海賊たちの処刑場


ロンドン塔から、テムズ川北岸を東へ約1マイル行ったところにあるワッピング(Wapping)。

この周辺は、貨物船の船着場としてのドックや、輸入された物資を保存する倉庫の建設が行われる以前は、船乗りなどが多く住んだ場所であり、また、捕らえられた海賊達が処刑をされる、処刑ドック(Execution Dock)のあった場所でもあります。船乗り達が住んでいた頃は、柄の悪い地域であったそうですが、現在では、この辺りも開発が進み、川沿いには、高級マンションなども建ち。

海賊達をここで処刑するという習慣は、なんでも、ヘンリー6世の時代に遡るのだそうです。牢獄から連れてこられた海賊は、ワッピングの処刑ドックで、テムズ河が引き潮の時に、水際ぎりぎりで絞首刑となります。普通の罪人と扱いが違うところは、絞首刑後の死体は、テムズの満ち潮に三度浸されるまで、ぶら下げられたままであった事。

三度満ち潮に浸された後も、そのまま埋葬してもらず、鎖で吊るされるか、ジベット(Gibbet)と称される、人型をしたケージに収められ、ロンドンから七つの海へと繰り出していく船乗り達への戒めに、テムズ河沿いのあちこちに展示(?)される事となるのです。「海賊行為に走ると、こういうことになるぞ。心せよ。」と。海賊達は、海外のエキゾチックな土地から、貴重な物資やお宝を載せて戻ってくる商船にとっては、たまったものではない存在でしたから。

ワッピングの処刑ドックで、この憂き目に会った人物として、一番有名なのが、キャプテン・ウィリアム・キッド(Captain William Kidd)。

1701年に処刑となった後、キャプテン・キッドの死体は、見せしめとして、長い間、テムズ川沿いにさらされていたといいます。


ワッピングの川沿いには、キャプテン・キッド・パブと称されるパブもあります。

ちなみに、このキャプテン・キッドは、典型的海賊というより、不運から、海賊行為と見られる事をして捕まってしまった人。時の権力者の名誉を守るため処刑された、政治的犠牲者と見られる事もあります。彼の海賊行為の事の顛末を読むと、たしかに、気の毒でもあるのです。

※キャプテン・キッドについて、詳しくはnoteにて公開している下の記事を参照ください。



ワッピングでの処刑が最後となるのは、1830年。また、1832年には、ジベットの使用も終わります。

今、ロンドン内でジベットが釣り下がっているのを見たら、中の骸骨は当然、偽物・・・ですよね・・・?

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