オリオン座の下で

司馬遼太郎の「国盗り物語」を読み終わりました。道山と信長が好んだという「敦盛」という舞の有名な一部、

人間五十年 化天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり
一度生をうけ 滅せぬもののあるべきか

(人間界での五十年などは、化楽天の世に比べれば、まるで夢か幻のような短さである
この世に生まれ、死なぬものなどあるはずはない)

が頭を反芻する中、夜中、南向きの我が家の庭に出ると、星がよく見える空でした。

日本でも、イギリスでも、星座として、ぱっと見つけることができるのは、いつもオリオン座(Orion、英語の発音はオライオン)。あの3つのベルトの星の並び方が独特で探しやすいのですよね。この季節、私のいる場所から見ると、オリオンは、南東から南西へと、時間と共に空を渡っていきます。

オリオン座の中で一番明るいとされる星、オリオンの左足の部分のリゲル(Rigel、英語の発音はライジェル)は、地球からの距離は約860光年。要するに、今(2020年)から計算すると、私が見ている光がリゲルから放たれたのは、西暦1160年、イギリスではヘンリー2世の治世の初期。日本では、平安時代後期で、平清盛などが生きていた時代です。

オリオンの右肩にあたる、オリオン座で2番目の明るさで、いずれ爆発するとされている赤色超巨星、べテルギウス(Betelgeus)の方は、現在では、約642光年の場所にあると推定されていて、これが正しければ、こちらの光が発したのは、西暦1378年頃。イギリスでは、リチャード2世が10歳で、少年王として戴冠した翌年です。日本では、室町の南北朝時代、当然、道山も信長も、まだ生まれていない・・・。ベテルギウスは、往々にして、英語では、ビートルジュース(!)と発音されます。

オリオンの剣が下がっているあたりには、もわっとした星雲が存在するのが肉眼でもわかるのですが、これがオリオン大星雲(Orion Nebula、M42)。双眼鏡で見てみると、さらに綺麗です。この星雲の地球からの距離は約1300光年・・・。ベテルギウスが、そろそろ死に向かう星だとすると、こちらは新しい星が生まれている場所なのだそうです。余興ながら、ウルトラマンの故郷で、架空のM78星雲の銀河系からの距離は、なんと300万光年という設定なのだそうで、誰が決めたか知りませんが。

まさに、「化天のうちを比ぶれば」で、人間の感覚では、気の遠くなるような時と空間を超えて、これらの星たちの光は、現在の私の網膜にたどり着いているのです。私が、このブログポストを投稿した瞬間に放たれた光が届くころ、地球はどうなっているのか。

宇宙規模では、始まってからまだ、ほんのわずかな期間の人類の歴史、それも温暖化などで、いつか終わるのではないかなどと思えてくる今日この頃。永遠に残るものなどないのだと、当たり前の事をしみじみ感じます。遥か未来に、太陽でさえ死ぬのだから。そんな中、それだけではむなしいから、人は生きる意味や、生きがいを無我夢中で探している。オリオン座を見上げていると、こうして夜空をながめ、心地よく感動している自分が今いるだけで、いいのじゃないかなどとも思います。おそらくはっきりした解答もない、存在の意味を必死に求めようとしなくても。

夢幻のごとくでもいい、死んだあと、やったこともすべて無に帰してしまってもいい。わずかな間でも、この世に出てきたことをラッキーとして、生きてる間は、興味あることに心開いて、つかの間でも、この世に存在出来て良かったなと思える瞬間を作りましょう。

と、哲学的考察はそこまでにして、これを機に、ギリシャ、ローマのオリオン座の神話を調べて見ました。例によって、オリオンも、生誕や、死亡の過程、その他もろもろに、諸説ありですが、手持ちの、ペンギン書店発行の、英語の簡略ギリシャ・ローマ神話の本に載っている話を、代表としてここにまとめておきます。

海の神ネプチューンの子供として生まれたオリオンは、美男の巨人の狩人であった。父の影響で、水面を歩いて渡ることができた。キオス島の王、オイノピオーンの娘、メロピーに懸想したオリオンは、彼女を力ずくでものにしようとし、怒ったオイノピオーンは、オリオンを泥酔させ、盲目にしてしまう。

キュクロープス(鍛冶のできる巨人)の槌の音を頼りに、盲目となったオリオンはレムノス島にたどり着き、火の神ヴァルカンの鍛冶場にやってくる。オリオンを哀れに思ったヴァルカンは、従僕の一人のケーダリオンをオリオンに与える。

オリオンは、ケーダリオンを肩に載せ、彼を道案内として、東へと向かい、太陽神のもとへ行き、太陽神の光により、オリオンの目が治る。(上の絵は、二コラ・プッサンによる「登る太陽を探し求めるオリオン」、ニューヨーク、メトロポリタン美術館蔵。)

その後、オリオンは、狩猟の女神ダイアナと共に過ごし、恋仲に。ダイアナのきょうだいアポロは、そんなオリオンの存在がおもしろくない。ある日、オリオンが遠くの海を頭だけを出して横切っているのを見たアポロは、ダイアナに、「いくらお前の腕でも、あの海上にある黒い岩のようなものを射ることはできないだろう」と挑みかける。ダイアナはきりきりと弓を射、黒い岩をつらぬく。波がオリオンの死体を浜に押し上げた時、ダイアナは自分が誤って彼を殺してしまった事に気付き、涙し、オリオンを星として空に据える。オリオンの愛犬シリウスも星座、おおいぬ座となり、彼の足元を追い、やはり星となったプレアデスがオリオンの前を行く。

シリウス(Sirius)は、おおいぬ座の星で、夜空で一番明るい星とされ、おおいぬ座自体は良く見えぬものの、この星は、オリオンのやや下の後を追うように、それは良く目につきます。シリウスの地球からの距離は、8.6光年と、上記オリオン座の2つの星に比べれば、ずーっと近いのです。

プレアデス(Pleiades)は、7人のアトラスの娘たちとされ、セブン・シスターズとも呼ばれます。セブン・シスターズは、ダイアナの侍女たちでもあり、ある日オリオンは、彼女らを見て恋をし、追い回したところ、彼女らは神々に助けてくれるよう願いをかけ、哀れに思ったジュピターが、彼女らをハトに変え、のち星座として空に据えた・・・。これがオリオンのすぐ西側上方にある、おうし座の首の付け根あたりに、ぼーっと浮かぶ、プレアデス星団。実際、肉眼で見えるのは、7つではなく、6つ。今まで、知らなかったのですが、このプレアデス星雲は、日本では昴(すばる)と称され、日本の自動車、重工業メーカーである、SUBARUの会社マークは、6つのプレアデスの星たちを模したもの。

また、良く知られているオリオンの死に関する、別のエピソードに、狩人としての腕を誇ったオリオンは「自分ほど強いものはいない、地上のものは自分の手ですべて殺すことができる」と豪語。それを聞いて、憤った地母神(ガイア)は、大サソリをもってオリオンを刺殺させた、というものがあります。

以上、神々の名前は、ローマ名で記してあります。ギリシャ名では、ネプチューンはポセイドン、ヴァルカンはヘーパイストス、アポロはどちらもアポロ、そしてダイアナはアルテミス、全能の神ジュピターはゼウスとなります。ややこしいこと!

Winter Triangle
ここのところ、夜の11時ころ、やはり南向きの我が家の2階寝室から空を見ると、「冬の大三角形」を、とてもよく眺めることができます。これは、上述のオリオン座のベテルギウス、そしておおいぬ座(Canis Major)のシリウス、さらに、こいぬ座(Canis Minor)のプロキオンをつなぐと、三角を作るというもの。おおいぬ座も小犬座も、他の星は見にくいのですが、シリウスとプロキオンは、明るいので、すぐわかります。特にこいぬ座たるや、「これが犬の形になるのか、ちょっと無理があるな」・・・と思うような小さくシンプルな星座です。また、この大三角形の中には、いっかくじゅう座(Monoceros)という星座も存在するのですが、明るい星が無いので、肉眼ではよくわかりません。まあ、だから余計、くっきりと三角形が空に浮かび上がるというのはあります。

冬の夜空のトライアングルから、ちんころかんとメロディーが流れてきそう。一日の最後に目にするものとして、これほどオツなものはないでしょう。

雨の多い今日この頃、からりと晴れた夜がやってきたら、ここぞとばかり、必ず一度は外へ出て星を見ることにします。夏は日の暮れるのが非常に遅いイギリスの事、星空を眺めるのは、反対に夜の長い冬が最適かもしれません。

コメント