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フレンチ・オープン!

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パリへ行ってきました。今回のメイン・イベントは、ブローニュの森の近くの、ローラン・ギャロス・テニス場で開催されているフレンチ・オーブン(全仏オープン)観戦。 主人のつてで、中盤の土曜日、センター・コート(フィリップ・シャトリエ・コート)にて、昼頃から夜は9時近くまで、セリーナ・ウィリアムズ、ノヴァック・ジョコヴィッチ、ラファエル・ナダル、レイトン・ヒューイット、マリア・シャラポヴァ、ジュスティーヌ・エナンなど、有名選手の試合のオンパレードを見ることができ、大満足の一日となりました。 先週はロンドンもパリも比較的暑い日が続いており、楽観的に、薄着ばかり持っていったのが、曇り空で風もある、やや冷えっぽい天気となり、ほとんどずっと、毛布にくるまっての観戦となりましたが、あれだけの良い席で見れるチャンスはそうそうないので、トイレタイムと軽食以外はずっとコートを離れず、現在いささか鼻風邪気味。テニスの他、滞在中、さくさくと観光もできたし、文句は無しですが。 見るからにはパワフルなセリーナ・ウィリアムズ。 ジョコヴィッチの思いっきり反り返ったサーブ。これは、背中を悪くしそう・・・。 ナダル対ヒューイット。調子が良さそうなナダル、フレンチ・オープンの王座再び取れるでしょうか。 小さなエナンと、大きなシャラポヴァ。どうしても小さい方を応援してしまいます。小も大を敗れるのです。 フレンチ・オープン決勝は、来週末となります。 さて、今回のユーロスターは、ビジネス・クラスで旅行できたのですが、昨日、日曜日の帰りの電車の中、なんと、アメリカのアンディ・ロディック選手と彼の奥さんが、私達の前の席に座ったのです。早いサーブが売り物の彼、やはり頑丈そう。土曜日に、フレンチ・オープンで敗れたので、早めにパリを引き上げ、ウィンブルドンでクライマックスとなる、イギリスでのグラス・コート・シーズンにむけて、ロンドンへ経ったのでしょう。 主人は、「今度のウィンブルドンは 去年 よりひとつ上にいけるかね」なんて話しかけちゃってました。(前回は決勝でフェデラーに敗れたので、ひとつ上は優勝。)「シュア!」と当たりさわりない返事を受けてました。ミーハー根性を発揮して、写真撮らせてもらおうか、とちらっと思いましたが、ビジネス・クラスでのんびりしてるとき、ぎゃーぴー騒がれるのも嫌かと、自制心かけてやめました。 ユーロ...

パブリック・スクール・ボーイズ

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新首相デイヴィッド・キャメロンと、副首相ニック・クレッグは、双方、いわゆるパブリック・スクール出身で、前者はオックスフォード大、後者はケンブリッジ大卒業とバックグラウンドが似ている事が取り沙汰され、それぞれの代表する党の体質の違いに関わらず、気が合っている理由ではないかなどと言われています。ちなみに、上の写真で2人がつけているネクタイの色は、其々の政党の色です。(青はトーリー、黄色はリブデム。)写真は、BBCニュース・サイトより拝借しました。 パブリック・スクールは、パブリック(公の)という言葉から少々勘違いが生じそうですが、税金でまかなわれ、無料の公立校(State-run school)とは違い、お金を払って入る私立校、特に歴史が古い有名私立校を指します。最近では、公立校と分けて、インディペンデント・スクールなどとも呼ばれます。 キャメロンは、王族が行く事でも有名なイートン校、クレッグは、ロンドンは国会議事堂も近いウェストミンスター校。双方とも富裕な家庭に生まれてますが、確かに、親が裕福でないと行けない学校です。イートンの現在の授業料(寄宿含む)は、1学期で9617ポンド(1年3学期ありますので、年間この3倍)その他もろもろの諸費用も取られることでしょう。ウェストミンスター校は、1学期9444ポンド(寄宿含む)、寄宿無しは6542ポンド。お父さんがバスの運ちゃん、お母さんがスーパーのレジでパート・・・の様な家庭は、どんなにいい学校であっても、最初から諦めたほうがいい感じです。 高い金をはたいて何故、パブリック・スクールへ入れようとするのか・・・。階級社会のイギリス、パブリック・スクールにわが子を入れれば、似たようなバックグラウンドの子供ばかりで、下層の家庭の子供や、授業の妨げになるような子供と、自分の子供が交わる必要がない。また、将来、職業的、社会的に有利な、ある一定のマナー、社交技術を身に着ける事ができ、特に歴史の古い有名校は、オールド・ボーイ・ネットワークが強く、やはり将来役に立つ。そして、オックスブリッジ(オックスフォード大、ケンブリッジ大)に入学できるだけの学力をつける下準備がしやすい。 ウィキペディアによると、2006年の調査で、私立校からオックスフォードに入学許可された生徒の割合は、43.4%で、ケンブリッジが38%。これを、私立校へ...

ひとつの時代の終わりに

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1997年5月の総選挙。18年続いた、くたびれ果てカビが生えてきたような保守党(トーリー)政権をランドスライド(地すべり的圧勝)で破り、ダウニング・ストリートの住人となったのは、まだ若々しかった労働党(レーバー)のリーダー、アントニー・ブレア。労働階級だけでなく、幅広く、中流の支持も得られるように、ニュー・レーバーと銘打って党改革を行い、イメージも一新させた成果。 選挙の夜は、一人また一人と、トーリーの著名政治家が、レーバーの候補者に敗れていくテレビの実況中継から目が離せず、「明日は仕事なのに・・・」と思いながらも、明け方まで見てしまいました。特に、将来のトーリーの党首と噂されていたマイケル・ポティロが、レーバーのまだ名も無い若者候補者に敗れた瞬間の模様は、今ではポティロ・モーメントと称され、この総選挙の結果中継の中でも、一番記憶に残るトーリーの大敗を代表するシーンです。 明け方の5時頃には、テムズ川の南岸にあるロイヤル・フェスティバル・ホール前で、ブレアの勝利のスピーチ。明けていくロンドンの空を背景に、おおいに盛り上がり、本当に新しい時代が来る、気がしたのでした。1997年の総選挙でのニュー・レーバーのキャンペーンのテーマ曲は「Things can only get better」(全ては良くなるばかり)。 眠い目をこすりながら起き上がり、繰り出した好天の5月のロンドンの町も、心なしか、幸せな雰囲気に包まれ。道行く人の足取りも軽く。この日の仕事帰りには、いつもの新聞スタンドのおじさんから、イブニング・スタンダード(ロンドンの地方紙)を買うと、おじさんから手をきゅっと握られ、「ユー・ルック・ビューティフル・トゥデイ!」何て言われました。「いつもビューティフルよ」と思いながらも、この人もきっとパーティー・ムードに浮かされて、気分良かったのでしょう。 あれから13年。昨夜のニュースの実況放送で、ブレアの後、長年の蔵相の座から、労働党首相の座にのし上がったゴードン・ブラウンのダウニング・ストリートでの辞任スピーチを見ました。そして彼を乗せた車が、女王に辞任を表明すべくバッキンガム宮殿へ。それを見ながら、頭の中で、あの13年前の希望に満ちた5月の日が蘇って、「時が経ったな、ひと時代終わったか・・・」という感慨でいっぱいでした。歴史とは、本で読むだけの昔話だけ...

てんとう虫のサンバ

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朝早くから日が暮れるまで鳥の声が聞こえる季節となりました。暖かくなってきた陽射しに誘われて一気に顔を出すのは花や新緑だけでなく、冬眠から覚めた昆虫達も。 庭のあちらこちらで、冬越しをした七星てんとう虫が、日向ぼっこをしているのを目にします。庭中隈なく探せば、30匹は軽くいそうな感じです。上の写真のてんとう虫も、ヒヤシンスの香りに包まれ、ほぼ一日動かずに太陽電池で充電。この寒い冬を何とか生き延びた後ですから、充電も時間がかかるのかもしれません。 子供の頃、手のひらサイズの、ぜんまい仕掛けで床の上を動き回るブリキのてんとう虫のおもちゃを持っていましたが、本物も、サイズこそずっと小さいけれど、まるでおもちゃです。輝く赤い色は、鳥達に「おいらは苦い味がするぞ。まずいぞ。」という信号を送るのだそうで。 上の写真のようなあつあつカップルもいくつか見かけました。 そろそろ卵を産み付ける時期。卵は約1週間で孵化し、少々醜い幼虫は、その後3~6週間、アブラムシをがぶがぶ食べて成長し、やがてこの可愛い姿に変身。てんとう虫人気の秘訣は、見た目の愛らしさだけでなく、こうして、幼虫も成虫も、自然の害虫駆除係りとして活躍してくれることにもあるのでしょう。 ちなみにてんとう虫の英語名は、Ladybird(米ではLadybug)。 てんとう虫は、いわゆる甲虫(ビートル:beetle)の部類に入ります。生物の種類の中で一番数が多いのは昆虫ですが、その中でも、最も種類が多いのがこの甲虫類。わかっている甲虫類だけで、29万種ほどいるという話です。イギリスにいるてんとう虫だけに限っても、良く目にするのは七星ですが、40種いるのだそうです。この甲虫類の数の圧倒的な多さを鑑みて、英の生物学者J.B.S.ホールデン(J.B.S.Haldane:1893-1964)が、生物学を研究した上で、創造神の性質について言える事は、 An Inordinate fondness for beetles. 「甲虫類へのただならぬ愛着心」 だとのたまったそうです。 一昨日のテレビ天気予報の前に、各地でのてんとう虫目撃の数などを報道していましたが、その際、あちこちで、 孔雀蝶 の目撃数が増えてきたので、ついに春は本腰か・・・などと言っていました。私は、孔雀蝶は、この春は、まだ...

宝島

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 エジンバラ出身の作家、ロバート・ルイス・スティーブンソン(Robert Louis Stevenson)の1883年出版の小説、宝島(Treasure Island)と言えば、海賊冒険物の古典。改めて読んでみて、やはり面白いのです。 おうむを肩に乗せた片足のキャプテン・シルバーは、後の海賊のイメージの雛形。(ちなみに、この本では、海賊をpirateより頻繁に、buccaneerと称しています。)主人公であり、語り手のジム・ホーキンスが、勇敢な少年だというのも、アドベンチャー物として男の子達の夢と冒険心を掻き立てるのに一役買って。 18世紀のイギリス海岸沿いで、アドミラル・ベンボーなるイン(飲食店兼旅館)を営んでいた両親を助けるジム・ホーキンス。ある日、このインに、怪しげな船乗りビリー・ボーンズが現れ、宿を借り、そのままいっこうに出て行こうとせず、いついてしまう。毎日の様に、ラム酒を飲んで酔っ払っては、海岸線をそぞろ歩き。何者かに見つかるのをを恐れている様子で、ジムに、「片足が無い船乗り風の男」を見たら教えるよう言いつける。ビリーの所持品は、宿の部屋に担ぎ込んだ小箱のみ。 酔っ払っては、ビリーが歌うのは、 Fifteen men on the dead man's chest Yo ho ho, and a bottle of rum! 15人の野郎が死人の箱の上 それきたどっこい、ラム一瓶 小説の後半でも、何度か、海賊達に歌われるこの歌の歌詞、主人が子供の頃は、知り合いの男の子は皆、知っていたなんて言っています。そして、片足でぴょんぴょん跳ねて、キャプテン・シルバーのまねをしたり。 海の男の飲み物、 ラム酒 やそれを水で薄めたグロッグも、小説内、それは何度も出てきます。 さて、このビリー・ボーンズを探して、2人の怪しげな人物がインを訪れた後、ビリーは、ラム酒の飲みすぎで死亡。ジムと母親が、ビリーの小箱を開けると、中には、海賊達の宝の眠る島の地図があった。この宝は、過去最も恐れられていた悪名高き海賊、キャプテン・フリントが埋めたもので、フリントの死後、船上にいたビリーが、地図を手に入れていた。この地図をジムは、知り合いのリブシー医師と、地主のトレローニに見せ、3人は、宝を求めて、このカリブの島...

イースター、春の女神を祝って

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今年のイースター(Easter : 復活祭)の休日は、4月2日の金曜日(グッド・フライデー、聖金曜日)から4月5日の月曜日まで。大挙して旅行に出る家庭も多いですが、天気はぐずついた感じです。イースターは、毎年日にちが変わる祝日で、どの日に当たるかの計算は複雑なものであるようです。簡単に言うと、春分の日が終わった、次の満月のすぐ後の日曜日が、キリストがよみがえった事を祝う復活祭の日に当たる・・・という説明を聞いたことがあります。 今朝のラジオで、このイースターという名の由来は、アングロ・サクソン人の、異教の春の女神エオストレ(Eostre)から取ったものだ、と言っていました。再生の季節と女神エオストレを祝った異教の風習を、後にキリスト教において、十字架の上で息絶えたイエス・キリストの復活と合体させて出来上がったものだそうです。クリスマスも、やはり異教の冬の祭典の風習とイエスの生誕を結び合わせて発達したという事なので、異教のものでも、ちょっといいな、というものは取り入れるというのは、わりとよくある話なのでしょう。 従って、イースターのシンボルは、新しく噴出す命の象徴の卵、そして多産を象徴するイースター・バニー(うさぎ)。いわゆる、うさぎ(ラビット)は、イギリスの原生の動物ではなく、ノルマン人の征服後に、彼らによって大陸から導入された動物だそうなので、オリジナルのイースター・バニーは、ラビットではなく、 「不思議の国のアリス」 に登場する3月うさぎ同様、イギリス原生の野うさぎ(ヘア)です。 さて、イースター、特にグッド・フライデーに良く食べられる食べ物として、クロス・バン(cross bun)があります。これは、ドライフルーツやスパイスなどを入れて焼いた小型丸パンで、上に十字のマークが付いています。 クロス・バンも、もとは、異教の神々にお供えしたパンに起源があるそうで、エオストレにお供えするパンの上に光のシンボルとして十字のマークをつけたためと言われますが、こちらも今では、キリスト教の十字架のイメージです。 最近では、クロス・バンは、イースターだけに関わらず、一年中、おやつに食べられていますが。 *** 鳥達も、再生の季節に促されてか、雨の晴れ間に、庭で、巣の材料になりそうなものをくちばしで集めながら忙しく飛び回っていました。 *この...

ブリティッシュ・サマータイム

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ブリティッシュ・サマータイム(夏時間)が本日始まりました。日照時間をもっと有効に使えるようにと、本日から10月の終わりまで、イギリスの時間はGMT(グリニッジ・ミーン・タイム)より1時間早くなります。よって、昨夜はラジオやテレビで、「寝る前に、時計の針を一時間進めるのを忘れないでね」とやっていました。日本との時差も、冬季は、日本はイギリスより9時間早いのですが、ブリティッシュ・サマータイムの間は、その時差は8時間となります。 この夏時間というのを、実際にヨーロッパで最初に使い始めたのは、第1次大戦中のドイツだったそうで、減っていく石炭のたくわえを節約する手段だったといいます。夜間、明るい時間が長ければ、電気や暖房の必要が減るというわけです。これが、他の国によって徐々に模倣され、第2次大戦中は、イギリスでも資源節約のため、夏時間を使用したとか。大戦後、夏時間システムは一般化され、今では、夏季は時間が一時間早い、というのは、すっかり習慣となりました。 現在、GMTからは、永久におさらばし、シングル・ダブル・サマー・タイム(SDST)というシステムを導入したらどうか、という話が持ち上がっているようです。どういう事かというと、冬の間は、GMTより1時間時計の針を進め、夏の間は、GMTより2時間早くする、というもの。省エネ的な意味からも、好ましく、また、暗くなるのが早い冬季の道路等での事故の削減、仕事後や学校後も野外でのリクリエーションの時間が長くなるという健康面、また観光の促進にもつながり、望ましいのでは、というのがSDST賛成派の理由。これを導入すると、イギリスも、現在の大陸ヨーロッパと同じ時間で動くことになるわけです。 私も、すぐ日が暮れる冬の午後はたまらなく憂鬱なので、冬に時計を1時間進めるのは賛成ですが、夏に2時間は、ちょっと日が暮れるのが遅すぎやしないかな・・・という気がしないでもありません。いずれにしても、お日様を浴びる時間が長くなるサマータイムの始まりは、心弾む時期である事はたしかです。