レディングの印象

「ここはどこ、私は誰?」と思わずつぶやいてしまったこの景色。

先日、バークシャー州レディング(Reading)に住む知り合いの家へ遊びに行きました。駅まで迎えに来てもらい、更に、到着した時間が遅かったため、周辺に何があるかはほとんどわからず、夕食後かなりおそくまで居間でだべったあと、客室のブラインドも開けずに、床についたのですが、翌朝初めてブラインドを開けて、目に入った光景・・・このイスラム教のモスクに少々たじろぎました。

レディングは、色々な民族が交じり合って住んでいる町として知られていて、イスラム系、インド系、はもとより、ポーランド人なども多い場所です。英語のウィキペディアによると150もの違う言語が喋られている町、と記載されています。多民族が交わる場所とは、行く前からわかっていたのですが、何も考えずにいきなりブラインドを開けて、モスクが見えたときには、寝ている間に、飛んでイスタンブールしてしまったのかと、一瞬思いました。

レディングは、比較的民族異文化間のいさかいもなく、協和して住んでいるようで、このモスク建設にも、資金繰りに困っている時に、インドのシク教徒の団体がお金を少し寄付したという話を知り合いがしていました。西洋のあちこちの国々で、ひとつの社会の中に、多民族、多宗教を抱えたマルティカルチャリズムは、失敗した・・・という意見は昨今多いところですが、一応、押し合いへし合いしながらも、仲良く暮らしている場所もあるのです。ロンドンやニューヨークなどもそうで、だからこそ面白い、という面もあるのですが。

それでも・・・メルティングポットの一大都市ならともかく、イギリスの郊外の町や村に住んでいるからには、私は、やっぱり、朝窓を開けたら、モスクよりどちらかというと教会を見たいなと思うのです。特にキリスト教徒でもないのですけれど。結婚式のある日や、鐘の練習日である水曜日の夜に、近くの教会から鐘の音が聞こえてくると、牧歌的で、心安らぐものあります。そういう意味で、私は、レディングには、住めないですね。日本で除夜の鐘が、他の異文化習慣に取って代わられて、別の音が聞こえてきたら、「え、ちょっと違うんじゃないの?」となるのと同じ心境ではないでしょうか。

文化とアイデアの交流によって、人間は進歩を遂げてきたわけでしょうが、その反面、外から入ってきたものが、もともとその土地にあった文化を無視し、やがては破壊し、自分たちの文化を中心のものとして打ち立ててしまうという事も過去何度も繰り返されてきたわけです。最終的には、この、異文化が、国の栄養となって国を豊かにする代わりに、徐々に母国の古い文化を飲み込んで、まったく別のものに変えてしまうかもしれないという恐怖が、イギリスの国民投票の結果、ブレグジットする事となった一因でしょう。ただし、ヨーロッパ外からの移民の数の調整は、政府がその気になってやっていれば、ブレグジットなど経済的打撃になることをせずとも、できたはずなのでしょうし、新しく移住してくる人たちは、イギリスという国の持つ価値を尊重するようになどと、今になってから言い始めている政治家もいますが、ずっと以前からそういった方策を取ることもできたはず。

そうかと思うと、また地元民しかいない人里離れた村などに行き、ドアを開けてパブに入ると、「よそ者が来た」と、ぴたっと話し声がとまってしまい、じろじろ見られてしまうような場所も、ある意味では、映画「ウィッカーマン」のような、ちょっと薄気味悪く、居心地が悪いものもあります。自転車が発明されて、隔離されていた場所に住んでいた人間が、離れた場所に住む人間と、交流結婚するようになってから、人間は、前より健康になったという話を聞いたことがあります。吸血鬼ではないですが、新しい血と遺伝子の幅が広がる事により、子孫が健康になるというやつ。わりと最近、イングランド南部ハンプシャー州向かいにある離れ島、ワイト島の子供たちの学校の成績が、イングランドの平均よりずっと落ちるひどいものである、というニュースが流れ、ある政治家が、「ワイト島内はインブリード(近親交配)が多いからそういう事になるんだ」という失言を出して、批判を受けていましたっけ。もっとも、新しく入ってきた人間たちが、その土地の人間と交わらず、内部だけで結婚したりしていたら、それはそれで同じことなんですけれどね。新しく入ってきた民族が、それぞれの宗教、文化を打ち立て孤立し、それのみを大切にし、隔離し、さらに、そういったグループが、ぼこぼこと増えていくと、ユナイテッド・キングダムどころかバラバラ・キングダムとなってしまう。それでなくても、この国内には、以前からの、消滅したようでいながら、まだくすぶっている階級が人を区別しているという面もあるのに。ハーモニーを持った文化交流民族交流というのは難しいものです。お互いがオープンで、両手を広げてお互いの文化を取り入れる必要がある。世界中、異民族の交わるところで戦争が絶えないわけで。

ただレディングの印象を書くだけのつもりでいたのに、異文化と遺伝子の話に飛んでしまいました。そこで、話をもとへ戻し・・・知りあいは、毎日、テムズ川沿いに犬の散歩に出かけるというので、その日の午後、お供して、ついて行ったのですが、テムズ川に出るまでの長い道のりが、ゴミだらけの、汚い、心が荒むような道路沿いで、車もぶーぶー。過去、散歩した道の中で、記憶に残る限り最悪のものでした。もっとも、これは異文化が原因というより、町はずれの、混んだ道路沿いだったのが原因ですが。彼女は、毎日、良くがんばって、この道を、犬を散歩に連れ出してるなと感心したくらい。文句ばかり言ってレディングには気の毒ですが。実際、ロンドンのパディントン駅から早い電車で30分で到着し、電車の本数も多いため、便利なベッドタウンとして、レディングの家の値段は、私の住んでいる辺りより高いのですよ。

テムズ川の散歩道までたどり着くと、そこは、通ってきた心荒む道路からは、別世界でした。特に対岸は、立派なお屋敷が立ち並び。更に川沿いに西に進み、レディングから離れるにつれ、ずっと雰囲気はポッシュになっていくのです。

途中で、反対方向から歩いてきたおじさんが、私たちが連れていた犬の頭をぽんぽん撫でた後、うちのだんなに向かって「あっちの対岸の家は、ほんと立派だよな。僕たちとまるで違う。」彼が行ってしまった後、だんなは、ぽつりと、「彼は、僕を、ああいった家に住んでいるわけがない、貧乏人だと決めつけて話していたな・・・着ているもののせいかな・・・ふーむ。」

行ったことがない場所というのは、どんな所でも、「なるほど、こういう場所もあるのか」と、それなりに面白いものではあり、特にレディングなどは、モザイクの様なイギリスという国のあまり馴染みでない一面なども見れるのですが、うちの駅に着いて、我が家に帰る途中、小川のほとりの散歩道を歩き、照明に照らし出されて夜の中に浮き上がるセント・ニコラス教会の塔が目に入った時は、何となくほっとし、今まで、大したことないと思っていたわが町が、妙に美しく思えたのでした。

コメント

  1. 除夜の鐘をうるさい、騒音と思う日本人の出て来ました。むずかしいですね。

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    1. 除夜の鐘は、あくまで、ひょいと頭に浮かんだ例えですが、その国特有と考えられる物の多くが、音が出る出ないに関わらず、異文化異宗教のものにすり替わったら、危機感を感じる人はかなり出てくると思います。原住の国民自体が特定の習慣文化が嫌で、自己消滅してしまうというのなら、それはそれで、別の話となりますが。

      鐘の音に関しては、こちらでも、何百年もある教会のそばに家を買っておきながら、鐘の音がうるさいと後から文句を言う人の話は時々聞きます。

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