スケープゴート

The Scapegoat by William Holman Hunt, Lady Lever Art Gallery
前回の記事で話題にした絵画、「The Light of the World(世の光)」に続き、本日は、また、イギリス、ヴィクトリア朝のラファエル前派の画家、ウィリアム・ホルマン・ハント(William Holman Hunt)による別の絵の事を書くことにします。

この絵の題名は、「The Scapegoat(贖罪の山羊)」(1854-1856年)。荒れて何も育たないような地を背景にさまよう山羊・・・、説明がなければ、なんだかよくわからん絵ですが、これは、人物を一切描かず、山羊だけ、という風変わりな宗教画なのです。

スケープゴートは、日本語にしようとすると、直訳は「贖罪の山羊」ですが、そこから派生した意味で、「身代わり」「犠牲」「生贄」などと訳されますが、ピンとくる日本語の適訳が思いつかない言葉です。ちょっと長く、くどくどとなりますが、「責任を押し付けられ犠牲となる人」。イギリスでは、比較的、良く使われる言葉です。ある団体などが、不祥事を起こし、社会から責任を問われた時、「あいつが悪い。」と、一人の人物を指さし、不祥事の全責任をその人物一人に背負わせて、その人物を解雇するなど、処分する事により、団体としては罪の清算をしたとして、それで事を済ませる・・・というような話はよくありますが、こういった場合に、全責任をおわされてしまう人が、スケープゴートなどと描写されます。スケープゴートの語源は、旧約聖書にあり、これをホルマン・ハントが描いたわけです。

旧聖書のレビ記(Leviticus 16-21)によると、贖罪の日(Day of Atonement)に、身代わりとして選ばれた山羊の頭に手を据え、イスラエルの民の罪をすべて転嫁し、その山羊を荒野へと追い払うという儀式が行われたのだそうです。Scapegoat(スケープゴート)という英単語を作り上げたのは、聖書の英語への翻訳を行ったウィリアム・ティンダル

ウィリアム・ホルマン・ハントは、この絵の背景を忠実に描くためにと、自ら死海のほとりへと出かけ、明け方の空の効果をとらえるために、何日も現場でがんばり、しっかり本物の山羊も連れていき、気の毒に、その山羊は死んでしまったとか。代わりに入手した山羊は、今度は、死なせてはまずいと、死海までは連れて行かずに、エルサレムで滞在した宿の中庭で、持ってきた死海の塩やら土の上に立たせて描いたのだそうです。この、人々の罪を背負って、荒野に追われ、死にゆく山羊を描くことで、後に現れるキリストの姿と運命をかもし出すという意図。山羊の角に巻きついている赤い毛糸は、この贖罪が受け入れられると、色が白に変わると信じられていたため。

自分たちの罪を認め、恥じて、もっと良い人間になろうと努力するならわかりますが、それを動物に押し付けて、荒野に追い払うというのも、可哀そうな話です。もっとも、この絵画のために死海に連れていかれてしまった山羊も可哀そうですが。当然、スケープゴートという言葉自体も、良い意味で使われる事はないですね。自分が罪を逃れるために、他者を前に押し出す、というニュアンスなので。スケープゴートにされてしまわないよう、更には、ドジった時に、自分を棚に上げ、スケープゴートを必死で探さないように気を付けましょう。

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