トイレをたずねて三千里

イギリスのトイレ協会によると、イギリスで一番最初に公衆便所が設置されたのは、1852年の2月。ロンドンはシティーのフリートストリートであったということです。この公衆便所の到来は、新聞にも報道され、シティー内でもビラが配られ宣伝されたということ。初期の頃の女性用の公衆トイレは、ドアに1ペニーのコインを挿入して鍵をかける方式のものが多くあったため、今でも、「トイレに行く」と言うのに、時に「スペンド・ア・ペニー」(spend a penny、1ペニーを使う)という婉曲表現を用いる事があります。私も、わりと使う表現です。私が、初めてイギリスに来た時は、ドアの錠のところに、10ペンスを挿入するタイプのものがありましたが、今では、ほとんどこの形式のトイレは見かけません。

いつだか、イギリスの消費者社会がいかにして始まったか、という内容の本を読んでいる時、デパートにトイレが設置されるようになってから、女性が、お出かけ、お買い物に町中に繰り出す頻度がぐっと増えた、と書かれていたのを覚えています。それはそうですよね。

私も、ロンドンのよく足を運ぶ区域では、大体、どこにトイレがあるか、というトイレマップが頭の中に納まっていて、行きたくなった時は、「ここからだと、あそこのトイレが無料だし、一番近い・・・」という情報を引き出すことが出来ます。また、位置を覚えておく以外に、夜は閉まるトイレが多いため、何時から何時まで開いているか・・・というのを把握しておくのも必要。以前、土曜日の朝に、いつもだったら開いているトイレに行こうとし、着いたら閉まっていた・・・やられたっ!そのトイレは、週末は10時にならないと開かないと、その時気づき、大慌てで、別の場所の有料トイレまで駆けて行ったのでした。街中のトイレなどが夜間閉まるというのは、夜、良からぬ連中の巣窟になってしまったり、こもって麻薬などをやる者が出てきたり、施設の破壊行に走る輩もいるからでしょう。

トイレの場所を熟知している事は、とても大切な町歩きサバイバル能力だと思います。ロンドンに比べ、トイレ地図が私の脳に納まっていない外国の町では、これが結構、問題となりますから。以前、母が遊びに来たとき、パリに連れて行ったのですが、ルーブルを出て20分くらい経ってから、「おトイレ!」などと言うのです。パリのおトイレマップは私の脳にはインプットされていないので、あわてて、再び、トイレだけを目的にルーブルへ舞い戻った次第。年取るにつれ、近くなりますからね、お年寄りを連れて歩いている時の観光は、観光地のガイドブックのほかに、最寄のトイレ地図も必要かと思います。

さて、そんな大切な公衆便所の数が減っているというニュースが流れています。これは、政府が地方自治体に与える金額が削減となり、地方自治体は、街中にある公衆便所の維持費が払えなくなってきており、次々と閉めていってしまっているというのです。今の政府が気に食わないのは(別の政府でも同じかもしれませんが)、国民に不人気になりそうな事は、自分たちは直接的に関わらず、間接的に他の機関にやらせる傾向が非常に強い事がひとつです。この場合にしても、自治体への予算だけ減らして、地方自治体がやっていけずに、トイレや、小さめの図書館などの閉鎖に走り、国民からの非難が出始めると、政府は「おいらのせいじゃないよ、自治体の責任だ。」となる。まあ、自治体も自治体で、トップの給料が異常に高いため、納税者の不信感を買う、というのもありますが。

町に公衆便所がなくなってしまっている事は、無料で駐車を出来る場所が街中に少なくなっていっている事と共に、町のハイストリート(目抜き通り)へ足を運ぶ人の数の減少に繋がっていっているようで、ますます、巨大ショッピングセンターに客を取られていってしまい、町のハイストリートの死滅に拍車がかかっているなどとも言います。公衆便所の減少は、その他にも、外で働く、掃除人や、道路修理人などが、困ることになるし、観光客の多い町などは特に、トイレが維持できない状態になったら、かなり大変な思いをする人も増えることでしょう。

華やかなりし頃のベルサイユ宮殿は、皆、その辺で、平気で、うんこ、おしっこをしていたそうで、とても臭い場所だったなどといいます。当時のすそ広がりのドレスは、何食わぬ顔をして用を足すには、わりと便利だったでしょうし。子供の頃、「ベルばら」のオスカル様はドレスを着ていないから、おトイレ行きたくなったらどうしているのだろう、などとくだらない事を真剣に考えたりしていました。そのうち、裕福なロンドンはともかく、イギリスの地方都市などは、公衆便所が消えうせ、ベルサイユ宮殿のような臭い場所となり、香り袋や香水を持ち歩かないとだめになるような事になるとか・・・まあ、そんな状況に至らないまでも、もよおした時、どこへ行けばいいか、という情報は、観光客にとっては益々、大切となってきます。それこそ、トイレをたずねて三千里などということになりかねない。野山を歩いていれば、藪に入ればいいけれど、町中だとね・・・やっぱり。その点、いざとなったら暗い路地で用を足して、という事ができる男性は、ちょいと有利です。

上の写真は、北ヨークシャー州をドライブしていた際に通りかかった小さな村のおトイレ。「おトイレこの辺りにあります?」と、ベンチで日向ぼっこをしていたおじさんに聞いたら、「あれだよ。イングランドで一番きれいなトイレ。」と堂々と答えてくれたのでした。外には、イングランドの旗まで掲げてある。内部も、お花なども飾ってあり、ゆったり綺麗で、壁には、使用した人たちの感想を残せるメッセージボードもあり、「すばらしいトイレ経験でした」のようなメッセージが沢山はってありました。

かつて使用した外国の公衆便所で、いまだ、そのお粗末さのため、印象に残っているのが、フィレンツェのシニョーリア広場のものでした。列に並んで空きを待っている時に、トイレの管理おばさんに、約30センチほどの長さのトイレットペーパーを切って渡されたのです。個室には、トイレットペーパーが置いてないので、その30センチのぺろぺろ紙を配給されて、それで何とかしろ、ということなのです。その一片のペーパーを握りながら、したいのがうんこじゃなくて良かったな~としみじみ思いましたね。個室に入ると、座席シートもついて無かった!しかも、お金まで取られた記憶があります。

イギリスの公衆便所は大体の場合、綺麗ですし、ソープと手の乾燥機は必ずついています。だから、維持にお金がかかるのかもしれません。トイレ協会は、毎年、「トイレット・オブ・ザ・イヤー」として、その年の一番すばらしいおトイレ賞、のようなものを選んでいるようです。私が見たヨークシャーの村のトイレも、過去の受賞者かもしれません。気軽なお出かけを可能にした公衆便所よ、永遠に!

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