イギリスのブルーチーズ買って!

ずらっと並ぶスティルトン・チーズ(FT記事より)

イギリスのEU圏離脱の移行期間が、今年(2020年)末で終わるにあたり、来年1月からの、新しい日英経済連携協定を結ぶための交渉に、先日、日本から茂木外務大臣が来英していました。日本側の一大関心事としては、日本からの車の輸出にかかる関税を、徐々に引き下げ2026年に撤廃する事に決定した模様。リズ・トラス(Liz Truss)国際貿易相との会合の後、協定内容はほぼ決まり、あとは、一部農産物に関しての細かい課題を解決するだけ・・・のような感じだったのですが、この残された課題とされるものが、アオカビチーズであるブルーチーズ、特にイギリス固有のスティルトン(Stilton)である、という記事が昨日、FT(ファイナンシャル・タイムズ)紙に掲載されていました。

(スティルトン・チーズに関して、詳しく知りたい方は、日本語のウィキペディアのページまで。こちら。)

2019年の2月に発行された、日本とEUの経済連携協定によると、日本からの車の輸出にかかる関税を段階的に引き下げ、最終的に撤廃する一方、同様に、ヨーロッパからのワイン、チーズ、肉類を含む一部農産物にかかる関税を、やはり段階的に引き下げ、撤廃する取り決めになっています。

上述のFTの記事によると、EUと日本の協定では、29%であったヨーロッパからの輸入のハード系チーズにかかる日本の関税を段階的に2033年までに撤廃、またブルーチーズや、ピザなどに使うモッツアレラ・チーズを含むソフト系チーズに関しては、関税割当にし、決められた枠内の量のみを、やはり2033年までに関税を0とするという内容であるそうです。イギリスとの新しい協定も、大枠は、対EUのものと同じ。ところが、リズ・トラス女史は、チーズ、特にスティルトンを代表とするイギリス産ブルーチーズに関しては、EU-日本間の取り決めより、好条件を出して欲しいと、日本から、更なる妥協を請求して、ふんばっているようなのです。

さらに、この記事によると、去年、イギリスは、1800万ポンド相当のブルーチーズ(主にスティルトン)を他国へ輸出し、日本に売ったものは、そのうちたったの、10万2千ポンド!そんな程度の金額では、昨今、イギリスで一軒家すら買えません。たとえ、今後、日本人が、関税が消えて、多少安くなったスティルトンを手に取って、「うーん、イギリスのブルーチーズねえ。試してみるか。」と買ったところで、好きになり、定期的に買う人がどのくらいでてくるのやら。そして、その収益たるや、微々たるものだと思うのです。にもかかわらず、彼女が、チーズ、チーズと頑張るのは、経済的意図というよりも、「EUより良い条件を日本から取り付けた」と言えるよう、シンボル的、プロパガンダ的意図のためと見られています。

リズ・トラス女史は、2014年の保守党の党大会で、イギリス内で消費するチーズの3分の2は輸入であるとし、この事実はイギリスにとって、「恥辱だ!」(disgrace)と、少々唖然とした観客相手に、異様なほどの熱意で豪語した過去があります。よって、個人的にも、なんとかして、イギリス・チーズ業界のヒーローになりたかったのもあるのかもしれません。

日本側は、以前から、イギリスに比べ、ずっーと大きい市場であるEUとの協定よりも有利な協定を、EUから離脱したイギリス側に与えるわけにはいかないという姿勢を見せてきており、今後、このチーズ問題はどうなるのかわかりません。

この記事のコメントにもざーっと目を通しましたが、大体が、こんなシュールな話、ほんとかい、馬鹿げている、という感情を、諧謔的に書いてるものが多かったです。その中に「Cheeses Wept!」(チージス・ウェプト!)と書いてあるのがあり、笑えました。ショックを受けた時や、信じられない事が起こった時に「え、まじ!?」といった感じで使う、「Jesus Wept!」(ジーザス・ウェプト、直訳は、イエスは泣いた)という、聖書を由来とする、驚きの言葉をチーズに引っ掛けて、もじったもの。また、日本で去年売れた、10万2千ポンド相当のスティルトンというのは、全部、日本のイギリス大使館が買い占めたんじゃないか、とか、日本に住んでいるイギリス人がクリスマスに買ったんだろう、などという感想もありました。また日本人はチーズが嫌いなようだし、乳糖を消化できない乳糖不耐症(ラクトース・イントラランス lactose intolerance)の人が多いから、チーズなど食べない人が多いだろう、特にスティルトンみたいな臭いチーズはうけそうもない、という内容も、多く見かけ。リズ・トラスは、ラクトース・イントラランスの言葉の意味を知らないんじゃないのか、という失礼な意見もありました。「日本、気をつけたまえ、スティルトンのあとは、ウェンズリーデール・チーズが日本を襲うぞ」っていうコメントも可笑しかった。更に、たとえ日本人がスティルトンを大好きになっても、日本はそれを改善してより良いスティルトンを製造、輸出し、最終的にイギリスはチーズの貿易戦争にもまけるんじゃないか、という意見も。他にも面白いコメントが沢山ありましたが、書き続けると、きりがなくなるのでこのあたりにしておきます。

私は、個人的にスティルトン・チーズは好きで、2週間に1回くらいの割で買っています。ラクトース・イントラランスでもないですし、ブルーチーズは腸内の善玉菌を増やすのにいいという噂もありますし。

帰国した時、日本のスーパーで物足りないなと思うひとつは、やはりチーズコーナーが充実していない事。ほとんどがプロセスチーズで、あまり美味しいものがない。今年2月に日本に帰った時は、ヨーロッパからの輸入ナチュラルチーズの種類、増えてるかな、と期待していたのに、いまだ少なく、がっかりしました。ちーちゃい塊が売っていると思うと、結構いい値でした。自宅で、スパゲッティ・ボロネーゼを作ろうと、地元スーパーに買い出しに行って、こちらで簡単に手に入る、大きな塊の本家本元パルメザンチーズを探したのですが、すでに粉に加工されている贋物パルメザンのパウダー物しか無かったですね。すりおろして使いたかったので残念。スローながらも、2033年の徐々なる関税撤廃に向けて、手軽に買える美味しいナチュラルチーズの種類が増えていく事を願っています。

ウォレスとグルミットの、チーズ好きのウォレスが欠かさず食べるのは、ヨークシャー州のウェンズリーデール・チーズですが、彼が、時にちょこっと贅沢チーズとして食べているのが、イタリア産のブルーチーズである、ゴルゴンゾーラでした。リズ・トラスに、「愛国心が無い。スティルトンを食べんしゃい!」と叱咤されそうですが。うちのだんなも、ブルーチーズの中では、スティルトンではなく、ゴルゴンゾーラが一番好きなようです。ただし、ゴルゴンゾーラは、こってりと脂肪分が多そうなので、太りそうだと、ウォレス同様、購入した時は、ほんのちこっとずつ食べています。

ちなみに、フランスのロックフォール、イタリアのゴルゴンゾーラ、イギリスのスティルトンをもって、世界三大ブルーチーズとするのだそうです。このアオカビチーズ三姉妹が、私の実家のそばのスーパーの棚に並ぶ日は、来るのでしょうか。

コメント

  1. イギリスのスティルトンチーズは、訪れた時に必ず持ち帰るほど大好きなのですが、ほぼ日本には紹介されていない、世界3大ブルーチーズの中で(日本では)一番知名度が低い残念な品ではないかと思います。大体まずチーズの前にバターが、日本ではまだまだ品薄で、有名メーカーが生産数を落して以来、まだスーパーなどの店頭では、在庫が無い事も多いのが実情。イギリスの豊富な乳製品が日本に来たら、嬉しいなぁと思うので、その国際貿易相さんにも、頑張って貰いたいと思います。

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    1. 貿易協定も、相手国のみでなく、他国と、更には国内産業も考慮する必要から、駆け引きが大変そうです。国民に美味しい物、より良いものを選ぶチャンスを与える事は二の次で。単価の低いチーズでも、イギリス側に、大切な市場であるEUより好条件を与えたくない、というのはわかります。EUとの貿易交渉自体も、EU圏内はもちろん、他国、国内の利害関係もあり、長い年月がかかったのでしょう。

      日本のスーパーに、森永がライセンスを取って作っているという、米のクラフト社のものが多かったのが印象的でした。この2社も、イギリス、ヨーロッパのナチュラルチーズの市場拡大と関税撤廃は面白くないでしょう。まあ、この後は、少しずつでも、イギリス、ヨーロッパのナチュラルチーズも、入手しやすくなりますよ・・・と思いたい。

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