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平均的イギリス人が1週間に必要とする食料物資

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イギリスの ロックダウン が始まって、5週間以上が経ちました。新型コロナウィルスによる死者はすでに、わかっているだけで2万人を超えています。介護施設や、自宅で、コロナかどうかわからずに亡くなってしまった人たちは、この数に入っていないので、実際の死者は、報告されている以上多いという事です。やっぱり、準備が足りず、処置がおそすぎたんですね。また、昨日は、癌の治療が延期になり、自宅待機をしていた、うちのだんなの知人が亡くなりました。こういったケースも、コロナの被害者です。葬式も、身内だけの、参列者がいないものになるようです。 ロックダウンが始まった時、うちのだんなは、政府から手紙で「あんたは、コロナウィルスにかかると非常に危ない健康障害を持っていると判断された人間のひとりなので、最低3か月は家から出ないでね」という連絡が来たことは、以前の記事に書きました。その後、それでは買い物はどうしよう、私がひょろっと買い物に出て、万が一、コロナをもらって来てうつしたら、同じではないかと、色々なスーパーの宅配サイトを訪れたところ、どれもこれも、健康体でも、買い物に行きたくない人たちも殺到し、全く予約が取れない、または宅配サイトを一時的に封鎖するスーパーまで現れ、らちがあかず。仕方なく、ちょこちょこ買い物に出ていました。 近所に親戚やら子供やらが住んでいれば、そういう人たちに買い物を頼んだりできるのですが、うちは近くに頼れる親戚などいないし。同じ通りに住むおじさんがやってきて、「お宅、リスクグループなんじゃないの?電話くれれば、欲しいもの買ってきてあげるよ」と立候補してくれたのですが、おそらく私たちより年上の彼を、欲しいものがある度にスーパーに買い物に出すのも気が引け、「まあ、なんとかなるでしょう、気持ちだけ頂きます。ありがとね。」とお礼だけ言って。 一応、お肉は、町の目抜き通りでよく使っていた肉屋さんが配達をしてくれるようになり、また、土曜日に町のマーケットで屋台を出していた野菜おじさんが、テキストで注文を出すと、配達してくれていて、買い出しに出なければならないのは、パンとミルク、またその他もろもろの日常品だけとなっていたのですが。 3週間前、再び、政府からの手紙で、「リスクグループ用の、サイトをうちたてましたので、登録してください」と連絡。しばらく、そのまま登録...

マルタとマリアの家のキリスト

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Kitchen Scene with Christ in the House of Martha and Mary 17世紀スペイン絵画の巨匠ディエゴ・ベラスケス(Diego Velazquez)が、なんと19歳の時に描いたという、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵「マルタとマリアの家のキリスト」。彼が、マドリッドで宮廷画家となる以前の、故郷セビリア時代の絵です。この人やはり、上手いですね、ばさばさ描いているのに、とにかく上手い。さすが、「画家中の画家」と呼ばれる人物です。 これは、それまでは、絵画と言えば、宗教画がメインであった、17世紀スペインで、描かれるようになっていたボデゴン(厨房画)と呼ばれる類の絵。ボデゴン(bodegon)は、厨房、居酒屋などの意味だと言いますが、日常的な食べ物、食器などをアレンジした静物画、またその中での一般庶民の生活ぶりを描写したもので、どっしりとした土臭い感じがいいです。 もっとも、ベラスケスの「マルタとマリアの家のキリスト」は、パッと見ると、厨房で働く女性を描いたボデゴンでありながら、題名からわかるよう、題材は、新約聖書のルカによる福音書、11章からきています。 イエスがある村を訪れ、マルタ(英語でマーサ)という女性の家に招かれた、家には妹のマリア(英語でメアリー)もおり、マリアはイエスの足元に座り、熱心にイエスの言葉を聞く、一方、マルタは給仕をするのに忙しく、イエスのところへ来ると、「主よ、妹が、私一人に給仕を任せているのが気になりませんか?妹に、私を手伝うよう言って下さい。」と頼む。この後はルカの福音書からの引用で 11-41 And Jesus answered and said unto her, Martha, Marth, thou art careful and troubled about many things; すると、イエスはそれに答え、「マーサよ、マーサよ、汝は、様々な事に心を使い、懸念している」 11-42 But one thing is needful: and Mary hath chosen that good part, which shall not be taken away from her. 「しかし、一つ欠けている事がある。そして、メアリーがその...

西洋オキナグサ

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4月の日光を浴びて咲くこの花の、日本での俗名は翁草(オキナグサ)。花が終わった後の密集した種に、長い白い毛が付いて、風に吹かれている様子が、老人の白髪のようだというので、ついた名だそうです。葉も花びらも、柔らかな白い毛でおおわれています。少々うつむき加減でも、綺麗で、パッと目を引く紫の花は、老人という感覚より、おしゃれなボンネットをかぶった貴婦人が、はにかんでいるようで、コケティッシュな感じさえあります。 所変わって、イギリスでのこの花の俗名は、パスク・フラワー(pasque flower)。この「pasque」というのは、「イースターの」を意味する「paschal」という言葉から来ており、 イースター (復活祭)の時期に花開するために、こう呼ばれています。西洋オキナグサの、正式な ラテン語の学名 は、Pulsatilla vulgaris(プルサチラ・ヴァルガリス)。パスクフラワーで大体の場合は通っているので、学名で呼ぶ人はほとんどいませんが。ついでながら、イタリア語でイースターは、パスカ(Pasqua)。 西洋オキナグサは、もとは野生植物で、イギリスで一番美しい野生の花などとも言われます。もっとも、何をもって最も美しいとするかは、個人差があるでしょうが、野に咲いていたら目立つのは確かです。今ではイギリスで、野生のパスク・フラワーを見られる場所はごく限られていてしまっているようで、実際、私は庭園以外では見た事がありませんが、もし、野生で咲いているのを見られるとすれば、主に、 チルターン丘陵 、 コッツウォルズ 、イーストアングリアあたりの、チョーク層、石灰層の草原地帯だという事。ローマ人やデーン人(バイキング)が、戦闘で流した血がしみ込んだ土地から生えてくるという言い伝えがあるのだそうです。 我が家の西洋オキナグサは、去年の4月に購入したもの。多年草です。冬の間、葉は枯れて消えていたのが、早春に芽を吹き、今年もちゃんと、その名の通り、イースターに合わせて、先週末から咲いてくれました。去年植えた鉢で、そのまま、移し替えもせず、しかも、冬の間、あまりに乾燥している時に水をやった以外は、ほとんどなーんの手入れもしなかったのに。野生では、絶滅寸前、見られなくなっているのなら、せめて、我が家では、株を分けて、少しずつ増やしていきたいところ。今年は、ち...

ジーザス・クライスト・スーパースター

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「ジーザス・クライスト・スーパースター」は、イエス・キリストの十字架上の死に至るまでの最後の1週間(受難週)を、作曲アンドリュー・ロイド・ウェバーと作詞ティム・ライスのコンビがロック・ミュージカル化した1971年初舞台の作品。先週、折しも、イースター(復活祭)の週末に、この作品の最近の舞台公演を、ユーチューブにて観劇できました。 というのも、新型コロナによる世界的ロックダウンで、各地の劇場も閉鎖し、それは多くの人たちが自宅で過ごすこととなっているため、「The show must go on」と銘打って、2週間前から、アンドリュー・ロイド・ウェバーの数々のミュージカル舞台公演を、イギリス時間では、金曜日の夜7時から48時間、無料でユーチューブで配信してくれるという有り難い企画のおかげです。イギリスのナショナル・シアター(National Theatre)も、1週間ごとに演目を変えての無料舞台公演を配信してくれています。これを利用しない手はない。 私は、アンドリュー・ロイド・ウェバーのミュージカルは、見た気になりながら、見ていないものがほとんどです。「ジーザス・クライスト・スーパースター」も、最初から最後までは見た事がなかったのですが、それは、有名なミュージカルのこと、いくつかのメロディーは知っていました。特に、テーマ曲的「スーパースター」の、やまの部分、 Jesus Christ Jesus Christ Who are you? What have you sacrificed? イエス・キリスト イエス・キリスト あなたは何者だ?あなたは何を犠牲にしたのか? とか、 イエスが、逮捕される前ゲッセマネで、「なぜ死なねばならぬのか」と悩みながら叫ぶように歌う部分、 I'd want to know, I'd want to know, my God 神よ、私は知りたい、私は知りたい くらいは、どこかで聞いたのが頭にこびりついていて、気が付くと時々、歌っていた事もあるのですから、不思議なものです。 ミュージカルは、イエス・キリスト、イスカリオテのユダ、マグダラのマリアの3人が軸となっていますが、イエスよりも、実際は、ユダが主人公ではないか、という雰囲気を強くかもし出しています。 この公演では、舞台は...

日本初のロンドン・ナショナル・ギャラリー展

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本当であれば、今年の3月3日より6月14日まで、上野の西洋美術館にて、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展が開催されているはずでした。そして、その後は、大阪へ行く予定。イギリス国外では初めての、大規模なロンドン・ナショナル・ギャラリー展という事で、当美術館所蔵のうち、61枚の絵画が、海を渡って日本の訪問者を待っていた。東京オリンピックの年だから、という美術館側からの好意もあったのだと思います。ああ、それなのに・・・! コロナのおかげで、当展覧会は、まだ始まっていない状態です。まさか、日本で誰も本物を見ないまま、全ての絵がイギリスへ帰国するとは思えないので、貸出期間の延長などが考慮されるのかもしれませんが。だって、日本のみならず、現在、世界のあちこちで、美術館は閉鎖状態にあるでしょうから。かくなる、ロンドンのナショナル・ギャラリー自体も今のところ閉まっています。 という事で、当展覧会を見に行くつもりでいた人は、いざオープンとなった時に、絵の説明を読むのばかりに時間を費やさず、じっくりと絵画と向かい合って眺めることに専念できるように、この閉鎖期間中に、それぞれの絵や画家についての、背景知識をつけておくというのも手かもしれません。今は、見に行く前の下準備の時期って感じで。旅行にしても、博物館、美術館訪問にしても、前もって予習しておくと得るところも多いものです。特に、一部西洋美術は、キリスト教やギリシャ・ローマ神話なども、多少は知っていないと、何の絵かわからない、というのもあります。 まずは、ロンドンのナショナル・ギャラリー(国立美術館)の歴史について、簡単に書いておきます。 ヨーロッパの、いわゆる公立、国立美術館は、すでに18世紀に、フローレンス、ウィーン、パリ、19世紀初頭にアムステルダム、マドリッド、ベルリンでオープンし、1824年に設立されたロンドン・ナショナル・ギャラリーは少々遅れを取って始まります。 コレクションの基礎を作ったのは、1823年に死亡したジョン・ジュリアス・アンガースタインなる資本家の保有していた作品で、政府は、売りに出されていた彼のコレクションを、ナポレオン戦争中、オーストリアへ貸していた金が、たまたま、返済されたのを機会に購入。また、他の人物(ジョージ・ボーモント、ウィリアム・ホルウェル・カー)も、自分たちのコレクション...

ロックダウンの中働く人たち

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一昨日、玄関を誰かが、とんとんとノック。開けると、ドアの入り口に、小さな小包が置かれ、ポストマン(郵便配達員)が、ドアから2メートルくらい離れて立っていました。「ハロー、小包そこに置いたから。」と彼。小包を拾い上げ、「サンキュー!キープ・セーフ!」と私、彼は手を振り、「サンキュー、ユー・トゥー。」と去って行きました。 ロックダウン が始まってから、外出はほとんどできないため、本を注文する人が増えているようですが、私もその一人。玄関の郵便受けに入りきらない厚さだったヒラリー・マンテルの「ウルフ・ホール」の小包を届けてくれました。いつもだったら手渡しなのが、コロナがはびこる、こんなご時世ですから、彼も気を使って、ソーシャルディスタンシングをして、私との間隔を取ってくれました。郵便局からも、そういう指示が出ているのかもしれません。 うちに来るポストマンは、記憶に残る限り、ずっと同じ人で、イギリスのコメディアン、ヒュー・デニスに似ているので、私とだんなは、彼の事を陰で、ヒューと呼んでいます。周辺を散歩している時なども、時に、彼が、手紙を持って歩き回っているのに出くわし、遠くでも手を振ってくれるお馴染みさんです。イギリスがロックダウンになってからも、彼の様な、社会を動かす上で無くてはならない、いわゆる「キー・ワーカー」は、仕事を続けています。 他のキー・ワーカーは、当然、イギリス医療機関のNHSで働く人員、また医療機関を支えるその他の会社の人員、介護師、薬剤師、スーパーや食料品店関係で働く人員、農業関係者、配送員、電気・ガス・水道・下水などに関わる仕事、教師、公共交通関係、警察、軍、政治家、地方自治体の人員、ゴミの収集員などなど。学校は現在しまっていますが、こうしたキーワーカーの子供たちは受け入れる体制を取っていて、先生をしている、だんなの幼馴染は、シフトで時々、キーワーカーの子供の指導に出勤しています。キーワーカーと正式にみなされていない人たちでも、まだ家から出て働いている人たちはいるわけですが。 前回の記事 に書いた様、昨今、医者や看護婦さんの感染のリスクはかなり高く、仕事がほぼ命がけとなっていて、気の毒である上、畏敬の念を感じているのですが、スーパーのレジなどで働いている人たちの中でも、不安を感じている人も多いようです。スーパーによっては、客とレジの間に...

医療崩壊が起こった時、誰を救うか?

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イギリスの ロックダウン が始まってから1週間以上が経ちました。感染の急増は続き、死者も増え、特に感染者の多いロンドンでは、 ロイヤル・ビクトリア・ドック わきにある、巨大イベント催事場であったエクセル・センターが急遽、軍によって、多くのベッドを備える病院と変身。ナイチンゲール病院と命名され、1~2週間後にやってくるのではと言われる、感染ピークに備え、今週金曜日から患者の受け入れに入ります。このロックダウンを、国民がきちんと守ったと仮定しても、その効き目が見え始めるのは、まだ先の話です。 とにかく、政府の対応が遅かったため、イギリス医療機関のNHSでは、医者や看護婦が、新型コロナウィルスの患者を治療する際に、感染から身を守るための、マスク、ゴーグル、エプロン、手袋さえがいまだ足りていない状態。エプロンなどは、サンドイッチ屋さんでサンドイッチを作るのくらいにしか役に立たないような、ぺらぺらのものだという話。自分で買い求めたり作ったりしている医療関係者、介護関係の人たちもいる、というありさまです。 イタリアでは、すでに多くの医師たちが命を落としていますが、イギリスでも、きっと、同じことが起こってしまうのでしょう。そうとわかっていながら、選んだ職業だから、人命を救うため、と働かなければならないのは、それは、怖いと思います。重症化する要素のひとつとして、どれだけウィルスを浴びてしまったかというのがあるそうで、ほんのちょっとウィルスをもらうだけなら、軽症で済むものも、医療関係者の様に、重症患者をつばのかかる距離で、何人も何人も観ていると、たとえ若いお医者さんたちでも、体が戦いきれず、やられてしまうのだそうです。その上、人一倍のストレスもあるでしょうから。政府はそんな人たちに、「NHSで働く人々はすばらしい。」と口でほめるだけで、彼らを守るための装備もそろえていない。この状況では、ある意味、国が、重症となった比較的高齢の病人たちの命の方に重きを置き、まだ社会で働いている医者たちを犠牲にしていると、言えなくもないです。 また、感染を判明するためのテストも滞っており、コロナ感染の疑いのある風邪の症状を出している医療関係者ですら、テストを受けられずにいるため、医者、看護婦の4分の1の人員が、現在、念のために自己隔離していて、現場で働けない状態。なんで、こんなに、テスト...