エルガーの夕べ

先日、知人からの、「今夜、アルバート・ホールでのコンサートのチケットが一枚あまっているが、行かない?」の誘いにちゃっかりのって、実に久しぶりに、ロイヤル・アルバート・ホールに足を踏み入れました。


席は最上階だったので、ホール内のバーで買ったドリンクを手に、小さなエレベーターに詰め込まれ座席に到着。ドリンクをもって入れるところが、気さく。知人は、「こんな安くて悪い席で・・・」と少々、申し訳なさそうにしていましたが、下の方の席に座るよりも、上層の席の方が、円形の当ホール全体を見渡せて良いのです。劇場などでも、本当のファンは天井桟敷に多いというし。(上の写真は、英語のウィキペディアのサイトより拝借。)

この日のコンサート内容は、イギリス作曲家、エドワード・エルガー(Edward Elgar)の夕べ。アルバート・ホールが開かれたのは、1871年3月なので、当のエルガー自身も、ここで、指揮棒を振ったことがあるわけです。

目玉は、チェロ協奏曲(Cello Concerto in E minor, Op. 85)。クラッシックに疎い私でも、この協奏曲の第一楽章の有名なメロディーはおなじみ。ウスタシャー州で生まれ育ったエルガーは、戸外のアクティビティーが好きで、ゴルフ、サイクリング、ハイキングなどを楽しんだそうですが、イギリスのなだらかな丘を風が吹き渡る風景を髣髴させるメロディー、イギリス人の心にびびっとくるものがあるのでしょう。

うちのだんなの母親もこのチェロ協奏曲の第一楽章が好きだったそうで、彼女のお葬式にもこの曲を流していました。葬式のためにだんなが買ったCDのチェロ奏者は、この曲とは切っても切れないイメージのジャクリーヌ・デュ・プレ(Jacqueline du Pre)。

天才と呼ばれながら、マルティプル・スキローシス(多発性硬化症:通称MS)にかかり、夭折した彼女の話は、映画「Hilary and Jackie」(ヒラリーとジャッキー、邦題:ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ)にもなっていました。やはり楽器を一緒に学びながらも、音楽的には凡才であった姉ヒラリーが、ジャクリーヌに振り回される様子、姉の夫との三角関係なども、映画封切り当時、新聞などでも取り上げられていたのを覚えています。コンサートのツアーの旅先から、自分の汚れた衣類を小包で家族に送って寄こす逸話なども挿入されていました。一つの事に無我夢中で、他の事はおかまいなしの天才気質とというやつ。

ジャクリーヌ・デュ・プレが轢く、エルガー、チェロ協奏曲、第一楽章は、こちら

この日のコンサートのチェリストは、「キャッツ」や「オペラ座の怪人」の作曲者、アンドリュー・ロイド・ウェバーの弟、ジュリアン・ロイド・ウェバーでした。顔は兄ちゃんにそっくり。


コンサートの最後は、イギリス人の愛国心を掻き立てる「希望と栄光の国」(Land of Hope and Glory)。アンコールもこの曲だったので、皆、好きなのでしょう。演奏者にとっては短くて手ごろだし。観客も加わっての大合唱となりました。時は1902年、エドワード7世の戴冠式に使用され、大英帝国の繁栄をたたえる歌。エルガーの行進曲「威風堂々」(Pomp and Circumstance Marches)の第一番の一部のメロディーが使われています。歌詞は・・・

Land of Hope and Glory, Mother of the Free,
How shall we extol thee, who are born of thee?
Wider still and wider shall thy bounds be set;
God, who made thee mighty, make thee mightier yet,
God, who made thee mighty, make thee mightier yet.

希望と栄光の国、自由の母よ
汝をいかに讃えよう、如何なる者よ、汝より生まれし者は?
その領土は、広く、さらに広く
汝を偉大に創りし神よ、汝を更に偉大にしたまえ
汝を偉大に創りし神よ、汝を更に偉大にしたまえ

毎夏、8週間、BBCプロムスという一連のクラッシック・コンサートがアルバート・ホールで行われますが、「希望と栄光の国」は、その最終日(Last Night of the Proms)に、必ずと言っていいほど演奏される曲目の一つでもあります。この最終日には、他にも愛国的な「ルール・ブリタニア」なども演奏され、観客は一同、国旗を振り、声を張り上げ共に歌い。

Uチューブで見るプロムス最終日の「希望と栄光の国」と、「ルール・ブリタニア」

今や、斜陽も通り越して、どっぷり日が暮れた「多難と借金の国」なのに、帝国時代の歌をうたって盛り上がってしまうとは、宗教に類似した、音楽の陶酔パワーを感じます。この日の観客は、比較的イギリス人の中高年が多かった気がするのですが、プロムス最終日などは、外人も観客に多いと思うのです。それが皆、その時だけ、もはや存在しない栄光の帝国の支配階級の一員になった気分で、英国旗を振り、「希望と栄光の国」と「ルール・ブリタニア」を絶唱・・・これは不思議な現象です!

ルール・ブリタニアのコーラス部の歌詞も、

Rule, Britannia, Britannia, rule the waves:
Britons never never never shall be slaves.

ブリタニアよ、統治せよ、ブリタニア、統治せよ、大海原を
我ら英国の民は、決して、決して、決して、奴隷とはならぬ

(ちなみにブリタニアは、英国を象徴する女神。)

今の状態では、いずれ、資源のある国々の奴隷となってしまうことだって、ありえるのに。

・・・と、シニカルで、景気の悪い事を言い続けるのは、ここまでにして、久しぶりのコンサートは、単純に楽しかったです。終わった後は、近くにあった「ワガママ」という、日本の大衆食堂風チェーン・レストランで、日本のものとは似ても似つかぬ不味いラーメンを食べて夜食としました。

アルバート・ホールに触れた過去関連記事:若き日のヴィクトリア

コメント

  1. 今、エルガーの“Enigma”Variations,Op.36というのをかけています。iTunesに保存してあるエルガーはこれと、“威風堂々”だけでした。この映画、見ました。デュプレは良い性格ではなかったようだけど、見ているのが辛く感じられる映画でした。「ワガママ」はダブリンにもあるということで、「ワガママにでも行く?」と言われ、外国で日本料理を食べたくない私はお断りしたのでした。正解だったみたいですね。

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  2. 今の私の興味をこれ以上引きようのない記事をありがとうございます。デュップレは一番大好きなチェリストです。だから、本当に残念でした。チェロを習い始めてまだ1ヶ月。こんな音を目標にこれからの人生、練習していきたいなと思っています。プロムスの最後に唄う威風堂々の一節、アリーナの人達がピョコンピョコンと伸びたり縮んだりするのが楽しいですね。アルバートホールには私はマーク・ノップラーのソロライブで行ったことがあります。
    因みに私の出た高校では、定演の最後にフィンランディアの一節を唄いました

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  3. アネモネさん、
    Enigmaは、この日の曲目にも入っていましたが、実は、これの途中、うとうとしてしまって。私のクラッシク音楽許容量、その程度なのです。
    ワガママは、開店し始めた当時、「クールな日本風レストランが開いた」と知り合いに連れて行かれ、ただの大衆食堂だし、不味いし、英人の味覚音痴を実感。経営者は、日本人ではないようです。遅い時間でも、開いていたのでこの日は入りました。
    嘘か本当か、ロンドンは5人に1人、英国全体は9人に1人が外国生まれという話。そんな英国風愛国精神は、イデオロギーへの共感からくるところが大きいかも。根本的に、日本などの単一民族国家の愛国心とは違うものがある気がします。

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  4. 恋さん、
    私も、本当に久しぶりのアルバートホールでした。劇場の内部をきょろきょろ眺めるのも、楽しみのひとつです。
    クラッシックにさほど詳しくない私でも、この国にいると、ジャクリーヌ・デュ・プレとエルガーのチェロ協奏曲は、ハウスホールド・ネームとしてなじみあります。
    チェロほどの技術はいらないところで、私も、だんなが病気になる直前、ギターをぽちぽち始めたのですが、以来、ちょっと離れてしまってます。せっかく、覚えた部分までを忘れないように、また始めないと・・・。

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  5. こんばんは
    エレガー 愛の挨拶 は大好きです。ミーハーの私は五島龍君のバイオリンがお気に入りです。イギリスの作曲家では一番有名ですよね。それにしてもイギリス魂の神髄をみるアルバートホールのプロム こういう催しがあるのはうらやましいですね。チェロ も大好きです。ヨーヨーマ もミーハー的に聞きます。女性チェリストは気難しいでしょうね。このデュプレさんも伝説的ですから、映画見てみます。
    昨夜、娘といっしょに「ナイン」というミュージカル映画を見ました。おもしろかったです。

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  6. 愛の挨拶、五嶋龍、両方知らなかったのでUチューブで探しました。ヨーヨーマとこの龍君を好きだとミーハーなのですか。彼、金太郎さんの様な太い眉で、かわいい顔。
    「ナイン」ってフェリーニの8、1/2のミュージカル版なのですね。この映画はみてませんが、フェリーニは若い頃好きでした。特にサーカスが出てくるものは。

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  7. 残念ながら、曲名を聞いてもピンとこない私ですが、ロイヤルアルバート・ホールの中って、こんなにすごいんですね。外からしか見たことがなかったので、うっとり・・・でも、ドリンクを持ち込んでいいなんて、ちょっとびっくり^^
    わがままラーメン、コベントガーデンのとこで昨年食べて「こりゃ何じゃ?」という驚きというか、まずくて高くて、びっくり。さすが今年は素通りしました。ピカデリーサーカスの近くにもあったので、もしかしてチェーン店?
    いいな~~ロンドン行きたいな~~

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  8. 当日券なども、出し物にもよるでしょうが、比較的簡単に入手できると思うので、次回、近くに滞在したら行かれてみては。ドリンクは、バーで、会場内に持ち込みたいと言ったら、グラスでなく、プラスチックのコップに入れて出してくれました。
    ワガママ・・・チェーン店で、最近いたるところで見ますね。一度、いつも入れる具がないから、トーフでいいかと聞かれ、味噌ラーメンに、木綿トーフがのって出てきたときには、ぶっ飛びました。

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