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キャロル・オブ・ザ・ベルズ

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今年もまた、クリスマスは、ラジオから流れるキャロルを楽しみました。 好きなキャロルのひとつ、キャロル・オブ・ザ・ベルズ(鐘たちのキャロル)を紹介しておきます。つららや、雪の結晶を思い起こさせるような、きらきら光るイメージのあるメロディーが、とても綺麗なキャロルです。実際のところ、今年のクリスマスは10度を越し、つららとは程遠いものでしたが。 オリジナルのメロディーは、1916年に書かれた、ウクライナの民謡という事で、ウクライナでは、新年の祝いに歌われたものであったということ。後、1936年に、アメリカ人作曲家によって、英語の歌詞が付けられ、クリスマス・キャロルとして再デビュー。 このキャロルは、映画「ホーム・アローン」でも使われていました。クリスマスに、パリへ旅行へ出かける大家族。一家そろって朝寝坊して、あわてて空港へと向かう混沌の中、両親に忘れられ、家に置いてけぼりとなった少年ケビンの話でしたが、ケビンが教会へ入り、近所に住む怖いと思っていた老人と話をするシーンで、教会内のキャロルシンガー達が背景で、この歌を歌っていました。 ユーチューブで、ロンドンの少年合唱団、リベラ(Libera)の歌うキャロル・オブ・ザ・ベルズがありましたので、 こちら まで。ラジオで何度か聞いたものは、全てこのリベラのヴァージョンでした。 歌詞と、ざっと訳したものを載せておきます。 Hark how the bells, sweet silver bells, all seem to say, throw cares away Christmas is here, bringing good cheer, to young and old, meek and the bold. Ding dong ding dong that is their song with joyful ring all caroling. One seems to hear words of good cheer from everywhere filling the air. Oh how they pound, raising the sound, o'er hill and dale, ...

セント・ポールのドームを見上げ

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帰宅の途中、クリストファー・レン設計のセント・ポール大聖堂のドームが夜空に浮き上がっている様子を見ると、いつも、気分が明るくなるのです。上を向いて歩こうよ、とばかりに、多少気がめいっていても、ドームを眺めながら、なんとなく顔にスマイルが戻ってくる。 20年以上も前に、イギリスに行きたいと思い、やって来て、気がつくと、そのまま住処となってしまい、幾度見たかもわからない光景ではあるのですが、いまだ、これを見るたびに、「ああ、この国に来て良かった、住めて良かった。」と思うのです。 第2次大戦の戦火(ブリッツ)も生き延びた寺院。300年以上経った今もどんと構え、また、同じ年月が経った後も、ここに立っているのでしょうか。そう思うと、安心する・・・そんな感じです。クリスマスツリーを背景に、また一段とムードがあります。 さて、2ヶ月以上前から、セント・ポールのそばに陣取っている「プロテスター」たちのテントはまだあり、現在も、たてこもっています。かなり暖かい冬なので、もうしばらくねばるかもしれません。聖堂の正面わきには、プロテスター用に仮設トイレまで立ち並んでいる始末。 それにしても、一体、何にプロテストしたいのか良くわからない人たちです。「バンカー」が世界の経済危機を引き起こしたなどと言って、それなら、金融機関のオフィスの前ででもテントを張ればいいのに。また、この「バンカー」の定義も本人達、おそらく、曖昧でわかっていないのではないでしょうか。資本主義社会に反対・・・はいいが、「あんたが身につけているそのピアスやらネックレスやら、資本主義ならではじゃないの?そんなに資本主義が嫌なら、北朝鮮へでも移民したら?」と思うのです。私も、度の過ぎた消費者社会や使い捨て文化には反対ですが、見た目からは、この人たち、消費するのは、嫌いでないな、という印象受けます。 大体、働き盛りの様な年で、比較的良い身なりをし、数ヶ月、何もせずにうだうだしていられる、というのは、比較的裕福なバックグラウンドだったり、親が金持ちだったり、国から補助金を受けていたりするケースが多いのではないのでしょうか。この人たちの処置のために、かなり公費もかかっているはず。お騒がせの、ただの暇人という感があります。何か、社会を良くする事をしたいのなら、特にクリスマス時期には、ホームレス等のため...

ヘンリー2世のお家騒動

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うちのだんなが、間もなく予定されている骨髄移植にむけての事前治療のため、入院してから1週間が過ぎました。見舞いへ行く前後には、気晴らしになるよう、余裕があれば、何か楽しい事をするようにしています。欝になると嫌ですので。 ・・・という事で、友人が舞台劇「The Lion in Winter」(冬のライオン)が、ロンドンのヘイマーケット・シアターでかかっているのを見に行くと聞いて、便乗してきました。この「冬のライオン」は1968年の、ピーター・オトゥールとキャサリン・ヘップバーンの映画の方が有名ですが、もともとは舞台劇です。作者が、米人ジェームズ・ゴールドマンなので、ブロードウェイではかけられた事があるけれども、ロンドンの舞台にかかるのは、これが初めてだとか。主演は、ロバート・リンジーとジョアナ・ラムリーでした。イギリスでは、テレビでもお馴染みの2人ですが、日本では、さほど知られていないかもしれません。 1183年、ヘンリー2世が、クリスマスに、フランスのシノン城(上の写真)へ、自分の家族メンバーと若きフランス王フィリップを招いて起こる騒動、という設定で、季節柄はぴったりの興行ではあります。今の世でも、クリスマスに家族全員集合したはいいが、口論の末、不穏な空気で終わる、というケースは多々ありますが、これは、12世紀版、クリスマスに集まった家族の相続をめぐっての大喧嘩。一応、歴史劇の形はとるものの、半分コメディー調で、くすっとさせられるセリフが沢山入っています。 この作品のあらすじは、以前書いた映画記事 「冬のライオン」 をご参照下さい。 征服王ウィリアムから始まるノルマン朝3代目の王、ヘンリー1世(上記家系図参照)は、男児の世継ぎ無く、娘のマチルダに後を継がせる事を希望しますが、王亡き後、幾人かの貴族達は、女性の後継者を嫌がり、マチルダのいとこにあたるスティーブンを王として担ぎ上げ、イングランドは、この2人と双方の支持者の間で、一時内戦状態と化します。 マチルダの夫は、フランスはアンジューのジェフリー。この2人の間に生まれるのが、カリスマ王、ヘンリー2世です。ヘンリー2世は、イギリス、プランタジネット朝初代の王。プランタジネットとは、ヘンリーの父のジェフリーが、黄色い花を紋章に使っていた(黄色い花をヘルメットに挿していたという話も聞いた事がありま...

ディップ・マニア

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ここで言うディップは、ジョニー・ディップではありません。食べるディップ(dip)です。 ギリシャやトルコ、レバノン、更にはエジプトなどでも食されるディップ類、フムス、タラモサラタ、ザジキなどが大好きです。簡単なランチやスナックには、これらのディップを並べて、短冊に切ったニンジン、セロリの野菜や、トーストですくって食べて、大満足できるのです。 スーパーでも、既にで作られたものがパックに入って売られており、最近まで、こうしたスーパー商品を買っていたのですが、ある日、たらこで作るタラモサラタの味が、以前より薄くなったな、と材料の詳細ラベルをじっくり読むと、たらこの含有量はなんと7~8%くらい・・・思わず目を疑いました。これはショックです。その他、水分やら化学調味料でごまかしているのです。油も、きっと安い植物オイルでごまかし、オリーブオイルなど使っていないのではないでしょうか。タラモサラタは、うっすらピンク色ですが、この色も、たらこ本来の色ではなく、野菜のビートルート(beetroot、テーブルビート、赤カブ)で色付けしているようです。ヒヨコマメで作るフムスの、ヒヨコマメの含有量は、50%とくらいと、ずっとましですが、マメは、たらこより、原価が安いので、スーパーも、そこまでごまかす必要はないのでしょう。 いずれにしても、ディップの作り方レシピを調べると、全部比較的簡単。何も、スーパー物に頼る事もないかと、ここのところは、全て、自分で作ることにしています。 *フムス(hummus)の作り方* (材料4、5人分) 缶入りヒヨコマメ200グラム オリーブオイル テーブルスプーン2杯 レモン汁 テーブルスプーン2杯 タヒニ(ペースト状の練り白ゴマ) テーブルスプーン2杯 ヨーグルト(グリーク・ヨーグルト)テーブルスプーン2杯 パプリカ テーブルスプーン1杯 ガーリック 粗く切ったものを1片 塩 1・全てをボールに入れる。 2.電動ハンドブレンダーで、クリーミーになるまで、場合によって、オリーブオイル、ヨーグルト、レモン汁等の量を増やして混ぜる。味をみながら、塩を加える。 *タラモサラタ(taramosalata)の作り方* このタラモサラタ、写真だけ見ると、「なんだ、フムスとほぼ変わりないじゃん」と思われてしまうかも。色をもう少し、...

職場のクリスマス・パーティー

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本日、この辺りでは初めて雪がちらついていました。地面に落ちると共に消えてしまうような雪でしたが、国内で、場所によっては、積もっているところもあるようです。 上の写真は、ロンドン、シティー内の、オフィスに囲まれたブロードゲイト・アイス・リンク。予約なしで、ふらっと現れて滑れる、屋外アイススケート・リンクです。狭いですけど、一度、ここで、スピードスケート選手まがいのピチピチのユニフォームを着て、何度も何度も、かなりのスピードで、ぐるぐる回っている人がいて、こちらの目が回りそうになりましたが、大体の場合、こういった、普通にその辺の通りを歩いていそうな感じの人たちが滑っています。 さて、本日は、クリスマス1週前の金曜日とあって、あちこちで幾つもの、職場のクリスマスパーティーが開かれる日です。人呼んで、マッド・フライデー。大体、金曜日、土曜日の夜は、大都市では、アルコール関係の病人や怪我人で、各病院の緊急治療課は、てんてこまいとなるのが常ですが、本日は、それに拍車がかかる模様。羽目をはずして、がば飲みし、気分が悪くなったり、怪我をしたりする人物が続出する日で、この日、救急車が呼び出される数は、例年跳ね上がるという話です。天候の悪い地域では、滑って転ぶ人物も増えるとみられ、大都市のあちこちでは、緊急手当場なども設置、巡回するお巡りさんの数も増やして、対処ということ。 怪我人のみならず、あまりにへべれけになり、醜態をさらしてしまい、翌週、オフィスに通勤するのが気恥ずかしい・・・などという人も多々出ることでしょう。いや、気恥ずかしい、くらいならまだ可愛いものですが、中には、あまりに度を越した行動に出て、会社から、懲戒処分や、解雇となるケースもあるそうですので、日本でもイギリスでも、やはり悪酔いは要注意なのです。

オスカー・ワイルドのサロメ

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先日、ラジオで、アル・パチーノがオスカー・ワイルド著の戯曲「サロメ」について語っている番組を聴きました。彼が監督も手がけた最新の映画「Wilde Salome」は、この戯曲とワイルドに関するドキュメンタリーだという事で、彼は、ロンドンの舞台で、イギリスの役者、スティーブン・バーコフがヘロド役をやったサロメを見て以来、この作品に、非常に惹かれているのだそうです。かなり前の話ではありますが、私も、このスティーブン・バーコフのサロメは、ロンドンで見たのです。あの時、アル・バチーノが同じ劇場内で見ていたりして。ひょひょひょ!パチーノは学生時代大ファンでしたし、サロメも好きな戯曲ですので、このドキュメンタリー映画は、ぜひ見たいところです。 サロメの筋をざっと書くと・・・ユダヤの王のヘロドは、妃の連れ子である、美しいサロメを気に入っている。サロメは、サロメで、捕らわれの身の預言者ヨカナーン(洗礼者ジョン/洗礼者ヨハネ)に魅せられ、何とか彼の気を引こうとし、接吻を要求するものの、ヨカナーンは、彼女を冷たく拒絶。ヘロドに、自分のために踊りを踊れば、何でも好きな物をやるといわれ、承諾したサロメは、踊り終えた後、褒美に、ヨカナーンの首を請求する。ヘロドが何とか説得して、褒美を他の物に変えさせようとするのだが、サロメは一切ひかず。やがて、銀の皿に盛られて、サロメの元へ運ばれてきたヨカナーンの首。その唇に、サロメが接吻するのを見、ヘロドは、彼女を処刑する。 セリフは詩的で美しいのです。特に、恋に憑かれて言い寄るサロメと、それを振り払うヨカナーンのやりとりはいいです。この戯曲を英語で読むのは、 こちら まで。 この作品は、ワイルドがパリに滞在中に、フランス語で書いたものだそうで、英語版は、後、彼の恋人アルフレッド・ダグラス(愛称ボージー)により翻訳されています。洗礼者ジョンが登場する宗教的題材を使用し、また、内容的にいかがわしいとされ、イギリスでは上演禁止となり、彼の在命中にイギリスで舞台化されたことはなかったそうですが、同性愛者であった彼が、イギリスで、わいせつ罪で逮捕され投獄中に、オリジナルのフランス語版が、パリで上演されたとの事。また、投獄中に、フランスの文筆家の友人達から激励の手紙などを受け、ワイルドの、フランス文化と文化人に対する尊敬と感謝の念は高まったようです。 サロメは...

ウィロー・パターン

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イギリスの陶器の歴史に関するテレビ番組を見ている時、「これは、どこの家庭にでもありそうなウィロー・パターンの陶器・・・」と、上の写真の陶器の柄が画面に映りました。ある、ある、うちにもひとつあるのです。うちのはデザート用のボールで、一体いつ、どうやって入手したかも覚えていない。今の家の前の持ち主がおいていったものだったかもしれません。ロンドンで下宿していたころも、キッチンに備え付けでおいてあった食器がこの柄だった気がします。 ウィロー・パターン(Willow Pattern 柳柄)または、ブルー・ウィロー(青柳)と呼ばれるこの柄は、1780年に、イギリス陶器の老舗、ミントンの創始者、トマス・ミントンによって考案されたデザインで、色は青と白のみを使った、中国風デザイン。この柄には、お話がついているのですが、これは、中国の本物の伝説ではなく、この柄の陶器のセールス促進のために、デザインに組み込まれている要素を用いて作られた、イギリス製、偽伝説。 ウィロー・パターン伝説をざっと書くと・・・ 昔々、ある中国の官僚に、美しい娘がおりました。官僚に使える秘書は、この娘に恋していたのですが、官僚は、秘書ごときに、大切な娘はやれぬと、彼を解雇し、2人が会えない様に、家の回りに塀を立てます。彼は、娘を有力な貴族と結婚させる事とし、この貴族は、結婚のため、贈り物の宝を積んで、船に乗ってやってくるのです。ところが、宴の後、変装をした秘書が、館に乗り込み、娘を連れて逃げます。館の者たちは橋を渡って逃げる2人を追いかけますが、何とか逃げ切ります。その後、小さな島の館で幸せに暮らしていた2人は、やがて、官僚に発見され、殺されてしまいます。それを見ていた神は、恋人達を2羽の鳩に変え、2羽は、永遠に仲良く空を飛び続けるのです。 伝説としては、いかにも、ありそうで、まことしやかではあります。 いずれにしても、効をなして、人気となったウィロー・パターンは、次々と他の陶磁器のメーカーにも使用され、多少のディテールは違うものの、デザインは独り立ちし、200年以上経った現在も、使われ続けているわけです。めでたし、めでたし。 普段は注意も払わないような、ありきたりな身の回りのものにも、色々面白い歴史が潜んでいるものです。