スノーマンとスノードッグ
テレビ用短編アニメ映画として、1982年のクリスマス・イブ放送されて以来、毎年、イギリスのクリスマス期のテレビの常連となっていた、「スノーマン」(The Snowman)ですが、30年経った今年になって、遅ればせながら、この続編アニメ「スノーマンとスノードッグ」(The Snowman and The Snowdog)が、クリスマス・イブに放送されると話題になっています。子供でもあるまいに、恥ずかしながら、私、これ、わりと楽しみにしているのです。
ペットの犬の死を悼む少年が、自宅の床下に隠されていた靴箱を見つける。箱を開けると、そこに入っていたのは、緑色のマフラーと、ある少年と雪だるまの写真。この家は、30年前に、スノーマンを作って夢のような一夜を過ごした少年が、かつて住んでいた家。この過去の写真に触発され、少年は、雪だるま(スノーマン)と、雪の犬(スノードッグ)を庭に作る。そして、動き出したスノーマンとスノードッグと少年は、第1作目同様、空へ飛び立ち冒険旅行へ。今回は、ロンドン上空を飛ぶそうで、ビッグベン、ロンドンアイや、OXOタワーなどを見下ろす飛行シーンとなるようです。
手描きアニメは、手作りの暖かさはあるものの、手間はかかります。24分のアニメに、なんでも40人のスタッフが20万枚の絵を描き、色付けしたということ。コンピューターアニメものより、人件費も高いでしょうから、金もかかったでしょうが、すでに10カ国以上の国々への販売が確定しているという話なので、いずれは、もとは取れて、それにおまけがついて返ってくるのかな。こういうアニメの手描きをする仕事なども、そのうちに、先進国内で行うには高くつきすぎるので、人件費の安い国に回す・・・などという事態もでてくるのでしょう。
この「スノーマンとスノードッグ」でも、最後に、スノーマンは溶けてしまう。ただし、スノーマンと一緒に訪れたサンタさんからもらった犬の首輪のプレゼントを、スノードッグの首につけると、スノードッグは本物の犬に変身。少年のペットとして残ることになります。と、ストーリーは、犬を除けば、まるで第1作とそっくりなので、続編というより、ヴァリエーションといったところ。
30年前は、田舎のど真ん中にあった少年の家は、今は住宅地の真ん中にあり、オリジナルの少年は、両親が二人ともいたのに、「スノーマンとスノードッグ」の少年は、シングルマザーの子供で、お父さんがいない・・・という設定で、現在のイギリス社会を反映させた描き方をしているようです。
この新しいアニメの放送を機に、「スノーマン」原作者のレイモンド・ブリッグズのインタヴューが雑誌に載っていたので読みましたが、「(スノーマンは)ハッピーエンドではないが、自然であり、避けられない事をそのまま創造しただけ。雪だるまは、やがては溶けるものだし、私の両親は死んだし、動物は死ぬ、花も死ぬ。全てがそうだ。だから、特に憂鬱になるような事でもなく、生命というものの摂理だよ。」と、なんとも悟りを開いたようなお言葉。イーストサセックス州のコテージに住むという彼は、30歳後半にして、両親と奥さんを、同年に、立て続けに失ったそうで、「スノーマン」出版は、その数年後のことです。
レイモンド・ブリッグズ氏、スノーマンのヒットでお金はかなりもうけたのでしょうが、「金には興味が無いし、ほとんど使わない。」のだそうで、いまだに、チャリティーショップ(セカンドハンドの服や品を売り、収益を慈善事業へ回す店)から買った、安物シャツなどを着ている・・・という偏屈、変人イギリスおじいさんぶりが、愉快です。私もチャリティーショップのセコハン服愛用者なので、本当は笑っちゃ悪いんですが。彼は、混みこみの空港も嫌いなので、海外旅行などもほとんどしないと。まあ、お金も、使わずに、ただ溜め込んでいても仕方がないので、「何か美味しいものくらいは食べてね。」といいたい気はします。
「成功したいなどと考えたことは無かった。出版されたという事だけで満足。中年の人物が、子供の頃にスノーマンを読んで、今は自分の子供に読んでやっている、というのを聞いたりすると、それこそが、作家冥利に尽きるというやつだ。」・・・これは、非常にわかる気がします。
だんなが白血病の治療のために、骨髄移植を受けたのは去年の12月のクリスマスの時期でした。そろそろ1周年で、1年何事も無く、元気で過ごせてよかった、よかった・・・といっていた矢先に、再発が発覚しました。あっという間に入院、さっそくキモセラピーが始まり。去年の今頃、巷で、クリスマスキャロルを歌う人たちなどを眺めながら、見舞いのための病院通いした記憶を辿りつつ、また同じような光景の中、だんなの着替えをつめたリックをしょって歩くクリスマスの風景・・・デジャ・ブ。
いずれ生物は全て死に、雪だるまは溶けるのが自然の摂理とは言え、うちのスノーマンには、もう少し踏ん張って、少しでも長く、この世にとどまって欲しいので、我慢して治療に励んでもらうことにします。
伴侶に、できる限り長生きして欲しいと思える境遇の自分は、まだ、ある意味で幸運であるかもしれません。先日、日本の母親と電話で喋っている時、「先週、忘年会で、高校時代の友だちに会ったんだけど、そのうちの一人が、100歳以上の母親の面倒を何年も見続け、亡くなった途端に、今度はだんなが病気で看護が必要になったんだって。いつまで看病が続くか、全くわからないし、あまりにしんどくなってきたから、だんなが早く死んでくれないか、なんて悪い事言ってた。」という話を聞かされたばかり。
身の回りの大切な人間が、いつどこで、この世から消えてしまうかわからない。後に残るのは、「あの時、あれしたな、これしたな。ああ言ったな、こう言ったな。楽しかったな。」という思い出だけ。人と一緒に時間を過ごすというのは、思い出作りの作業だと感じる今日この頃です。雪降る夜空の飛行は無理でも、できるうちに、できるだけ、沢山の記憶に残る楽しい時間を過ごせればと思うところです。
ペットの犬の死を悼む少年が、自宅の床下に隠されていた靴箱を見つける。箱を開けると、そこに入っていたのは、緑色のマフラーと、ある少年と雪だるまの写真。この家は、30年前に、スノーマンを作って夢のような一夜を過ごした少年が、かつて住んでいた家。この過去の写真に触発され、少年は、雪だるま(スノーマン)と、雪の犬(スノードッグ)を庭に作る。そして、動き出したスノーマンとスノードッグと少年は、第1作目同様、空へ飛び立ち冒険旅行へ。今回は、ロンドン上空を飛ぶそうで、ビッグベン、ロンドンアイや、OXOタワーなどを見下ろす飛行シーンとなるようです。
手描きアニメは、手作りの暖かさはあるものの、手間はかかります。24分のアニメに、なんでも40人のスタッフが20万枚の絵を描き、色付けしたということ。コンピューターアニメものより、人件費も高いでしょうから、金もかかったでしょうが、すでに10カ国以上の国々への販売が確定しているという話なので、いずれは、もとは取れて、それにおまけがついて返ってくるのかな。こういうアニメの手描きをする仕事なども、そのうちに、先進国内で行うには高くつきすぎるので、人件費の安い国に回す・・・などという事態もでてくるのでしょう。
この「スノーマンとスノードッグ」でも、最後に、スノーマンは溶けてしまう。ただし、スノーマンと一緒に訪れたサンタさんからもらった犬の首輪のプレゼントを、スノードッグの首につけると、スノードッグは本物の犬に変身。少年のペットとして残ることになります。と、ストーリーは、犬を除けば、まるで第1作とそっくりなので、続編というより、ヴァリエーションといったところ。
30年前は、田舎のど真ん中にあった少年の家は、今は住宅地の真ん中にあり、オリジナルの少年は、両親が二人ともいたのに、「スノーマンとスノードッグ」の少年は、シングルマザーの子供で、お父さんがいない・・・という設定で、現在のイギリス社会を反映させた描き方をしているようです。
この新しいアニメの放送を機に、「スノーマン」原作者のレイモンド・ブリッグズのインタヴューが雑誌に載っていたので読みましたが、「(スノーマンは)ハッピーエンドではないが、自然であり、避けられない事をそのまま創造しただけ。雪だるまは、やがては溶けるものだし、私の両親は死んだし、動物は死ぬ、花も死ぬ。全てがそうだ。だから、特に憂鬱になるような事でもなく、生命というものの摂理だよ。」と、なんとも悟りを開いたようなお言葉。イーストサセックス州のコテージに住むという彼は、30歳後半にして、両親と奥さんを、同年に、立て続けに失ったそうで、「スノーマン」出版は、その数年後のことです。
レイモンド・ブリッグズ氏、スノーマンのヒットでお金はかなりもうけたのでしょうが、「金には興味が無いし、ほとんど使わない。」のだそうで、いまだに、チャリティーショップ(セカンドハンドの服や品を売り、収益を慈善事業へ回す店)から買った、安物シャツなどを着ている・・・という偏屈、変人イギリスおじいさんぶりが、愉快です。私もチャリティーショップのセコハン服愛用者なので、本当は笑っちゃ悪いんですが。彼は、混みこみの空港も嫌いなので、海外旅行などもほとんどしないと。まあ、お金も、使わずに、ただ溜め込んでいても仕方がないので、「何か美味しいものくらいは食べてね。」といいたい気はします。
「成功したいなどと考えたことは無かった。出版されたという事だけで満足。中年の人物が、子供の頃にスノーマンを読んで、今は自分の子供に読んでやっている、というのを聞いたりすると、それこそが、作家冥利に尽きるというやつだ。」・・・これは、非常にわかる気がします。
だんなが白血病の治療のために、骨髄移植を受けたのは去年の12月のクリスマスの時期でした。そろそろ1周年で、1年何事も無く、元気で過ごせてよかった、よかった・・・といっていた矢先に、再発が発覚しました。あっという間に入院、さっそくキモセラピーが始まり。去年の今頃、巷で、クリスマスキャロルを歌う人たちなどを眺めながら、見舞いのための病院通いした記憶を辿りつつ、また同じような光景の中、だんなの着替えをつめたリックをしょって歩くクリスマスの風景・・・デジャ・ブ。
いずれ生物は全て死に、雪だるまは溶けるのが自然の摂理とは言え、うちのスノーマンには、もう少し踏ん張って、少しでも長く、この世にとどまって欲しいので、我慢して治療に励んでもらうことにします。
伴侶に、できる限り長生きして欲しいと思える境遇の自分は、まだ、ある意味で幸運であるかもしれません。先日、日本の母親と電話で喋っている時、「先週、忘年会で、高校時代の友だちに会ったんだけど、そのうちの一人が、100歳以上の母親の面倒を何年も見続け、亡くなった途端に、今度はだんなが病気で看護が必要になったんだって。いつまで看病が続くか、全くわからないし、あまりにしんどくなってきたから、だんなが早く死んでくれないか、なんて悪い事言ってた。」という話を聞かされたばかり。
身の回りの大切な人間が、いつどこで、この世から消えてしまうかわからない。後に残るのは、「あの時、あれしたな、これしたな。ああ言ったな、こう言ったな。楽しかったな。」という思い出だけ。人と一緒に時間を過ごすというのは、思い出作りの作業だと感じる今日この頃です。雪降る夜空の飛行は無理でも、できるうちに、できるだけ、沢山の記憶に残る楽しい時間を過ごせればと思うところです。
スノーマン、名前とその絵本のようなアニメがあることは知ってました。aled jornes という方がボーイソプラノでその主題歌を歌っているのを聴いて、印象的だったので(*^_^*) Miniさんも知らないのであれば是非聴いてみてください。
返信削除あれは、きれいな歌ですね。以前に書いた「スノーマンと空を歩く」というブログポストで歌の事に触れたので、気がむいたら読んでみて下さいな。スクリーン右上のサーチボックスにスノーマンと書きこんで検索できます。また、この記事の上から二行目の「スノーマン」という言葉にリンクがついていて、その記事に飛べるようになっています。
削除こんばんは。
削除既に歌に関すること書いていたのですね。
見ようと思います。
雪だるま見ると、スノーマンの歌が思い浮かびます。