モグラのスウィートホーム

クリスマスが近づいてきています。当ブログの過去の記事で何回も言及している、児童文学「たのしい川べ」(Wind in the Willows)の中で、私の大好きなエピソードのひとつは、第5章「Dulce Domum」。「Dulce Domum」はラテン語。英語に訳すと「Sweet Home」。時期的にも、クリスマスの直前の話なので、この頃に思い出す事が多いエピソードです。

この章の話の筋は、

モグラは、春の気配に誘われて、外に飛び出し、川辺にて、川ネズミとめぐり合って以来、川ネズミの家に移り住み、そこで光溢れる外界での生活を楽しんでいたのです。そのまま、季節が移り、すっかり、自分の昔の地下の住処のことなどを忘れていたのですが・・・クリスマス迫るある寒い夕刻、川ネズミとモグラが、川ネズミ宅に戻るため早足で歩いていたところ、モグラの鼻に、いきなりなつかしい自分の住処の臭いが感じ取られるのです。電撃に打たれたように、いきなり過去の家での思い出が戻ってきたモグラは、家が近くにあると感じ、先を歩くネズミに呼びかけるのですが、急ぐネズミは、振り向かず、すたすた行ってしまう。仕方なく、ネズミの後を追い、しばらく歩いた後、モグラの様子がおかしいのに気付く川ネズミは、ちょっと休憩を取るのです。そこで、モグラは、こらえていた涙がどーっと出てくる。このくだりを初めて読んだとき、モグラに同情して、もらい泣きしました。

"I know it's a—shabby, dingy little place," he sobbed forth at last brokenly: "not like—your cosy quarters—or Toad's beautiful hall—or Badger's great house—but it was my own little home—and I was fond of it—and I went away and forgot all about it—and then I smelt it suddenly—on the road, when I called and you wouldn't listen, Rat—and everything came back to me with a rush—and I wanted it!—O dear, O dear!—and when you wouldn't turn back, Ratty—and I had to leave it, though I was smelling it all the time—I thought my heart would break.—We might have just gone and had one look at it, Ratty—only one look—it was close by—but you wouldn't turn back, Ratty, you wouldn't turn back! O dear, O dear!"

「そりゃ、おんぼろの小さい家だって、わかってるけど、」モグラは、ついに、泣きじゃくりながらも、途切れ途切れに、喋り始めました。「居心地の良い君の家や、ヒキガエルの豪華な屋敷や、アナグマの大きな家と比べたら、話にならないような家だけど・・・でも、どんなに小さくても、僕のものだったんだ・・・それで、僕はあの家が好きだったんだ・・・なのに、あそこを離れてから、ずっとすっかり家の事は忘れていたんだ・・・それで、さっき、突然、道の途中で、家の臭いがして。ネズミ君、君を呼んだのに、聞いてくれなかった。それで、いきなり、色々な思い出が僕の胸に戻ってきたんだ。帰ってみたかったのに。君は、振り向いてくれなかった・・・だから、その場を離れなきゃならなくて。家の臭いはずっと感じていたのに。心が壊れそうだったのに。ねえ、ネズミ君、ただ、ちょっと立ち寄って、一目見るだけで良かったのに。一目見るだけで。すぐ、そばだったのに。でも、君は戻ってきてくれなかった!あー、あーーー!」

お兄さん肌のネズミは、これにすっかり後悔して、「もういいよ。」というモグラを後に従えて、道を引き返し、モグラの昔の家を探し当てるのです。埃がたまって、食べ物もほとんどない室内を見て、意気消沈したモグラを励まして、ネズミは、暖炉に火を起こし、貯蔵庫からいくつかの食べ物をかき集め、「なんて可愛い、便利な家だ」と褒めちぎるのです。励まされ、元気を取り戻したモグラは、室内の物を「これは、お金を貯めて買った。あれは、おばさんからもらった。」と語り始める。

そして、ドアの外で沢山の小さな足音が聞こえて、野ネズミたちがクリスマス・キャロルを歌いに来たとわかると、2匹はドアを開き、キャロルを楽しむのです。モグラによると、この時期に、キャロルを歌いにやって来る野ネズミたちは、いつも、モグラの住むモグラ小路(モール・エンド)を最終地点としているので、モグラは、ネズミたちを中に招待し、食べ物飲み物をご馳走してあげるのが習慣となっていたと。歌のあと、川ネズミは、一匹の野ネズミにお金を渡し、近くの店に買い物に出し、みんなで火の前で食べて飲んで、その晩が終わります。

モグラは、その晩、床の中で、新しく始めた川ネズミとの外の世界での生活を、もう捨てる事はできないけれど、こうして、いつも自分を両手を広げて迎えてくれる、自分のホームと呼べる場所を持っている事が、心の支えになると感じるのです。

モグラ宅の描写の中で、一番面白いのは、前庭の様子で、前庭を囲むように、いくつかの彫像が立っているのですが、そのひとつは、ヴィクトリア女王、そして、ガリバルディと数人のイタリア建国の英雄達の像・・・と描かれていました。不思議な組み合わせです。物語が書かれたのはヴィクトリア女王の息子、エドワード7世の時で、イタリア統一も、書かれた時より前の時代の事件のはずですが、まだ、人々の記憶に新しいものがあったのか、話題性が高かったのか。

キャロルシンガーの野ネズミたちに、川ネズミが作ってあげる飲み物は、エール(伝統的には、ホップを使用しないビールのこと)に、スパイスを入れ、暖めた、モルドエール(mulled ale)。最近では、ホットワイン(モルドワイン mulled wine)の方が、一般的に飲まれている感じで、モルドエールは、さほど聞きませんが、ワインより、エールの方がイギリスの伝統的な飲み物であるため、モルドエールもかなり古い時代から飲まれていたのでしょう。試したことはないですが、どんな味ですかね。この時期、「モルドxx、ホットxx」は、何でもありかもしれません。

作者のケネス・グレアムは、室内に鳥かごのある風景に家庭を感じる人だったのでしょうか。以前の「トースト」の記事に引用した、この本からの別の一節にも、トーストの香りに誘われて思い出すもののひとつに、「カナリア」を挙げていたかと思うと、この章でも、家庭というものの描写に、鳥かごが登場。ネズミとモグラが、闇の中通り過ぎる小さな町の家々の中でも、明かりのついた窓際に、眠たげな鳥の入った鳥かごが置かれている家に、暖かく安全な「ホーム」の象徴を見るのです。

私が、この「たのしい川辺」が今でも大好きなのは、イギリスの動物達と、彼らの周りの自然、そして、時に恐ろしい外の世界や、悪天候から逃れて、動物達がそれぞれ自分のスウィートホームで、火にあたりながらくつろぐ様子が、とても魅力的に描かれているからです。小さくても大きくても、ぼろでも、金ぴかでも、いつでも自分を待っていてくれる家があるのは、そして、其々のスウィートホームで、のんびりとクリスマスを迎えられるのは幸せな事です。メリークリスマス!

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