきた外人観光客で、おそらく、もうストーンヘンジを訪れることは無いだろう、という事であれば、私も、きちんと入場(?)し、ぐるりと一周回ったのでしょうが。ただ、私は、ここには、おそらくまた何度か来ると思うのです。次回は観光のオフシーズンを狙って来てみます。

金網の向こうは、ちゃんとお金を払った人。金網のこっちは、無料で終わらそうという人。私達だけではありませんでした、念のため。

駐車場もただだった分、少々気がひけ、少しくらいはお金を落としていこうと、土産物屋に入り、だんなのお土産用のTシャツを買いました。病棟でも、いつもTシャツに半ズボン姿と、子供おじさんの様ないでたちでいるので。翌日、病棟に持っていって見せたら「もっと変わった場所のTシャツが良かったな」と贅沢言ってました。変わった場所って、どんな場所の事考えてるんでしょう。それでも、「この色持ってないから着る」んだそうです。

ストーンヘンジと言ってどうしても思い出すのは、変な宗教にはまったヒッピー風の人たちよりも、何と言っても、トーマス・ハーディーの「ダーバヴィル家のテス」(Tess of the d'Urbervilles)のラストのクライマックス・シーンですね。

退廃的で身勝手な愛人アレクを刺し殺したテス。愛するエンジェル・クレアと共に、警察の追っ手を逃れる逃走の最中が、テスにとっては、エンジェルと2人きりでいられるハネムーンの様な日々。最終的に、夜中、月が雲に隠れた暗く広いソールズベリー平原を逃げる2人。

...there being no hedge or fence of any kind. All around was open loneliness and black solitude, over which a stiff breeze blew.
あたりには、茂みも塀も何も無い。周囲にあるのは、ただ、広い荒涼と暗い孤独。その上を冷たい風が吹き渡っていた。

やがて、何か大きな物が目の前に存在するの気づき、巨大な一弦のみのハープの様な音が聞こえる。岩を手でなぞり、ストーンサークルの中に踏み込み、エンジェルは、ストーンヘンジに辿り着いたと気づく。疲れ果てたテスは、石柱で風が遮られたサークル内の、まだ太陽のぬくもりを残す巨大な岩の上に横たわる。

"Did they sacrifice to God here?" asked she.
"No," said he.
"Who to?"
"I believe to the sun. That lofty stone set away by itself is in the direction of the sun, which will presently rise behind it."
「ここで神に生贄をささげたの?」と彼女は聞いた。
「いいや、」と彼は答える。
「それじゃ、誰への生贄?」
「太陽だろう。あそこの大きな岩は太陽の方向に置かれている。そのうち、陽が、あの向こうから登るんだよ。」

2人は明け方までそこで眠るのです。夜明け、ソールズベリー平原のかなたから、ストーンヘンジを囲むようにして警官達が近づいてくる。「もう少し、眠らせてやって欲しい」と警官に頼むエンジェル。まもなく目を覚ましたテスは、

"It is as it should be," she murmured. "Angel, I am almost glad--yes, glad! This happiness could not have lasted. It was too much. I have had enough; and now I shall not live for you to despise me!"
「こうなるべきなんだわ。」彼女はつぶやいた。「エンジェル、私、嬉しいくらいよ。そう、嬉しいの!こんな幸せは続きっこないから。幸せすぎたくらい。もう十分よ。これで、私、このまま生き続けて、やがてあなたに嫌われてしまう事もない!」

ああ、せつない女心、泣かせてくれます。それにしても、こういう考え方は、日本人の感性に似たものがあるように感じます。そして、彼女は起き上がり、警官に歩み寄り、

"I am ready."
「用意できています。」

逮捕されたテスは、刑務所で絞首刑。刑務所を見下ろす丘の上から、刑が施行された印の黒旗が揚がるのを見つめ、泣き崩れるエンジェルと、テスの妹。やがて2人は手を取り合って立ち上がる。テスのエンジェルへの遺言は、自分と似ていながら、自分の悪い部分の無い妹の面倒を見て、できれば結婚して欲しい、そうすれば、死によって自分達が離れ離れになる気がしないから・・・というもの。

「テス」はナスターシャ・キンスキーで映画化もされていましたが、2008年にBBCでドラマ化されたものもあり、わりと良かったです。ラストシーンも、映画より、こちらの方がグッド。映画の方は、イギリスロケをしていないので、ストーンヘンジは張りぼてですし。このBBCものの雰囲気溢れるストーンヘンジでのラストシーンがUチューブにありましたので、興味のある方はこちらまで。もちろん、私の写真の様に、金網などは映っていませんから。

コメント

  1. こんばんは
    テスは見たい映画だったのですが,見逃しました。テス役はテレビの女優さん方がぴったりですね。エンジェルは何とと言う俳優ですか?たしかエリザベスでもキラリとひかる役だったのですが、、。ストーンヘンジはストーンサークルの代名詞として教科書にのってますよね。ずいぶん広々とした所にあるんですね。

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  2. エンジェル役は、エディ・レッドメインだそうです。エリザベスに出ていたのは、私は記憶から消えていました。同じ映画でも人により印象に残る部分違うものです。テス役は、BBCの彼女の方がイメージに近いですね。
    ソールズベリー・プレーンは、吹きさらしで、風をさえぎるものが無いので、冬などはかなり寒いようです。

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